エリスの毒花

春野オカリナ

文字の大きさ
3 / 3

波乱の誕生会の幕開け

しおりを挟む
 誕生会が始まると、会場の大広間は多くの貴族で賑わっていた。

 一通りの挨拶が終わり、バレンシアはその時を待っている。

 「何か気になる事でもあるんですか?」

 侍女のマリアが外の様子を眺めているバレンシアに声を掛けた。

 「ちょっとね」

 まだ早い。もう少ししてからよ。

 バレンシアは逸る気持ちを落ち着かせて、いつものように作り笑顔を浮かべた。

 誰も知らないこの時間に既に事は起きている。でも今はまだ早い。もっと言い逃れの出来ない決定的な瞬間でないと思い通りにはいかないことも予想できた。

 暫く経つと第二王子ヴィルムの来訪が告げられた。前回同様に兄王太子の代わりにバレンシアに祝いの言葉を伝える為に態々訪問したのだ。
 
 国王は王妃よりも側妃を愛していた。学園在学中に婚約者ではない男爵令嬢を身籠らせ、本来の婚約者である現王妃と急いで式を挙げた事は有名だ。

 愛する側妃と閨を過ごせないから、性欲の捌け口の様に毎晩正妃の元に通った事で、子を孕むことが出来た。しかし、国内にも国外にも既に正妃が懐妊している事は周知している。そこで王家が出した結論は子供の交換だった。

 側妃が出産した第一王子を正妃の子供にし、正妃が産んだ第二王子を側妃の子にして発表した。当時、正妃の実家ロンバルド公爵が猛反発したが、第二王子を王太子にすると約定した事で黙らせたのだが、国王は早逝した側妃の願いを叶えてその約定を違えてしまった。
 そして、第一王子ベルトランが立太子したのだ。

 当然、何の後ろ盾もない王子の立太子など、風前の灯火…。ところが、貪欲なドルトンが娘を婚約者に差し出した事によって、事態は大きく変わった。

 今やドルトンは飛ぶ鳥を落とす勢いで権力を手にしている。しかし、今晩自らが築いた牙城の一角が崩れた瞬間、彼はどんな表情を見せるだろう。

 また、バレンシアを役立たずと罵って、頬を叩くだろうか?それとも以前の様に暗い物置小屋に閉じ込めるだろうか…どちらにしてもまともな親のすることではない。

 以前のバレンシアならそんな父親の僅かばかりの愛情も欲しがっただろう。

 …だが、今は違う。

 やり直す為に、自分が自分らしく生きる為に戻って来たのだから。大切な者を守る為に…。

 「第二王子殿下にご挨拶します。態々足を運んで頂きありがとうございます」
 「大丈夫ですよ。未来の義姉上殿」

 バレンシアは、そっとヴィルムに近づき囁くように聞いた。

 「例の手紙は受け取りましたか?」
 「ええ、母は大層喜んでいました。一体何が書いてあったのですか?」
 「それは今からわかります」
 「教えてくれてもいいのに」

 少し拗ねた表情を見せながら、政敵の娘の誕生会に急に参加するように命じた王妃である母の顔は、近年に見ない程、明るかった。

 母の様子も驚いたが、それよりも目の前のバレンシアの様子が以前よりも変わっている事の方がもっと興味をそそられていた。

 バレンシアは、不意に窓の外を見て味方の門番から合図が送られたのを確認した。

 「それでは乾杯しましょう。王子殿下」
 「ありがとう。何に乾杯しますか?」
 「当然、わたくしの誕生日なのですから、祝って下さいませ」
 「ではバレンシア嬢の誕生日を祝って乾杯」

 ヴィルムは、バレンシアに微笑みながらグラスを前に出した。

 ─……殿下、今日はこれからのわたくしと貴女の未来の為に乾杯しますわ。

 バレンシアは心の中でそう呟いて、グラスを傾けた。

 「きゃあ──」

 傍にいた令嬢の小さな悲鳴が聞こえた。

 バレンシアは「まあ、大変。折角のドレスが…」そう言ってワインを吸って赤くなったドレスを残念そうに見つめた。

 「直ぐに着替えたほうがいい」
 「そうしますわ。でも水分を吸ったドレスが重くて、思う様に動けませんの。殿下、支えてもらって宜しいでしょうか?」
 「ああ、構わない。僕が連れて行こう」

 ヴィルムは、バレンシアに誘導される様に公爵家の2階のある部屋に辿り着いた。

 「ここですわ」
 「わかった」

 バレンシアに言われヴィルムは扉を開くと、中から何かの呻き声と寝台の軋む様な音が聞こえてくる。不審に思った護衛の騎士や侍女が先導して、続き間になっている寝室の扉を開けた。

 急に灯りを灯され、

 「だ…誰だ。そこで何をしている」
 「貴様こそ誰が。俺に対して……」

 裸の男女が寝台で睦みあっている様子を見て、騎士と侍女…ヴィルムも顔を強張らせた。

 「……バルトラン殿下…。そ…それにカトレアなの。そ…そんな」

 バレンシアは顔を手で覆い、慌てた様子で廊下を走って行った。その様子に誰もが衝撃を受けて泣いていると思って胸が痛んだ。実際は顔を隠してほくそ笑んでいたのだが…。

 「だ…誰か来て、大変なの」

 バレンシアは大声で広間に聞こえる様に叫んだ。その乱れた様子と真っ赤に染まったドレスは来賓客の興味を更に煽った。

 「どうしたんだ。バレンシア」

 バレンシアに一番に声を掛けたのは、母方の伯父ローガン・フィッチャー侯爵。バレンシアはすかさずローガンの胸に飛び込んで嘘泣きをし出す。

 ──さあ、バレンシア。渾身の演技を見せるのよ。

 「お…伯父様。実は……」

 泣いている姿にローガンは亡き妹の姿を重ねて、更に感情を揺さぶられた。

 バレンシアから事の次第を聞いたローガンは、問題の部屋を訪れ、既に灯りを灯された部屋は明るく、余程急いでいたのか、それとも興奮していたのか。散乱している服や下着、乱れた寝台…そして取り乱している裸の男女。

 誰がみても何をしていたか、はっきりと判る状況で同じ言い訳を繰り返している男女。

 「ち…違う。誤解だ」
 「そう…です。やましいことは何も…」

 この状況で「疾しい事はない」等とどの口が言えるのだろう。そのにいる全員が心の中で呟いた。浮気現場を押さえられた者達は大抵、「誤解だ」「違う」「何もしていない」と言うが、何もしていなくても未婚の男女が一つの部屋にいること自体が問題なのに。彼らは生まれたままの姿で皆の前に晒されているのだ。誤解も何もない。

 ドカッ!

 何かを殴る鈍い音が部屋に響いた。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

物語は始まらない

白雪なこ
ファンタジー
前世の記憶を思い出した、ヒロインたち。 自分が乙女ゲームのヒロインとして君臨し、活躍できる、ゲームの始まりを待ち望み、そして、決戦の日とも言える「その日」を迎えるヒロインたち。 ヒロインは、物語を始めるつもりなのに、 「物語が始まらない」 こともあるのですよ。というお話です。1話完結。

冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

乙女ゲームの悪役令嬢、ですか

碧井 汐桜香
ファンタジー
王子様って、本当に平民のヒロインに惚れるのだろうか?

大好きなおねえさまが死んだ

Ruhuna
ファンタジー
大好きなエステルおねえさまが死んでしまった まだ18歳という若さで

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

ねえ、今どんな気持ち?

かぜかおる
ファンタジー
アンナという1人の少女によって、私は第三王子の婚約者という地位も聖女の称号も奪われた 彼女はこの世界がゲームの世界と知っていて、裏ルートの攻略のために第三王子とその側近達を落としたみたい。 でも、あなたは真実を知らないみたいね ふんわり設定、口調迷子は許してください・・・

当然だったのかもしれない~問わず語り~

章槻雅希
ファンタジー
 学院でダニエーレ第一王子は平民の下働きの少女アンジェリカと運命の出会いをし、恋に落ちた。真実の愛を主張し、二人は結ばれた。そして、数年後、二人は毒をあおり心中した。  そんな二人を見てきた第二王子妃ベアトリーチェの回想録というか、問わず語り。ほぼ地の文で細かなエピソード描写などはなし。ベアトリーチェはあくまで語り部で、かといってアンジェリカやダニエーレが主人公というほど描写されてるわけでもないので、群像劇? 『小説家になろう』(以下、敬称略)・『アルファポリス』・『Pixiv』・自サイトに重複投稿。

甘そうな話は甘くない

ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
「君には失望したよ。ミレイ傷つけるなんて酷いことを! 婚約解消の通知は君の両親にさせて貰うから、もう会うこともないだろうな!」 言い捨てるような突然の婚約解消に、困惑しかないアマリリス・クライド公爵令嬢。 「ミレイ様とは、どなたのことでしょうか? 私(わたくし)には分かりかねますわ」 「とぼけるのも程ほどにしろっ。まったくこれだから気位の高い女は好かんのだ」 先程から散々不満を並べ立てるのが、アマリリスの婚約者のデバン・クラッチ侯爵令息だ。煌めく碧眼と艶々の長い金髪を腰まで伸ばした長身の全身筋肉。 彼の家門は武に長けた者が多く輩出され、彼もそれに漏れないのだが脳筋過ぎた。 だけど顔は普通。 10人に1人くらいは見かける顔である。 そして自分とは真逆の、大人しくか弱い女性が好みなのだ。 前述のアマリリス・クライド公爵令嬢は猫目で菫色、銀糸のサラサラ髪を持つ美しい令嬢だ。祖母似の容姿の為、特に父方の祖父母に溺愛されている。 そんな彼女は言葉が通じない婚約者に、些かの疲労感を覚えた。 「ミレイ様のことは覚えがないのですが、お話は両親に伝えますわ。それでは」 彼女(アマリリス)が淑女の礼の最中に、それを見終えることなく歩き出したデバンの足取りは軽やかだった。 (漸くだ。あいつの有責で、やっと婚約解消が出来る。こちらに非がなければ、父上も同意するだろう) この婚約はデバン・クラッチの父親、グラナス・クラッチ侯爵からの申し込みであった。クライド公爵家はアマリリスの兄が継ぐので、侯爵家を継ぐデバンは嫁入り先として丁度良いと整ったものだった。  カクヨムさん、小説家になろうさんにも載せています。

処理中です...