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王女と騎士編

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 新米の修道女リュカは修道院の院長に訊ねた。


 「あのう、院長。この修道院は何時からあるんですか?」


 それは新人の修道女が前から疑問に思っていたことを口にしたことから始まった。

 何でも聞きたがるその修道女に周りの先輩たちは「またか」と舌打ちしている。


 「元々、ここはある王女の為に作られたものなのよ」


 そう言って、院長は微笑んだ。

 

 ──ああ、これは長くなる奴だなあ。


 
 とリュカは、口に出して言ったことを後悔し始めたのだ。


 「この国がまだ戦争中の時のことよ。同盟国に国賓として招かれた王女が…」


 リュカは、話が長くなる前に、


 「あのう、院長。わたし用があったのを思い出しましたから…」


 そう言って、院長が「待ちなさい!まだ話は終わっていませんよ」という言葉も聞かずにこっそりと食堂を後にした。


 リュカは、その足で裏庭にある『秘密の扉』に急いだ。

 2年ほど前にリュカは、偶然裏壁に手を置いたら、そこが急に引っ込んで壁の一部が開いた。リュカは好奇心からその扉を潜って外に出た。

 そこには中庭よりも美しい薔薇が数多く咲いている花園があった。他にも花園の事を知っている人がいるかも知れないが、今はリュカのお気に入りの場所となっている。

 寂しい時や悲しい時にはこの花園に来ると心が癒されるのがわかった。

 そして、つい一月前、花園に人が倒れているのを発見した。何処から来たのかリュカには分からないが、リュカは倒れていた男性を看護している。

 順調に回復していて、顔色も良くなっている。まだ話をしていないが、彼の声はどんなふうなのだろうか?と想像していた。

 花園には小さな物置小屋があった。そこにいる男性にリュカは声をかけた。


 「今日の具合はどうですか?話せるようになりましたか?」
 「……」


 リュカが話し掛けても男性は言葉を発しなかった。喋れない訳ではないようだが、喋りたくない様子に、リュカは無理に話せなくてもいいか。と開き直った。

 リュカは毎日、自分の食事をこっそと持ってきて、彼に与えていた。

 最初は、警戒していたが、その内段々と慣れて来たのか、食事を摂る様になった。

 今もリュカが持ってきたパンを頬張っている。

 
 「ふふふっ、お腹が空いていたんですね。そんなに急いで食べなくてもパンは逃げませんよ」


 リュカは口一杯にパンを頬張っている男性に笑顔を向けていた。


 「……なあ、お前俺が誰だか分からないのか?」
 「しゃ…喋った!あなた喋れるんですね」


 リュカは初めて口を開いた男性の声が何処か懐かしいと感じている。

 
 「わたし、もうずいぶん前にこの修道院に来た時の記憶がないんです。ボロボロになって修道院の前に蹲っている所を院長に拾われた事しか分からないんです。名前も院長が付けてくれたので、『リュカ』といいます。あなたは・・・・?」
 「俺の名前はアレク…だ」
 「アレクさん。この国の方ではありませんね。その髪と瞳は隣国エルバトロス帝国の方でしょうか?」
 「まあな…」


 ぶっきらぼうにリュカの質問に答えるアレクは、少し拗ねたような表情を浮かべながら、小屋の小さな窓から外の花園を見ていた。

 その煌めく赤いピジョン・ブラッドの瞳が怪しく光る。


 「もう回復したから、俺はここを出ていくよ」
 「えっ…」


 そうだった。いくら仲良くなってもここは男子禁制の修道院の敷地内、見つかれば処罰される。今なら誰にも気付かれていない。出ていくなら、早い方がいいに決まっている。

 普通に考えれば当たり前なのに、リュカの頭からはすっかりその事はなかった。彼が何時までもそばにいてくれるような気になっていたのだ。


 「また会えるかな?」
 「ああ、また会える。後一月したらな」
 「????一月?」
 「その時になればわかるさ」


 男性は、次の日リュカが花園に来た時には、すでにいなかった。当然あらわれた時と同じように知らない間に出て行った。

 リュカはその後も何度も花園を訪れたが、アレクの姿はどこにもなかった。


 ──隣国に帰ったんだ……。


 リュカは胸に穴がぽっかりと開いたような気分になっていたが、何時の間にかまた忘れてしまっていた。




 そんなある日、リュカは院長に呼ばれて、院長室に入ると、高級な服を身に付けた年配の女性や同じ衣装を纏った使用人の様な女性たちがわらわらとリュカの元に集まり、


 「ああ……様。………様がお待ちです。急いで支度をしなければ」


 そう言って、リュカを入浴させ、身支度をさせていく。その間、リュカは何が起きたのか分からないままぽかんとしていた。

 彼女らにされるがままになっているリュカに院長が、


 「この薬を飲んでください。王女様」


 そう言って、薬瓶を渡してきた。

 リュカは、渡された瓶を見つめながら、なんだか前にも同じような事があった様な気がしていた。

 瓶の中身を一気に飲み干すと、リュカに酷い頭痛が容赦なく襲ってきた。

 蹲りそうになっているのに、侍女らしき人々はリュカを気遣うことなく無理矢理馬車に乗せたのだ。

 

 リュカが朦朧となっている間中、侍女達は御者を「急いで!!」と急かしている。お蔭で、馬車は通常よりも揺れ、リュカはますます頭が痛くなってきた。

 そして、何故か心が騒ぐのだ。この先には行きたくないと……。

 リュカのそんな気持ちを無視して、馬車はリュカが一番行きたくない場所。会いたくない人物のいる場所に到着した。

 リュカは無理矢理馬車から降ろされた。

 荘厳な造りのその場所は、かつてリュカが暮らしていた場所だった。いつの日か愛する人と暮らして行く場所でもあった。

 でも、そんな未来はリュカにはなかった。

 全ては、あの日に壊れてしまっていた。

 

 リュカが飲んだ薬は、記憶を戻す作用のあるものだった。

 リュカは思い出したくない過去を馬車の中で全て思い出してしまったのだ。

 リュカにとって煌びやかで荘厳なこの場所は、美しいだけの牢獄のような場所となってしまっている。


 
 「リュカリーナ…帰って来たんだね」


 そう言ってリュカに笑いかけているのは、かつての婚約者だった男…。


 ルヴリス・ロマーネ。


 侯爵家の次男で、幼馴染の騎士だった。

 そして、誰よりもリュカにとっては頼もしい味方で、大好きな婚約者。


 今は違う。彼は変わってしまった。リュカが同盟国に招待という名の人質になっている間に、彼は別の女性を妻にしたのだ。

 その相手は、リュカの従姉妹だった。


 3年の人質生活から解放されて、自国に帰って来た時、愛しい男は別の女性のとの子供を抱いていた。傍らに妻となったリュカの従姉妹マジョリカを伴って…。

 リュカは覚えている。

 マジョリカが言った言葉を───。


 『あなたは所詮、二番目の女なのよ。ルヴリスは昔からわたくしに夢中なの。邪魔者はとっとと消えなさい』


 最後に会った彼女は、愛らしい笑顔を周りに振り撒きながら、リュカの心臓を抉ったのだ。

  

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