夢から醒めた令嬢は幸せになった

春野オカリナ

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やっぱり顔だけはいい

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 湖に落ちてから一週間。

 その間、私の家族…公爵家の人間は誰一人見舞いに来なかった。

 勿論、既に諦めていたから期待もしていなかったのに…。

 今、目の前にいる男女の姿に疑問符しか浮かばない。

 特に義姉ラナネとは特に親しくもないし、出来れば一生関わりたくない相手…。彼女に関わるという事は自分の寿命長さに比例するからだ。

 決して大袈裟でもなければ、夢の所為や過剰な思い込みなどでもない。

 現実に公爵家での私の立場は、もしかしたら使用人よりも低いかもしれない。その程度で、何の値打ちもない小娘。唯一利用できるというなら、アイゼンに公爵家を引き渡す為の道具としての価値だ。

 その為だけに生かされている自分は家畜の様な存在なのだろう。

 それに比べて正式な養女でもない。ただの居候のラナネは屋敷中の皆から愛されている。憎まれ蔑まれている私とは大違い。

 何も知らない人間から見ればきっと、誰もがラナネが本物の公爵令嬢だと思うに違いない。

 「具合はどう?」

 ふいにラナネが先に声を掛けてきた。不意打ちを食らった所為で「大丈夫」という返事しかできない。その私のそっけない返事にアイゼンは眉間に皺を寄せたが直ぐにいつもの涼しげな表情に戻った。

 夢のおかげか今はこの二人が一緒に並んで立っていても不思議と心は痛まない。以前の私なら嫌味の一つでもお見舞いしただろうか?もうそれも過ぎたことだ。今の私には関係ない。ただ、この二人の関係がより親密になり、私を死に誘う真似さえしなければ、お互いが平穏でいられるはず…。

 「明後日には退院だな。迎えに来るよ」

 そうやって時折アイゼンは偽善的な優しさを見せる。誰の為の演技だろうか。ラナネにだけ見せればいいのに…。

 以前の私なら彼のこの優しさを本物だと思って、勘違いしただろう。

 彼に愛されている。もしくは気に掛けてもらえていると…。

 でも、今は違う。

 あの夢のおかげで私は目を醒ました。この男の目的は私に復讐する事なのだと。残酷な本性を私は夢の中で見たからだ。

 どんなに冷酷で残虐な一面を持っていても、やはりこの男は顔がいい。

 母親譲りの甘いマスクは多くの令嬢を虜にしている。髪と瞳の色は父フランクと同じ琥珀色。整った容姿で冷たい雰囲気を漂わせ、ラナネ以外の他の女性を寄せ付けなかった。

 「これ、お見舞いよ」

 ラナネは後ろ手に隠していた見舞い品を私の前に差し出した。

 途端、私はそれを無造作に手で弾き飛ばした。

 「な…何をするんだ!!」

 アイゼンの怒鳴り声が病室に響き渡ると同時に、ラナネはその場で持ってきた花束をかき集めながら、瞳に大粒の涙を浮かべていた。

 その仕草は絵画にでも出てきそうな程美しかった。

 「う…苦しい。は…やく」

 私は呼吸が出来ず、ベッドの上をのた打ち回りながら、咽喉を引き裂かんばかりに掻き毟っていた。

 白い陶磁器のような肌は、数か所の蚯蚓腫れで血塗れとなっていく。

 傍にいたデュエルが急いで、緊急用のボタンを押すと病院のスタッフが直ぐに駆けつけ対応してくれた。

 「お前!!態とか!?こいつが花粉アレルギーだということを知っていただろう!!」

 「ち…違うわ。わざとじゃない…。し…知らなかったの。本当よ…」

 泣き崩れて、傍に立っているアイゼンに助け求める様な視線を送っている。しかし、アイゼンは、

 「ラナネ、外に出よう。治療の邪魔になる」

 そう言って、ラナネを乱暴に立たせると、デュエルと共に病室を出た。

 私は花の花粉アレルギーを持っており、特にユリの花は嫌いだった。その独特の香りも嫌いだった。その香りをラナネはいつも身に付けていた。

 病室に入ってきた時から、その甘い香りが漂っていて気分を悪くした。

 息が出来ない苦しみを味わいながら、私はまた夢の中の出来事を思い出す。

 あなた達は夢と変わらないのね。アイゼン…そしてラナネも。

 私は、治療のお蔭で命は取り留めたものの、数週間また一人で退屈な病院生活を送ることになった。

 でもそれもいいかもいいかもしれない。誰にも邪魔されずに公爵家を密かに出る計画を練れるから…。

 重くなっていく瞼を閉じながら、これから起きる未来を思い浮かべた。
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