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第三章:丈と氷
秤山家の過熱狂瀾
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盤桜家の食客となって、いや、正確には由依花嬢にかくまわれて数日が経つ。氷雲とともに、しばらくは外へ出ないようにと彼雌にいい含められ、穴倉の中でのんべんだらりと過ごすうちに、氷雲からだいたいの事情を聞いた。
亮雲は、会議から遁走した私をすぐに捕らえられると踏んでいたらしく、帆河家に婿を出すと通達してしまった。ところが、ひと月経ってもその婿が現れない状況にしびれを切らした帆河が、秤山家に再度使者を送って脅しをかけてきた。焦ったのは封風叔父で、足どりの掴めない私を探すよりも簡単だと思ったのか、婿として亮雲の名を告げたのであった。
驚いたのは亮雲だ。封風叔父に匹敵する発言力を得て、これからの秤山家を牛耳ろうと思った矢先に、帆河家へ婿に行けと叔父から命令されたのだ。先だっての会議で婿を送る決定をした本鼠である亮雲が、はっきりといやだといえるはずもなかった。
ところが、亮雲には婿に行けない事情、ヒイクを嫌っているということよりもさらに大きな事情があった。関東ヒイク御三家相剋宝くじ、通称ヒイク博打である。ヒイク博打において、亮雲はたった一匹、帆河家に賭けていることは前にも述べたが、ここにきてその大穴狙いが裏目に出た。亮雲が帆河家へ婿にいけば、たしかに帆河家は、佐樹草家も斎家も抑えるほどの勢いを得るかもしれない。だが、誰の目から見ても明らかな不正である。ヒイク博打の胴元はもちろん、賭け米を預けていた者どもが、納得して亮雲に賞米を支払うとは考えにくい。それどころか、袋叩きになってもおかしくない。
亮雲は板挟みになって身動きが取れなくなった。そのあいだにも、帆河からの圧力は強くなる。叔父はますますおろおろして、まだらに尻の毛が禿げ上がってくる。ついに亮雲は、全ての元凶は逃げ出した兄、秤山丈雲だと喚いて、叔父に噛みついて怪我を負わせるは、秤山家の家督を名乗り出すは、やりたい放題の暴君と化したのだった。
そこからは、私も知っての通り、血走った眼と異常な暴力性で家の者すら怖がらせながら、盤桜家とは一触即発、もはやヒイク博打などやっている平和もなくなって、とっくに賭けはご破算になっているのに、亮雲は気付きもしていないという。最近では、例の漆黒の毛並みも見る影なく、みすぼらしいぼろチュダイにしか見えないのだそうだ。
「それでさ、僕がちょっと亮雲兄ちゃんを気づかって『少し休んだら』っていったら、『お前もあのクソ兄貴の味方か!』って怒鳴られて、勘当だよ。まあ、それ自体はそうだよ、あんな亮雲兄ちゃんに味方するチュダイなんて、まともな神経ならいないよ。まともなら」
氷雲は、草の茎をむしゃむしゃと噛みながら、めずらしく暗い声でいった。
「気がかりのある口調だな」
私が氷雲を気づかうと、弟はペッと茎の髄を吐き出した。
「あの家にいると、ときどき、分からなくなるんだ。叶雨さんに相談したら、亮雲兄ちゃんの悪口をいっちゃいけないってたしなめられたし、燐雪ちゃんには僕のほうがどうかしてるっていわれた。他にも、実晴のおじさんや時晴さんにも相談したけど、逆に亮雲兄ちゃんに僕のことを悪しざまに告げ口されちゃったりさ。ときどき由実介くんや由依花さんに話を聞いてもらわなかったら、僕だってまともでいられなかったかもしれない」
すさんだ状況に言葉を失っていると、由依花が食料を持って穴倉に入ってきた。氷雲はさっきまでの暗い表情が嘘であったかのように、由依花に明るく礼をいって、さっそく一番旨そうな木の実にかじりついた。
私に食欲がないのを見て、由依花はすぐに秤山家の現状を聞いたことを察したらしく、玲瓏な瞳をひたと向けてきた。
「本当に、家のことは放っておいてよろしいのですか?」
「やむを得んだろう。今、秤山家の者の前に姿を現したら、どうされたものか分かったものではない」
「いや、分かるよ。すぐに捕まって、亮雲兄ちゃんの前に引きずられるんだ。それで、前後両足を押さえつけられて、帆河家へ婿に行くことを了承するまで、ずーっと責め立てられるに決まってる」
「怖いことをいうな、氷雲。そういうのをひっくるめて、『分かったものではない』とぼかしていうのが立派な鼠のたしなみというものだ」
「立派な鼠は、善悪の分別がつかなくなった弟を放っておかないものですよ、丈雲さん」
「放っておくとはいっていない。後回しにするだけではないか。先にやらねばならないことがあるというのだ」
「そういうことにしておきましょう。ご立派な鼠さん」
「なにをするつもりなの、兄ちゃん?」
氷雲はもう木の実を平らげて、次のかびかけのチーズに前足を伸ばしている。兄を差し置いて良いものから手をつけていく図太さを頼もしく思いながら、私も少しは食べておこうと乾燥麺のかけらをかじった。
「亮雲とのいざこざに関係しないわけでもない。帆河瀬穏と会いに行くのだ」
氷雲は、とたんに目を輝かせた。
「僕も行きたい!」
もとより、腹違いの姉に会いたがっていたわけであるから、この反応は想像がついていた。弟とともに行くつもりはなかったのだが、事情が事情である。私はわざと悩んでいるふりをして、氷雲が表情をくるくると変えて連れていけとせがんでくるのを楽しんだ。
「丈雲さん、あまり弟をからかうものではないですよ。もちろん、氷雲くんを連れていくつもりに決まってますから」
「えっ、そうなの兄ちゃん!」
由依花に先回りで種明かしをされて、ひげの根元が少しだけうずいたが、ともかく私は重々しくうなずいた。
「いいだろう」
「やったあ!」
「ただし、条件がある」
私は、はしゃぐ氷雲にぴしゃりと尻尾の先を突きつけた。氷雲はおとなしくはね回るのをやめて私を見た。目はまん丸に開かれているが、口の端はひくひくと今にもまたはしゃぎだしそうに動いている。瀬穏に会いたいという思いは、私の考えていたよりもずっと氷雲にとって大事らしかった。
「意地悪をいわずに、おとなしく付き添ってもらえばよいのです」
由依花が楽しそうに口を挟んだが、意に介さず、私はひたと片目を閉じて、もう一方の目で氷雲をすがめるように見つめた。
「私を兄と呼ばないことだ。帆河家はもとより、もうろく家督の絶対的発言のせいで、秤山家と縁を結ぶことに躍起になっている奴ら。秤山家の者が目の前に現れれば、とにもかくにもとっ捕まえて無理にでも婿に仕立て上げるかもしれない。お前が勘当されたことはヒイクの間でも噂にもなっているだろうし、問題はないかもしれないが、私は秤山家の鼠だと知られたくないのだ」
重要なことだとわかるように、一語一語をはっきりといい聞かせてやる。氷雲は精いっぱいの神妙な顔つきで聞いていたが、私の話が終わったことを見るや、勢いこんでいった。
「うん、わかったよ兄ちゃん」
わかってないではないか。
亮雲は、会議から遁走した私をすぐに捕らえられると踏んでいたらしく、帆河家に婿を出すと通達してしまった。ところが、ひと月経ってもその婿が現れない状況にしびれを切らした帆河が、秤山家に再度使者を送って脅しをかけてきた。焦ったのは封風叔父で、足どりの掴めない私を探すよりも簡単だと思ったのか、婿として亮雲の名を告げたのであった。
驚いたのは亮雲だ。封風叔父に匹敵する発言力を得て、これからの秤山家を牛耳ろうと思った矢先に、帆河家へ婿に行けと叔父から命令されたのだ。先だっての会議で婿を送る決定をした本鼠である亮雲が、はっきりといやだといえるはずもなかった。
ところが、亮雲には婿に行けない事情、ヒイクを嫌っているということよりもさらに大きな事情があった。関東ヒイク御三家相剋宝くじ、通称ヒイク博打である。ヒイク博打において、亮雲はたった一匹、帆河家に賭けていることは前にも述べたが、ここにきてその大穴狙いが裏目に出た。亮雲が帆河家へ婿にいけば、たしかに帆河家は、佐樹草家も斎家も抑えるほどの勢いを得るかもしれない。だが、誰の目から見ても明らかな不正である。ヒイク博打の胴元はもちろん、賭け米を預けていた者どもが、納得して亮雲に賞米を支払うとは考えにくい。それどころか、袋叩きになってもおかしくない。
亮雲は板挟みになって身動きが取れなくなった。そのあいだにも、帆河からの圧力は強くなる。叔父はますますおろおろして、まだらに尻の毛が禿げ上がってくる。ついに亮雲は、全ての元凶は逃げ出した兄、秤山丈雲だと喚いて、叔父に噛みついて怪我を負わせるは、秤山家の家督を名乗り出すは、やりたい放題の暴君と化したのだった。
そこからは、私も知っての通り、血走った眼と異常な暴力性で家の者すら怖がらせながら、盤桜家とは一触即発、もはやヒイク博打などやっている平和もなくなって、とっくに賭けはご破算になっているのに、亮雲は気付きもしていないという。最近では、例の漆黒の毛並みも見る影なく、みすぼらしいぼろチュダイにしか見えないのだそうだ。
「それでさ、僕がちょっと亮雲兄ちゃんを気づかって『少し休んだら』っていったら、『お前もあのクソ兄貴の味方か!』って怒鳴られて、勘当だよ。まあ、それ自体はそうだよ、あんな亮雲兄ちゃんに味方するチュダイなんて、まともな神経ならいないよ。まともなら」
氷雲は、草の茎をむしゃむしゃと噛みながら、めずらしく暗い声でいった。
「気がかりのある口調だな」
私が氷雲を気づかうと、弟はペッと茎の髄を吐き出した。
「あの家にいると、ときどき、分からなくなるんだ。叶雨さんに相談したら、亮雲兄ちゃんの悪口をいっちゃいけないってたしなめられたし、燐雪ちゃんには僕のほうがどうかしてるっていわれた。他にも、実晴のおじさんや時晴さんにも相談したけど、逆に亮雲兄ちゃんに僕のことを悪しざまに告げ口されちゃったりさ。ときどき由実介くんや由依花さんに話を聞いてもらわなかったら、僕だってまともでいられなかったかもしれない」
すさんだ状況に言葉を失っていると、由依花が食料を持って穴倉に入ってきた。氷雲はさっきまでの暗い表情が嘘であったかのように、由依花に明るく礼をいって、さっそく一番旨そうな木の実にかじりついた。
私に食欲がないのを見て、由依花はすぐに秤山家の現状を聞いたことを察したらしく、玲瓏な瞳をひたと向けてきた。
「本当に、家のことは放っておいてよろしいのですか?」
「やむを得んだろう。今、秤山家の者の前に姿を現したら、どうされたものか分かったものではない」
「いや、分かるよ。すぐに捕まって、亮雲兄ちゃんの前に引きずられるんだ。それで、前後両足を押さえつけられて、帆河家へ婿に行くことを了承するまで、ずーっと責め立てられるに決まってる」
「怖いことをいうな、氷雲。そういうのをひっくるめて、『分かったものではない』とぼかしていうのが立派な鼠のたしなみというものだ」
「立派な鼠は、善悪の分別がつかなくなった弟を放っておかないものですよ、丈雲さん」
「放っておくとはいっていない。後回しにするだけではないか。先にやらねばならないことがあるというのだ」
「そういうことにしておきましょう。ご立派な鼠さん」
「なにをするつもりなの、兄ちゃん?」
氷雲はもう木の実を平らげて、次のかびかけのチーズに前足を伸ばしている。兄を差し置いて良いものから手をつけていく図太さを頼もしく思いながら、私も少しは食べておこうと乾燥麺のかけらをかじった。
「亮雲とのいざこざに関係しないわけでもない。帆河瀬穏と会いに行くのだ」
氷雲は、とたんに目を輝かせた。
「僕も行きたい!」
もとより、腹違いの姉に会いたがっていたわけであるから、この反応は想像がついていた。弟とともに行くつもりはなかったのだが、事情が事情である。私はわざと悩んでいるふりをして、氷雲が表情をくるくると変えて連れていけとせがんでくるのを楽しんだ。
「丈雲さん、あまり弟をからかうものではないですよ。もちろん、氷雲くんを連れていくつもりに決まってますから」
「えっ、そうなの兄ちゃん!」
由依花に先回りで種明かしをされて、ひげの根元が少しだけうずいたが、ともかく私は重々しくうなずいた。
「いいだろう」
「やったあ!」
「ただし、条件がある」
私は、はしゃぐ氷雲にぴしゃりと尻尾の先を突きつけた。氷雲はおとなしくはね回るのをやめて私を見た。目はまん丸に開かれているが、口の端はひくひくと今にもまたはしゃぎだしそうに動いている。瀬穏に会いたいという思いは、私の考えていたよりもずっと氷雲にとって大事らしかった。
「意地悪をいわずに、おとなしく付き添ってもらえばよいのです」
由依花が楽しそうに口を挟んだが、意に介さず、私はひたと片目を閉じて、もう一方の目で氷雲をすがめるように見つめた。
「私を兄と呼ばないことだ。帆河家はもとより、もうろく家督の絶対的発言のせいで、秤山家と縁を結ぶことに躍起になっている奴ら。秤山家の者が目の前に現れれば、とにもかくにもとっ捕まえて無理にでも婿に仕立て上げるかもしれない。お前が勘当されたことはヒイクの間でも噂にもなっているだろうし、問題はないかもしれないが、私は秤山家の鼠だと知られたくないのだ」
重要なことだとわかるように、一語一語をはっきりといい聞かせてやる。氷雲は精いっぱいの神妙な顔つきで聞いていたが、私の話が終わったことを見るや、勢いこんでいった。
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わかってないではないか。
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