4 / 13
セレンティア編
1
しおりを挟む──永遠の楽園。
そう呼ばれる王都外れにある修道院に毎月1日に訪れ、中庭でお茶を楽しむ人がいる。
一人は中年の女性で、この修道院に長くいる修道女。
もう一人は年の頃は18歳ぐらいの美少年だ。
不釣り合いな二人は微笑みながらお茶を飲んでいるが、修道女の方は目の前の美少年を見ているようで見ていない。その視線は少年を通して誰かを見ているようだった。
彼女の虚ろな瞳に映っているのは、かつての恋人そして最愛の夫の姿を見てるのだ。少年位の年頃が彼女にとっては一番幸せな日々だったのだろう。
彼女の名はセレンティア。
かつて彼女はこの国の王太子妃だった者。
いずれ国母となって国王を助け、国民から慕われる王妃になれただろう。
だが、その夢は叶う事はなかった。
この修道院には様々な事情で心を病んだ者だけが暮らしている。中でも死ぬほどつらい過去の傷を負った者は、ある秘薬を飲み、自らその代償を払って心の安寧を求めた。
その秘薬の名は──、
『忘却の滴』
と呼ばれていた。
その中身は、飲んだ人が流す涙に特別な魔法薬を配合した物だと伝えられている。
セレンティアは、過去に二度ほどその秘薬を飲んだ。二度も飲んだ者は彼女の他に存在しない。
理由は何度も服用すれば、全ての記憶が無くなり、ただ生きているだけの人形と化すからだ。
だからなのか、セレンティアもどこか夢の中を生きているように周りの人間を認識できない。その日は覚えていても次の日には忘れて、また新しく覚え直さなければならない程だ。
まるで彼女自身が水面に漂う一片の花弁のようだった。
でも彼女は毎月定例となっている1日だけはしっかりと覚えていた。
彼女は目の前にいる少年に話し掛ける。
「ねえコール。わたくしを愛している?いつまでも永遠に…」
「ええ、愛していますよ。永遠に僕はあなたのものです」
「ありがとう。その言葉だけを信じて今まで生きてきたの。でももう終わりにしましょう」
そう言ってセレンティアは、静かにその場に倒れ込んだ。
「………」
セレンティアは、長く心の病を患ったせいで、他の病気の対応が遅れていた。彼女は自分の死期が迫っている事を知っていた。彼女は人生の幕を閉じる為に、少しずつ少量の毒を飲んでいた。そう10年前のあの日から……。
彼女は待ち望んでいた死を目の前に、正気に返った。
傍で涙を流しながら、セレンティアを「母」と呼ぶこの少年に目をしっかりと向けた。
「ありがとう。こんな母親を母と呼んでくれて、育ててあげられなくごめんなさい。傍に居られなくごめんなさい。でも愛していたわ。ずっと…だってあなたは、わたくしの愛しい夫の子供なのだから、幸せになってね。わたくしの大切な愛しい娘…もうすぐお傍に参りますわ。ああ…迎えに来てくれたのでしょう。コール……コーネリウス」
その手は空を彷徨いながら、ぱたりと落ちて行った。
彼女は知っていた。自分の夫がこの世にもういないことも、父親の代わりに男装して母親の面会にコーデリカが来ていたことも…。
何度も秘薬を飲み続ければ、現実と夢との境が分からなくなる者も多い。セレンティアは、そのどちらでもなかった。
秘薬のおかげで心の安寧を一時は取り戻せたが、直ぐに彼女は思い出してしまうのだ。
夫との仲を引き裂いた魔女の様な友人を──。
セレンティアは死にゆく走馬灯中で過去を思い出していた。
辛く苦しい日々を……。
しかし、それ以上に愛され愛していた日々を…。
何より、夫との間に授かった宝物…『王女』のことも。
セレンティアは失われた過去の記憶を思い出したのだった。
応援ありがとうございます!
19
お気に入りに追加
1,730
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる