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第二部
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しおりを挟む春樹の病気はだんだんと悪くなっている。詳細はわからないが、最近はずっと病院に通っているらしく、朝も休憩時間も俺に会いに来るのは夏だけになっていた。時折廊下で見かけるが、顔色は日に日に悪くなっている。
「治せるなら隷属しちゃえば?」
「秋名……それは我が君が決めることですよ」
「何だ。秋名は反対しないのか?」
「俺はファンクラブが潰せれば良いだけだし、今は有に先生もいるから良いんだ」
秋名は『今がきっと一番幸せ』と微笑みながら紅茶を飲んでいる。そんな秋名を見て、イウディネが口元を綻ばせていた。まるで慈母のような笑みだ。イウディネは随分と新しくできた後輩を気に入っているらしい。
「じゃあ隷属させて、ファンクラブの人数を減らしたら解散させれば良いのではないか?」
「あぁ、そっか。それでも良いね」
では早速春樹も隷属させてしまおう、と思えば隣にいたイウディネが俺の肩を引っ張る。俺の耳に口を寄せ、小声で囁いた。
「我が君、少し時間を置いた方がいいのでは? 秋名の変化についてもまだ懸念点が多いですし、何より、魔力の問題があります」
「……」
俺の腕につけていた魔力制御用の腕輪は現在二つになっている。身体に馴染んだ分もあるが、それだけではない。秋名を隷属してから、俺の魔力が一向に回復しないのだ。おかげで制御する装置も一つ不要になってしまった。
魔族にとって魔力は魔法を使うためだけの能力ではなく、生命力でもある。魔力は体内にある器(うつわ)に貯蓄され、能力が高い悪魔ほどその器が大きい。王族はその最高峰だ。兄達には到底敵わないが、王族と名乗れるだけの器が俺にもあった。
色欲の悪魔である俺の魔力はセックスによって、主に相手の体液によって回復するのだけれど、体液を何度貰っても魔力が回復できず、元の量に届かない。しかしなぜか満足感だけはある。
これは明らかにおかしい。昔、イウディネを隷属した時にはこんなことはなかったはずだ。
「魔力がここまで回復しないだなんて、ありえないことです。人間の身体は捨てられるかもしれませんが、悪魔の身体に関わる無茶はお止めします」
「……わかっている。秋名、隷属はちと保留にしておこう」
「ん? そうなの?」
俺の魔力の大半を費やしたはずだが、秋名の変化は現在のところ、目の色、自己治癒力の増加、身体的魅力の増加、体力の増加だけだ。一応、全てプラスに動いている。
名前を呼ぶと、秋名と目が合った。にこり、と俺に笑いかける秋名の笑みが美しく、好き好きと視線が語ってくる。俺の魔力はまだ残っているし、大丈夫のようにう思える。しかしそれは楽観視しすぎているのだろうか……?
隣にいるイウディネは心配そうに眉を八の字にしていた。
「あぁ、秋名を隷属させて少し魔力が減ってしまったのでな。回復を待つ」
「そうなんだ? 了解!」
「……」
イウディネは少しほっとしたように息を吐いていた。
「まぁどっちにしても会長のファンクラブの人数早く減らさないとね」
「そうですね。それで、特典はどうなっているんですか?」
「じゃーん! これです!」
秋名は鞄から黒いプラスチックのクリアケースを取り出すと、中から何枚かの写真を取り出す。その写真には見覚えがあった。秋名に頼まれて撮った俺の写真だ。
「あぁ、これはこの前撮ったやつか」
「そうそう。これはこの前スタジオで撮ったやつね」
写真館ではいろんな衣装が着れるというので、時間の限りコスプレをして楽しんだ。その写真も入っている。警官やパイロットなどの制服からスーツや色物だと猫の着ぐるみなんかもあった。プロが撮ってくれたものを秋名が厳選したのだろう。我ながら美丈夫に写っている。
「我が君、なんて麗しい……」
イウディネは軍服を着た写真がお気に入りらしく、写真を両手で持ってうっとりと眺めている。軍服は陸軍と海軍の二種類パターンがあり、俺は海軍が気に入りだと白い軍服の写真をイウディネに見せる。イウディネはその写真を受け取ると眺めて離さず、苦笑いする秋名に『サンプルだからあげる』と言われると素早く自分の手元に写真を確保し、上機嫌で秋名にもケーキを二つも出していた。(ずるい)
「この写真が特典になるのか? やはりセックス券の方が……」
「我が君、私が学生なら間違いなくこの写真欲しさに入ります」
「そ、そうか……」
食い気味なイウディネに思わず背中が仰け反った。
うーん。生身より写真が良いのか。アニメや漫画は好きだがこれについては納得いかんな。
「そうそう、ファンクラブ特典は二種類にしようと思ってるんだけど」
「二種類?」
「例えば少し入会費をもらって、月に3枚ブロマイドをランダムでプレゼントする。全部で18種類ね。そんで特別なのが3枚。これが半年分」
「秋名、特典をランダムにするのは鬼の所業だぞ。毎回グッズが出るたびに俺は交換ばかりしているのだ」
コラボカフェでは同じ種類のコースターばかり集まって大変なことになった。勿論それは手伝ってくれた秋名だって知っている。秋名は何杯もジュースを(俺に)飲まされて、頭を抱えていたはずだ。忘れるはずがない。
「いや、これ俺も有のよくわかんないアニメのコラボカフェ行って思いついたんだけどさ、皆写真交換したいし、ブロマイドをコンプしたいってなったら友達にお願いしてファンクラブ入ってもらおうとする子もいるんじゃないかなって」
限定、という言葉に日本人は弱いらしい。かくゆう俺もそうだ。(俺は作られた戸籍が日本人になっているだけだが、日本人であることに間違いはない)
「もし利益がでちゃったらグッズ出しても良いよね。俺、デザインとかってしてみたかったんだ~!」
「おぉ! グッズ製作だな! ラバスト(ラバーストラップ)か? アクキー(アクリルキーホルダー)か? それともフルカラー紙袋か?」
「うーん。さすが有。スラスラ出てくるな」
「追加のブロマイドを作るならいつでも脱ぐ準備は万端だぞ!」
「そんな嬉々とした全裸写真嫌だわ……恥じらいは大事だよ……」
「我が君はどこを出してもお美しいですからね」
「井浦先生、落ち着いて。そんな写真出回ったら即ファンクラブ解散だからね?」
イウディネが話にのってしまうといつまでも話が終わらないが、秋名が参加することによりずるずると同じ話題が続かないので良いな。貴重なツッコミ要員というやつだ。イウディネにそう説明すると、なるほど、と真面目な顔で頷いていた。多分わかっていない。
「特典のブロマイドはこの中に無いんですか?」
イウディネの問いに秋名は首を横に振る。イウディネはちゃっかり他の写真も自分に引き寄せて確保しており、俺が触ろうとすると『指紋がつきます』と触らせてくれなかった。
「特典の写真は今から撮るんだ。私服のオフショット。サイン入れる用にキラキラの油性マーカーも買ってきた!」
「なるほど。ベッドで眠そうに微笑んだり、シャワー浴びたり、私服であどけなく笑ったりすれば良いんだな」
「うーん。察しが良くて助かるんだかそうじゃないんだか」
俺は2.5次元(アニメや漫画、ゲームの作品の舞台化などを指す)にも精通(えっちじゃない方の意味だぞ)している。それゆえ、ニーズというものをきちんと理解しているのだ。
春樹は儚げな美しさ、夏は爽やかな男らしさをを求められているので、俺は二人のどちらにもないミステリアスな部分を押し出した方が良いだろう。いっそ、ダブルミーニングで『小悪魔』でも良いかもしれない。決して気付かれてはいけないダブルミーニングだがな。
「そのブロマイドは入会特典ですか?」
「いや、これは成績上位者へのプレゼント」
「成績?」
「うちの一学年は大体120人前後だから、その三分の一、40位内に入れた人への特別プレゼント」
「あぁ、教師対策ですか」
「そういうこと! 成績上位者が多いのは会長のファンクラブ『Primavera』だけど、それを覆せたら面白いでしょ」
俺の写真欲しさに遊びを我慢して勉強をさせるという秋名の鬼畜な作戦である。遊び盛りの高校生にそのような馬の前に人参、みたいな作戦が通用するのだろうか。
「根は坊ちゃん達だし、良くも悪くもこの学校に染まってるから上手くいく可能性は高いと思うよ。そのうち『成績を競い合って切磋琢磨するために入る』とかよくわかんない理由をつけて入ってくる子もいると思う」
「まるでツンデレだな。まぁ、俺は約束したし秋名に任すぞ」
「任しといて~! あ、井浦先生。今更だけどこれくらいの動きなら大丈夫? 有の存在バレたりしない?」
俺が目立ってしまうのはいけない、ということは秋名には大まかに話してある。そして目立つとイウディネから我慢プレイを強いられることも話した。そのせいか秋名はビクビクしながらイウディネに問いかけている。
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秋名がソファの背もたれに寄りかかって天上を仰ぐ。小さな声で、嘘でしょ、と聞こえたが勿論嘘ではない。そういえば秋名には『目立ってはいけない』と話したが、なぜ目立ってはいけないのかは話していなかったことを、俺は今更思い出していた。
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