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第三部
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しおりを挟む夏と抱き合い続けていたらいつの間にかカーテンから光が零れていた。昨夜は夏にしてやられ、乱れに乱れてしまった。思い出すだけで複雑な気持ちになるが、身体は妙にすっきりしていた。しかし身体は満たされているのに、喉が渇いて仕方ない。夏も同じらしく、緩慢な動作で起き上がる。夏は下着とズボンを履き、俺は下着だけのまま、リビングの扉を開いた。
「おや、おはようございます」
ディネは俺達を見るとにこりと笑い、キッチンに向かう。多分何か飲み物を準備してくれているのだろう。言わずとも動いてくれるのはありがたい。
「あ、お風呂借りたよ」
春樹は上半身裸のままリビングへと入ってくる。朝風呂派、というわけではなさそうだ。精液の匂いがする。イウディネからもするので二人で何かいやらしいことをしていたのだろう。イウディネ×春樹だったのか、春樹×イウディネだったのか。はたまたリバだったのか。ちなみに俺は地雷無しだ。
「……お前、腹筋割れてんじゃねぇか」
「最近鍛えるの楽しくて」
春樹の身体は病弱だった頃よりも肉がついてきている。食事も沢山食べるようになり、筋肉を鍛えるための脂肪ができたのだろう。春樹の腹はうっすら割れており、夏がドン引いていた。お前だって腹筋がガッチガチに割れているのになぜ春樹だと引くのか。謎である。
「夏にもあるね。人間脱出おめでとう」
「めでたくはねぇだろ」
春樹の左胸にも夏の左胸にも同じマークがある。そういえばイウディネだけ模様が違うな。どうしてだろうか。
「井浦先生も悪魔ってマジか?」
「そうですよ?」
「ディネ、俺の紅茶は砂糖を沢山いれてくれ」
「仰せのままに」
「ディネ?」
「私の本当の名はイウディネです」
夏は複雑な表情のままその場に立っていた。じっとイウディネや俺を見るのは悪魔っぽいところを探しているからだろう。生憎これは人間の体なのでそれらしきものはないはずだ。
「どうぞ」
イウディネは俺に砂糖たっぷりのミルクティーを入れてくれた。ソファに座り、湯気の立つ紅茶に息を吹きかける。熱そうだ。ちびちびと口に入れる。
「春樹は夏が心配だから残っていたのか?」
春樹がここに泊まるのは初めてではないが、いつも朝には一度家に帰っている。俺達が起きるのをわざわざ待っていたのだろう。
「全然違うよ」
全然、に力が篭っていた。幼馴染が心配だったのか、と思ったが春樹は眩い笑顔を浮かべての全否定だ。さぞや夏はがっかりしただろうと見上げるが、夏は『当たり前だろ』と口にして微妙な笑顔を俺に向けていた。この二人、息が合っているのになぜ仲良くない振りをするのだろうか。ツンデレか?
「有くんの試験対策と、面白いことがわかったから先生に報告してたの」
試験対策についてはスルーする。報告とは何のことだろうか? 俺が聞いてもいいのだろうか?
俺がうずうずしているのを察したのか、春樹は俺の横に座ると紙の束を見せてくれた。一番上にあった紙には細かい文字が沢山並び、一瞬うっと呻きそうになる。
「海月冬夜は理事長が学園に呼んでいたみたいなんだ」
「つい最近まで海外の姉妹校にいたみたいです。それ以外にも理事長と交流のある会社や学校施設を転々としていました」
海月、という名前に反応したのは俺ではなく夏だった。夏は俺の隣、春樹と反対側に座ると、目の前にあった紙を春樹から奪って中身を確認し始める。すいすいと動く目は素早く、数枚あった紙がすごい勢いで捲くられていた。春樹はやれやれと肩を竦めながら口を開く。
「これ、とある子と経歴が似ているなと思って調べてみたら、その子が短期留学に行く先々に海月がいることがわかったんだ」
「短期留学……」
「梅雨か」
「そう、要梅雨。理事長の子息。海月冬夜が悪魔なら、彼は一体何なんだろうね?」
どうやら海月と梅雨に何らかの関係があるのではないか、というのが春樹の結論だった。悪魔である海月と一緒にいるのであれば梅雨も悪魔の可能性がある。何よりもあの人を惹きつけてやまない美貌は淫魔の力によるものな気がする。真っ先に思い浮かんだのは俺と秋名の関係だ。秋名は俺との隷属で宝石のような瞳や真珠のように輝く肌を手に入れていた。梅雨も同じかもしれない。
しかし隷属させることができるのは上位悪魔だけ、となれば海月は上位淫魔ではなく上位悪魔の可能性もでてきた。
「契約者、という可能性もありますよ」
「あぁ、そうだな」
「契約者?」
春樹の質問にイウディネが頷く。
契約というものは隷属と違い、相手の願いを叶えその代償をもらうものだ。隷属と契約は似ているが、主従関係は逆だ。隷属された者は主に逆らえないが、契約者は契約相手の悪魔に命令ができる立場である。まぁ、それも表向きで、契約する悪魔が完全に人間に従うなんてことはない。猫が鼠の言うことを聞くのは、鼠の肉を喰らうその時までだ。
「待て待て待て待て! 海月さんも悪魔なのか?」
夏は瞠目しながら春樹と俺を見る。何を今更、という気持ちでいたが、そういえば夏は悪魔という存在を昨日今日知ったのだった。
「夏、ここはシリアスになる場面だぞ」
「俺の脳みそでもついていけねぇくらい情報量があるんだよ! 察せ!」
夏の頭でもついていけないなら俺の頭でどうこうできるわけがないだろうが。俺はどうしたものかと春樹を見る。春樹は俺に気付くと耳に口を寄せてきた。
「有くんは白州くんと要くんが仲良しな理由がわかった?」
クスクスと悪戯っ子のように笑う春樹の言葉を考える。なるほどなるほど。どうやらそろそろ俺も仲間に入れてくれるつもりらしい。
「やっと俺も仲間に入れてくれる気になったんだな」
「あれ? 有くん、もしかして拗ねてた?」
「俺にかまってくれていたのは汐だけだ。今好感度が最も高い男だぞ」
「……ふーん」
汐ね、と呟く声が冷たい。汐は良い奴なのでいじめては駄目だぞと念を押すと、春樹はにっこり笑って何も言わなかった。何か言ってくれ。怖い。
「もし梅雨が海月とつながってるとしたら、狙いはお前から秋名を引き剥がすためだろうな。俺の時に何があったかはわからねぇ、でも丁度重なる」
「何がだ?」
「あいつな。今でこそあんな形だが、昔はもっと足もでかかったし、成長したら絶対に俺に近い外見になってたはずなんだ。それが妙に小奇麗になった。あいつが中2の時だ」
「海月が教育実習生できたくらいだね」
春樹の言葉に確信する。梅雨は隷属されている者か契約者。多分後者だろう。人間を隷属させる悪魔なんて俺と叔父上以外にいるわけがない。
「怪しいことが重なりすぎてる。偶然じゃあねぇな」
「海月が密偵という可能性は?」
「ありません。あんな派手に食い散らかす羽持ちですから」
叔父上も把握していない羽持ちならその可能性もありそうだと思ったが、違うようだ。ならばただ人間界にやって来た悪魔だろう。……それなら、どうにでもなりそうだ。
「我が君、悪い顔をされていますよ」
「丁度、俺も憂さ晴らしがしたいと思っていたところでな」
俺は持っていたミルクティーを飲み干す。見たことのある淡い色は消え、代わりに琥珀色のティーカップの底がキラキラと光っていた。
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