エリスの毒花

春野オカリナ

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プロローグ

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 広場の中央で民衆が怒気を含んで大きな歓声を挙げている。

 
 ──ああ……やっと、死を迎えることができるのね。


 悪女と言われた側妃バレンシアは、その日、王妃暗殺未遂で断頭台に上がっていた。

 悪意と怒りに満ちた民衆を見渡しながら、彼女は舞台の最後の様に彼らに向かってお辞儀する。

 一瞬、その姿に魅了された群衆は、王の声でまた我に返った。

 「何をしている。早く刑を執行せよ」

 若き王と王妃は顔を歪めながら、その瞬間を待ち望んでいた。しかし、バレンシアもまた待っていた。


 早く、一気に切り落としてーーー


 バレンシアの望み通り、彼女の首めがけて刃が勢いよく落下する。

 次の瞬間、バレンシアはうなじに授けられた神「クロノスの加護」を発動させた。

 
 ふふっ、上手くいったわ。これで彼を救う事が出来る。

 次の世でまた会いましょう。

 そうしてバレンシアは時間を巻き戻したのだが……。



 真っ白な世界に一人バレンシアは立っていた。

 何もないはずの空間から、巨大な女神の石像が現れた。女性像の背には羽のついている。右手に林檎を持ち、左手にメビウスの輪の様な飾りのついた杖を持っていた。だが、よく見ると女神の足に蛇がまとわりついている。

 禍々しいまでの像を目の前にしてバレンシアは一瞬怯んだ。

 『ねえ、貴女の死に方、気に入ったのよね。でももう少しひねりが欲しかったなあ』
 「あなたは誰?」

 気付くとバレンシアの足元に小さな少女が立っていた。だが、その口調は何処か大人びていて、赤い唇は林檎の様だった。

 少女は、女神像の前まで来ると、向き直って今度は妖艶な大人の姿に変化した。

 『ふふっ、そんなに怯えないで、貴女の生きざまに興味が湧いて、姿を現したの。だってそうでしょう。悔しくなーい』
 「悔しいし、彼らが憎いです。何もかも憎い、でも一番憎いのは何も出来ない自分よ!!」

 バレンシアは気付くと本音を女神の前でぶちまけていた。

 『そうでしょう。そうでしょう。そうでなくっちゃね』

 今度は、小さな妖精のような姿で、手を叩きながら、バレンシアの周りを飛び回る。
 バレンシアは姿を捕らえようと、声のする方にキョロキョロと周りを見た。

 『でも、ざーんねんね。さっき、貴女が持っていた加護を使ったでしょう。だから、今の貴女は加護なし。もう二度と同じ加護は受けられない。さーて、どうしましょう』

 今度は真っ黒な空間の中に閉じ込められた。見えないバレンシアは声のする方に意識を集中させた。

 「どうすればいいの」
 『話が早くていいわね。簡単よ。わたくしが加護を与えてあげるわ。但し、ただではダメよ』
 「何をすれば…」
 『ふふふっ、そ・れ・は・ね。わたくしが満足いくような結果を残して欲しいの。ただそれだけよ。そうすれば貴女にわたくしの加護を授けるわ』
 「満足のいくって…」
 『退屈でなければいいのよ。だって、貴女のその顔、表情が物語っているわ。復讐したいって』
 「そうよ。わたしをこんな目に遭わせた人たちみんなに復讐したいのよ」
 『そう、利害が一致したわね。なら契約よ。わたくしを満足させる結果が出せたなら、貴女を自由にしてあげる。でも失敗したら、その時はわたくしの花園に咲く薔薇となって生きていくのよ。永遠にね』

 女神は蛇の髪に瞳孔が開いた瞳、口からは蛇の舌。

 バレンシアの身体に巻き付き、催促した。

 どうせ、時間を巻き戻した以上後には引けない。ならば、この女神の手を取って、復讐するのもいいかもしれない。そう考えて、契約を交わした。

 『あーーははははっ、お利口さん。では、貴女にわたくしの最上級の加護を与えてあげるわ』

 そう言うと、一粒の種をバレンシアの心臓に埋め込んだ。

 魔法の種はバレンシアの身体に入っていき、胸には加護を受けた印が浮かんだ。その印を見てバレンシアは、目の前にいる女神が何者なのかを知ったのだ。

 「…エリス。運命の女神のエリス様」
 『そうね。貴女達からそう呼ばれているわね。でもわたくしの一番好きなものは、人間の復讐劇よ。だから貴女も咲かせてね。わたくしが満足がいくような結末を見せて』
 「咲かすって」
 『あらごめんあそばせ。説明不足ね。その種は貴女が復讐を果たす度に育つの。綺麗な薔薇の花を咲かせられれば賭けは貴女の勝ちよ。でもしくじれば、その花に喰われて、花園に収監されるの。期限は貴女が死を迎えた今日までの時間よ。でなければ公平ではないでしょう』
 「加護はどんな」
 『それは重要よね。知りたい人の未来が見えるの。運命と言えばいいかしら。見たい人が辿る運命を知る事が出来る。でも、注意しておくわ。運命を変えれば他の人の運命も捻じ曲げる事になるわ。気を付けてね。じゃあ、時間がもったいないわ。頑張ってね』
 「ま…待って、まだ聞きたいことが」

 バレンシアの意識は次第に遠のいていった。




 「…様、お嬢様」

 聞き覚えのある侍女の声で目が覚めた。
 それもそのはず、3年後にバレンシアが殺そうとした王妃カトレアがバレンシアを覗き込んでいた。

 「ああ…こんな時間なの。支度を急がなくてはね」
 「ええ、そうですよ。早く起きて下さい」

 カトレアが適当に返事をしているの見て、バレンシアは今日が何の日か理解した。

 (今日は私の誕生日ね)

 その日、カトレアと王太子が何をしていたのか、思い出したバレンシアは苦笑する。

 (今度はそう簡単にはやられないわ)

 「そうだ、カトレア。今日は薄紫のドレスにするわ」
 「えっ、急にどうしたんですか?」
 「なんだか、そう言う気分になったからよ」
 「わ…わかりました」

 カトレアは渋々顔で、衣裳部屋に急いだ。

 記憶が確かなら、もうすぐ知らせが来る筈よね。
 
 コンコン。

 「お入りなさい」
 「お嬢様。王宮からの使者で本日は王太子殿下がエスコート出来ないそうです」
 「そう、わかったわ」

 真面目な家令モリスは報告だけすると、通常業務に戻って行った。

 (やっぱり、そうなるのね)

 バレンシアは、もう一人の侍女マリアに着替えを手伝わせ、従者に言伝を頼んだ。

 兄アーサーに今夜のパーティーのエスコートを頼む為に。
 





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