全てを手に入れたのに、生きることが苦しい

3 不明で不快なそれぞれの思惑

3－1 帰還が奇跡で再現性の可能性

「よかったわね。帰ってこれて」
翌朝、事務所に出勤すると、御神がポツリと口にした。
装置から戻ってきちんと目覚めて日常生活へ戻れたことに安堵している声だった。
真守は、その口調に本当に危なかったのだと自覚して背筋が凍る。

装置はデータを集めている段階である。
御神と真守の役割は、どんなことが事故につながり、どんな回避方法があるのか検証していくことだ。
ただ、検証したところで「心」を扱う以上、ほぼ再現性がないと言ってもいい。
そんな中、ルールを見つけ、マニュアルを作成し安全基準を作らなければならない。
頭では分かっていても、こうして心と体で実感するのは全然違う。
普段どれだけルールとマニュアルに守られた世界にいるのか思い知らされる。

「午前中には前田さんを迎えに行って、もう一度装置に入るわよ」
朝のミーティングで、御神はさらっと宣言した。
「間を空けなくていいんですか？」
通常、装置の使用は月に一度程度になるように予定を組んでいる。
「いいの。何度も入ること自体は問題ないの。
深層心理を何度もいじって急激な変化が起きることが問題だから。
大きな変化を確認して鎮火させてあげてからじゃないと、日常生活戻れないでしょ。
そもそも…」

強制退出に時間がかかることがおかしい、と御神は続けた。

「だって、私達を弾くってことは、見たくないものに触れられて、防衛本能として隠したい気持ちが出ているはずなんだから」
津波を起こして追い出したのに、深層意識が二人を引き留めようとするから体に負荷がかかって起き上がれなくなった。
以前に催眠療法を扱ったことがある御神は持ち前の知識とテクニックを総動員して強制的に目覚めることができたが、真守はそのまま数時間眠り続けた。

「何が起こってるのかしらね」
御神は、不思議そうにノートの上に思いついたことを書き連ねながらつぶやいていた。