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始まりの言葉
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時は13年前、エレオノーラ17才の頃──
エレオノーラは、王宮でオースティンとのお茶会から帰って直ぐに自室に籠ってしまった。
理由は、今日のオースティンとのお茶会で言われた事が原因だった。
『…すまない、エリィ…婚約を解消することになった』
オースティンは絞り出すような抑揚のない声で静かにエレオノーラに言葉を発した。
『私の何が殿下の気に障ったのですか?至らぬ点がおありなら、お気に召す様に直しますので、どうか仰ってください』
二人の関係は周囲も認める程、良好なものに変わっていた筈なのに『何故?』エレオノーラには、突然の婚約解消の申し出にというより決定に釈然としない。いや出来ないのだ。到底理解できるものではない。今までエレオノーラは、王太子妃教育も熟し、誰よりもオースティンの隣に立てるように努力してきたはずである。
だが、現実はオースティンから別れを告げられている。
『私との婚約が嫌になったのですか?』
『そうではない。君には何の落ち度もない。これは王命によるものだ。君は弟のルドヴィックの婚約者になる…』
俯き、始終苦しそうな震えた声を発しながらオースティンは続ける。
『ルドヴィック殿下ので…すか』
幼い頃から慕っていたルドヴィックとの婚約は以前のエレオノーラなら喜んで受けただろう。
しかし、メディアが現れてから全ての人間関係が狂っていった。
あれほど優しかったルドヴィックは、人が変わったようにメディアを慕って追い掛け回している。
以前、王妃カテリーナのお茶会に二人で呼ばれた時もルドヴィックは、メディアに会う事を優先した。
ルドヴィックがお茶会をすっぽかした事によって、王妃からも臣下なら王子の愚行を諫言する位の事はしなくてはならないと叱責された。
その後、王妃は罰としてエレオノーラに『入れる角度が悪い』『温い、熱い』といっては、何度もお茶を入れさせた。とうとう、ポットを持てない程になった時、王妃はエレオノーラに冷たい水を浴びせたのだ。
たまたま通りがかったというオースティンが、エレオノーラを連れ出してくれるまで、エレオノーラは王妃の仕打ちに耐えるしかなかった。
当時、エレオノーラがオースティンの婚約者でなかった頃の13才での出来事。
暑い夏の日差しの中で、王宮の中庭に咲いている薔薇を取りに行かされたこともある。
オースティンはそんなエレオノーラにいつも助け舟を出してくれた。
いつもいつもエレオノーラが謂れのない叱責を受けている時、物語の騎士の様に助けてくれるのは、オースティンだったのだ。
そんなオースティンと別れてルドヴィックと婚約するなどエレオノーラにとっては拷問の様に感じた。
もし、今また同じことをルドヴィックがしたなら、エレオノーラは王妃カテリーナからどんな酷い罰を受ける事になるだろう。
そう考えると自分の両腕を知らず知らずに擦っていた。
エレオノーラは、王妃カテリーナが怖かった。母の親友だというのに、エレオノーラに時々見せる視線が……。
そこには親友の娘を見ている瞳ではなく、憎い敵の娘を見ているような憎悪の篭った目なのだ。
エレオノーラがその視線に気付いて王妃の方を見れば、いつもの慈愛に満ちた聖母の様な顔に戻る。
幼いエレオノーラには分からなかったが、妃教育を受けた今ならはっきりと判る。あれは、王妃の仮面を被っていたのだという事に……。
──私は王妃カテリーナ様から嫌われている。いや憎まれているのかもしれない。
その事を考えるだけで、エレオノーラの気分は憂鬱になった。ルドヴィックの婚約者になるという事は、彼の行動次第では王妃カテリーナはエレオノーラに残酷になる。
この時、エレオノーラはオースティンとの婚約解消を望んでいない自分の気持ちにはっきりと気付いてしまった──。
自分の気持ちがオースティンに傾いている事実を……。
『で…殿下の次の婚約者は誰なのですか?』
恐る恐る訊ねるエレオノーラの問いにオースティンは、昏い表情で、
『メディア・ローガン侯爵令嬢だ…』
そう呟くような小さな声で応えた。
──また、彼女なの……。
この時、エレオノーラの心に抜けない棘が刺さっていった。
彼女は美しい、もし婚約すればオースティン様もルドヴィック殿下と同じように愛するかもしれない。
そう考えると、エレオノーラの心はどんどん深淵の闇に沈み込んでいく様だった。
エレオノーラが自室に籠る様になってから2日後、兄オルドレインからオースティンの言伝を聞き、エレオノーラは神殿に向かう。
神殿には懺悔室があり、小さな小窓を挟んで二人は会う事にしたのだ。
オースティンは髪と目の色を変えて、平民の服を着ている。エレオノーラは町娘のワンピースを着ていた。
「エレオノーラ、よく似合っている。本当ならこの格好で『お忍びデート』とやらをしてみたかんだ。でももうそれも叶わない。せめて最後に君のその姿を見れただけでも僕の夢は叶ったよ」
オースティンは歯の浮くような言葉をエレオノーラに聞かせてくる。
彼女からすれば今更、そんな言葉を聞いても別れは既に確定している。だが、オースティンに言われればエレオノーラの心に花が咲いたように咲き誇る。
そして、オースティンは自分の事情を全てエレオノーラに話した。
エレオノーラはオースティンの話を聞きながら、時々疑問に思った事や感じたことを聞いた。
2時間近くたった頃、オースティンはある花をエレオノーラに渡してきた。
──聖なる薔薇
別名『女神の慈悲』と呼ばれる薔薇に似た小さな花で、結婚式で愛を誓う時に花婿が花嫁に渡す花。
それは女神との聖約に近く、意味は『永遠に君だけを愛する』そう伝えられている。
オースティンは言葉の代わりに聖なる薔薇をエレオノーラに渡したのだ。
エレオノーラが手に取った花を見つめながら、オースティンの言葉に耳を傾ける。
「さよならは別れの挨拶だと皆が言うが、僕は始まりの挨拶でもあると思うんだ。これからは君は弟の婚約者で何れこの国の王妃になるだろう。辛い事があっても表立って僕は助けてあげられない。でももし、どうしても耐えられない事があった時、神殿にある花を奉げてほしい。僕はそれを目印に君を助け続けると約束しよう。だが、そうならない事を願っているよ。いつも君の幸せを祈っている」
そう告げられ、エレオノーラは頷いた。温かな滴が頬を傳っている。
これが二人の別れでもあり、始まりでもあったのだ。
その3年後にエレオノーラは神殿にある花を奉げた。
──黒いセントロゼリア
失われた愛。裏切り。死別。という意味の花。
王妃エレオノーラがその花を神殿に奉げたという話題は国中に新聞で伝えられることになる。
そして、次の日に国王ルドヴィックと王妃エレオノーラは離縁した。
理由は、
『王妃エレオノーラは、子供が産めない身体となった為、辺境の修道院に行くことになった』
と報じられた。
その一週間後には、新しい王妃としてメディア・ローガンが立ったのだ。
既に彼女は懐妊しており、父親は先王オースティンだと公表されたが、同時にあることに対しても箝口令が敷かれることになる。
真実を知る者は全て口を噤んだのだ。
時は13年前、エレオノーラ17才の頃──
エレオノーラは、王宮でオースティンとのお茶会から帰って直ぐに自室に籠ってしまった。
理由は、今日のオースティンとのお茶会で言われた事が原因だった。
『…すまない、エリィ…婚約を解消することになった』
オースティンは絞り出すような抑揚のない声で静かにエレオノーラに言葉を発した。
『私の何が殿下の気に障ったのですか?至らぬ点がおありなら、お気に召す様に直しますので、どうか仰ってください』
二人の関係は周囲も認める程、良好なものに変わっていた筈なのに『何故?』エレオノーラには、突然の婚約解消の申し出にというより決定に釈然としない。いや出来ないのだ。到底理解できるものではない。今までエレオノーラは、王太子妃教育も熟し、誰よりもオースティンの隣に立てるように努力してきたはずである。
だが、現実はオースティンから別れを告げられている。
『私との婚約が嫌になったのですか?』
『そうではない。君には何の落ち度もない。これは王命によるものだ。君は弟のルドヴィックの婚約者になる…』
俯き、始終苦しそうな震えた声を発しながらオースティンは続ける。
『ルドヴィック殿下ので…すか』
幼い頃から慕っていたルドヴィックとの婚約は以前のエレオノーラなら喜んで受けただろう。
しかし、メディアが現れてから全ての人間関係が狂っていった。
あれほど優しかったルドヴィックは、人が変わったようにメディアを慕って追い掛け回している。
以前、王妃カテリーナのお茶会に二人で呼ばれた時もルドヴィックは、メディアに会う事を優先した。
ルドヴィックがお茶会をすっぽかした事によって、王妃からも臣下なら王子の愚行を諫言する位の事はしなくてはならないと叱責された。
その後、王妃は罰としてエレオノーラに『入れる角度が悪い』『温い、熱い』といっては、何度もお茶を入れさせた。とうとう、ポットを持てない程になった時、王妃はエレオノーラに冷たい水を浴びせたのだ。
たまたま通りがかったというオースティンが、エレオノーラを連れ出してくれるまで、エレオノーラは王妃の仕打ちに耐えるしかなかった。
当時、エレオノーラがオースティンの婚約者でなかった頃の13才での出来事。
暑い夏の日差しの中で、王宮の中庭に咲いている薔薇を取りに行かされたこともある。
オースティンはそんなエレオノーラにいつも助け舟を出してくれた。
いつもいつもエレオノーラが謂れのない叱責を受けている時、物語の騎士の様に助けてくれるのは、オースティンだったのだ。
そんなオースティンと別れてルドヴィックと婚約するなどエレオノーラにとっては拷問の様に感じた。
もし、今また同じことをルドヴィックがしたなら、エレオノーラは王妃カテリーナからどんな酷い罰を受ける事になるだろう。
そう考えると自分の両腕を知らず知らずに擦っていた。
エレオノーラは、王妃カテリーナが怖かった。母の親友だというのに、エレオノーラに時々見せる視線が……。
そこには親友の娘を見ている瞳ではなく、憎い敵の娘を見ているような憎悪の篭った目なのだ。
エレオノーラがその視線に気付いて王妃の方を見れば、いつもの慈愛に満ちた聖母の様な顔に戻る。
幼いエレオノーラには分からなかったが、妃教育を受けた今ならはっきりと判る。あれは、王妃の仮面を被っていたのだという事に……。
──私は王妃カテリーナ様から嫌われている。いや憎まれているのかもしれない。
その事を考えるだけで、エレオノーラの気分は憂鬱になった。ルドヴィックの婚約者になるという事は、彼の行動次第では王妃カテリーナはエレオノーラに残酷になる。
この時、エレオノーラはオースティンとの婚約解消を望んでいない自分の気持ちにはっきりと気付いてしまった──。
自分の気持ちがオースティンに傾いている事実を……。
『で…殿下の次の婚約者は誰なのですか?』
恐る恐る訊ねるエレオノーラの問いにオースティンは、昏い表情で、
『メディア・ローガン侯爵令嬢だ…』
そう呟くような小さな声で応えた。
──また、彼女なの……。
この時、エレオノーラの心に抜けない棘が刺さっていった。
彼女は美しい、もし婚約すればオースティン様もルドヴィック殿下と同じように愛するかもしれない。
そう考えると、エレオノーラの心はどんどん深淵の闇に沈み込んでいく様だった。
エレオノーラが自室に籠る様になってから2日後、兄オルドレインからオースティンの言伝を聞き、エレオノーラは神殿に向かう。
神殿には懺悔室があり、小さな小窓を挟んで二人は会う事にしたのだ。
オースティンは髪と目の色を変えて、平民の服を着ている。エレオノーラは町娘のワンピースを着ていた。
「エレオノーラ、よく似合っている。本当ならこの格好で『お忍びデート』とやらをしてみたかんだ。でももうそれも叶わない。せめて最後に君のその姿を見れただけでも僕の夢は叶ったよ」
オースティンは歯の浮くような言葉をエレオノーラに聞かせてくる。
彼女からすれば今更、そんな言葉を聞いても別れは既に確定している。だが、オースティンに言われればエレオノーラの心に花が咲いたように咲き誇る。
そして、オースティンは自分の事情を全てエレオノーラに話した。
エレオノーラはオースティンの話を聞きながら、時々疑問に思った事や感じたことを聞いた。
2時間近くたった頃、オースティンはある花をエレオノーラに渡してきた。
──聖なる薔薇
別名『女神の慈悲』と呼ばれる薔薇に似た小さな花で、結婚式で愛を誓う時に花婿が花嫁に渡す花。
それは女神との聖約に近く、意味は『永遠に君だけを愛する』そう伝えられている。
オースティンは言葉の代わりに聖なる薔薇をエレオノーラに渡したのだ。
エレオノーラが手に取った花を見つめながら、オースティンの言葉に耳を傾ける。
「さよならは別れの挨拶だと皆が言うが、僕は始まりの挨拶でもあると思うんだ。これからは君は弟の婚約者で何れこの国の王妃になるだろう。辛い事があっても表立って僕は助けてあげられない。でももし、どうしても耐えられない事があった時、神殿にある花を奉げてほしい。僕はそれを目印に君を助け続けると約束しよう。だが、そうならない事を願っているよ。いつも君の幸せを祈っている」
そう告げられ、エレオノーラは頷いた。温かな滴が頬を傳っている。
これが二人の別れでもあり、始まりでもあったのだ。
その3年後にエレオノーラは神殿にある花を奉げた。
──黒いセントロゼリア
失われた愛。裏切り。死別。という意味の花。
王妃エレオノーラがその花を神殿に奉げたという話題は国中に新聞で伝えられることになる。
そして、次の日に国王ルドヴィックと王妃エレオノーラは離縁した。
理由は、
『王妃エレオノーラは、子供が産めない身体となった為、辺境の修道院に行くことになった』
と報じられた。
その一週間後には、新しい王妃としてメディア・ローガンが立ったのだ。
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