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第三部
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しおりを挟む初めて出会ったあの日から、梅雨は毎日のように教室にやって来るようになった。目当ては勿論、彼の想い人の秋名である。
「白州先輩~!」
「かなちゃん……」
梅雨は初めて会った時の渋面が嘘のように華やかな笑顔を浮かべている。その様子はまるで子猫のような愛らしさがあった。事実、秋名の近くにいる生徒達は梅雨を目で追っている。
「あ、これ先輩に似合いそうなシャツがあったから買ったんだ。今度遊びに行く時にでも着て欲しいな~!」
「かなちゃん。気持ちは嬉しいけどこれガチブランドのシャツだよね? パリコレミラコレでスーパーモデルが着用するようなアレだよね!?」
梅雨の手には某高級ブランドの紙袋、秋名の震える手には数万円の値段がするという黒いシャツが握られていた。自分が一番秋名を想っているというアピールなのだろう。梅雨は取り巻きをつれ、時には今のようにプレゼントを抱えて、とにかく秋名に猛烈なアピールを繰り返していた。
「静海くんはこっちで俺達と話そうね」
「そうそう、へ~。梅雨の言うとおり美形だね。すごいな。ファンクラブもあるんだよね?」
梅雨の連れてくる取り巻き達は主に秋名から俺を剥がすためにやって来る。あまり見たことのない顔だが、ネクタイは水色で、同級生だ。彼らは無遠慮に俺の身体を触ってくる。肩と腰にまわされた手が肌の感触を探るように触れ、俺はピクリと肩を跳ねさせた。
「やめろ」
「そんな邪険にしないでよ」
「あ、静海くんは敏感なのかな?」
くすぐったい。遠慮されているせいか物凄くくすぐったい。いっそのこと、もっとはっきり意思を持っていやらしく触って欲しい。教室、皆の目のある場での公然羞恥痴漢プレイ。あぁ、考えるだけで胸が高鳴る。
「……」
「あれ? 恥ずかしくて声がでないかな?」
しかし彼らの目的はあくまでも俺と秋名を剥がすだけらしく、強行に出てくれる気配が微塵もない。もっと胸を弄って『あれ? 乳首が硬くなってるなぁ? ってことは下も硬くなってんじゃない? ……あ、ほらやっぱりね……皆にも見てもらおうか……?』みたいなプレイをしてくれないだろうか。いっそ誘惑をかけて強制的に発情を……
「一ノ瀬くん、二宮くん、有くんが嫌そうだから離してもらえるかな?」
「え!?」
「ッ、早良!?」
教室に入ってきたのは春樹だ。俺が折角誘惑をしかけようとした瞬間に入ってきた。微笑む様子はまるで女神だが、ズォオオ、と黒いオーラを背負っているように見えるのは俺の目の錯覚だろうか。
「二人共短期留学から帰ってきたばかりだね。おかえり。有くんが魅力的なのはわかるけど、あまり触れると汚れるからやめてね。僕はナツじゃないから怖い顔で脅したりはできないけど、ちょっと、我慢ならないんだ」
春樹の言葉に、二人は慌てて俺から手を離した。真っ青になっている様子を見ると、黒いオーラは彼らにも見えていたらしい。
どうやら彼らは俺に春樹と夏がご執心だということを知らなかったようだ。震える喉で何とか『すいませんでした』を呟いた彼らは逃げるように教室から出ていってしまう。あぁ、モブレ要員が……。
(春樹は選り好みが激しいからな……)
俺だって乱暴に身体を開かされたい時もあるというのに、春樹は許してくれない。春樹が不相応と判断した相手が俺に触れているのを見ると、こうやって邪魔をしてくる。今のところ許されているのは本当に一握りだけだ。
「かなちゃん。とにかくこれはもらえないし、毎日来られるのもちょっと……」
「何で? これ僕のポケットマネーで買ってるし、気にしないで。要らないなら捨てちゃうだけだから」
「捨てないで返品してよ」
「僕はそんなみみっちいことしないよ?」
梅雨は本当に捨てる気らしく、それを察した秋名がしぶしぶシャツを受け取っていた。貧乏性の秋名は無駄を嫌う。しかしあのシャツ、俺には黒いクシャクシャのシャツにしか見えなかった。なぜ人間はクシャクシャのシャツに金をかけるのだろうか。いや、そもそも服なんて要らないのだ。人は裸が一番美しいのだから。
「有くん、今日も予定があるんだから逃げちゃだめだよ」
春樹がにこにこしながら俺の腕を掴んだ。その瞬間、俺はその『予定』というものを思い出し、ウゲッ、と美少年にあるまじき顔をしてしまう。それに気付いた秋名が俺に駆け寄って反対側の腕を掴んだ。
「何? また逃げようとしたの?」
「し、してないぞ! 誤解だ!」
「信用できないなぁ」
「酷いぞ春樹!」
「ちょ、ちょっと! 白州先輩!? 今から久々に二人で遊びにいこうよ!」
梅雨が秋名の腕を引っ張る。
良いぞ梅雨! もっとやれ! と俺が拳を握って応援する。
「何をするんだ? 俺はゲームが良いぞ!」
「あんたは呼んでないから!」
「そうか。なら残念だが仕方ない。梅雨がそこまで言うなら秋名は遊んで来るといい」
「有、棒読みすぎるよ。ごめんかなちゃん。俺達これから用事があるの」
「え!? 昨日も一昨日も用事って言ってたのに!? じゃあいつ空くの!? いつでもいいから! 僕が白州先輩に合わせるし!」
「ごめん。しばらくは無理」
俺が大人しくしていると秋名も春樹も俺の手を離した。
今がチャンスと足を踏み出そうとした瞬間、物凄い速さで二人に腕を再び掴まれる。
「おい、どこ行く有」
「有くん。残念だね。信用はこういう時に積み重なってできるものなんだよ?」
お勉強になったね、という春樹の言葉に背筋が凍る。
俺が涙目になっているというのに、両隣の二人はずっと笑っていた。いつもだったら甘やかしてくれる二人が少しも甘やかしてくれない。それが怖くて堪らなかった。
「絶対、逃がさないから」
「ひぅ!」
「あれ? 有震えてる? もしかして俺達が怖いの? そうやって怯えられると興奮しちゃうなぁ……」
「ふふ、本当だ。いつも自信満々なのに可愛いね。大丈夫。今日も僕達がつきっきりで面倒見てあげるから……」
秋名と春樹の真っ黒な笑みに俺は震えが止まらなくなってしまう。近くにいた梅雨も二人の様子がおかしいと判断してか、何も言わなくなってしまった。
あぁ、俺の助け舟が沖へと流されていくのが見えるようだ……!
(ど、どうしてこうなってしまったんだ……!)
二人が悪魔も真っ青な魔王状態になったのは、今から少し前に遡る。
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