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極悪皇女の結婚
ラベンダーの花言葉
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グレーテルは、記憶を失ってから不思議に思っていたことがある。
エドモンドに関する記憶がないのにどうしてか初恋の少年の思い出だけは消えなかった。
どうしてなのだろう?他の記憶は全てあの大雨によって流されたはず…。それが以前のわたくしの願いなのだから…。
無くしたといっても欠片の様な残骸はあるようで、ふとしたことから先ほどのように残片的ではあるが思い出す事もある。
しかし、思い出の少年の記憶だけは鮮明で、言葉までも記憶に刻まれていた。エリサに尋ねて分かったことは、夢に出る思い出の少年は、グレーテルが3才から5才の間に毎年、亡き皇后アリージェンナの墓参りに行った時に会っていたということだけだった。
グレーテルは離宮の四阿で婚約者のヴィランが来るのを侍女が入れてくれたお茶で口を潤しながら待っていた。傍には紫色のラベンダーの香りが漂っている。
ゆらゆらと風に揺られる姿を見て、グレーテルは先ほどフローラに言われた事を思い出す。
──誰からも愛されない可哀想な皇女様──。
それは言い得て妙な言葉だ。確かに以前の盲目的な恋に身を焦がしていた自分ならそうやって悲劇の主人公のようにエドモンドに縋っていただろう。でも、記憶を失ってから周りをよく観察すれば分かる様になった。
自分の周りにもちゃんと愛してくれる人がいることを知ったのだ。
侍女のエリサ、エイミー、ジュナそれに調理人のエバン、年老いた庭師のトーマスと夫人のドーラン。何よりも「僕の愛しいお姫様」そう言って言葉で愛情を示してくれるヴィランがいた。
なあんだ。意外とわたくしは愛されているのね。
グレーテルは苦笑した。
父や兄、エドモンドに愛されなくても他の愛されているわたくしはちっとも不幸じゃない。それにヴィランのあの金色の猫の様な瞳に見つめられると、胸の奥から温かい何かを感じていることも確かだ。
そう言えば、ラベンダーの花言葉ってなんだったかしら…。確か……。
そんな考えをしていると、ふいに横から愛しい金色の瞳が覗き込んできた。
「何をそんなに考え込んでいるの?」
「えっ!」
慌てて振り向いたグレーテルの鼻先がヴィランのそれをかすめた。ほんの数センチ別の場所が触れたなら、自分はどうなっていただろうか。
そんな考えが脳裏に浮かんだ時、グレーテルの体は火照って頬を薄らと朱に染めていた。
「どうしたの?顔が赤いよ。熱でもあるの。僕のお姫様。長いこと風にあたるのはよくないよ。それに今日は陽射しも強そうだ。貴女の陶磁器の様な肌が日焼けして黒くなるといけないから、中で休もう」
「な…何を……」
グレーテルが抵抗する間も無くヴィランは軽々とグレーテルを抱きかかえ、離宮に帰っていく。
すれ違う使用人は仲睦まじい二人の様子を微笑ましく見送っていた。
ドキドキと鼓動が波打つ音が今にもヴィランにも届きそうで緊張していると、
「そんなに固くならなくても落としたりしないから大丈夫だよ」
「ち…ちがいます。そんなんじゃあありませんから」
「なら、どうして…?」
「そ…それは…」
ヴィランの意地悪い質問に素直に答えたくないグレーテルは、そっぽを向きながら大人しく抱えられていた。ヴィランは拗ねた様な婚約者の額についキスを落とした。
「ひゃっ!」
「ごめんね。なんだかしたくなっちゃって、でも慣れて、結婚したらもっとすごいこともしなくっちゃね」
軽くウィンクをしてヴィランは楽しそうな笑顔を見せる。グレーテルは「むうっ」と、赤くなりながら頬を少しばかり膨らませた。
もっとすごいこと…。
その言葉に更に彼女は赤面した。結婚したら後継者を産むことは貴族の子女にとっては、当たり前の義務。
しかし、多くは家同士の契約結婚で初めからそこには愛ではなく信頼というなの絆で結ばれている。
もし、相手があのエドモンドだったならどうだっただろうか?
こんな気持ちになっただろうか?
いや、そうはならないだろう。
グレーテルの中で答えは決まっていた。何より愛しい金色の瞳を見ていると、思い出の少年をヴィランに重ねている自分に気付いた。
もしかしたら…わたくしは思い違いをしていたのかもしれない。
あの優しい少年はエドモンドではなくヴィランなのではないだろうかという疑念が生まれた。
──あなたを待っています。
庭に植えられたラベンダーがその花言葉のように風に揺られているのを見ていると、まるで誰かが自分に気付いてとグレーテルに告げている様に感じていた。
エドモンドに関する記憶がないのにどうしてか初恋の少年の思い出だけは消えなかった。
どうしてなのだろう?他の記憶は全てあの大雨によって流されたはず…。それが以前のわたくしの願いなのだから…。
無くしたといっても欠片の様な残骸はあるようで、ふとしたことから先ほどのように残片的ではあるが思い出す事もある。
しかし、思い出の少年の記憶だけは鮮明で、言葉までも記憶に刻まれていた。エリサに尋ねて分かったことは、夢に出る思い出の少年は、グレーテルが3才から5才の間に毎年、亡き皇后アリージェンナの墓参りに行った時に会っていたということだけだった。
グレーテルは離宮の四阿で婚約者のヴィランが来るのを侍女が入れてくれたお茶で口を潤しながら待っていた。傍には紫色のラベンダーの香りが漂っている。
ゆらゆらと風に揺られる姿を見て、グレーテルは先ほどフローラに言われた事を思い出す。
──誰からも愛されない可哀想な皇女様──。
それは言い得て妙な言葉だ。確かに以前の盲目的な恋に身を焦がしていた自分ならそうやって悲劇の主人公のようにエドモンドに縋っていただろう。でも、記憶を失ってから周りをよく観察すれば分かる様になった。
自分の周りにもちゃんと愛してくれる人がいることを知ったのだ。
侍女のエリサ、エイミー、ジュナそれに調理人のエバン、年老いた庭師のトーマスと夫人のドーラン。何よりも「僕の愛しいお姫様」そう言って言葉で愛情を示してくれるヴィランがいた。
なあんだ。意外とわたくしは愛されているのね。
グレーテルは苦笑した。
父や兄、エドモンドに愛されなくても他の愛されているわたくしはちっとも不幸じゃない。それにヴィランのあの金色の猫の様な瞳に見つめられると、胸の奥から温かい何かを感じていることも確かだ。
そう言えば、ラベンダーの花言葉ってなんだったかしら…。確か……。
そんな考えをしていると、ふいに横から愛しい金色の瞳が覗き込んできた。
「何をそんなに考え込んでいるの?」
「えっ!」
慌てて振り向いたグレーテルの鼻先がヴィランのそれをかすめた。ほんの数センチ別の場所が触れたなら、自分はどうなっていただろうか。
そんな考えが脳裏に浮かんだ時、グレーテルの体は火照って頬を薄らと朱に染めていた。
「どうしたの?顔が赤いよ。熱でもあるの。僕のお姫様。長いこと風にあたるのはよくないよ。それに今日は陽射しも強そうだ。貴女の陶磁器の様な肌が日焼けして黒くなるといけないから、中で休もう」
「な…何を……」
グレーテルが抵抗する間も無くヴィランは軽々とグレーテルを抱きかかえ、離宮に帰っていく。
すれ違う使用人は仲睦まじい二人の様子を微笑ましく見送っていた。
ドキドキと鼓動が波打つ音が今にもヴィランにも届きそうで緊張していると、
「そんなに固くならなくても落としたりしないから大丈夫だよ」
「ち…ちがいます。そんなんじゃあありませんから」
「なら、どうして…?」
「そ…それは…」
ヴィランの意地悪い質問に素直に答えたくないグレーテルは、そっぽを向きながら大人しく抱えられていた。ヴィランは拗ねた様な婚約者の額についキスを落とした。
「ひゃっ!」
「ごめんね。なんだかしたくなっちゃって、でも慣れて、結婚したらもっとすごいこともしなくっちゃね」
軽くウィンクをしてヴィランは楽しそうな笑顔を見せる。グレーテルは「むうっ」と、赤くなりながら頬を少しばかり膨らませた。
もっとすごいこと…。
その言葉に更に彼女は赤面した。結婚したら後継者を産むことは貴族の子女にとっては、当たり前の義務。
しかし、多くは家同士の契約結婚で初めからそこには愛ではなく信頼というなの絆で結ばれている。
もし、相手があのエドモンドだったならどうだっただろうか?
こんな気持ちになっただろうか?
いや、そうはならないだろう。
グレーテルの中で答えは決まっていた。何より愛しい金色の瞳を見ていると、思い出の少年をヴィランに重ねている自分に気付いた。
もしかしたら…わたくしは思い違いをしていたのかもしれない。
あの優しい少年はエドモンドではなくヴィランなのではないだろうかという疑念が生まれた。
──あなたを待っています。
庭に植えられたラベンダーがその花言葉のように風に揺られているのを見ていると、まるで誰かが自分に気付いてとグレーテルに告げている様に感じていた。
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