【完結】色欲の悪魔は学園生活に憧れる

なかじ

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第一部

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 声の主はどうやら一年生のようだ。真新しい緑色のネクタイを締めている。彼は俺に近付くと金色の紙袋を差し出した。

「甘いものがお好きと聞いたので……」
「これは?」
「フランスの有名メゾンのチョコレートです。母が丁度旅行に行っていたので買ってきて貰って……」
「おぉ、チョコレートか。馳走になって良いのか?」
「は、はい!」

 俺が紙袋を受け取ると、少年は笑顔で頷いた。どうやらかなり美味しいチョコレートらしい。その評判を彼は一生懸命俺に教えてくれる。真っ赤に染まった顔が可愛かったので、俺は少年の顎に指をかけ、顔を近付けた。

「礼だ」
「~~~~~~!?」

 そのまま唇にキスをすると少年はさらに顔を真っ赤にし、そのままふらりと倒れてしまった。慌ててまわりにいた少年達が彼を支える。

「ん? おい?」
「あちゃー」

 秋名は片手で顔を抑えて呻く。俺がどうしたのか? と問うが少年達は大丈夫です! としか言わない。俺がぼんやりしている横で、秋名が少年達に手を合わせて謝っていた。

「ごめんね。後任せるね!」
「ん? 秋名、大丈夫なのか?」
「いいから! 有はこっち来て!」

 一緒に居た友人達に彼を預けた後、俺は秋名に腕を引っ張られる。向かう先は教室でも更衣室の方向でもない。首を傾げたまま俺は秋名に付いていき、今まで来たことのない空き教室に移動する。

「ここは?」
「講義室って名前の使われてない部屋」

 鍵がかかっていると思ったが、扉は秋名が腕に力を入れて引っ張るとゆっくりと開いた。鍵はかかっていないらしい。俺が驚いていると、秋名が『ここ鍵が壊れてるんだ』と教えてくれた。

 教室の中には机だけが残っていて、ぎゅっと隙間なく教室の半分を埋めていた。秋名が扉から手を離すと、扉はゆっくりと元の場所に戻るように閉まっていく。

「有」
「ん? 何だ?」
「プレゼントくれた子に公衆の面前でキスしちゃ駄目でしょ!」
「なぜ?」
「外国人相手にしてるみたいな気分。あ、半分あってんのか。ともかく駄目。あーもうプレゼント持ってくるファンができちまったかぁ。わかってたけど早かったな」
「俺はちぃともわからんが」

 秋名は困ったように眉を顰め、あれではファンの子が暴動を起こすと苦言を呈した。どうやら秋名の話では俺にはもうファンがいて、俺がファンの一人にちょっかいをかければ、その一人が最悪嫌がらせを受ける可能性すらあるのだと言う。

「二人のファンクラブの均衡も気になるけど、あの二人なら有にどうこうするつもりはないし、制御してくれるでしょ。こっちも勝手に色々されたらまずいし、俺がお前のファンクラブ作ってやるから……」
「俺はファンクラブについて何も知らないぞ」
「あ、そうなの? えーとね……」

 秋名はこの学校のファンクラブについて詳しく俺に説明してくれた。

 ファンクラブは四季坂学園の伝統のようなもので、もともとは有名政治家、大会社の子息をバックアップするために作られたものだったそうだ。端的にいうと人材把握と適正配置を早い段階で子息達に学ばせるシステムだった。

 つまり春樹や夏のような権力者の息子達は自分達の人気を上手くコントロールしながら自分に有利な立場と組織を作ることを目的とし、それ以外の子息達は、下世話な話、どうやって中心人物に取り入るかをシミュレーションするためのものだそうだ。 まぁ現在いまでは、そのシステムよりも純粋な人気によるところが大きいらしい。

 ファンクラブの規定は10名以上、年会費をとるのは容認されているが、3月の時点で1万円以上の純利益になってはならず、経費と相殺しなければいけないそうだ。損益計算書、というものを3月に提出する必要があるらしいが、俺にはわからない。秋名が言うには経理がわかるものの存在も必要になるとのことだった。

「人は集まるだろうし。あとはお前がOKなら作れるから、承諾だけしてさえもらえれば担当者は……」
「して、秋名」
「ん?」
「俺を利用するからには、俺にも旨味があるのだろうな?」
「え」

 俺の言葉に秋名は笑顔のまま固まった。俺はニコリと笑みを浮かべて秋名を見つめ返す。

「利用って? あの……俺、そんなつもりじゃないけど……あ、もちろん俺としての利益とか考えてな……」
「秋名」
「いやいやいや、だって有すごい大変なことにな」
「秋名、俺はわかっていた」
「……」

 俺と反比例するように秋名の表情から笑みが消え、次第に無表情へと変わっていく。俯く顔の先には床しかないが、秋名には何が見えているのだろうか。

「……いつから?」
「最初からだ」

 秋名の顔が一瞬だけ険しく歪んだ。俺は笑みを崩さず秋名に歩み寄る。しかし秋名の顔は決して俺の方を向こうとしなかった。

「秋名、どうした? 顔色が悪いぞ」
「……なんで何も言わなかったの?」
「強いて言うなら面白そうだったからだな。フツフツと欲に滾る秋名の目は見ていて心地良かった。特にあの二人を見ている目は憎悪まで混ざっていて面白い。顔は笑顔なのに、目が淀む。器用で感心した」

 秋名の声は抑揚がなく冷たかった。人間なら多少の緊張するだろうこの場面で、俺の心は歓喜に震えていた。俺はずっと、待っていた。この瞬間を。

 俺は春樹も夏も好きだ。二人の目には俺を欲するという欲望の火が宿っている。しかし俺はより欲望の大きい人間を好む。俺自身である色欲以上に求める者があれば、興味の比重はそちらに傾くのだ。

 白州秋名は俺を使って欲望を満たそうとしている。俺を囲い込んで、使おうとした。しかし実際に囲い込まれているのはどちらだろうか?
 可愛い。秋名の唇は震えている。欲しい。秋名が。俺はずっと本物の白州秋名を虜にしてみたかった。

「俺はさ、早良春樹と勝山夏義に自分のファンクラブを潰されたんだよねー」
「それで?」
「だからあいつらにも同じ目にあってもらいたいんだよね」
「俺を利用したいか?」
「……」

 秋名は唇を噛み締めながら俺を見た。その瞳にはくすぶっていた炎が大きく揺らめいている。その炎を見ていると、背筋がゾクゾクと震え、腰に熱が疼く。

「……家族に恵まれない俺にとって、俺を慕う人達が全てだった。それを、あいつらに全て奪われた! 何で!? あいつらは全部持っているんだよ!? 立派な家も家族も! 勉強も才能も! 外見なんて美術品みたいに綺麗でっ……!! だから俺も、少しでも良くなろうって、まわりに溶け込まないように、髪だって染めて、ピアスもいっぱい空けて、皆と違うってアピールして、でも、だめ……俺は、あいつらみたいに自然体で人を惹きつけることなんてできない……」

 震えるほど拳を握りしめ憤る秋名の頬に俺は手を伸ばす。冷たくなった秋名の頬を俺は手の甲で優しく撫ぜた。

「秋名」
「っ!」
「貴様は本当に可愛らしい……」

 俺は秋名から離れるとテトリスのようにしきつめられた机の一つに腰を下ろす。上着を脱ぎ、適当にそこら辺に放った。ベルトのバックルを外して引き抜くと、秋名の目が見開かれる。 

「俺を楽しませてくれ秋名。それさえしてくれれば、貴様に全てを任せてやる。二人のファンクラブを潰したいのなら、それを手伝ってやっても良いぞ。俺が二人に望めば、翌日跡形もなく消すことすら可能かもしれん。そうなれば簡単で良いな」
「……」

 しかしそれは秋名にとって大事なものが二人にとってさほど重要ではないとも言える。その屈辱に秋名は耐えられるだろうか?

 俺は二人にとってファンクラブが軽いものか、重いものかは知らない。しかし俺に夢中になっている二人が静海有よりもファンクラブをとるなんてありえないことだとわかっていた。俺という欲望にどっぷりつかってしまっている。あの二人もなかなかに欲深い。色欲の深みにはまった、美しき贄だ。

「さて、貴様はどうする?」

 秋名は眉間に一瞬だけ皺を寄せた。ゆっくりとその足が俺に向かう。

 秋名の震える指が俺のズボンの金具に触れた。ズボンのジッパーが開く音がする。風通しのよくなった俺の下半身に、秋名は恐る恐る顔を近付けた。




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