【本編完結済】この想いに終止符を…

春野オカリナ

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ベルベット公爵夫人

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 部屋に案内されると、ソファーにかける様に促され、シェリーネはベルベット公爵夫人の訪れを待っていた。

 「シェリーネ嬢。お待たせしてしまったわね」

 「いえ、それ程ではありません」

 招待客を見送った後、急いできたのか夫人の息が上がっている。

 シェリーネは彼女の額に光る汗を見て、自分の為に急がせたのだと思うと申しわけない気持ちで一杯になった。

 夫人は席に着くと、手をひらひらさせて、使用人達を部屋から出る様に指示している。

 「わたくしとエリーはね。母親同士が仲が良くて、子供の頃からお互いの家を行き来していたの。学園でも仲が良かったのよ。ねえ、シェリーネは今日のお茶会で違和感を覚えなかったかしら?」

 「確かに…この間のロマネロ伯爵夫人のお茶会もそうでしたが…」

 「気付いていたのね。そうあの時も今もある人物がいない事に…」

 そうシェリーネは、ずっと不思議に思っていた。ロマネロ伯爵夫人は言っていた。「エリーロマネ様と親しい人たちをお招きしている」と、だがその中にあの女性はいなかった。

 ──アマーリエ・デミオン侯爵夫人が…。

 「デミオン侯爵夫人がいらっしゃいませんでした。今日は欠席されたのですか?」

 「違うわ。招いていないから来れなかったのよ。わたくしとエリーが袂を分けた理由が彼女なのよ」

 「それはどういう事なのでしょう」

 「今から話す事にショックを受けるかも知れないけれど、別の誰かから面白半分に聞かされる方が気分が悪いでしょう。当時の事を話すわ」

 そう言ってベルベット公爵夫人は、母と父アレン様そしてマリウス様の事を話し始めた。

 「昔からそうなのだけれど、エリーは誰にでも優しかった。身分関係なくね。それが仇となったのは、セレニィーのことよ。彼女は没落寸前の男爵令嬢で、なんとか家の為にエリーに取り入ろうとしていたの。だから、困っているセレニィーを助ける為に裕福な子爵家の嫡男を彼女に紹介したの。所が、あの女はもっと高位令息とのつながりが欲しくて、今度は侯爵家で雇って欲しいと言い出してね。結局、それを許してしまい。アレンはあの女と関係を持ってしまった」

 「でも、それとわたくしの生まれとどういう関係が…」

 「おかしいのよ。エリーは確かに甘いし、優しすぎる所があったわ。でもそれでいつまでも離婚しないなんて在り得ない。第一、わたくしはアレンと結婚した経緯も怪しいと思っているの」

 「どういうところがですか?」

 「当時、彼女が一目ぼれをした夜会には、大勢の同期の貴族がきていたの。勿論わたくしも出席していたわ。エリーはいつもの様にマリウス様にエスコートされてきたのよ。それは誰が見てもお似合いの幸せなカップルだったわ」

 夢を見ている様にうっとりとした表情を見せ、夫人はシェリーネに過去を語っていた。

 「ならどうして、母は…」

 伯父と結婚しなかったのか、シェリーネはそう問いたかった。

 「あの夜会の後、おかしな噂が出回っていてね。それを払拭するかのようにアレンに一目惚れしたエリーが強引に婚約したと別の噂が広まったのよ。誰が聞いても意図的に流したものだとしか思えなかった。その時からよ。学園時代から大して親しくもなかったのにアマーリエと付き合い出したのは、わたくしは何かがあると踏んでエリーの元を訪ねたの。そしたら、彼女は噂は本当だと言ったわ。でもわたくしは見逃さなかった。そう言ったエリーの手が微かに震えていたのを。わたくしの方を見ずに俯いて僅かに垣間見たエリーの顔は青ざめていたこともね」

 「それで、どうなさったのですか?」

 「きっとエリーは何かを隠していると思ったわたくしは、開催した貴族の使用人を買収して、当時の事を聞き出したの。そしたら、アレンとエリーが数刻同じ部屋で過ごしたと証言したのよ。貴族の不義は社交界では破滅。ましてや未婚の女性の醜聞は命取りだわ。だから、先手を打ってそう言う噂を流したのよ。アレンは何も知らないみたいで、ある女性がその部屋に連れてきたとも言っていたわ。その女性がアマーリエだったの。エリーはその事で彼女に脅されていたのかも知れない。何度もわたくしは真実を明かす様に言ったのだけれど、彼女は頑なに拒否したの。そして、会いたくないと拒絶されたのよ。エリーとアレンが結婚して貴女が生まれたのだけれど、月日を逆算すれば、あの夜会の時の可能性が高い…こんな事を話していいのかと迷ったのだけど、貴女がこれからアレンや異母妹に同情して正しい判断が出来ないとまた同じことを繰り返すわ。そうならない為にも真実は知っておいた方がいいと思ったの」

 「…ありがとうございます。真実を話してくださって…」

 顔色が悪くなったシェリーネを見つめながら、彼女を慰める髪を撫でていた。

 本当は、あの時マリウス様は言っていた『婚約が短くなって結婚が早まるかもしれない』と。未婚の男女が結婚を早める事情等限られている。もしかしたら、シェリーネはアレンの娘ではなく、マリウスの娘なのかもしれない。そんな疑問がベルベット公爵夫人の脳裏に浮かんだ。

 「まさかね…」

 混乱しているシェリーネの耳には夫人の小さな呟きえを拾う事はなかった。

 迎えに来たジュリアスの姿を見て、シェリーネはホッと安堵した。

 いつからか、シェリーネはジュリアスの姿を見つけて安心している自分がいる事に気付いていた。

 その差し出された手を握ると、ジュリアスから与えられるものの温かさを感じ取る事ができる。

 不安な思いを打ち消す様に、ギュッとジュリアスの手を握りしめた。 

 母エリーロマネの過去を知ったシェリーネの心は複雑で、

 「泣きそうな顔をしている…」

 「大丈夫よ。何でもないわ」

 「そう…でも心配事があるなら言って」

 「ええ……」

 ジュリアスは、馬車の中でシェリーネの不安を取り除く様に抱きしめて、額に口付けた。

 シェリーネも「例え、そこに愛が無くてもこの温もりは手放したくない」そう思って、ジュリアスの背に廻した手に力を込めた。

 この瞬間が永遠であるように…。

 そう願いを込めて…。


 もうすぐセレニィーの王宮裁判が始まる。

 王都の季節は雨季に入ろうとしていた。
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