もう、あなたを愛することはないでしょう

春野オカリナ

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第一章

手紙の主

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 ベアトリーチェの頭に自分の頬を押し付けて、ぐりぐりと擦りつけてくるレオンハルトに、エドモンドが半ば呆れ顔で、

 「私は何も知らないから、どういった経緯でそうなったんだ?」
 
 と訊ねた。レオンハルトはこれまでの事も全て話した。

 勿論、ベアトリーチェの回帰前の話も含めてだが。

 「ちょっと引っかかっていることを確認したいんだが…。誰がリリエンヌに手紙を送って来たのか覚えているかな」

 「確か差出人の名前は…デミオン・クレージュとなっていました」

 「な…なんだって、デミオンってあのデミオンか。あの小僧め」

 レオンハルトは頭をガシガシと掻いて、顰め面を見せた。

 「仕方がないよ。子供のしたことを咎めても…。何も知らなかったんだから」

 エドモンドは、慰める様な仕種でレオンハルトの肩に手を置いたが、その手を振り払って憤怒を顕にする。

 「しかし、結果的に前の時はその所為でリリエンヌは転落死した」

 そう回帰前は、レオンハルトの訃報の知らせを見てリリエンヌは窓から身を投げた。

 もしもあの時、あの手紙が無ければわたしのその後も違ったかも知れない。

 こうして考えても人の生の中で選択肢は一つだけなんて在り得ない。よく考えればわたしにも与えられていたのに、全て選んだのはわたし自身なのだと。

 今更後悔しても無駄だとベアトリーチェは思った。それよりもこれからの事を考えて慎重に行動した方がいいに決まっている。

 「その名前に心当たりがあるんですか?」

 「ああ、俺の護衛騎士の弟子だ」

 「護衛騎士…」

 「そうだ。実はちょっと変わった奴でな。魔力がほとんどないにも拘わらず、魔法魔術学園に通っている」

 「魔力がない」

 「人が生きていくうえで必要な魔力程度しかないんだが…」

 「そんなに魔力がないんですか?」

 それでは、生きていくだけ精一杯のはず。

 「だが、生まれつきではないようだと言っていた。つまり訳ありなんだよ」

 「まあ、可哀相に…」

 リリエンヌは心底同情したような声で言葉を口にする。

 「帰ったら小僧には訓練を増やしてやる」

 「でも、何もしていないのに、罰を与えると言うの。レオン」

 宥める様にレオンハルトに言い聞かせているリリエンヌの方が、レオンハルトよりも優位的な立場に見えた。結局、レオンハルトは溜息をついて、罰を与える事を諦めたようだった。

 ベアトリーチェも罰が悪そうに下を俯いていた。何気なく発した言葉が誰かを傷付けることになるとは思ってもみなかった。

 これからは、注意しないと…。

 自分の言葉がどれ程の威力を放つのか。ベアトリーチェは身を持って知る事となった。

 回帰前には、公爵家の娘で王太子の婚約者であっても、親身になってベアトリーチェの味方になってくれる人はいなかった。

 でも、これからは違う。

 己の言葉一つで、場合によっては多くの人の人生を狂わせてしまう事もあるのだと、改めて認識させられたのだ。

 エドモンドは、ベアトリーチェの頭を撫でながら、


 「心配しなくても大丈夫だよ。ああは言っているがレオンはデミオンを気に入っている。だから、自分の護衛に鍛えさせているんだからね」

 悪戯なウィンクをして、ベアトリーチェの沈んだ心を少しだけ軽くしてくれた。

 それにしても一体、『デミオン・クレージュ』とはどんな人なのだろう。 

 この世界の人間は、魔力の核となるマナが体の中枢を占めている。その魔力がないと生活にも支障がでる。魔力がない人間は、生きていくだけで大変なのに、騎士の見習いなんて…。

 ベアトリーチェは、名前しか知らない回帰前の人物に興味が湧いてきた。

 「さあ、皆が揃ったのだから、お食事にしましょう」

 リリエンヌは、ベアトリーチェの手を優しく取って、席に座らさせる。

 その日の晩餐は終始笑い声が絶えなかった。

 両親の馴れ初めやエドモンドが務めている魔法魔術学園、どれもベアトリーチェにとって初め聞く事ばかりで、ますます、早くフロンティアに行きたいと願う様になっていった。

 翌日、エドモンドは仕事があるので先に帰国した。

 レオンハルトが王宮に呼ばれたので、リリエンヌはベアトリーチェを連れて買い物に出かける事にした。

 二人とも屋敷の外に出た事がないので、楽しみにしていたのだ。

 ホテルのメイドにお勧めの店や場所を聞いて、二人で楽しく王都の街中を散策していた。

 ベアトリーチェにとってリリエンヌと過ごす初めての試み。

 手を繋いで、横に並んで歩く、憧れていた母との買い物。泣きたくなるような幸せな時間。

 楽しい時間はあっという間に過ぎて、もう夕暮れ時になっていた。

 まだレオンハルトが帰っていない事に、リリエンヌとベアトリーチェは心配したが、それもレオンハルトが大量のプレゼントの箱を持って帰った事によって、杞憂に終わった。

 ベアトリーチェは、こうやって回帰前とは違う人生を歩むのだと、買い過ぎだとリリエンヌに叱られているレオンハルトを見つめながら、確信していた。

 そして、ベアトリーチェは願う。

 どうか、今の幸せが未来まで続きますように…。

 空に光る流れ星を見上げて願った。

 外は暗くなって闇が支配する夜が訪れていた。
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