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極悪皇女の結婚
マダム・ポリーヌの店
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ブルーネオ帝国の夏は行事が多い。
春にある園遊会で社交界の始まりを告げると、夜は各家門で夜会が開かれる。
昔は多くの貴族が暑さを凌ぐ為に北部の避暑地に赴いたが、皇都が水の都と呼ばれるほど水路を整備したことから、夏を皇都で過ごす貴族が増えてきた。
その為に行事も多くなっていった。
中でも一際注目されるのが、『デビュタント』。新米貴族令嬢子息やその両親にとっては、自分たちをほかの貴族にどう売り込むかを競い合う日。
少しでもより力のある大貴族の目に留まろうと必死なのだ。
そして、その忙しさは商人にとっても同じことだった。
街の大通りから外れた所に寂れたドレスショップを構える店がある。
本来なら大通りの人気店のように数多くの礼服の注文を受け、今頃大忙しのかき入れ時だったのに、数年前にある令嬢のドレスを製作したが、それが気に入らないと返品を受けて以来、閑古鳥が鳴くような有様になった。
その相手は『マーキュリー公爵令嬢フローラ』だった。巷のうわさでは優しく温厚な性格で天使の容姿をしていると評判だったが、頼まれたドレスを持っていくと、頼んだものとは違うと喚き散らしてドレスを鋏で切り裂いた。おまけに代金は踏み倒されてしまった。
その公爵夫人はあることないことを社交界に触れ回ったことで、店の評判はがた落ち、今や大通りから外れた所に店を構えるしかなくなったのである。それでも売れないドレスを作っては眺める毎日を送っていた。
一月前……。
『マダム・ポリーヌの店』
そう書かれた木製の看板は、風に揺られて今にも落ちそうになっている。
カラーン、コローン…。
いつも暇な店に久しぶりの来客がやって来た。
「い…いらっしゃいませ。今日は何をお求めでしょうか?」
ここ最近は、商家の奥方の普段着や平民の着易い簡素な服ばかりが多い。今来た客も大方そんなものを求めているのだろうと、ポリーヌは内心がっかりした。
「夜会に着ていくドレスが欲しいのだけれど」
その言葉に思わず反応した。よく見ればフードを被っているがこの二人組の客の服は上等な布に細かな装飾が施されて、一目見ただけでも貴族だとわかる。
「ここの商品では、貴方様にご満足いただけるかどうか…」
「いいえ。貴女に作っていただきたいの。わたくしの母がここで初めての夜会の衣装を作ってもらったと聞いたから、その思い出の店で独身最後の夜会に着たいのよ」
フードからは眩い金色の髪がちらりと見えた。その隣の男性は黒髪に金色の瞳の端正な顔立ち。絵に描かれたような美貌の二人にポリーヌは、かつてない創作意欲を掻き立てられた。
そして、お揃いの衣装を作る約束をした一月前。
あの時は、自信があったが、果たして出来上がった衣装を目にして、あの二人は満足してもらえるのか。と衣装を見て、また溜息が溢れた。
カラーン、コローン…。
扉の開く音が聞こえた。
「すみません。注文したドレスを受け取りに来たんですが」
「はい。ありがとうございます。ご注文の品はこちらでございますがいかがでしょう」
「ああ、とても素晴らしい。これならあの方も喜ぶでしょう」
気に入ってくれて良かったとホッとした。
「では、衣装を持って僕と一緒に来てください」
そう言われ、ポリーヌは慌てて出来上がった衣装と道具を持って馬車に乗った。着いた先は皇宮だった。
「こ…ここは」
目を見開いて驚いているポリーヌに、
「ああ、注文したのは皇女様ですから」
と連れてきた侍従が説明した。
皇女の住まう離宮を訪ねると、なんだかイメージしていた雰囲気とは違って、古ぼけた家具や装飾品が並んでいる。冷遇されている皇女の噂は下町の方にも聞こえていた。支払いは大丈夫なのかと不安になってきたところに、先ほどの侍従がまた説明をした。
「驚いたでしょう。陛下も新しく家具や装飾品を入れ替えようとしたのですが、皇女様が「もうじきいなくなる者の為にいらぬ出費で国庫に負担をかけないでください」と進言されまして、こんな状態なのです。お支払いはご心配なく」
微笑みながらそう言うが、目は笑っていなかった。口外するなと無言の圧を掛けてくる侍従を見て、ポリーヌは冷や汗がでた。
中に通されると、注文に来た二人が仲良く談笑している。
「ドレスが出来上がったのね。見せてもらうわ」
「そうぞ、こちらが商品です」
二人は別々の部屋に入って試着した。待っている間、ポリーヌの心臓は早鐘を打っていた。
失敗すれば後がない。気に入ってもらえますようにと祈っている。
「どうかしら。似合う?」
「とってもよく似合っているよ。金色髪がドレスによく映える」
「本当に?お世辞じゃなくて」
「僕は事実を言っている。そのドレスは間違いなく貴女のにしか着こなせない」
着替え終わった二人はお互いの衣装を褒めあっている。
ポリーヌも似合うだろうなとは思っていたがここまで似合うとは思っていなかった。ほかの誰もこのドレスを着こなすことはできないだろう。
「お二人ともよくお似合いです。いかかです。どこか窮屈なところなどありませんか」
ポリーヌは、二人の周りを忙しく見て回り、手直しが必要な個所を探していた。何か所か改善点を見つけたが、ほかは問題なさそうで安堵する。
「良かったですわ。では、直してきましょう」
「いいえ、持ち帰らずにこのまま、この宮殿で作業をしてちょうだい」
「ですが…。ご迷惑なのでは」
「いいえ、せっかくのドレスが傷む方がもったいないからよ。ぜひそうしてくれないかしら」
ポリーヌは皇女の言う通り、ドレスの手直しが終わるまで滞在した。
皇女のドレスが仕上がって、ポリーヌは自分の店にやっと帰ってきた。
それにしても、皇后アリージェンナ様の最後のドレスを作ってから随分経つのだなと考えていた。
あの最後のドレスは、レイモンド・グラッセ公爵が愛する人に贈った最後の贈り物だった。その後、二人は破局してしまったと聞いている。
原因はわからないが、その娘のドレスを作ることになるとは夢にも思わなかった。
ドレスを作るなら『マダム・ポリーヌ』の店。
その年の秋、ポリーヌは大量の注文を受け、また以前の大通りに店を構えるようになるのだが、それはもう少し後の話。
春にある園遊会で社交界の始まりを告げると、夜は各家門で夜会が開かれる。
昔は多くの貴族が暑さを凌ぐ為に北部の避暑地に赴いたが、皇都が水の都と呼ばれるほど水路を整備したことから、夏を皇都で過ごす貴族が増えてきた。
その為に行事も多くなっていった。
中でも一際注目されるのが、『デビュタント』。新米貴族令嬢子息やその両親にとっては、自分たちをほかの貴族にどう売り込むかを競い合う日。
少しでもより力のある大貴族の目に留まろうと必死なのだ。
そして、その忙しさは商人にとっても同じことだった。
街の大通りから外れた所に寂れたドレスショップを構える店がある。
本来なら大通りの人気店のように数多くの礼服の注文を受け、今頃大忙しのかき入れ時だったのに、数年前にある令嬢のドレスを製作したが、それが気に入らないと返品を受けて以来、閑古鳥が鳴くような有様になった。
その相手は『マーキュリー公爵令嬢フローラ』だった。巷のうわさでは優しく温厚な性格で天使の容姿をしていると評判だったが、頼まれたドレスを持っていくと、頼んだものとは違うと喚き散らしてドレスを鋏で切り裂いた。おまけに代金は踏み倒されてしまった。
その公爵夫人はあることないことを社交界に触れ回ったことで、店の評判はがた落ち、今や大通りから外れた所に店を構えるしかなくなったのである。それでも売れないドレスを作っては眺める毎日を送っていた。
一月前……。
『マダム・ポリーヌの店』
そう書かれた木製の看板は、風に揺られて今にも落ちそうになっている。
カラーン、コローン…。
いつも暇な店に久しぶりの来客がやって来た。
「い…いらっしゃいませ。今日は何をお求めでしょうか?」
ここ最近は、商家の奥方の普段着や平民の着易い簡素な服ばかりが多い。今来た客も大方そんなものを求めているのだろうと、ポリーヌは内心がっかりした。
「夜会に着ていくドレスが欲しいのだけれど」
その言葉に思わず反応した。よく見ればフードを被っているがこの二人組の客の服は上等な布に細かな装飾が施されて、一目見ただけでも貴族だとわかる。
「ここの商品では、貴方様にご満足いただけるかどうか…」
「いいえ。貴女に作っていただきたいの。わたくしの母がここで初めての夜会の衣装を作ってもらったと聞いたから、その思い出の店で独身最後の夜会に着たいのよ」
フードからは眩い金色の髪がちらりと見えた。その隣の男性は黒髪に金色の瞳の端正な顔立ち。絵に描かれたような美貌の二人にポリーヌは、かつてない創作意欲を掻き立てられた。
そして、お揃いの衣装を作る約束をした一月前。
あの時は、自信があったが、果たして出来上がった衣装を目にして、あの二人は満足してもらえるのか。と衣装を見て、また溜息が溢れた。
カラーン、コローン…。
扉の開く音が聞こえた。
「すみません。注文したドレスを受け取りに来たんですが」
「はい。ありがとうございます。ご注文の品はこちらでございますがいかがでしょう」
「ああ、とても素晴らしい。これならあの方も喜ぶでしょう」
気に入ってくれて良かったとホッとした。
「では、衣装を持って僕と一緒に来てください」
そう言われ、ポリーヌは慌てて出来上がった衣装と道具を持って馬車に乗った。着いた先は皇宮だった。
「こ…ここは」
目を見開いて驚いているポリーヌに、
「ああ、注文したのは皇女様ですから」
と連れてきた侍従が説明した。
皇女の住まう離宮を訪ねると、なんだかイメージしていた雰囲気とは違って、古ぼけた家具や装飾品が並んでいる。冷遇されている皇女の噂は下町の方にも聞こえていた。支払いは大丈夫なのかと不安になってきたところに、先ほどの侍従がまた説明をした。
「驚いたでしょう。陛下も新しく家具や装飾品を入れ替えようとしたのですが、皇女様が「もうじきいなくなる者の為にいらぬ出費で国庫に負担をかけないでください」と進言されまして、こんな状態なのです。お支払いはご心配なく」
微笑みながらそう言うが、目は笑っていなかった。口外するなと無言の圧を掛けてくる侍従を見て、ポリーヌは冷や汗がでた。
中に通されると、注文に来た二人が仲良く談笑している。
「ドレスが出来上がったのね。見せてもらうわ」
「そうぞ、こちらが商品です」
二人は別々の部屋に入って試着した。待っている間、ポリーヌの心臓は早鐘を打っていた。
失敗すれば後がない。気に入ってもらえますようにと祈っている。
「どうかしら。似合う?」
「とってもよく似合っているよ。金色髪がドレスによく映える」
「本当に?お世辞じゃなくて」
「僕は事実を言っている。そのドレスは間違いなく貴女のにしか着こなせない」
着替え終わった二人はお互いの衣装を褒めあっている。
ポリーヌも似合うだろうなとは思っていたがここまで似合うとは思っていなかった。ほかの誰もこのドレスを着こなすことはできないだろう。
「お二人ともよくお似合いです。いかかです。どこか窮屈なところなどありませんか」
ポリーヌは、二人の周りを忙しく見て回り、手直しが必要な個所を探していた。何か所か改善点を見つけたが、ほかは問題なさそうで安堵する。
「良かったですわ。では、直してきましょう」
「いいえ、持ち帰らずにこのまま、この宮殿で作業をしてちょうだい」
「ですが…。ご迷惑なのでは」
「いいえ、せっかくのドレスが傷む方がもったいないからよ。ぜひそうしてくれないかしら」
ポリーヌは皇女の言う通り、ドレスの手直しが終わるまで滞在した。
皇女のドレスが仕上がって、ポリーヌは自分の店にやっと帰ってきた。
それにしても、皇后アリージェンナ様の最後のドレスを作ってから随分経つのだなと考えていた。
あの最後のドレスは、レイモンド・グラッセ公爵が愛する人に贈った最後の贈り物だった。その後、二人は破局してしまったと聞いている。
原因はわからないが、その娘のドレスを作ることになるとは夢にも思わなかった。
ドレスを作るなら『マダム・ポリーヌ』の店。
その年の秋、ポリーヌは大量の注文を受け、また以前の大通りに店を構えるようになるのだが、それはもう少し後の話。
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