16 / 29
ベルベット公爵夫人
しおりを挟む
部屋に案内されると、ソファーにかける様に促され、シェリーネはベルベット公爵夫人の訪れを待っていた。
「シェリーネ嬢。お待たせしてしまったわね」
「いえ、それ程ではありません」
招待客を見送った後、急いできたのか夫人の息が上がっている。
シェリーネは彼女の額に光る汗を見て、自分の為に急がせたのだと思うと申しわけない気持ちで一杯になった。
夫人は席に着くと、手をひらひらさせて、使用人達を部屋から出る様に指示している。
「わたくしとエリーはね。母親同士が仲が良くて、子供の頃からお互いの家を行き来していたの。学園でも仲が良かったのよ。ねえ、シェリーネは今日のお茶会で違和感を覚えなかったかしら?」
「確かに…この間のロマネロ伯爵夫人のお茶会もそうでしたが…」
「気付いていたのね。そうあの時も今もある人物がいない事に…」
そうシェリーネは、ずっと不思議に思っていた。ロマネロ伯爵夫人は言っていた。「エリーロマネ様と親しい人たちをお招きしている」と、だがその中にあの女性はいなかった。
──アマーリエ・デミオン侯爵夫人が…。
「デミオン侯爵夫人がいらっしゃいませんでした。今日は欠席されたのですか?」
「違うわ。招いていないから来れなかったのよ。わたくしとエリーが袂を分けた理由が彼女なのよ」
「それはどういう事なのでしょう」
「今から話す事にショックを受けるかも知れないけれど、別の誰かから面白半分に聞かされる方が気分が悪いでしょう。当時の事を話すわ」
そう言ってベルベット公爵夫人は、母と父アレン様そしてマリウス様の事を話し始めた。
「昔からそうなのだけれど、エリーは誰にでも優しかった。身分関係なくね。それが仇となったのは、セレニィーのことよ。彼女は没落寸前の男爵令嬢で、なんとか家の為にエリーに取り入ろうとしていたの。だから、困っているセレニィーを助ける為に裕福な子爵家の嫡男を彼女に紹介したの。所が、あの女はもっと高位令息とのつながりが欲しくて、今度は侯爵家で雇って欲しいと言い出してね。結局、それを許してしまい。アレンはあの女と関係を持ってしまった」
「でも、それとわたくしの生まれとどういう関係が…」
「おかしいのよ。エリーは確かに甘いし、優しすぎる所があったわ。でもそれでいつまでも離婚しないなんて在り得ない。第一、わたくしはアレンと結婚した経緯も怪しいと思っているの」
「どういうところがですか?」
「当時、彼女が一目ぼれをした夜会には、大勢の同期の貴族がきていたの。勿論わたくしも出席していたわ。エリーはいつもの様にマリウス様にエスコートされてきたのよ。それは誰が見てもお似合いの幸せなカップルだったわ」
夢を見ている様にうっとりとした表情を見せ、夫人はシェリーネに過去を語っていた。
「ならどうして、母は…」
伯父と結婚しなかったのか、シェリーネはそう問いたかった。
「あの夜会の後、おかしな噂が出回っていてね。それを払拭するかのようにアレンに一目惚れしたエリーが強引に婚約したと別の噂が広まったのよ。誰が聞いても意図的に流したものだとしか思えなかった。その時からよ。学園時代から大して親しくもなかったのにアマーリエと付き合い出したのは、わたくしは何かがあると踏んでエリーの元を訪ねたの。そしたら、彼女は噂は本当だと言ったわ。でもわたくしは見逃さなかった。そう言ったエリーの手が微かに震えていたのを。わたくしの方を見ずに俯いて僅かに垣間見たエリーの顔は青ざめていたこともね」
「それで、どうなさったのですか?」
「きっとエリーは何かを隠していると思ったわたくしは、開催した貴族の使用人を買収して、当時の事を聞き出したの。そしたら、アレンとエリーが数刻同じ部屋で過ごしたと証言したのよ。貴族の不義は社交界では破滅。ましてや未婚の女性の醜聞は命取りだわ。だから、先手を打ってそう言う噂を流したのよ。アレンは何も知らないみたいで、ある女性がその部屋に連れてきたとも言っていたわ。その女性がアマーリエだったの。エリーはその事で彼女に脅されていたのかも知れない。何度もわたくしは真実を明かす様に言ったのだけれど、彼女は頑なに拒否したの。そして、会いたくないと拒絶されたのよ。エリーとアレンが結婚して貴女が生まれたのだけれど、月日を逆算すれば、あの夜会の時の可能性が高い…こんな事を話していいのかと迷ったのだけど、貴女がこれからアレンや異母妹に同情して正しい判断が出来ないとまた同じことを繰り返すわ。そうならない為にも真実は知っておいた方がいいと思ったの」
「…ありがとうございます。真実を話してくださって…」
顔色が悪くなったシェリーネを見つめながら、彼女を慰める髪を撫でていた。
本当は、あの時マリウス様は言っていた『婚約が短くなって結婚が早まるかもしれない』と。未婚の男女が結婚を早める事情等限られている。もしかしたら、シェリーネはアレンの娘ではなく、マリウスの娘なのかもしれない。そんな疑問がベルベット公爵夫人の脳裏に浮かんだ。
「まさかね…」
混乱しているシェリーネの耳には夫人の小さな呟きえを拾う事はなかった。
迎えに来たジュリアスの姿を見て、シェリーネはホッと安堵した。
いつからか、シェリーネはジュリアスの姿を見つけて安心している自分がいる事に気付いていた。
その差し出された手を握ると、ジュリアスから与えられるものの温かさを感じ取る事ができる。
不安な思いを打ち消す様に、ギュッとジュリアスの手を握りしめた。
母エリーロマネの過去を知ったシェリーネの心は複雑で、
「泣きそうな顔をしている…」
「大丈夫よ。何でもないわ」
「そう…でも心配事があるなら言って」
「ええ……」
ジュリアスは、馬車の中でシェリーネの不安を取り除く様に抱きしめて、額に口付けた。
シェリーネも「例え、そこに愛が無くてもこの温もりは手放したくない」そう思って、ジュリアスの背に廻した手に力を込めた。
この瞬間が永遠であるように…。
そう願いを込めて…。
もうすぐセレニィーの王宮裁判が始まる。
王都の季節は雨季に入ろうとしていた。
「シェリーネ嬢。お待たせしてしまったわね」
「いえ、それ程ではありません」
招待客を見送った後、急いできたのか夫人の息が上がっている。
シェリーネは彼女の額に光る汗を見て、自分の為に急がせたのだと思うと申しわけない気持ちで一杯になった。
夫人は席に着くと、手をひらひらさせて、使用人達を部屋から出る様に指示している。
「わたくしとエリーはね。母親同士が仲が良くて、子供の頃からお互いの家を行き来していたの。学園でも仲が良かったのよ。ねえ、シェリーネは今日のお茶会で違和感を覚えなかったかしら?」
「確かに…この間のロマネロ伯爵夫人のお茶会もそうでしたが…」
「気付いていたのね。そうあの時も今もある人物がいない事に…」
そうシェリーネは、ずっと不思議に思っていた。ロマネロ伯爵夫人は言っていた。「エリーロマネ様と親しい人たちをお招きしている」と、だがその中にあの女性はいなかった。
──アマーリエ・デミオン侯爵夫人が…。
「デミオン侯爵夫人がいらっしゃいませんでした。今日は欠席されたのですか?」
「違うわ。招いていないから来れなかったのよ。わたくしとエリーが袂を分けた理由が彼女なのよ」
「それはどういう事なのでしょう」
「今から話す事にショックを受けるかも知れないけれど、別の誰かから面白半分に聞かされる方が気分が悪いでしょう。当時の事を話すわ」
そう言ってベルベット公爵夫人は、母と父アレン様そしてマリウス様の事を話し始めた。
「昔からそうなのだけれど、エリーは誰にでも優しかった。身分関係なくね。それが仇となったのは、セレニィーのことよ。彼女は没落寸前の男爵令嬢で、なんとか家の為にエリーに取り入ろうとしていたの。だから、困っているセレニィーを助ける為に裕福な子爵家の嫡男を彼女に紹介したの。所が、あの女はもっと高位令息とのつながりが欲しくて、今度は侯爵家で雇って欲しいと言い出してね。結局、それを許してしまい。アレンはあの女と関係を持ってしまった」
「でも、それとわたくしの生まれとどういう関係が…」
「おかしいのよ。エリーは確かに甘いし、優しすぎる所があったわ。でもそれでいつまでも離婚しないなんて在り得ない。第一、わたくしはアレンと結婚した経緯も怪しいと思っているの」
「どういうところがですか?」
「当時、彼女が一目ぼれをした夜会には、大勢の同期の貴族がきていたの。勿論わたくしも出席していたわ。エリーはいつもの様にマリウス様にエスコートされてきたのよ。それは誰が見てもお似合いの幸せなカップルだったわ」
夢を見ている様にうっとりとした表情を見せ、夫人はシェリーネに過去を語っていた。
「ならどうして、母は…」
伯父と結婚しなかったのか、シェリーネはそう問いたかった。
「あの夜会の後、おかしな噂が出回っていてね。それを払拭するかのようにアレンに一目惚れしたエリーが強引に婚約したと別の噂が広まったのよ。誰が聞いても意図的に流したものだとしか思えなかった。その時からよ。学園時代から大して親しくもなかったのにアマーリエと付き合い出したのは、わたくしは何かがあると踏んでエリーの元を訪ねたの。そしたら、彼女は噂は本当だと言ったわ。でもわたくしは見逃さなかった。そう言ったエリーの手が微かに震えていたのを。わたくしの方を見ずに俯いて僅かに垣間見たエリーの顔は青ざめていたこともね」
「それで、どうなさったのですか?」
「きっとエリーは何かを隠していると思ったわたくしは、開催した貴族の使用人を買収して、当時の事を聞き出したの。そしたら、アレンとエリーが数刻同じ部屋で過ごしたと証言したのよ。貴族の不義は社交界では破滅。ましてや未婚の女性の醜聞は命取りだわ。だから、先手を打ってそう言う噂を流したのよ。アレンは何も知らないみたいで、ある女性がその部屋に連れてきたとも言っていたわ。その女性がアマーリエだったの。エリーはその事で彼女に脅されていたのかも知れない。何度もわたくしは真実を明かす様に言ったのだけれど、彼女は頑なに拒否したの。そして、会いたくないと拒絶されたのよ。エリーとアレンが結婚して貴女が生まれたのだけれど、月日を逆算すれば、あの夜会の時の可能性が高い…こんな事を話していいのかと迷ったのだけど、貴女がこれからアレンや異母妹に同情して正しい判断が出来ないとまた同じことを繰り返すわ。そうならない為にも真実は知っておいた方がいいと思ったの」
「…ありがとうございます。真実を話してくださって…」
顔色が悪くなったシェリーネを見つめながら、彼女を慰める髪を撫でていた。
本当は、あの時マリウス様は言っていた『婚約が短くなって結婚が早まるかもしれない』と。未婚の男女が結婚を早める事情等限られている。もしかしたら、シェリーネはアレンの娘ではなく、マリウスの娘なのかもしれない。そんな疑問がベルベット公爵夫人の脳裏に浮かんだ。
「まさかね…」
混乱しているシェリーネの耳には夫人の小さな呟きえを拾う事はなかった。
迎えに来たジュリアスの姿を見て、シェリーネはホッと安堵した。
いつからか、シェリーネはジュリアスの姿を見つけて安心している自分がいる事に気付いていた。
その差し出された手を握ると、ジュリアスから与えられるものの温かさを感じ取る事ができる。
不安な思いを打ち消す様に、ギュッとジュリアスの手を握りしめた。
母エリーロマネの過去を知ったシェリーネの心は複雑で、
「泣きそうな顔をしている…」
「大丈夫よ。何でもないわ」
「そう…でも心配事があるなら言って」
「ええ……」
ジュリアスは、馬車の中でシェリーネの不安を取り除く様に抱きしめて、額に口付けた。
シェリーネも「例え、そこに愛が無くてもこの温もりは手放したくない」そう思って、ジュリアスの背に廻した手に力を込めた。
この瞬間が永遠であるように…。
そう願いを込めて…。
もうすぐセレニィーの王宮裁判が始まる。
王都の季節は雨季に入ろうとしていた。
88
あなたにおすすめの小説
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
婚約破棄されましたが気にしません
翔王(とわ)
恋愛
夜会に参加していたらいきなり婚約者のクリフ王太子殿下から婚約破棄を宣言される。
「メロディ、貴様とは婚約破棄をする!!!義妹のミルカをいつも虐げてるらしいじゃないか、そんな事性悪な貴様とは婚約破棄だ!!」
「ミルカを次の婚約者とする!!」
突然のことで反論できず、失意のまま帰宅する。
帰宅すると父に呼ばれ、「婚約破棄されたお前を置いておけないから修道院に行け」と言われ、何もかもが嫌になったメロディは父と義母の前で転移魔法で逃亡した。
魔法を使えることを知らなかった父達は慌てるが、どこ行ったかも分からずじまいだった。
【完結】欲をかいて婚約破棄した結果、自滅した愚かな婚約者様の話、聞きます?
水月 潮
恋愛
ルシア・ローレル伯爵令嬢はある日、婚約者であるイアン・バルデ伯爵令息から婚約破棄を突きつけられる。
正直に言うとローレル伯爵家にとっては特に旨みのない婚約で、ルシアは父親からも嫌になったら婚約は解消しても良いと言われていた為、それをあっさり承諾する。
その1ヶ月後。
ルシアの母の実家のシャンタル公爵家にて次期公爵家当主就任のお披露目パーティーが主催される。
ルシアは家族と共に出席したが、ルシアが夢にも思わなかったとんでもない出来事が起きる。
※設定は緩いので、物語としてお楽しみ頂けたらと思います
*HOTランキング10位(2021.5.29)
読んで下さった読者の皆様に感謝*.*
HOTランキング1位(2021.5.31)
【完結】婚約破棄される未来見えてるので最初から婚約しないルートを選びます
22時完結
恋愛
レイリーナ・フォン・アーデルバルトは、美しく品格高い公爵令嬢。しかし、彼女はこの世界が乙女ゲームの世界であり、自分がその悪役令嬢であることを知っている。ある日、夢で見た記憶が現実となり、レイリーナとしての人生が始まる。彼女の使命は、悲惨な結末を避けて幸せを掴むこと。
エドウィン王子との婚約を避けるため、レイリーナは彼との接触を避けようとするが、彼の深い愛情に次第に心を開いていく。エドウィン王子から婚約を申し込まれるも、レイリーナは即答を避け、未来を築くために時間を求める。
悪役令嬢としての運命を変えるため、レイリーナはエドウィンとの関係を慎重に築きながら、新しい道を模索する。運命を超えて真実の愛を掴むため、彼女は一人の女性として成長し、幸せな未来を目指して歩み続ける。
愚者による愚行と愚策の結果……《完結》
アーエル
ファンタジー
その愚者は無知だった。
それが転落の始まり……ではなかった。
本当の愚者は誰だったのか。
誰を相手にしていたのか。
後悔は……してもし足りない。
全13話
☆他社でも公開します
虚言癖の友人を娶るなら、お覚悟くださいね。
音爽(ネソウ)
恋愛
伯爵令嬢と平民娘の純粋だった友情は次第に歪み始めて……
大ぼら吹きの男と虚言癖がひどい女の末路
(よくある話です)
*久しぶりにHOTランキグに入りました。読んでくださった皆様ありがとうございます。
メガホン応援に感謝です。
愛されていたのだと知りました。それは、あなたの愛をなくした時の事でした。
桗梛葉 (たなは)
恋愛
リリナシスと王太子ヴィルトスが婚約をしたのは、2人がまだ幼い頃だった。
それから、ずっと2人は一緒に過ごしていた。
一緒に駆け回って、悪戯をして、叱られる事もあったのに。
いつの間にか、そんな2人の関係は、ひどく冷たくなっていた。
変わってしまったのは、いつだろう。
分からないままリリナシスは、想いを反転させる禁忌薬に手を出してしまう。
******************************************
こちらは、全19話(修正したら予定より6話伸びました🙏)
7/22~7/25の4日間は、1日2話の投稿予定です。以降は、1日1話になります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる