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白い箱 宝物 受け継ぐ珠 

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「これ修理に出して来て」
久しぶりに顔を出した実家で、白い箱を渡された。
「これ、なに?」
と開けようとすると、
「ちょっと、家で開けなさい。」
と怒られた。
「なんで、ここで開けたらいけないのよ。」
「いいから。」
問答無用で押し付けられた白い箱。
実家の玄関を出て、親の顔が見えなくなったら開けてやろうと思ったが、子供がそれを許してくれなかった。
子供の手を引いて家に帰り、子供の手の届かないところに非難させる。
そのまま忘れてしまっていた。



「修理出してくれた?」
母親からの電話の声に一瞬何のことかと躊躇した。
「ああ、ごめん。」
携帯電話を持ったまま、白い箱を引っ張り出す。
「もう、あんたはこれだから…」
と文句を言おうとした母親に、
「希がいたら、そんなことにかまってられないの。
そんなに気になるなら自分で行けばいいじゃない。」
と畳み掛けた。
「文句はいいから、頼んだわよ。」
と言って電話は切れた。


子供は、昼寝をしている。
今なら大丈夫だろうと箱を開けた。
ビロードの宝石ケースが姿をあらわした。
「なにこれ。」
蓋を開け、慌ててバランスを取る。
中にはバラバラになった真珠の珠が入っていた。
蓋を開けた勢いで、珠が落ちそうになって、慌てて静かに机の上に置く。
ビニールの小袋を出して珠を入れた。
「え、これ、どこで直すの?」
めんどくさいことを押し付けないでよね。
私は、いない母に向かって顔を思い切りしかめた。






百貨店に持っていくと、意外にすんなり預かってくれた。
店員が、宝石ケースの下から保証書を引っ張り出す。
「三十年ぐらい前の当店のものですね。
ありがとうございます。」
と言われてびっくりした。
保証書には、私が生まれる数年前の日付が押されている。
三五年ほど前の品のようだった。
この地方でこういうものを買おうとしたら、場所は決まっている。
ありえないことではないが、何だか不思議な感じがした。
「では、お預かりいたします。」
店員は、にこやかに笑って頭を下げた。




「修理してきたよ。」
実家のテーブルに白い箱を置いた。
箱の中には、綺麗になった真珠のネックレスが入っている。
「ありがと。
それ、厄除けのお祝いだから、大切に使いなさい。」
「え、ちょっと何それ。」
「厄除けっていうのは、三十三歳のときに親から娘に長いものを贈る習慣…」
「いや、そうじゃなくて。
普通贈りものなら、形だけでも綺麗にしてから渡すんじゃないの?
修理するのも私ってありえない。」
「ないよりましでしょ。」
険悪なムードになりかけたとき、父がのれんのうしろから顔をのぞかせた。
「おう、静、希を散歩につれってっても大丈夫か?」
「ちょっと待って、希、上着着なさい。」
バタバタと二人を送りだすと、私は、臨戦体勢に入った。
「母さん、なんか変。
このネックレスって、何かあるの?」
うちの母親は、ちょっとずれているところはあるが、今回の件はひどすぎた。
「開けたくなかっただけよ。」
「開けたくなかったからって理由になってないじゃない。」
「あんたは、どうして、そううるさいの?
あげます、はい、ありがとうって、どうして素直に言えないの?」
「誰だってこんなひどい渡し方されたら気になるじゃない。」
「いいものだったでしょ。」
「だから、余計に気になるんじゃない!
だって、私一回も着けたの見たことないんだよ。
理由聞くまで、私帰らないから。」
「お茶、まだ飲むでしょ。」
母は、私から逃げるようにお茶を淹れはじめた。
私は母を睨みつけ、二人の間に沈黙が落ちる。
「…鍵閉めた?」
ようやく覚悟を決めたような母の唐突な物言いに私は、拍子を抜かれた。
「閉めたけど…」
「チェーンしてきて」
母を刺激しないように言うことに従う。
ダイニングに戻ると、
「父さんには内緒よ。」
母がぽつりと言った。
「このネックレスはね、お父さんと付き合う前に、他の男の人と別れ話をしたときに切れて落ちたの。」
私は、言葉を失くして母を見つめる。
「捨てたくても捨てれないでしょ、こういうものって。
あんたが結婚して、家を出たから最近少しずつ荷物を片付けてたら出てきたの。」
「じゃあ、なんで私にくれるの?
捨てれないから?」
「このタイミングで見つかったのよ。
今まで、本当にどこにしまったかさえ分からないし、思い出しもしなかったのに。
あんたにあげなさいっていう神様のお告げだと思わない?」
「あ…まあ」
あいまいな返事でごまかした。
母の神様のお告げはいつものことだが、ありがたいんだか、余計なことなんだか、その言葉を母の口から聞く度に思わずにはいられない。
「私が二十歳になったときに買ってもらった本当にいいものだから大事にしなさいね。」
三十年放置していた人とは思えない注意をして、話は終わった。
相手の男の人をもっと突っ込んで聞こうと母をつついてたら、父が帰ってきた。
玄関から、がたがたと音がして、けたたましいチャイムの音が響く。
「ちょっと出るだけなのにチェーンまでかけるな。」
父は酷く不機嫌だった。


家に帰って、希を寝かし、宝石ケースを広げた。
小振りだが、綺麗に光る真珠が顔を見せる。
「ただいま。
それ、もしかして俺のボーナス?
そんなんにつかっちゃったの?」
青い顔をした夫に慌てて説明した。
「お義母さん、その人のこと本当に好きだったんだね。」
「やっぱりそう思う?」
夫は、言葉を止めてじっと私を見る。
「私には、こういうのはありません。」
私は、なるべく普通に会話を変える。
「で…カナコって誰?」
夫は、一瞬虚を付かれたように顔になったが、すぐに顔色を取り戻した。
「お前、また俺のメール見たのか?」
「希が、いじるんだもん。」
「この前無理矢理連れていかれたお店の…」
何度繰り返したか分からない同じパターンの喧嘩がはじまった。
テーブルの真珠が、私たちを見ている。
私は、怒鳴りながら、パタンとケースを閉じた。
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