【完結】色欲の悪魔は学園生活に憧れる

なかじ

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第二部

27 秋名視点

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 立ち上げたファンクラブは着実に人数を増やし、今では100名を突破した。どうやらファンクラブの会員達に配った会誌が効いているようだ。会誌には有のプロフィールや好き嫌いをまとめたもの、ファンクラブのルールを載せている。会員は『友人であっても会誌を見せてはいけない』というルールを律儀に守っているせいか、会誌欲しさに入会した子達も少なくない。

「あの白州先輩……」
「ん? あぁ、どったの?」
「ら、来月の静海先輩のファンクラブ特典はブロマイドって本当ですか?」

 廊下で声をかけてきた下級生は最近ファンクラブに入ってくれた二年生の子だ。問いかけられた内容に俺は笑顔で頷く。

「すごい! 楽しみです!」
「詳細は次の会誌と一緒に出てるよ。あ、でもブロマイドはランダムだから、どれが入っているかは指定できないから気をつけてね。最悪ダブっちゃうこともあるし」
「え!? そうなんですか!?」
「全部で18種類あるんだけど、毎月3枚ずつプレゼントするから。欲しい写真じゃなかったら友達と交換すると良いよ」
「そ、そうか……交換って手が……」
「9月になったらまた変わるから楽しみにしててね」

 ランダムで手に入れるグッズはわくわく感があるし、求めていない写真だとしてもファン同士で交換すれば交流にも繋がる。懸念すべきは金銭トラブルだが、グッズの売買は全面禁止。もし露見したら関わった人間全て退会だ。

「俺、友達誘ってみます! そしたら6枚になりますもんね!」
「あはは。友達にとられないようにね」
「き、気をつけます!」

 今にもスキップしそうな後輩くんを俺は手を振って見送った。いやぁここまで思い通りに事が進むと気分が良い。懸念点は有が目立ちすぎることだけれど、この学校は警備も厚くて、情報漏えいが殆どない。閉鎖的な環境で辟易したこともあるが、有を隠すのにはとても役立っている。

(しっかし有が王子様ねぇ……)

 有が悪魔だということですら驚きなのに、まさか王子様だなんて思いもしなかった。あんな漫画に出てくるキャラクターのような喋り方をしている美少年が、本当に『そう』だなんて思いもしない。それに王位継承権争いなんて立憲君主制の日本で育った身としては全く想像もできなかった。

「おい秋名」
「お、夏さん」

 ぼんやりしていたら仁義の若頭(笑)夏さんに声をかけられた。相変わらず嫌味なくらい格好良い。鼻が高くて整った顔、手足が長く、身体は部活動のせいかよく引き締まっている。

 夏さんはとにかくスタイルが良いんだよな。海外ファッションブランドの突飛なデザインの服を自由自在に着こなしそうだ。トレンチコートを着てランウェイを歩く様子なんて簡単に思い浮かぶ。ガタイが良いし、黙っていると強面だからマフィアに見えなくもないが、それでもまぁ、格好良いことには変わりない。え? 褒めてるよ?

「……」
「ん? どしたの?」

 夏さんはバツが悪そうな顔で俺を手招きしている。俺が近付くと手を差し出してきた。カツアゲ? と思ったが夏さんは小声で『俺も入会させろ』とファンクラブ入会申込用紙を寄越せと言い出した。マジかよブルータス。(お前もかい)

「え、夏さん有のファンクラブ入る気? 駄目でしょー、夏さんは自分のファンクラブあるんだから」
「駄目か……」
「当たり前でしょ。夏さんにガチ傾倒してる子にうちの有くんいじめられたらどうするんだよ」

 そんなことになったら俺も先生も、多分会長だって黙っていない。
 そして泥沼になった結果、その子が再起不能もしくは廃人になったらどうすんだ!? 後味悪いだろ!

「何とかならねぇのか」
「なりませーん。俺会長だもん。依怙贔屓できない」
「……」
「怖い顔しても駄目だから」
「来月の特典、ブロマイドなんだろ」
「聞いてたんだ?」

 欲しいんかーい! と思わず内心ツッコミを入れてしまった。
 会長といい、夏さんといい、プレイボーイだった面々が有にぞっこんになっている。これも有の魔法の力なのだろうか?

 でも何となく、有だったら魔法なんて使わなくても相手をメロメロにするテクニックがあるんじゃないかと思えちゃう。奴隷の欲目かな。それだけ有は魅力的なのだ。たまに阿呆だけど。

「写真くらい撮らせてもらえば?」
「……てめぇが只の写真配るとは思えねぇんだよ」
「見込まれてるね~」

 確かに普通に写真を撮るだけじゃ、軍服や白衣を着た有の写真は撮れないだろう。どの写真も俺が厳選して選んでいるので最高に格好良いし、可愛い。元々俺は写真を撮るのが上手く、そこにプロのカメラマンの技術力もあって最高の写真が撮れたと自負している。有のことが好きな人には垂涎の品だ。

「秋名! ……ん? 夏も一緒か」

 噂をすればなんとやら。有が俺を見つけて駆け寄ってくる。手には大きな紙袋の取っ手が握られていた。
 紙袋の中に入っている包みは、俺が会誌に書いた有の好きなお菓子のもののようだ。それ以外にも高級チョコレート専門店の包み紙なんかがいくつも見える。ファンから貰ったのだろう。有が食べすぎて先生ブチ切れなきゃいいけど。

「俺は無視か? 冷てえじゃねぇか」
「無視などしておらんよ。それに、俺達は先程仲良く・・・していただろう?」
「まぁな……」

 有が意味深に笑っている。夏さんも満足そうに笑っているからなんかえっちなことしていたに違いない。人のこと言えないけどあえて言うね。ここ勉強するとこですよお二人さん。

「そんで、どうしたの? 俺に用事?」
「あぁ、そうだ。秋名、今日の予定がないなら俺の部屋に来てもらっていいか? ……衣装を大量に買ってきたやつがいてな……」
「あらら、よっぽどお気に召したんだねぇ」

 犯人は間違いなく先生だろう。もう既にかなりの衣装が揃っているらしく、有はクローゼットが『古参レイヤーのクローゼットになっている』とちょっと俺には理解できないことを言っていた。(後ほど聞いたら、昔からコスプレをしているコスプレイヤーさんのクローゼットのように衣装が詰まっている状態を言いたかったらしい)

 多分そのままプレイに持ち込まれたのだろう。次回は秋名も参加しような、と小声で囁かれた。イメクラプレイか。嫌いじゃないな。

「……お前ら、何か距離近くなってねぇか?」

 夏さんの訝しげな声が聞こえる。
 そりゃあ仲良くなるでしょ。俺は有の奴隷だもん。……と言ったらさすがに痛い子確定なので黙っておく。

「まぁそりゃー俺はファンクラブ会長ですし」
「それ言ったら俺は梅雨つゆとイチャイチャしなきゃならなくなんだろ」

 梅雨、というのは夏さんのファンクラブの会長で、組長と呼ばれる二年生の子だ。ちょくちょく海外留学やホームステイをしているので最近はあまり学校に居ないが、帰ってくると皆がざわざわしているのですぐにわかる。そんくらい噂になる美人なのだ。
 昔は白州先輩白州先輩と俺の後ろを付いてきてくれた純朴で可愛い子だったが、気が付けば随分垢抜け、大差をつけられていた。しかし彼は見た目は凄く綺麗なのだが、中身がちょっと人を選ぶ感じの子でもある。よってプラマイゼロだと主張したい。決してモテなかった当時の俺の僻みではない。

「すれば良いじゃん」
「ご免だ。お前が相手しろ。梅雨の元彼だろ」

 そういえばそんなこともあったな、懐かしい。確かに付き合っていたけれど、彼は俺に何も言わず留学してしまい、連絡もなかなか来なくなって、結局自然消滅した。
 当時の俺はそれなりに傷ついていたし、最近まで思い出すたび傷ついていたけれど、今は平気だ。だって俺には有がいる。俺を愛してくれる人がちゃんといるから、そんな過去なんてどうでも良いのだ。

「今の俺は有のだもーん」
「あ?」

 夏さんの声が急に低くなり、わかりやすく不機嫌になっている。昔の俺なら、夏さんの迫力にビビって『なんちゃって冗談~』ってやり過ごすのだけど、今は全然怖くない。むしろ夏さんが可哀想に思える。有の物になれないなんて、愛してもらえないなんて、今の俺にとっては人生のどん底と同義だ。

「秋名もお前のものなのか、有」
「そうだな」
「……」

 有がすんなり同意するので夏さんのまわりの空気の温度が下がった。冷たい目が俺を睨みつけている。

 そうだよねぇ、気に食わないよねぇ。相手は会長ではなく眼中に無かっただろう俺なのだ。横から有に取り入った汚い奴だと思われているのかもしれないが、夏さんだって昔は3股とか5股とか、ろくでもない恋愛を平気でしていたはずだから、人のことをどうこう言える資格は無いと思う。

「静海、話しているところ悪いが、ちょっと良いか?」

 俺達の間に入ってきたのは副会長だった。
 副会長はいつも怖い顔をしているけど、今回はいつも以上に怖い顔をしていた。たまに笑うと綺麗な顔をしているな~って思うんだけど、いつも何かに追われてるような厳しい顔つきをしていて、そのせいか苦手にしている生徒は多い。
 実際は会長よりも熱心に仕事をしているし、面倒見も良い。でも人気は圧倒的に会長に軍配が上がるという、何とも悲哀を感じさせる人物だ。

「ん? あぁ、良いぞ」

 有は苦手ではないようで、笑顔で頷いている。
 後は頼む、と俺の腕を撫でて離れていく手が恋しい。有がいると幸せになれるのに、離れる時はその反動か胸がぎゅっと締め付けられて苦しくなった。もっと一緒に居たいと思う。そうもいかないとわかっているけれど、最近は特に胸が苦しかった。隷属したせいだと先生は言っていたけど、よく耐えられるなぁと先生を尊敬してしまう。

「秋名、お前、何考えてやがる」
「え? 何が?」
「とぼけんな。お前はそこまで馬鹿じゃねぇだろ。……有を手に入れたつもりか?」

 夏さんは斜め上なことを言っている。有は誰のものにもならない。だから俺は安心して有のものになれるのだ。頭を横に振って否定する。

「まさか。俺は有を物だなんて思えないよ。有はね、俺の大事な居場所なの」

 このまま俺が人間でなくなれば、大怪我して死なない限りは有と一緒にいられるのだ。ずっと愛してもらえるから寂しくない。
 顔がにやけてしまっていたのか、夏さんの目がきつくつり上がっていた。

「夏さん、顔が怖いよ」
「うるせぇ」
「有が俺を特別にしてくれてるように見えるんだ?」
「……」

 黙ってる夏さんを見ていると気分が良い。俺は夏さんや会長を追い抜いて一番に有のものになった。有が俺を選んでくれた。
 有のためだったら俺は何でもする。全部捨てる。これからあるはずだった人間としてのささやかな幸せも、人間そのものであることも。もうどうでも良くなってしまう。

「そのわりにはてめぇも随分遊んでるみたいだけどな……?」

 先生や有に言われて、俺は寮にいる下っ端政治家の息子とか、大企業役員の息子をつまみ食いしている。有とまではいかなくても、温かい肌が俺を求めてくれると愛されている気がして嬉しい。それに、終わった後の彼らは俺の願いを何でも聞いてくれるのですごく助かっている。

「……夏さんはさぁ、有のためにどこまで捨てれる?」
「あ?」
「今持ってる物全て、家族も、家も、バスケットボールも、今まで得てきた全て物も全部捨てることができる?」
「何の話だ……?」

 夏さんは沢山色んな物を持っている。持っていればいるほど捨てるのが大変だろうな。俺はそういう意味でラッキーだ。持っているものなんて自分しかないから、迷う必要なんてなかった。

「捨てれないなら夏さんは完全に有の物にはなれないよ。一時身体を繋げても、有との絆は生まれない」
「てめぇはそれを持ってるって言いたいのか?」
「ッ! そ、うだよ……俺は全部捨てたから……」

 夏さんは俺の胸ぐらを掴んで持ち上げた。ぐえ、と俺の首が締まる。
 夏さんはこう見えて弱い者いじめはしない人だ。弱いものをなぶったりしない。つまり俺は夏さんと対等以上になっているということだ。すごいなぁ、俺、夏さんと同じステージに立ってるのか。出世したもんだ。

「ねぇ……それで、夏さんは捨てれるの……?」

 夏さんは俺の胸ぐらを掴む手に力を込めた。俺はもっと苦しくなったというのに、このままセックスしたらさぞ気持ち良さそうだとマゾみたいなことを考えていた。あぁ、有に会いたい。有に会えないなら寮のやつらでもいい。セックスしたい。愛して、もっともっと沢山愛して欲しい。

「チッ」
「うわっ」

 胸を離されて、俺はよろけて壁に凭れ掛かる。夏さんは舌打ちをするとそのまま俺に背中を向けて歩いていってしまった。

(あーあ)

 本当に可哀想、と小さく呟いた声は夏さんに届いただろうか。







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