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愛妻弁当
しおりを挟む「大隊長、本日は持参食ですか?」
昼食時、隊長に当てられている個室に籠っていると常にルキアの事を考えてしまうので仕事モードに切り替えるため食堂を使っていた。
部下に俺の昼食を興味津々に見られる。
その姿に周りに居たほかの隊員たちも俺に注目していた。
「へえ…すごく美味しそうですね。
メイドに作らせてるのですか?
こんな美味しそうな昼食を食べられるなら僕も作らせようかな。」
「いいや、俺の妻が朝から作ってくれた愛妻弁当だ。」
俺がそう答えた瞬間、周囲が騒然となった。
何故このような反応をされるんだ?
「えっと…大隊長の奥方ってあのエレノア=マックレーン様…ですよね?」
『あの』とは何だ。
ああ、まだ世間にはルキアは悪女の評判がついて回っているのか。
「そうだ、『あの』ルキア=マックレーンだ。
改名したことぐらい覚えておいてほしい。」
俺の事はどう間違っても良いが、ルキアがぞんざいに扱われるのは腹が立つ。
無意識にギロリとにらみを利かせてしまった。
「も、申し訳ありませんっ。」
ああ、完全に委縮させてしまったな。
周囲の部下も含めて俺の不機嫌さにピリついた空気が伝わってしまった。
「やっほ~!
ディルめちゃくちゃ目立ってるじゃない。
なんかあったの~?」
沈んだ空気をわざと壊すような明るい声でエルヴィスが登場した。
「何か、物々しい雰囲気の中心にディルが居たからさあ。
覗きに来ちゃった。
あれ?そのお弁当ルキちゃんの手作り?
ってことは…昨日愛する奥方に会えたんだ。」
エルヴィスは俺の弁当を見てニヤニヤしている。
どこか茶化されている感覚はあるが、エルヴィスのおかげで昨夜俺は救われたのだ。
しっかり報告はしておかないとな。
「ああ。
お前のおかげでルキアと本音で話し合えた。
心から感謝する。」
「そっかそっかあ。
うんうん、良かったよ
。あっ、ここに居る君たち、マックレーン大隊長はね、心から妻を愛している超愛妻家なんだよ。
だから奥方の話は慎重にね。」
「は、はい!
申し訳ありませんでした!
我々はこれで失礼します!」
周囲に居た隊員たちは敬礼をした後蜘蛛の子を散らすようにそそくさと場をあとにした。
何とも失礼な話だ…。
と言うか…恋人であり愛する妻のルキアは未だに悪女の評判がついて回っている。
以前パートナーズビューでダンスも披露したはずなのだが、何故ここまでこの評判は根深いのだろうか。
もっとパートナーズビューの数をこなさなければならないのか?
あれはやってみて分かったが、美しすぎるルキアを無駄に男どもの目に晒す機会になるのだ。
不必要に出るものではないと俺は考えている。
他に、あの評判を消す手立てはないものか…。
「ディラン、眉間にしわが深―く刻まれているよ。」
エルヴィスが愉快そうな声で指摘する。
エルヴィスのおかげで多々助かっているのだが、本当に食えない奴だ。
「エルヴィス、質問なんだが。
何故ルキアの悪女や尻軽女といった評判は消えないのか分かるか?
俺と二人で会食や会合にも出席しているしパートナーズビューだってこなしているのに世間はずっと彼女を誤解している。
彼女は気にしていないようだが、俺は嫌なんだ。」
「ああ、ディルが素直で紳士…。
恋って人をここまで変えちゃうんだね。
ルキちゃんの愛のパワー…。」
「真面目に聞いてくれ。」
「ははは、ごめんごめん。つい嬉しくなっちゃってさ。
そうだなあ…。
ディルが知ったらショックを受けるから誰も君に教えていなかったんだけどさ。」
「何だ、頼む。
教えてくれ。」
「ルキちゃんってさ、化粧やドレスで結構印象変わるじゃん。
ざっくりいえば濃い化粧で派手目なドレスは令嬢受けがすごく良いらしいんだよね。
色気があるんだけどカッコいいって真似し始めている令嬢が増えてるらしいよ。」
「ほう…流石ルキアだな。
令嬢までも虜にするのか。」
「うん、そうみたい。
でさ、薄めの化粧で上品なドレスを着たら男のハートを鷲掴みにするんだって。
この前のパートナーズビューに出席していた貴族が言ってたんだけどね。」
「…な、何だと…。」
やはり、そうだったか…。
むやみにルキアを披露した若干の後悔と危機感が押し寄せる。
「けどね、更に厄介なのがさあ…薄化粧のルキちゃんは実は別人でディルの愛人説を信じてる人が一定数いるんだって。」
エルヴィスが少し小声で口元を隠して伝えてきた。
「あ、あ、あ…愛人だと?!」
ルキアの気持ちを繋ぎとめるために必死なのに愛人を作るなんてありえないだろう。
「怒らないでよ、僕が言ってるんじゃないんだから。
だからね、ルキちゃんはよそに男を作っているからディルは公認の愛人を持ってパーティに出席しているって噂があるんだよ。
濃い化粧でもルキちゃんて所作が上品でしょ。
独特な奥ゆかしい品格を分かる人は化粧の有無関係なく本人って認識できるんだけど、おバカな貴族や二人の破局後、後釜を狙う狡猾な貴族がわざわざゴシップを流してるんだよ。」
「何故そんな愚かな事を…。」
「まあ、ルキちゃんもモテるけどさ。
ディル…君がこの短期間で素晴らしく変わっただろ?
そんなディルが欲しくて色々仕掛けてくる貴族がまあまあの数いるって事だよ。」
「俺が?ありえない。
ルキアと共に過ごせるなら爵位もいらないのに…。」
「ははは、ディル。
本当にルキちゃんにぞっこんだね。
けどよく分っていない貴族からは愛人が居てても自分の娘を本妻にしたい親や、愛人でも良いからディルにお近づきになりたい令嬢がわんさか居るってこと知っておいた方が良いよ。」
「そんな…。」
眩暈がする。
今の俺はそんなもの望んでいない…。
ルキアが自分の立場や身分、後ろ盾と気にしていたのはこの事だったのか…。
今になって彼女の不安を目の当たりにする。
「まあ、ルキちゃんの立場を揺るぎないものにするんだったら、二人の間に子供が出来るのが一番王道かなあ。」
「そ、それはしばらく出来ない…。
諸事情でな…。」
「え~でも、二人はすでにそう言う事は…。
あっ…あの修道院…。
うん、何でもない。」
エルヴィスは何かを思い出したかのように歯切れ悪く子供の話題を切り上げた。
王族のスパイのような事をやらされてきたエルヴィスの事だ、裏社会の事も色々知っているのだろう。
「…てかさ、ディルたちって結婚式って挙げてないよね。」
「けっこん…しき…?」
「だって、ディルってデイビット様の葬儀も出てないじゃん。
ルキちゃん1人で喪主したんでしょ?
まあ、あの時は二人とも結婚していなかったから揃っていなくても説明つくけど、結婚式を挙げてなかったら正式な場で二人揃う事なかったよね。
パーティに出ても愛人説流されるし…。」
エルヴィスの言葉で重要な事を思い出した。
そうだ、馬鹿な俺は父上の葬儀に出ていない。
それはつまり俺と父上の不仲を世間に公表しただけでなく、俺と父上の妻であったルキアとの不仲を決定づける機会だったのだ。
その上結婚式を挙げていないとなれば…世間は俺がルキアを認めていないと思い込むだろう。
「っているか、ルキちゃんってデイビット様含めたら2回も結婚しているのに結婚式は1回もしてないんだね。
マックレーン家ってさ、正当な血筋じゃなくちゃ快く迎え入れない家柄なのかもね~。
とか言われてもおかしくないよ。
特にルキちゃんなんて死別とは言えバツイチだしさ、自分から何か言える立場じゃなかったのかも。」
エルヴィスが珍しく俺を責める言い方をする。
エルヴィスの言葉がグサグサと心に突き刺さる棘のようだが、言っている内容は全て反論できない。
俺はどこまで愚かなのだろう…。
自分の気持ちをお構いなしにぶつけておいて、大切な事を何も考えていなかった。
「どこまで馬鹿だったんだ、俺は…。」
ルキアが作ってくれた弁当を見て涙が出そうになる。
ルキアのいじらしさと自分の馬鹿さ加減に言葉が出てこない。
「…ちょっとお説教しすぎたかな…。
ディル、ごめん。もうこの位にしておくよ。」
エルヴィスは俺の肩をぽんぽんと叩きそっと食堂をあとにした。
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