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始まりと終わり…そして…

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 目の前の真っ赤な炎の記憶──。


 「熱い…誰か…助けて……お願いです。信じて下さい…わ…わたしではありません」


 足元に火を点けられて、わたしはその熱さと皮膚が焼かれる痛みで、気が狂いそうになっていた。それでも訴える。無実だと自分がした事ではないと…。しかし、周りの人々は嘲笑うばかりで、誰も私の話を聞いてはくれなかった。

 ああ、あの人も…他の皆と同じなのね。あんなにわたしを愛していると言ったのに…。

 わたしは涙した。その涙が悔しくて流れているのか、哀しくて流しているのかもう分からない。

 彼は本当のわたしを見ていなかった。


 だって、彼はわたしの器しか見ていなかったのだ。


 彼の隣で嗤っている「ミレイヤ」は数日前までのわたしだった。今は別の人間が入っている。


 今のわたしは悪女と呼ばれ、火炙りにされている女。



 ──ディミリーナなのだから…。


 魂が入れ替わったと言っても誰も信じてはもらえなかった。


 だから、わたしは無実の罪で、炎に焼かれて死ぬ運命となってしまった。

 それでも神官のアストゥールだけは、別人だ。無実の人を殺すのかと声を上げて訴えてくれた。

 もう煙で息も苦しい…。

 目も見えない。

 剣が振り下ろされる音と錆びた鉄の臭いだけが僅かにする。

 きっと、アストゥールは殺されたのだ。

 もう希望の欠片も失った。

 神の代弁者「聖女」として、人々に癒しの能力で治癒をしていたのに…誰も今のわたしが本当のミレイヤだと気付かない。

 あれほど国に貢献しても結局は、見た目しか見ていなかったのだ。

 魂まで慕ってくれていたのは幼馴染のアストゥールだけだったのに…。

 わたしは酷く後悔して、最後に「願い」を使った。

 

 ──元の姿に戻して、二度と王子に恋をしない。



 と…。


 死ぬ行くわたしの「願い」は叶った。

 


 急に雨が降り出し、真っ赤な炎を消すと雲の間から何筋もの光が射しこみ、わたしの身体を照らした。

 十字架にかけられたわたしの遺体は、損傷が無く、そこには微笑みながら死んでいる『ミレイヤ』の姿がある。

 逆に王太子の隣に崩れる様に倒れていたのは『ディミリーナ』だった。



 人々は混乱していた。先ほどまでは十字架にかけられたいたのは確かに『ディミリーナ』だったのに、今は『ミレイヤ』に変わっている。

 王太子は思い出していた。

 尋問していた時に何度も「魂が入れ替わった」と話していたディミリーナの事を…。

 王太子妃付きの侍女から「ミレイヤがここ数日、人が変わった様だ」とも報告を受けていた。

 前兆は何度もあったのに、王太子は見逃していた。

 あのミレイヤに心酔しているアストゥールがディミリーナを庇うなんて事があるはずがなかった。彼のいう事は正しかった。


 王太子は、事の真相を確かめるべく、神殿の神官達を尋問にかけた。

 神官達を尋問するなど、神を冒涜するに等しいと周りから反対されたが、既にその尊厳は地に落ちていた。聖女を貶めた神官達は神の意志に反しているのだから。

 堕落した神官たちは、ある恐ろしい計画に手を貸していた。

 それは、どうしても王太子妃になりたかったディミリーナが、禁断の「魂入れ替え」の儀式を神殿で密かに行ったのだと証言した。




 全てはあの日に始まった。

 「数々の非道な行いを反省して、王太子妃ミレイヤ様に神殿で謝罪します」

 そう殊勝な文面でミレイヤ達を神殿に呼び出して、ある秘薬を飲ませた。

 その秘薬には入れ替わりたい相手の血と魔法薬と混ぜ合わせたもの。

 それを仲直りの杯にディミリーナは混ぜて、ミレイヤに飲ませた。ディミリーナが飲んだ事により毒が仕込まれていない事を周りに証明した。

 その場には王太子もいた。二人が飲んだ後、彼女らの足元が光ったが、側にいた神官が「神が罪を許した証です」と王太子に告げたのだ。

 何の疑いも無く、王太子はその言葉を鵜呑みにし、帰ろうとした時、高い神殿の祭壇前の階段からミレイヤが落ちた。

 直ぐに、王太子や護衛の騎士達によってミレイヤは王宮に連れて帰られたが、意識不明の重体になっていた。その場でディミリーナは捕らえられ、牢獄で尋問を受けた。

 その時に何度も「自分の本当の姿はミレイヤで、ディミリーナが禁断の魔法を使って魂が入れ替わったのだ」と訴えていた。

 誰もディミリーナの姿をしたミレイヤの話を真剣に聞かなかった。

 ディミリーナは大罪を犯して、狂ったのだと理解した。

 

 そして形だけの裁判を行って、ディミリーナを火炙りにしたのだ。


 「王太子妃を殺そうとした悪女に灯を放て!!」


 命じた王太子を見るディミリーナミレイヤの瞳は大きく開かれ、信じられないものを見ているような表情だった。

 そして、涙を流して何度も訴えていた。

 
 「間違いです」
 「わたしがミレイヤなのです」
 「彼女は自分から階段を落ちたのです。信じて下さい」


 何度も何度も王太子を見つめながら涙を流して訴えていたのに、彼女の想いは届かなかった。

 十字架からミレイヤの遺体を降ろして、王太子はその亡骸を抱いて、王宮に帰った。

 光は、ミレイヤの魂を迎えに来たかのように、急に雲の中に消えて行ったのだ。

 そして、その国は二度と光が射す事はなかった。


 光の神が自分の代弁者を処刑した国を見放したのだ。

 人々は後悔したが、既に遅かった。


 神は誰一人赦さなかった。

 

 光が射さない国で植物がまともに育つことなどない。

 他国に移ろうといた人々は、ある異変に気付いた。それは結界が敷かれていて、この国に誰も入れも出来ないし、出る事も出来なくなったのだ。

 国から出る事が出来なくなった人々はやがて飢えて死ぬしかなかった。


 いずれくる死を恐怖しながら待っているだけの日々が続いていった。


 そして、誰にも知られずに静かに国は滅んで行った。
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