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王太子視点6
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私はローズマリアに自室謹慎を命じて、執務室に向かった。途中ユリウスに会い、今後の事を相談した。
「先ほど、サフィニアに会ったのだが、随分と痩せている上に、公爵家での彼女の処遇も気になる。すまないがユリウス、サフィニアの婚約者になってもらえないだろうか。このままでは折角目覚めても、今度は本当に永久に失ってしまうかもしれない」
私には、この頃隣国から再三に渡って、見合い話が上がっていた。最初、サフィニアが事故で植物人間状態だった時に話が合ったのだが、サフィニアを諦められない私は、ローズマリアを仮の婚約者にしたのだ。
サフィニアが目覚めた時に何時でも婚約し直せるようにする為に、そうなった場合は、ローズマリアには家格の合った爵位の令息から婿を王命で世話する予定だったのだ。
しかし、ローズマリアの愚かな行動の所為で、全ては水の淡になった。
その見合い話がまた浮上してきたのには、訳があった。王女は建国記念の式典に国王代理で来ていたのだ。そこで私に一目ぼれをしたらしい。
側妃としてでも構わないので、側に置いてほしいと隣国からの要望だった。父王も隣国からの要望を無下にできず、取り敢えずこの国に来てもらい、私と対面して今後の話を詰める予定なのだ。
だが、目覚めて生きて動いて喋っているサフィニアを目の当たりにした私には、彼女を諦められずにいた。
もう一度会いたい。話したい。抱きしめたい。その体の隅々まで私で満たしたい。
そんな欲望が抑えきれず私の体に浸透していく。
「殿下、最近公爵家に『夕暮れのに小夜啼鳥』が現れるそうですよ」
新しい侍従のデニムから教えられ、こっそり夕暮れ時に公爵家を訪れる様になった。
夕日を浴びたサフィニアの髪は黄金色の麦畑の様に輝いて、その歌声は本物の小夜啼鳥そものだった。
彼女が口ずさんでいるのは、私と見に行った観劇の一部。
彼女も忘れていないのだ。私との思い出を。
沈下したはずの彼女への想いが、再び心の中に熱い炎となって、燃え上がり始めたのを感じながら、
もう遅い。今更どうすることも出来ない。
己の無力さに嘆きながら、それでも愛する人を影ながら密かに見つめている。
我ながら諦めが悪い。どんなに想ってもこれから起きる事に彼女を巻き込まなければならない。
神は何故、今、目覚めさせたのだろう。何も知らない方がサフィニアにとってどんなに良かったかわからない。
そして、あの夜会が訪れた。
ユリウスの色を纏って現れたサフィニアを見て、心がざわつくのを我慢した。私はユリウスに嫉妬している。
自分で頼んだにも拘らず、ユリウスの隣で微笑んでいる彼女を見るのは、辛かった。
彼女の隣にはいつも私がいたからだ。
彼女への想いに終止符を打つ為に
「サフィニア嬢、一曲踊ってはくれないだろうか?」
差し出した手が震えている。
断られるかもしれない。最初と最後はパートナーと踊るもの。これが彼女と踊る最後になるのだと。
「では、一曲だけ」
彼女に了承された私は、安堵した。彼女の手を取ってそのまま踊った。
ああ。このまま時が止まってしまえば、サフィニアは私だけの物になるのに。
だが、またもや、ローズマリアの邪魔が入った。
「お、お腹が痛い、誰か助けてーっ」
悲鳴に似た甲高い声を上げた所為で、曲が途絶えローズマリアに注目が集まった。
仕方なくローズマリアの元に駆け寄り
「立てるか?」
そう問いかけると態と見せつけるかの様にしな垂れかけて来た。
「どういうつもりだ。ここが何処だかわかっているのか?」
「殿下、立てません。控室に連れて行って下さい」
この場で突き放せば、後々が厄介な事になる。
そう判断し、ローズマリアを抱いて控室にいった。そして王宮医師を呼びに部屋を出た。
指示を出して部屋に帰って来ると、公爵夫人がローズマリアと話しているのが聞こえた。
「ローズ、もう貴女は王太子妃なのよ。子供のような真似はおやめなさい。もうすぐ一児の母となるのだからしっかりしないといけないわ」
「お母様一体どうしたのです。いつものように私を甘やかさないのですか?」
「貴女の立場は注目を浴びるのよ。これからは皆の手本となって…」
「ええ、私の手本はお母様ですわ。ですからお母様を真似て、お姉様に薬を入れたんです。まさかバルコニーから落ちるなんて思わなかったけれど。精々ふら付いて恥を掻いたらいいのにと思っていたのに」
「ま…まさか、貴女の仕業なの?」
「あら、お母様の所為かもしれませんよ。だって、私聞いてしまったんです。お父様に懺悔なさっていらしたでしょう?お姉様のハーブティーに睡眠薬を入れていたことを」
「し…知っていたの…」
公爵夫人の声が震えている。これは事実なのだ。
なんという事なのか。サフィニアが転落した原因はこの二人の所為だった。
あまりの衝撃的な告白に暫しその場に立ち尽くしていたが、公爵夫人が出て来たので慌てて回廊の柱の影に隠れた。
医師がきて、暫く安静にした方が良いと診断を受けたことで、ローズマリアを部屋から出さない様に指示した。
今しがた聞いた話に私は全身の毛が逆立つのを覚えた。
実の娘に薬を盛る母親に、実の姉を貶めようとする妹。子供たちに関心のない父親。
公爵家の歪な親子関係に私は、サフィニアの身が危ないと考え、ユリウスに休暇を与えた。
領地に帰る彼女の様子を探らせる事が目的だった。
「先ほど、サフィニアに会ったのだが、随分と痩せている上に、公爵家での彼女の処遇も気になる。すまないがユリウス、サフィニアの婚約者になってもらえないだろうか。このままでは折角目覚めても、今度は本当に永久に失ってしまうかもしれない」
私には、この頃隣国から再三に渡って、見合い話が上がっていた。最初、サフィニアが事故で植物人間状態だった時に話が合ったのだが、サフィニアを諦められない私は、ローズマリアを仮の婚約者にしたのだ。
サフィニアが目覚めた時に何時でも婚約し直せるようにする為に、そうなった場合は、ローズマリアには家格の合った爵位の令息から婿を王命で世話する予定だったのだ。
しかし、ローズマリアの愚かな行動の所為で、全ては水の淡になった。
その見合い話がまた浮上してきたのには、訳があった。王女は建国記念の式典に国王代理で来ていたのだ。そこで私に一目ぼれをしたらしい。
側妃としてでも構わないので、側に置いてほしいと隣国からの要望だった。父王も隣国からの要望を無下にできず、取り敢えずこの国に来てもらい、私と対面して今後の話を詰める予定なのだ。
だが、目覚めて生きて動いて喋っているサフィニアを目の当たりにした私には、彼女を諦められずにいた。
もう一度会いたい。話したい。抱きしめたい。その体の隅々まで私で満たしたい。
そんな欲望が抑えきれず私の体に浸透していく。
「殿下、最近公爵家に『夕暮れのに小夜啼鳥』が現れるそうですよ」
新しい侍従のデニムから教えられ、こっそり夕暮れ時に公爵家を訪れる様になった。
夕日を浴びたサフィニアの髪は黄金色の麦畑の様に輝いて、その歌声は本物の小夜啼鳥そものだった。
彼女が口ずさんでいるのは、私と見に行った観劇の一部。
彼女も忘れていないのだ。私との思い出を。
沈下したはずの彼女への想いが、再び心の中に熱い炎となって、燃え上がり始めたのを感じながら、
もう遅い。今更どうすることも出来ない。
己の無力さに嘆きながら、それでも愛する人を影ながら密かに見つめている。
我ながら諦めが悪い。どんなに想ってもこれから起きる事に彼女を巻き込まなければならない。
神は何故、今、目覚めさせたのだろう。何も知らない方がサフィニアにとってどんなに良かったかわからない。
そして、あの夜会が訪れた。
ユリウスの色を纏って現れたサフィニアを見て、心がざわつくのを我慢した。私はユリウスに嫉妬している。
自分で頼んだにも拘らず、ユリウスの隣で微笑んでいる彼女を見るのは、辛かった。
彼女の隣にはいつも私がいたからだ。
彼女への想いに終止符を打つ為に
「サフィニア嬢、一曲踊ってはくれないだろうか?」
差し出した手が震えている。
断られるかもしれない。最初と最後はパートナーと踊るもの。これが彼女と踊る最後になるのだと。
「では、一曲だけ」
彼女に了承された私は、安堵した。彼女の手を取ってそのまま踊った。
ああ。このまま時が止まってしまえば、サフィニアは私だけの物になるのに。
だが、またもや、ローズマリアの邪魔が入った。
「お、お腹が痛い、誰か助けてーっ」
悲鳴に似た甲高い声を上げた所為で、曲が途絶えローズマリアに注目が集まった。
仕方なくローズマリアの元に駆け寄り
「立てるか?」
そう問いかけると態と見せつけるかの様にしな垂れかけて来た。
「どういうつもりだ。ここが何処だかわかっているのか?」
「殿下、立てません。控室に連れて行って下さい」
この場で突き放せば、後々が厄介な事になる。
そう判断し、ローズマリアを抱いて控室にいった。そして王宮医師を呼びに部屋を出た。
指示を出して部屋に帰って来ると、公爵夫人がローズマリアと話しているのが聞こえた。
「ローズ、もう貴女は王太子妃なのよ。子供のような真似はおやめなさい。もうすぐ一児の母となるのだからしっかりしないといけないわ」
「お母様一体どうしたのです。いつものように私を甘やかさないのですか?」
「貴女の立場は注目を浴びるのよ。これからは皆の手本となって…」
「ええ、私の手本はお母様ですわ。ですからお母様を真似て、お姉様に薬を入れたんです。まさかバルコニーから落ちるなんて思わなかったけれど。精々ふら付いて恥を掻いたらいいのにと思っていたのに」
「ま…まさか、貴女の仕業なの?」
「あら、お母様の所為かもしれませんよ。だって、私聞いてしまったんです。お父様に懺悔なさっていらしたでしょう?お姉様のハーブティーに睡眠薬を入れていたことを」
「し…知っていたの…」
公爵夫人の声が震えている。これは事実なのだ。
なんという事なのか。サフィニアが転落した原因はこの二人の所為だった。
あまりの衝撃的な告白に暫しその場に立ち尽くしていたが、公爵夫人が出て来たので慌てて回廊の柱の影に隠れた。
医師がきて、暫く安静にした方が良いと診断を受けたことで、ローズマリアを部屋から出さない様に指示した。
今しがた聞いた話に私は全身の毛が逆立つのを覚えた。
実の娘に薬を盛る母親に、実の姉を貶めようとする妹。子供たちに関心のない父親。
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