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この愛に囚われて

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 医師から余命を宣告された時、私の脳裏に浮かんだのは、残された殿下の事だった。

 成婚式は諸外国を始め、多くの人々に見守られ盛大な式となった。初夜もつつがなく終わり、私は正式に殿下の妻として執務をこなしている。昼間はローズマリアが使っていた王太子妃の部屋で、夜は相変わらず離宮でゆっくりと過ごしていた。

 王宮での生活は薄氷を踏む様に注意が必要で、疲れるからだ。離宮にいる侍女達は私の事情を知っている者ばかりで、自然と息ができる場所。

 「サフィ。君のおかげで父親になれる。ありがとう。今日は元気に動いているかい」

 「はい、ジーク様。お父様の声が解る様で、元気に蹴っていますわ」

 「ああ、本当に元気だ」

 私の大きくなるお腹を触ったり、耳をあてたりして嬉しそうにしている殿下を見る度に心が重く苦しくなる。

 子供を産めば私は死ぬ事になる。でも、産まなければローズを、犠牲にして生き延びた私に、何の価値があるのだろう。

 そんなある日、私は陛下に呼ばれて密かに対面した。そして陛下からあることを頼まれたのだ。






 夏の終わりの大雨の夜、私は突然お腹の痛みを訴え、殿下は慌てて医師を呼びに行かせた。

 侍女達が忙しなく支度しながら、殿下は無事お産を終えるのを部屋の外で待っている。


 おぎゃーっ、おぎゃーっ


 赤子の声が大きく響き渡ると同時に、私の容態が急変したと侍女が殿下に知らせた。

 「サフィ、しっかりするんだ。私を置いて逝くな!」

 殿下の声で一度は冥府の扉の前にいたが、引き返してきた。

 そうだ、まだ死ねない。私にはしなくてはならないことがある。

 「で…でんか…。お別れです。わ…たしは…もう…いきられません…これを…」

 「これは…」

 殿下に小さな小瓶を渡した。それは陛下から預かった『毒』なのだ。

 あの日、陛下は私の寿命が長くない事を確認した後、これを私に渡して殿下に飲ます様に命を下したのだ。

 私に固執し、執着する殿下にこの国の未来を預ける事を躊躇った陛下の温情。

 せめて、愛する者の手で死なせて欲しいと頼まれた。

 それは、私の願いでもある。一時は殿下を恐ろしいと思っていたが、愛しいと思う気持ちの方が勝っている。

 もし、私が死んだ後、殿下が他の女性を妻に迎えたら、そう思うと苦しい。嫌だ。悲しい。

 そんな感情が支配する。だから、一緒に逝くのだ。

 私も囚われている。

 ジークレストと言う人に。




 だから、最後の賭けに出る。殿下が私と一緒に死ぬ事を選んでくれるように願っている。

 殿下は私が愛したあの微笑みを浮かべながら

 「これが君の願いなら…」
 
 そう言って、毒を飲み乾した。




 私達がこと切れた後、異変に駆け付けたユリウス様の見た光景は、幸せそうに微笑む私達の姿だった。

 二人の手首には赤い布が巻かれ両端が繋がっていた。

 そう、私達は心中したのだ。二人で永遠に生きる為に、それが奈落の底だろうと一緒にただ落ちていくだけ。



 

 その後、新しい王太子にユリウス様が選ばれ、生まれた赤子の後見を務めた。生まれたのは男女の双子だった。

 王子は殿下に似ている。王女は私に似ている。

 この子たちには幸せな人生を歩んでほしい。

 そう願いながら、私は消えていく。

 この愛に囚われ溺れたのは、他ならぬ私自身だったのだから……。




 ー完ー


 長い間、ご愛読頂きましてありがとうございます。

 やっと完結しました。恐るべきシリアス。結構体力を消耗しました。

 次回からはゆるゆるとしたいです。

 たくさんのお気に入り登録してくださり感謝します。ではまた、8月からはおバカな話でお会いしましょう。

 
 

 
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