【完結】わたしの婚約者には愛する人がいる

春野オカリナ

文字の大きさ
17 / 52
アリスティア編

母と云う人

しおりを挟む
 5才の誕生日から父は別邸で暮らし始めた。私の言葉がきっかけで祖父が私と顔を会わさない様に指示したらしい。
 
 原因は、どうやら私の病に関係があるようで、あの一家に会うと病状が悪化する一方、だから会わせない方がいいと両家で決めたことの様だ。

 あの後、魔女マリエルとエリーゼは先に帰されたが、父は話し合いの為、祖父母たちと一緒に祖父の執務室に行った。

 ただ言える事は、私はあの事がきっかけで5才までの記憶が失われた。それも『愛されている』という真実だけが抜け落ちている。

 そして、母はあることをし出したのだ。

 それは私に男の子の格好をして過ごさせる事。

 理由は、父の顔を思い出す事が出来なくなってしまったからだった。

 「お願いよ。アリスティア。貴女の父親はオーウェンよ。オーウェン・クロムウェル。忘れてはダメよ。さあ、言ってみて」

 「おー…オーウェン」

 「そうよ。忘れないであげてね。とてもさびしがり屋の人だから。アリスティアに忘れられると悲しむわ」

 毎日、日課の様に母の執務室に呼ばれてはこう聞かされ、言わされ続けられた。優しい微笑みを浮かべながら、でも私の記憶は塗り替えられ、魔女マリエルと母が混同されたのだ。そして呪縛となって、私を更に苦しめる。

 段々鬱病の様になっていく私を心配した王家が個人的に私達、母子をお茶会に招いた。その席には王子達以外にも本当はエミリーナ様達もいたのだ。

 私は彼女達を覚えている事が出来ず、会うたびに

 「初めまして、どなた様ですか?」

 を連発していたように思う。

 今考えれば、こんな面倒な子供を見捨てずに、親切で根気よく付き合ってくれた彼らに今更ながら感謝したい。

 いつか記憶が定着すれば言葉にするつもりだ。

 有難う。貴女方の支えがあったからこそ、生きて来れたのだと。

 母の行動は奇妙な事ばかりで、毎日日記をつける様にさせられただけでなく。至る所に私の日々のスケジュールや今からやろうとしていた事をメモにして残す様に言われた。

 それは悪化し続ける私の病状との戦いの日々でもあった。父を忘れなくなった頃、私はあの男と呼ぶようになっていく。

 母はこの頃から体調を崩し、部屋に引き籠りがちになっていた。祖父は広大な領地、経営に私の病気までは手が回らなかった。全て母が一人で担っている。

 母の部屋から聞こえてきた物音は、母が発作を起こして周りの物を落としたから。

 侍女達の悲鳴は、母が倒れる度に慌てて声が大きくなっただけ。

 時々、怪我をして出てきた侍女や従僕は、落ちた物を片付けようとして指を切ったり、倒れそうになる母を庇って痣ができたものだった。

 その証拠に誰も屋敷を辞めていない。

 傍に寄せ付けなくなったは、持病が悪化してやつれていく姿を見せたくなかったからだ。

 おかしいのは私の記憶。病んでいたのは私の心だった。

 勝手に見た物を真実だと記憶が塗り替えられ、忘れていっただけのこと。全ては誤解だった。

 だって、私は母に愛されていた。他の子供よりも。

 こんなに愛されていたのに愚かな私は、母を怖がり、恨んでいた。

 最後の記憶も手に入れた。

 母の葬儀の時に祖父が言ったあの言葉

 「全てを終わらせ、始めるのはお前次第だよ。アリスティア。強く生きなさい。お前の母の様に。公爵令嬢として」

 私は試されている。王家に公爵家に貴族にそして何より亡くなった母に……


 もう変装はいらない。地味な姿ともさよならだ。私の心は晴れた空の様に澄んでいる。頭の中の靄もなく記憶が鮮明に蘇っている。

 誰かに問われたら、今の私は答えられる


 私は


 ーーー公爵令嬢。アリスティア・クロムウェルーーーー


 だと。胸を張ってそう言える。


 
しおりを挟む
感想 89

あなたにおすすめの小説

【短編】ちゃんと好きになる前に、終わっただけ

月下花音
恋愛
曖昧な関係を続けていたユウトとの恋は、彼のインスタ投稿によって一方的に終わりを告げた。 泣くのも違う。怒るのも違う。 ただ静かに消えよう。 そう決意してトーク履歴を消そうとした瞬間、指が滑った。 画面に表示されたのは、間の抜けたクマのスタンプ。 相手に気付かれた? 見られた? 「未練ある」って思われる!? 恐怖でブロックボタンを連打した夜。 カモメのフンより、失恋より、最後の誤爆が一番のトラウマになった女子大生の叫び。

貴方に私は相応しくない【完結】

迷い人
恋愛
私との将来を求める公爵令息エドウィン・フォスター。 彼は初恋の人で学園入学をきっかけに再会を果たした。 天使のような無邪気な笑みで愛を語り。 彼は私の心を踏みにじる。 私は貴方の都合の良い子にはなれません。 私は貴方に相応しい女にはなれません。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

妹の嘘を信じて婚約破棄するのなら、私は家から出ていきます

天宮有
恋愛
平民のシャイナは妹ザロアのために働き、ザロアは家族から溺愛されていた。 ザロアの学費をシャイナが稼ぎ、その時に伯爵令息のランドから告白される。 それから数ヶ月が経ち、ザロアの嘘を信じたランドからシャイナは婚約破棄を言い渡されてしまう。 ランドはザロアと結婚するようで、そのショックによりシャイナは前世の記憶を思い出す。 今まで家族に利用されていたシャイナは、家から出ていくことを決意した。

【完結】実兄の嘘で悪女にされた気の毒な令嬢は、王子に捨てられました

恋せよ恋
恋愛
「お前が泣いて縋ったから、この婚約を結んでやったんだ」 婚約者である第一王子エイドリアンから放たれたのは、 身に覚えのない侮蔑の言葉だった。 10歳のあの日、彼が私に一目惚れして跪いたはずの婚約。 だが、兄ヘンリーは、隣国の魔性の王女フローレンスに毒され、 妹の私を「嘘つきの悪女」だと切り捨てた。 婚約者も、兄も、居場所も、すべてを奪われた私、ティファニー16歳。 学園中で嘲笑われ、絶望の淵に立たされた私の手を取ったのは、 フローレンス王女の影に隠れていた隣国の孤高な騎士チャールズだった。 「私は知っています。あなたが誰よりも気高く、美しいことを」 彼だけは、私の掌に刻まれた「真実の傷」を見てくれた。 捨てられた侯爵令嬢は、裏切った男たちをどん底へ叩き落とす! 痛快ラブ×復讐劇、ティファニーの逆襲が始まる! 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

嘘つきな貴方を捨てさせていただきます

梨丸
恋愛
断頭台に上がった公爵令嬢フレイアが最期に聞いた言葉は最愛の婚約者の残忍な言葉だった。 「さっさと死んでくれ」 フレイアを断頭台へと導いたのは最愛の婚約者だった。 愛していると言ってくれたのは嘘だったのね。 嘘つきな貴方なんて、要らない。 ※投稿してから、誤字脱字などの修正やわかりにくい部分の補足をすることがあります。(話の筋は変わらないのでご安心ください。) 11/27HOTランキング5位ありがとうございます。 ※短編と長編の狭間のような長さになりそうなので、短編にするかもしれません。 1/2累計ポイント100万突破、ありがとうございます。 完結小説ランキング恋愛部門8位ありがとうございます。

婚約破棄の代償

nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」 ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。 エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。

処理中です...