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極悪皇女の結婚
わたしの方が相応しい…
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何よ何よ何よ───
皇宮からの帰りの馬車の中でフローラは、収まらない怒りで地団駄を踏んでいた。向かいに付いてきた侍女がその音にびくりっと反応する。
今のフローラは外向きの仮面を外して素を表に出している。何をされるか分からない恐怖で侍女の額には汗が滲み出た。
お嬢様はかなりご立腹のようね。機嫌を損ねない様にしないと…
侍女はかつての同僚が受けた仕打ちを思い出し身震いする。フローラの癇癪で鞭で背中を打たれたり、ヒールで手に穴を空けられた者もいる。
その中で最も恐ろしかったのは、彼女がお気に入りのドレスに滲みを作った下女は顔に焼き鏝をあてられて酷い火傷を負わせられた上、下着で寒い冬の中、庭で正座を何時間もさせられた。その後、下女は病を患って大衆養護院に送られた。養護院とは名ばかりで、死を待つだけの監獄と変わりない場所。そんな場所に放り込んで死なせたのだ。
明日は我が身…。そんな言葉が相応しい公爵家。
マーキュリー公爵家は当主のマルクスが気が弱く、病がちな上、研究室に籠る方が多い。その為、夫人のジャネットが屋敷の実権を握っている。
その愛娘のフローラに誰も逆らえない。どんな難題を言われても生き残るためには、従うより他に術がないのが現状…。
主の機嫌を伺いながら、侍女は重たい口を開く。
「お嬢様。だ…大丈夫ですわ。きっと皇太子殿下も小公子様も今日はお加減が悪かったのでしょう。すぐに今まで通り、お嬢様を一番に思ってくれますわ」
そうであってほしいと祈りながら侍女は、フローラの機嫌をとった。そうでなければならないから…。
「ふん。そんな事は分かっているわ。でも…あの女の生意気な態度を思い出すだけで─キィィッ──」
また何かを思い出し、癇癪を起しだしたフローラに侍女は慄くばかりであった。
公爵家に帰ると早い帰宅に何かあったのかとジャネットがフローラを問いただした。
「まあ、そんなことが、やはり血は争えないわね。母親が卑しい身分の者だから娘もそうなるのよ。でも安心なさい。グラッセ公爵に貴女を売り込んだから。きっともうすぐ貴女は帝国で二番目に尊い身分になれるのよ」
「そうね。まだ殿下は婚約者もいらっしゃらないし、ふふ、邪魔なあの女は遠くに行って帰って来ないんだもの。殿下が結婚するまでは私が一番ね」
フローラはジャネットの言葉を聞いて、少し気が晴れた。
しかし、逆に心配もしていた。
エドモンドの父親…レイモンドグラッセ公爵はアリージェンナ・フロストイ伯爵令嬢と幼馴染で婚約の話も出ていたくらい親密な仲だった。
アリージェンナが聖女認定を受けてヘルメスの妻となってもその想いは消えなかった。
だから結婚式でアリージェンナを連れ去ろうとした醜聞は未だに親世代の記憶に残っているはずだ。
その愛した女性の産んだ娘を息子の妻に迎えるべく方面に手を回していたことも周知の事実…。
そんな所に嫁いでも誰も幸せにはなれないだろう。
だが、そんなことはフローラにとって些末なことで、彼女の目的はエドモンドを手に入れて、グレーテルから奪えばいいのだから。エドモンドの気持ちなんてどうでもいいのだ。
フローラがそんな思考を持つようになったのは、全てジャネットの刷り込みによるもの。
ジャネット・アーモラス侯爵令嬢は元々はヘルメスの妃候補だった。公爵家に息女がいない世代で一番身分の高いジャネットは自尊心も山の様に高かった。
その自尊心を大きく傷つけたのはアリージェンナの存在だった。柔らかな金色の髪に紫の瞳を持つ彼女は、ふわふわとした綿菓子のような存在で、そこにいる多くの男たちの羨望の的だった。
たかが中流階級の伯爵家のくせにレイモンド・グラッセと親しくしていることも気に食わなかったが、何よりも聖女に選ばれて、ジャネットの場所を奪ったのだ。本当ならヘルメスの隣に立つのはジャネットのはずで、その為に多くの時間を皇太子妃、皇后になる為に費やし血の滲むような努力をした。なのに突如湧いて出た自分よりも身分や礼儀作法も劣っている者に取って代わられた屈辱はジャネットの心に歪を生み出した。
両親が前皇帝に談判して第二皇子マルクスとの婚姻を持ってきてもその歪な心の傷は次第に大きくなり、グレーテルが生まれた時に理性の欠片が弾け飛んでいた。
この100年皇室に皇女は誕生していない。なのにその年には2人誕生したのだ。一人は皇帝の直系の皇女。もう一人はその弟から生まれた同じ日に生まれたグレーテルとフローラは、先にフローラが生まれて人々の賛辞を受けるべき存在だったのに、後から生まれたグレーテルに何もかも奪われた。
皆から祝福されている憎いアリージェンナの娘。
わたくしの娘が先に生まれたのに誰も祝いの言葉さえもかけない。国中が皇帝の娘を祝う為に賑わっている中、ジャネットは誓った。決してアリージェンナの娘は幸せにはしないと。壊してやると。
そうして、ジャネットはフローラにアリージェンナの様に振る舞い、グレーテルを憎むように仕向けた。
──本当は貴女が皇女に生まれるべきだったのよ。グレーテルのものは全部貴女のものなの──
母の甘い言葉は幼いフローラの頭に心に自然と浸透していく。
そしてフローラは母の言うとおりグレーテルの物を奪う事に生きがいを感じるようになっていった。
皇宮からの帰りの馬車の中でフローラは、収まらない怒りで地団駄を踏んでいた。向かいに付いてきた侍女がその音にびくりっと反応する。
今のフローラは外向きの仮面を外して素を表に出している。何をされるか分からない恐怖で侍女の額には汗が滲み出た。
お嬢様はかなりご立腹のようね。機嫌を損ねない様にしないと…
侍女はかつての同僚が受けた仕打ちを思い出し身震いする。フローラの癇癪で鞭で背中を打たれたり、ヒールで手に穴を空けられた者もいる。
その中で最も恐ろしかったのは、彼女がお気に入りのドレスに滲みを作った下女は顔に焼き鏝をあてられて酷い火傷を負わせられた上、下着で寒い冬の中、庭で正座を何時間もさせられた。その後、下女は病を患って大衆養護院に送られた。養護院とは名ばかりで、死を待つだけの監獄と変わりない場所。そんな場所に放り込んで死なせたのだ。
明日は我が身…。そんな言葉が相応しい公爵家。
マーキュリー公爵家は当主のマルクスが気が弱く、病がちな上、研究室に籠る方が多い。その為、夫人のジャネットが屋敷の実権を握っている。
その愛娘のフローラに誰も逆らえない。どんな難題を言われても生き残るためには、従うより他に術がないのが現状…。
主の機嫌を伺いながら、侍女は重たい口を開く。
「お嬢様。だ…大丈夫ですわ。きっと皇太子殿下も小公子様も今日はお加減が悪かったのでしょう。すぐに今まで通り、お嬢様を一番に思ってくれますわ」
そうであってほしいと祈りながら侍女は、フローラの機嫌をとった。そうでなければならないから…。
「ふん。そんな事は分かっているわ。でも…あの女の生意気な態度を思い出すだけで─キィィッ──」
また何かを思い出し、癇癪を起しだしたフローラに侍女は慄くばかりであった。
公爵家に帰ると早い帰宅に何かあったのかとジャネットがフローラを問いただした。
「まあ、そんなことが、やはり血は争えないわね。母親が卑しい身分の者だから娘もそうなるのよ。でも安心なさい。グラッセ公爵に貴女を売り込んだから。きっともうすぐ貴女は帝国で二番目に尊い身分になれるのよ」
「そうね。まだ殿下は婚約者もいらっしゃらないし、ふふ、邪魔なあの女は遠くに行って帰って来ないんだもの。殿下が結婚するまでは私が一番ね」
フローラはジャネットの言葉を聞いて、少し気が晴れた。
しかし、逆に心配もしていた。
エドモンドの父親…レイモンドグラッセ公爵はアリージェンナ・フロストイ伯爵令嬢と幼馴染で婚約の話も出ていたくらい親密な仲だった。
アリージェンナが聖女認定を受けてヘルメスの妻となってもその想いは消えなかった。
だから結婚式でアリージェンナを連れ去ろうとした醜聞は未だに親世代の記憶に残っているはずだ。
その愛した女性の産んだ娘を息子の妻に迎えるべく方面に手を回していたことも周知の事実…。
そんな所に嫁いでも誰も幸せにはなれないだろう。
だが、そんなことはフローラにとって些末なことで、彼女の目的はエドモンドを手に入れて、グレーテルから奪えばいいのだから。エドモンドの気持ちなんてどうでもいいのだ。
フローラがそんな思考を持つようになったのは、全てジャネットの刷り込みによるもの。
ジャネット・アーモラス侯爵令嬢は元々はヘルメスの妃候補だった。公爵家に息女がいない世代で一番身分の高いジャネットは自尊心も山の様に高かった。
その自尊心を大きく傷つけたのはアリージェンナの存在だった。柔らかな金色の髪に紫の瞳を持つ彼女は、ふわふわとした綿菓子のような存在で、そこにいる多くの男たちの羨望の的だった。
たかが中流階級の伯爵家のくせにレイモンド・グラッセと親しくしていることも気に食わなかったが、何よりも聖女に選ばれて、ジャネットの場所を奪ったのだ。本当ならヘルメスの隣に立つのはジャネットのはずで、その為に多くの時間を皇太子妃、皇后になる為に費やし血の滲むような努力をした。なのに突如湧いて出た自分よりも身分や礼儀作法も劣っている者に取って代わられた屈辱はジャネットの心に歪を生み出した。
両親が前皇帝に談判して第二皇子マルクスとの婚姻を持ってきてもその歪な心の傷は次第に大きくなり、グレーテルが生まれた時に理性の欠片が弾け飛んでいた。
この100年皇室に皇女は誕生していない。なのにその年には2人誕生したのだ。一人は皇帝の直系の皇女。もう一人はその弟から生まれた同じ日に生まれたグレーテルとフローラは、先にフローラが生まれて人々の賛辞を受けるべき存在だったのに、後から生まれたグレーテルに何もかも奪われた。
皆から祝福されている憎いアリージェンナの娘。
わたくしの娘が先に生まれたのに誰も祝いの言葉さえもかけない。国中が皇帝の娘を祝う為に賑わっている中、ジャネットは誓った。決してアリージェンナの娘は幸せにはしないと。壊してやると。
そうして、ジャネットはフローラにアリージェンナの様に振る舞い、グレーテルを憎むように仕向けた。
──本当は貴女が皇女に生まれるべきだったのよ。グレーテルのものは全部貴女のものなの──
母の甘い言葉は幼いフローラの頭に心に自然と浸透していく。
そしてフローラは母の言うとおりグレーテルの物を奪う事に生きがいを感じるようになっていった。
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