【完結】この愛に囚われて

春野オカリナ

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不思議な贈り物

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 そろそろ本格的な夏の陽射しが戻って来る頃、王都では社交シーズンの終わりを告げ、貴族等が領地に向かう為の最後の夜会。その二日前の事だった。

 私の体も順調に回復し、最後の夜会だけは顔見せに参加する事になっていた。

 「お嬢様、夜会に来ていくドレスは此方で宜しいでしょうか?」

 ラナが見せたのはまだ一度も袖を通していない金を中心に黒のアクセントが魅力的なドレスで銀色の刺繍が縁取りされた少し大人びたものだった。

 「ダメよ、これは着ることが出来ないものよ」

 「ですが、クローゼットに仕舞いっぱなしでは、ドレスも可哀想では?」

 そうかも知れないが、そのドレスは結婚・・後の御披露目に着る予定で誂えた物。今の私がそれを着る事は問題になる。

 そのドレスは王太子殿下の色だから…

 どうしようかと悩んでいると、本邸の執事から私宛の荷物が届いた。送り主はユリウス・デントロー公爵令息。

 「どうして彼が…」

 大きな箱と一緒にメッセージカードが付いていて、開くと

 『このドレスを着た貴女をエスコート出来る名誉を私にお与えください』

 そう書かれていた。私には彼の思惑がよく理解出来なかった。王太子殿下の側近だということで何度か会った事はあるが、そんなに会話をした覚えもなく。どちらかといえば、アンソニーやアルベルトの方が親密な付き合いをしていた。勿論、その婚約者を交えてだが、浮いた話も聞かないこのユリウス・デントロー公爵令息の申し入れがどういう意図なのかは分からないが、今の私の婚約者候補の一人ではあることも確かだ。

 贈り物を無下にも出来ず。結局流されるような形で承諾した。丁寧な礼状を認め、届けてくれた従者に渡すように指示した。








 そして、夜会当日、彼は約束通り定刻に迎えに来てくれ、本邸のエントランスホールで佇む姿は令嬢や貴婦人達がうっとりするのも頷ける。

 漆黒の艶のある髪に翡翠の様な瞳。すらりとした姿は思わず溜め息が出る。その証拠に本邸の侍女らもその姿に見惚れてしまって、家令が思わず咳払いで追い立てる程。

 エスコートも流れる様な仕種で、まだ本調子ではない私への配慮が手に取るように分かる程だった。

 王太子殿下と並んで完璧な貴公子と囁かれるのはどうやら伊達ではない様だ。

 私は彼の馬車に乗り、向かい合わせに座ると

 「何故、この様なドレスを贈って来られたのでしょうか?」

 「ご迷惑でしょうか?婚約者としては当然の事をしたまでです」

 「婚約者?」

 「ご存知なかったのですか?お父上の公爵閣下には既に了承を得ていたのですが」

 「いつ決まったのですか?私は何も聞かされていないのです」

 「一週間前ですが、色々と忙しくてご挨拶にも行けず申し訳なく思っております」

 「そんな事より、貴方はデントロー公爵家の嫡子。婿には入れないのでは?」

 「それは貴女が私の家に嫁がれるという事になっていますが」

 「私が嫁ぐのですか?」

 「そうです。ミシェルウィー公爵家は分家の方を養子に迎えると聞いておりますので、問題ないと」

 私の顔はきっと青ざめていただろう。そんな大切な話を私抜きで勝手に父親は進めていた。

 やはり、彼等は私の事などどうでも良いのだ。王家に嫁ぐ事が出来なくなった傷物の私を今度は筆頭公爵家に売り渡すのだから、その見返りは何だったのだろう?

 デントロー公爵家の領地は海に面した広大な土地。しかも水軍を独自で持つ程の権力を所持している。

 領地は海を隔てた大陸との貿易で多大な利益を産み出し、鉱山からも品質の高い鉱石が幾つも発掘されている。まさに黄金を産む領地なのだ。国の税収の1/4程の財力を持っている為、玉の輿を狙ったハイエナ令嬢達に常に囲まれていた。

 そんな彼がどういうつもりで傷物・・令嬢となった私を引き取ろう等と考えたのか、心当たりもなかった。

 「サフィニア嬢、私は王太子殿下の婚約者で合った頃から、貴女に密かに恋焦がれていました。どうか大切にします。私の妻になって下さい」

 熱い眼差しをこんな美麗な殿方に向けられ、手を握り締められながら、愛を囁かれればどんな女性も口説き落とせるだろう。

 「そんな事をいきなり言われましても直ぐにはお答え出来ません」

 「分かっております。貴女がまだ王太子殿下を慕っているのは、でもこの先の未来を私と歩む事も視野に入れておいて欲しいのです。必ず幸せにします。それに貴女もあの家にはいたくないでしょう?」

 その問いは、私が長年望んでいた事だ。私はあの家から一刻も早く出て行きたいと思っている。
 
 その思いは目覚めてから更に強まってしまい、それ故に領地での静養を申し出たのだ。

 この人はを見てくれている。

 私はこの全てを見透かす様な翡翠の双眼に見つめられながら、私の心に仄かに灯りが灯るのを感じていた。

 私もいつまでも過去に囚われているのではなく、新しい未来に一歩踏み出さなければならないとそう考えていた。

 
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