【完結】この愛に囚われて

春野オカリナ

文字の大きさ
16 / 57

ユリウス視点

しおりを挟む
 ある日、王宮から急ぎの連絡が入った。

 「王太子殿下からか…」

 最近、殿下は情緒不安定だった。それもあの女狐ローズマリアのせいで。

 事の起こりは、殿下が当時の婚約者であるサフィニア嬢に内緒で誕生日プレゼントをサプライズしようと計画したのがそもそもの誤りだ。相談するのなら側近の我々にすれば良かったのに、お世辞にも仲の良い姉妹とは言えない妹のローズマリアに相談していたから、不貞を疑われることになったのだ。

 そして、あの転落事故が起こった。殿下は自責の念にかられて、暫く殿下は王太子妃の寝室に重体の彼女を寝かせて自ら世話をしながら、公務に専念していた。周りからは

 「流石、王太子殿下は何事に置いても冷静沈着だ。例え婚約者がああなっても取り乱さない」

 勝手にそう思い込んでいる。真実はいつこと切れるか分からない細い綱渡りをしている状態で、かろうじて生きているサフィニア嬢が傍にいることで精神を安定していた。周りはそんな殿下の心情を理解していなかった。常に重圧に耐えてきた殿下の心が狂ってしまうのを我々側近はどうすることも出来なかった。

 そんな状態が2カ月たった頃、医師から状態が安定したから実家の公爵家に移してはどうかと提案された。勿論、殿下は反対されたが、いつ目覚めるとも分からない婚約者を切れと陛下に言われ、殿下は渋々、眠っている彼女を公爵家に還した。せめてその間だけでも彼女の傍にいたいと死んだように眠る彼女を抱いて馬車に乗り込んだ。何かあってはと私も同乗させてもらってはいたが、殿下は嬉しそうに、愛しい女性を抱いていた。その姿に背筋が凍るのを感じていた。

 昔から彼女に異常な程の執着を見せていたが、ここまでとは思っていなかった。侍女や侍従から殿下が眠っているサフィニア嬢の寝台に同衾していることは聞いていたが、このまま彼女が目覚めなければどうなるのだろう。一抹の不安を抱えながら、馬車は公爵家の敷地に入り、公爵夫妻と女狐ローズマリアが出迎えた。女狐ローズマリアの殿下の見る目が変わった。まるで獲物を見る様な飢えた目をしていたのだ。

 公爵がサフィニア嬢を代わって抱き上げようとすると

 「このままでよい」

 殿下はそれを拒んだ。渋々公爵は殿下を彼女の部屋に案内し、殿下は寝台に彼女をそっと寝かせた。

 私が驚いたのは、彼女の部屋は女性の部屋よりもシンプルなものだった。そう必要最低限のものしか置いていなかった。ふと彼女の机の上に置かれている箱に目が留まった。彼女らしくない大きな箱に

 「殿下、あれはなんでしょう」

 彼女付きの侍女ラナに問うと

 「これはお嬢様の宝物入れです。ご覧になりますか」

 侍女が箱を開けると、殿下は愛しそうに箱の中身を確認した。

 「ああ、サフィニア嬢はこんなものまで大切にしていたのだな」 

 殿下は中の物を一つずつ丁寧に確かめながら自身の思い出を辿っている様だった。

 だが、公爵のいらぬ言葉が殿下の心に止めを刺した。

 「殿下、残念ですが、ここへは来ない様にお願いします。いつ目覚めるか分からない娘のことは一刻も早くお忘れになり、先にお進み下さい。娘も臣下としてそう望んでいるでしょう」

 「わ、分かった。一応換言はありがたくもらっておくよ。だが、婚約は続行する」

 殿下の言葉には抑揚がなく言われた言葉に現実を突き付けられたのだろう。それが彼女と殿下の最後の別れとなった。

 その後、あの女狐ローズマリアが婚約者に収まったのだが、更に殿下を苦しめる出来事が起きたのだった。
しおりを挟む
感想 22

あなたにおすすめの小説

そう言うと思ってた

mios
恋愛
公爵令息のアランは馬鹿ではない。ちゃんとわかっていた。自分が夢中になっているアナスタシアが自分をそれほど好きでないことも、自分の婚約者であるカリナが自分を愛していることも。 ※いつものように視点がバラバラします。

悪役令嬢の涙

拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。

【完結】他の人が好きな人を好きになる姉に愛する夫を奪われてしまいました。

山葵
恋愛
私の愛する旦那様。私は貴方と結婚して幸せでした。 姉は「協力するよ!」と言いながら友達や私の好きな人に近づき「彼、私の事を好きだって!私も話しているうちに好きになっちゃったかも♡」と言うのです。 そんな姉が離縁され実家に戻ってきました。

初恋にケリをつけたい

志熊みゅう
恋愛
「初恋にケリをつけたかっただけなんだ」  そう言って、夫・クライブは、初恋だという未亡人と不倫した。そして彼女はクライブの子を身ごもったという。私グレースとクライブの結婚は確かに政略結婚だった。そこに燃えるような恋や愛はなくとも、20年の信頼と情はあると信じていた。だがそれは一瞬で崩れ去った。 「分かりました。私たち離婚しましょう、クライブ」  初恋とケリをつけたい男女の話。 ☆小説家になろうの日間異世界(恋愛)ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/18) ☆小説家になろうの日間総合ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/18) ☆小説家になろうの週間総合ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/22)

行き場を失った恋の終わらせ方

当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」  自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。  避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。    しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……  恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。 ※他のサイトにも重複投稿しています。

なくなって気付く愛

戒月冷音
恋愛
生まれて死ぬまで…意味があるのかしら?

だから、どうか、幸せに

基本二度寝
恋愛
話し合いもない。 王太子の一方的な発言で終わった。 「婚約を解消する」 王城の王太子の私室に呼びつけ、婚約者のエルセンシアに告げた。 彼女が成人する一年後に、婚姻は予定されていた。 王太子が彼女を見初めて十二年。 妃教育の為に親元から離されて十二年。 エルセンシアは、王家の鎖から解放される。 「かしこまりました」 反論はなかった。 何故かという質問もない。 いつも通り、命を持たぬ人形のような空っぽの瞳で王太子を見つめ、その言葉に従うだけ。 彼女が此処に連れて来られてからずっと同じ目をしていた。 それを不気味に思う侍従達は少なくない。 彼女が家族に会うときだけは人形から人へ息を吹き返す。 家族らだけに見せる花が咲きほころぶような笑顔に恋したのに、その笑顔を向けられたことは、十二年間一度もなかった。 王太子は好かれていない。 それはもう痛いほどわかっていたのに、言葉通り婚約解消を受け入れて部屋を出ていくエルセンシアに、王太子は傷付いた。 振り返り、「やはり嫌です」と泣いて縋ってくるエルセンシアを想像している内に、扉の閉じる音がした。 想像のようにはいかない。 王太子は部屋にいた側近らに退出を命じた。 今は一人で失恋の痛みを抱えていたい。

【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる

kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。 いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。 実はこれは二回目の人生だ。 回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。 彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。 そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。 その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯ そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。 ※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。 ※ 設定ゆるゆるです。

処理中です...