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第三部
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しおりを挟む数日前。
俺とイウディネのマンションに春樹と秋名が遊びにやって来た。珍しいことに秋名による招集だ。イウディネは紅茶を入れ、俺はゲーム機を弄りながら春樹にゲームの説明をしていた。秋名は大きな紙袋を抱えてやってくると真っ青な顔でテーブルに何枚かの紙を叩きつけた。
「由々しき事態だよ!!」
その紙は数学Ⅲ、日本史B、化学、生物、現代文、古典、様々な教科の名前が書かれた中間テストの答案用紙だった。名前欄には静海有と書かれている。俺は字が上手いので先生が花丸をつけた上に3点も点数をくれた。ちょっとした自慢である。
「有、これ以外にも机からはみ出てたんだけど、一体どういうことなの……?」
「中間テストだな」
「何この点数。3点って……小テストじゃないんだよ……?」
「わからん」
「問題が? それともとぼけちゃってるだけかな??」
秋名の顔は引きつり、春樹は3点とだけ書かれた答案用紙を眺めて呆然としている。イウディネも紅茶を配り終えた後、俺の答案用紙を見て頭を抱えてしまった。
俺の頭脳レベルは俺が一番よく知っている。しかし危機感はまるでなかった。別に頭が良くなくたって死なないのだから問題ないではないか。
「名前で点数をもらう人、初めて見たよ」
「英語は大凡当たってますがスペルミスが多すぎますね……」
「日本史、近代なのに人物名いれるところ全部が織田信長なんだけど……」
「この世界は織田信長に溢れている印象しかないのでな」
漫画もゲームもとにかく織田信長がよく出てくる。俺が日本人で初めて名前を覚えたのは織田信長だった。彼が実在の人物だと知ってから、俺は彼をリスペクトしている。ゲームのプレイヤー名もまた、織田信長で統一しているほどだ。
「これは酷いね……」
「我が君、勉強は昔から苦手で……」
俺は今まで学校に通ったことはなかったものの、最低限の教育は受けている。教師は言わずもがなイウディネだ。魔界にも学校があるのだが、イウディネはそこの首席だった。見目も、頭も良い淫魔だったから俺の教育係に抜擢されたのだろう。しかし俺は昔から物事に集中するのが得意ではない。セックスやゲーム、好きなことなら話は別だが……。
「家庭教師だったんですよね?」
「若い頃のイウディネはもっと純朴な男だったからな。魅了しやすかった」
「我が君……」
ある意味、授業中は開発という勉強時間だった。当時のイウディネは上位淫魔だったが、幼いとはいえ、上位悪魔、その最高峰だった俺の誘惑に抗えるわけもない。勉強なんてしたくなかった俺はイウディネの自己紹介の最中に自分が使えるありとあらゆる魔法を使った。結果はお察しのとおりである。
「いやー何から何までよくわからんのだ。許せ」
「許せ、じゃないよ! こんなんじゃ進学どころか卒業すら危ういよ!」
俺は別に高校生の生活が味わえればいいので卒業なんてしなくても良い。何なら可能な限り留年して高校生達をつまみ食いする生活を続けたいくらいだ。
しかしまわりにいる三人は皆複雑な顔をしている。深く考えすぎではないだろうか? と俺が逆に皆を心配してしまった。
「ファンクラブを持ってる人間がこんな馬鹿だなんて知られたら全てが終わる!」
「黙っていればバレないだろう」
「期末は結果が貼り出されるって言ったよね!?」
「聞いたような……聞いてなかったような……」
四季坂学園は文武両道を掲げているらしく(俺は初耳だが)、期末テストは全生徒の順位が玄関前の掲示板に貼られるらしい。ビリの人間は毎年辛い思いをしているらしく、絶対にそれだけは避けなければならないと秋名が必死に説明していた。俺は何度聞いてもどうでも良く感じてしまうので、気のない相槌しかできない。
「別に俺は大学に行きたいわけでも、卒業したいわけでもないのだぞ」
「ファンクラブを潰す目的はどうなったの!?」
「あ、そうだ。僕のファンクラブ潰さないといけないんだよね」
春樹は『思い出した!』と手を打ち、その横で秋名が口を抑えて慌てていた。
「いや、えーと……」
「白州くんもそのために有くんを手伝ってたんだよね。ふふ、嬉しいなぁ」
自分のファンクラブが潰されるというのに笑顔いっぱいな春樹を見て、秋名が目を見開いている。そしてその目は春樹から俺へと移動した。俺がそっと口の前で指をバッテンにすると、秋名は俺の肩に手をまわし、部屋の隅へと俺を連れていく。
「……どういうこと?」
「ちょっと、色々な話の齟齬があって、春樹は俺が春樹をファンクラブから奪うために潰そうとしていることになっていてな……」
「……どういうこと?」
「二回とも同じ説明になるが聞きたいか?」
秋名は俺の説明に難しい顔をしていたが、自分のファンクラブを潰された仕返しだと思われないならその方が良いと結局春樹の誤解は解かないままとなった。戻ってくる俺と秋名に春樹は首を傾げる。
「どうかしたの?」
「会長はファンクラブ潰すのOKなの? って相談」
「あぁ、僕はファンクラブがあってもなくてもどちらでも良いんだ。四季坂でファンクラブがあるとOBに可愛がられるとか、一目置かれるっていうメリットはあるけど、僕の場合は生徒会長だから繋がりはそれだけじゃないし」
春樹は別に無くなっても良いのだと言うと秋名が若干微妙な顔をしていた。まぁそうだろうな。秋名の心は察するに余りある。俺が背中を撫でてやると、はぁーと長い溜息が溢れていた。よしよし、ついでに俺のテストのことも忘れてくれ。
「ともかく今は有の頭の具合を何とかしないと。ファンクラブの人数がどっと減る!」
残念すぎることに、わずか数秒で思い出されてしまった。俺は嫌だと頭を振って拒否する。勉強なんてさっぱりわからない。それに授業で当てられも答えられない程度に俺の頭が悪いのだということは教室の皆が知っていることだ。
「それなら対策済み。うちのクラスの皆、有のファンクラブ会員なの」
「え!?」
「ちょっと勉強が苦手っていうのは箝口令しいてるから」
「ちょっとじゃすまないみたいだけどね」
春樹は俺のテストを眺めながら頬に手をあてて溜息を付いている。う、困ったぞ。これではどうあがいても俺は勉強をする流れになってしまう。
「イウディネ! お前からも何とか言ってくれ! 悪魔である俺には学歴など必要はないし、いざとなればどこかの大富豪の愛人にでもなるのだと!」
「我が君、これはチャンスです」
「は?」
「今までしなかった分の勉強をここで補填しましょう?」
「イ、イウディネ!?」
突然のイウディネの裏切りに俺は声が裏返る。そんなこと今まで一度も言ったことなかったくせに! ゲロ甘だったくせに! と俺は地団駄を踏んだ。
「有はすごい馬鹿からちょっと馬鹿になるまで、必死で勉強して」
秋名がバッグから取り出したのは『楽しい算数』『猿でもわかる社会の仕組み』という小学生向けに作られたテキスト教材だった。ぜ、全力で馬鹿にされている……。
「秋名が俺を馬鹿にする……あんまりだ……」
字の大きなテキストを手にとってパラパラ眺めてみるが、俺はすぐにその本を閉じた。まずい。全然わからないぞ。俺は秋名の認識レベルよりもずっと馬鹿かもしれない……。
「は、春樹……もう俺にはお前しか……」
「ごめん。僕もこれは無理」
「酷い!!」
どうやら俺の味方はこの場に一人として存在しないらしい。
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