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第一章:とんずら丈雲
そして、脱鼠の如く
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「関東ヒイク御三家相剋宝くじ」略してヒイク博打は、御三家のどこが最も権力を得るかを予想するだけの簡単な博打である。御三家相剋といっても、その実は佐樹草家か斎家かの二択である。多くの者は佐樹草家に票を投じているが、斎家の得票もなかなか伸びていて、倍率は佐樹草四に対して斎九あたりで推移している。
ところで、残る帆河家に倍率がついていないのかといえば、そうではない。この世の中でたった一匹だけ、帆河に票を投じた馬鹿がいるからだ。なにを隠そう、我が愚弟の亮雲である。なんでも倍率はすでに、一生かかっても食べきれないほどの米とチーズが、そのちっぽけな前足に入るほどなのだとか。
帆河家は、ヒイク御三家の中でもかなり異色の家系である。昔から大柄なヒイクを輩出することが多く、チュダイの血が混じっているともいわれている。そのせいか、帆河家には以前からチュダイとヒイクの争いを好まぬ形質があり、代々チュダイとヒイクの永代の親睦を大黒天に祈願してやまない家柄である。闘争に参加する元気の無い老鼠たちの支持を得ていて、その地盤はなかなかに固い。
だが、老鼠ばかりの支持を集めていても、他を抑える腕力がない帆河家は、どうしたって関東ヒイクで一番の権力を持つとは考え難い。さらにいえば、家督の帆河淵芳について、この頃はめったに姿を現さず、体力の限界が近いともっぱらの噂である。
この噂は真実をいい当てている。裏話をいえば、帆河淵芳はついにもうろくして、己が何をいっているか、訳が分からなくなっているのだ。さらに、淵芳には跡取りとなる息子も娘もいないと来ているものだから、家の者は慌てふためいている。あまりにもうろくが進み淵芳が好き勝手なことばかりいうようになったものだから、今は大事にならぬよう家督を軟禁し、その上で、跡取りをどうするか、家ぐるみで協議をするという異常事態に陥っているのだ。
なぜこの私がそのことを知っているのか。また、なぜ亮雲が全チュダイの中で唯一帆河家の勝利に賭けているのか。この辺りは秤山家の者しか知らぬ、反吐の出そうな理由がある。
先にもいったとおり、帆河家はチュダイの混血ともいわれ、ヒイクの中でも難しい立ち位置を余儀なくされてきた一家である。それでもなお家を保ち、栄えさせてきた本家は、一家の中でも絶大な発言力を誇るのだ。その家督である淵芳の言葉は、たとえもうろくしていようとその優位性は変わらない。軟禁される直前に淵芳が発した言葉がこれである。
「時は満ちた。なすべきは、三位一体。ヒイクとチュダイの三位一体じゃ!」
二つしかないところを無理やり三つにしないでもらいたいが、そんなことは些事である。
問題は、その言葉を真に受けた家の者どもと、その協議の結果だ。次期家督として選ばれた者がチュダイを娶ることで、チュダイとヒイクの絆を深め、なし崩し的に垣根をなくそうという計画が立ち上がった。そして、その相手として槍玉に上がったのが、なにを隠そう秤山家なのである。
当然、秤山家はチュダイとしての矜持を持ち、ヒイクと仲良しごっこをするような家では断じてない。ヒイクの使者など門前払いをすればよいものを、鼠の良い封風叔父はわざわざチーズでもってもてなしたと後から聞いた。それだけですら家名を落とすに充分な事案であるのに、さらに叔父はそのヒイクの話を即断で突っ返すことなく、一族郎党を集めて会議などを開催したのである。当然私は、会議が始まるなりこう叫んだ。
「叔父上はなにを血迷ったことをいっているのだ! 秤山家からヒイクに嫁を出すだと? 誰を行かせるというのだ! 叶雨か? 杏雪か? 燐雪か? 誰も行きたくなかろう」
叶雨も杏雪も燐雪も、隅の方で目立たぬように震えていた。まだ花も恥じらう乙雌たちである。家督から命ぜられれば嫌とはいえない彼雌たちに代わって、私が封風叔父を止めなければならない。
「まあそういきり立つな。まずは叔父さんの話を聞こうじゃないか」
こういったのは弟の亮雲である。その隣で、末弟の氷雲もぷるぷるしながらうなずいている。私は怒りに肩を震わせながら、叔父の言葉を待った。封風叔父はこほん、と咳払いをすると、甲高い声を張り上げた。
「諸君も分かっていると思うが、こたびの話は他言無用。秤山家と帆河家に関わる内密の条約だ。まずはその口をつぐみ牙をしまって、わしの話を最後まで聞いていただきたい。
確かに、ヒイクのいうことを真に受ける必要などないとわしも思う。帆河の者は地位や名誉といった下らぬ見返りばかりをのたまっておったが、そんなものは我々とて腐るほど持っておる、いまさら欲しいとも思わん。だが、すげなく断るわけにはいかない事情もある」
「それがなにかと聞いている。叔父上がヒイクを立てる理由などあるはずもなかろう」
思わず考えが口をついて出てしまい、亮雲に尻尾をはたかれた。だが封風叔父は実に苦々しげな顔をこちらを向けただけで、改めて話し始めた。
「すげなく断るわけにはいかない。前家督の封雲が、帆河のある雌との間に隠し児をもうけていたという話を聞かされてはな」
「どこまで、我が家名を、貶めれば、気が、済むのだ! あいつは!」
会議が騒然とする中、私は地団駄を踏みながら、我を忘れて吼えた。死してなお秤山家を自ずから凋落せしめんとする封雲の振る舞い、もはや親父とて我慢ならなかった。他の親戚どもも怒号を上げているし、横では氷雲が「弟? 僕に弟!? それとも妹かな?」と興奮しているし、叔父は叔父で騒ぎが収まりそうもないのを見ておろおろしだして、みっともないことこの上ない。これだから叔父上は馬鹿にされるのだ。
ともかくこの騒ぎを一旦収めようと私が一歩前へ進もうとした矢先、一閃、力強い鳴き声が全員の耳を貫いた。
「黙れ!」
驚いて見ると声の主は亮雲である。他の皆も呆気に取られて見つめる中、亮雲は封風叔父の隣に歩を進め、ぐいと上半身を持ち上げると、我々をねめつけた。
「結果に騒いでも事態は収まらないだろう。速く次の手を打たないと、秤山家は終わるぞ」
本来ならこれを申し渡すのは封風叔父の役目であるが、亮雲の堂々たる振る舞いに家の者全員が息を呑んだ。漆黒にうねる毛並、鋭くひらめく眼光、いつの間にやら、我が弟は風格というものを手に入れたらしい。
「そうじゃ。この先を話し合うための会合である」
封風叔父は、その足元からひ弱い声を上げるだけで精いっぱいだった。亮雲は尻尾をしならせて、威風辺りを払いつつ中心へ歩みを進めた。
「亮雲、まずはなにをすればいいと思う」
誰かがいったのを皮切りに、会議の議長は封風叔父から亮雲へと代わった。亮雲はまず叔父上に問うた。
「その隠し児とやらは、己が出生を分かっているのか」
「いや、その雌、名を帆河瀬穏というが、父の名は知らぬと聞いた。そもそも帆河はチュダイに対して敵愾心を持ち合わせぬやつら、混血についてはあまり大事とは思っておらなんだそうじゃ。母君も、死の間際までかたくなに口を閉ざしていたらしい」
叔父は息を切らしながら、しかしどこか安堵したように答えた。責任を取らずに良い立場になったことが喉のたがを外したか、叔父は途端に饒舌になって、ようやく帆河の使者がいってきたことを順序立てて説明し終えた。そして、最後に付け加えたのがこの一言である。
「そう、この瀬穏という雌も、血筋として家督継承者の候補の一匹のようじゃの」
亮雲はてきぱきと家中の者の意見を募り、まとめ、あるいは牽引し、それでいて封風叔父を家督として立てることも忘れず、必ず決定は封風叔父の判断に任せた。封風叔父にしてみれば、亮雲が提示した一か二かの判断をするだけなのだから楽なことこの上ない。しかしその実、気に入らない意見が出てきた時、亮雲が急に話題を転換させてうやむやにしつつ、最終的にはその意見を握りつぶしていることに私は気づいた。議論の手腕について、実に目を見張るものがある。亮雲に任せていればこの話、すぐに結論が出そうであったから、私は高みの見物を決めこむことにした。
今にして思えば、決断を誤った瞬間である。無理にでも亮雲を中心から引きずりおろし、私が先導して帆河家の提案を足蹴にしておくべきだったのだ。
活発になってきた議論を尻目に、私はじりじりと隅の方に下がり、叶雨たちと他愛のない話をして時間をやり過ごした。彼雌たちは帆河家に嫁に出されるのではないかという不安を胸に会議に出てきたが、私が端から大反対をしたのを聞いて、ひげのしびれも治まったといっていた。私としては当然のことをいったまでだが、若い雌たちに感謝されて悪い気もしない。あまり鼻を高くしないよう気をつけながら、私がお前たちを守ってやる、などといいつつ頭を撫でてやったりしていた。
そうして議論の行方をまったく聞かないままいるうちに、なにやら賛同の鳴き声がちうちう巻き起こった。ついに結論が出たようで、この阿呆らしい会議も終わりを迎えるのだ。よく分からないまま、私も叶雨たちも皆に合わせてちうちうと鳴いた。
「あら、丈雲さん、貴方もご賛同なさるんですか?」
こういったのは三姉妹の末妹、燐雪である。
「さすがですわ。私どもを守るために、そこまでしてくださるなんて」
杏雪は胸を抑え、涙ぐみながら私の方を見上げている。
「丈雲さんは秤山家を思ってのこと、私たちのためではないわ。杏雪、口を慎みなさいな」
姉の叶雨は厳しい口調で妹をいさめたが、私の方を流し見るその表情は、まさに英雄を見る目である。なにやら話がなまぐさい。私の尻尾が意志に反してぴくりと動いた。
その後すぐ、場に亮雲の声が響き渡ったのと、私が会場を脱兎の如く、もとい、脱鼠の如く飛び出したのが、ほぼ同時であった。
「それでは、今回の帆河家の申し出に対して、我々は、帆河瀬穏の元に丈雲を婿に出すということで態度を固め、あっ、逃げるな! くそ兄貴! 待ちやがれ!」
ところで、残る帆河家に倍率がついていないのかといえば、そうではない。この世の中でたった一匹だけ、帆河に票を投じた馬鹿がいるからだ。なにを隠そう、我が愚弟の亮雲である。なんでも倍率はすでに、一生かかっても食べきれないほどの米とチーズが、そのちっぽけな前足に入るほどなのだとか。
帆河家は、ヒイク御三家の中でもかなり異色の家系である。昔から大柄なヒイクを輩出することが多く、チュダイの血が混じっているともいわれている。そのせいか、帆河家には以前からチュダイとヒイクの争いを好まぬ形質があり、代々チュダイとヒイクの永代の親睦を大黒天に祈願してやまない家柄である。闘争に参加する元気の無い老鼠たちの支持を得ていて、その地盤はなかなかに固い。
だが、老鼠ばかりの支持を集めていても、他を抑える腕力がない帆河家は、どうしたって関東ヒイクで一番の権力を持つとは考え難い。さらにいえば、家督の帆河淵芳について、この頃はめったに姿を現さず、体力の限界が近いともっぱらの噂である。
この噂は真実をいい当てている。裏話をいえば、帆河淵芳はついにもうろくして、己が何をいっているか、訳が分からなくなっているのだ。さらに、淵芳には跡取りとなる息子も娘もいないと来ているものだから、家の者は慌てふためいている。あまりにもうろくが進み淵芳が好き勝手なことばかりいうようになったものだから、今は大事にならぬよう家督を軟禁し、その上で、跡取りをどうするか、家ぐるみで協議をするという異常事態に陥っているのだ。
なぜこの私がそのことを知っているのか。また、なぜ亮雲が全チュダイの中で唯一帆河家の勝利に賭けているのか。この辺りは秤山家の者しか知らぬ、反吐の出そうな理由がある。
先にもいったとおり、帆河家はチュダイの混血ともいわれ、ヒイクの中でも難しい立ち位置を余儀なくされてきた一家である。それでもなお家を保ち、栄えさせてきた本家は、一家の中でも絶大な発言力を誇るのだ。その家督である淵芳の言葉は、たとえもうろくしていようとその優位性は変わらない。軟禁される直前に淵芳が発した言葉がこれである。
「時は満ちた。なすべきは、三位一体。ヒイクとチュダイの三位一体じゃ!」
二つしかないところを無理やり三つにしないでもらいたいが、そんなことは些事である。
問題は、その言葉を真に受けた家の者どもと、その協議の結果だ。次期家督として選ばれた者がチュダイを娶ることで、チュダイとヒイクの絆を深め、なし崩し的に垣根をなくそうという計画が立ち上がった。そして、その相手として槍玉に上がったのが、なにを隠そう秤山家なのである。
当然、秤山家はチュダイとしての矜持を持ち、ヒイクと仲良しごっこをするような家では断じてない。ヒイクの使者など門前払いをすればよいものを、鼠の良い封風叔父はわざわざチーズでもってもてなしたと後から聞いた。それだけですら家名を落とすに充分な事案であるのに、さらに叔父はそのヒイクの話を即断で突っ返すことなく、一族郎党を集めて会議などを開催したのである。当然私は、会議が始まるなりこう叫んだ。
「叔父上はなにを血迷ったことをいっているのだ! 秤山家からヒイクに嫁を出すだと? 誰を行かせるというのだ! 叶雨か? 杏雪か? 燐雪か? 誰も行きたくなかろう」
叶雨も杏雪も燐雪も、隅の方で目立たぬように震えていた。まだ花も恥じらう乙雌たちである。家督から命ぜられれば嫌とはいえない彼雌たちに代わって、私が封風叔父を止めなければならない。
「まあそういきり立つな。まずは叔父さんの話を聞こうじゃないか」
こういったのは弟の亮雲である。その隣で、末弟の氷雲もぷるぷるしながらうなずいている。私は怒りに肩を震わせながら、叔父の言葉を待った。封風叔父はこほん、と咳払いをすると、甲高い声を張り上げた。
「諸君も分かっていると思うが、こたびの話は他言無用。秤山家と帆河家に関わる内密の条約だ。まずはその口をつぐみ牙をしまって、わしの話を最後まで聞いていただきたい。
確かに、ヒイクのいうことを真に受ける必要などないとわしも思う。帆河の者は地位や名誉といった下らぬ見返りばかりをのたまっておったが、そんなものは我々とて腐るほど持っておる、いまさら欲しいとも思わん。だが、すげなく断るわけにはいかない事情もある」
「それがなにかと聞いている。叔父上がヒイクを立てる理由などあるはずもなかろう」
思わず考えが口をついて出てしまい、亮雲に尻尾をはたかれた。だが封風叔父は実に苦々しげな顔をこちらを向けただけで、改めて話し始めた。
「すげなく断るわけにはいかない。前家督の封雲が、帆河のある雌との間に隠し児をもうけていたという話を聞かされてはな」
「どこまで、我が家名を、貶めれば、気が、済むのだ! あいつは!」
会議が騒然とする中、私は地団駄を踏みながら、我を忘れて吼えた。死してなお秤山家を自ずから凋落せしめんとする封雲の振る舞い、もはや親父とて我慢ならなかった。他の親戚どもも怒号を上げているし、横では氷雲が「弟? 僕に弟!? それとも妹かな?」と興奮しているし、叔父は叔父で騒ぎが収まりそうもないのを見ておろおろしだして、みっともないことこの上ない。これだから叔父上は馬鹿にされるのだ。
ともかくこの騒ぎを一旦収めようと私が一歩前へ進もうとした矢先、一閃、力強い鳴き声が全員の耳を貫いた。
「黙れ!」
驚いて見ると声の主は亮雲である。他の皆も呆気に取られて見つめる中、亮雲は封風叔父の隣に歩を進め、ぐいと上半身を持ち上げると、我々をねめつけた。
「結果に騒いでも事態は収まらないだろう。速く次の手を打たないと、秤山家は終わるぞ」
本来ならこれを申し渡すのは封風叔父の役目であるが、亮雲の堂々たる振る舞いに家の者全員が息を呑んだ。漆黒にうねる毛並、鋭くひらめく眼光、いつの間にやら、我が弟は風格というものを手に入れたらしい。
「そうじゃ。この先を話し合うための会合である」
封風叔父は、その足元からひ弱い声を上げるだけで精いっぱいだった。亮雲は尻尾をしならせて、威風辺りを払いつつ中心へ歩みを進めた。
「亮雲、まずはなにをすればいいと思う」
誰かがいったのを皮切りに、会議の議長は封風叔父から亮雲へと代わった。亮雲はまず叔父上に問うた。
「その隠し児とやらは、己が出生を分かっているのか」
「いや、その雌、名を帆河瀬穏というが、父の名は知らぬと聞いた。そもそも帆河はチュダイに対して敵愾心を持ち合わせぬやつら、混血についてはあまり大事とは思っておらなんだそうじゃ。母君も、死の間際までかたくなに口を閉ざしていたらしい」
叔父は息を切らしながら、しかしどこか安堵したように答えた。責任を取らずに良い立場になったことが喉のたがを外したか、叔父は途端に饒舌になって、ようやく帆河の使者がいってきたことを順序立てて説明し終えた。そして、最後に付け加えたのがこの一言である。
「そう、この瀬穏という雌も、血筋として家督継承者の候補の一匹のようじゃの」
亮雲はてきぱきと家中の者の意見を募り、まとめ、あるいは牽引し、それでいて封風叔父を家督として立てることも忘れず、必ず決定は封風叔父の判断に任せた。封風叔父にしてみれば、亮雲が提示した一か二かの判断をするだけなのだから楽なことこの上ない。しかしその実、気に入らない意見が出てきた時、亮雲が急に話題を転換させてうやむやにしつつ、最終的にはその意見を握りつぶしていることに私は気づいた。議論の手腕について、実に目を見張るものがある。亮雲に任せていればこの話、すぐに結論が出そうであったから、私は高みの見物を決めこむことにした。
今にして思えば、決断を誤った瞬間である。無理にでも亮雲を中心から引きずりおろし、私が先導して帆河家の提案を足蹴にしておくべきだったのだ。
活発になってきた議論を尻目に、私はじりじりと隅の方に下がり、叶雨たちと他愛のない話をして時間をやり過ごした。彼雌たちは帆河家に嫁に出されるのではないかという不安を胸に会議に出てきたが、私が端から大反対をしたのを聞いて、ひげのしびれも治まったといっていた。私としては当然のことをいったまでだが、若い雌たちに感謝されて悪い気もしない。あまり鼻を高くしないよう気をつけながら、私がお前たちを守ってやる、などといいつつ頭を撫でてやったりしていた。
そうして議論の行方をまったく聞かないままいるうちに、なにやら賛同の鳴き声がちうちう巻き起こった。ついに結論が出たようで、この阿呆らしい会議も終わりを迎えるのだ。よく分からないまま、私も叶雨たちも皆に合わせてちうちうと鳴いた。
「あら、丈雲さん、貴方もご賛同なさるんですか?」
こういったのは三姉妹の末妹、燐雪である。
「さすがですわ。私どもを守るために、そこまでしてくださるなんて」
杏雪は胸を抑え、涙ぐみながら私の方を見上げている。
「丈雲さんは秤山家を思ってのこと、私たちのためではないわ。杏雪、口を慎みなさいな」
姉の叶雨は厳しい口調で妹をいさめたが、私の方を流し見るその表情は、まさに英雄を見る目である。なにやら話がなまぐさい。私の尻尾が意志に反してぴくりと動いた。
その後すぐ、場に亮雲の声が響き渡ったのと、私が会場を脱兎の如く、もとい、脱鼠の如く飛び出したのが、ほぼ同時であった。
「それでは、今回の帆河家の申し出に対して、我々は、帆河瀬穏の元に丈雲を婿に出すということで態度を固め、あっ、逃げるな! くそ兄貴! 待ちやがれ!」
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