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マカンルの街は、火山のふもとにあるので、温泉がわいていて、街の至る所に温泉宿がある。街路を歩いていると、遠方から湯治に来たと思われる、様々な民族衣装の人々とすれ違うのだ。
「あの民族衣装、たぶんミャンマーあたりのを参考にしてるわね。ウチが読んだ本に載ってたよ。『ルーンジ』っていう民族衣装があるじゃん」
「だから、あたしは地理も歴史も苦手だし、興味すらないのよ。民族衣装なんて、わかるわけないっての」
綾音と風音のやり取りを、周囲のプレイヤーたちはほほえましそうに眺める。
「確か、アヤネとカザネは中学生だったよね。俺らも、あのぐらいの時期があったよな」
「そう、そう。今となっては懐かしい。当時は、くだらないことで悩んだりしてたっけ」
さすがに連日の野宿で皆、ストレスがたまっているので、その日は皆で温泉宿に泊まることにした。といっても、さすがに百五十人もの大人数で泊まれるほどの大きな宿は無いので、あちこちの宿に分散して泊まることになる。風音は、綾音とニーナ以外に、十人のプレイヤーたちと一緒に『シュムシュ飯店』という温泉宿に泊まることにした。
「さあ、今夜はご馳走だわ。海の幸や山の幸がたっぷり出るわよ。楽しみ楽しみ」
「風音ったら、ゲームと食べることしか、楽しみが無いの? これじゃ、本当にガヴリールと同じじゃん」
綾音があきれたようにつぶやく。皆で温泉につかって、のびのびと疲れを癒し、部屋で畳に寝転がっていると、やがて夕食が運ばれてくる。綾音や風音が目を輝かせたのはもちろんだが、ニーナは涙を流さんばかりに感動し、刺身や天ぷらなどの海の幸や山の幸に舌鼓を打っていた。
「美味しい。美味しいですぅ。わたし、こんなに美味しいもの、生まれて初めて食べました。シスターの食事なんて、本当に簡素なメニューですもん。温泉も気持ちよかったし、もう最高ですぅ。天国って、ここみたいな所なんでしょうかね」
ニーナが本当に美味そうに食べるので、綾音も風音も嬉しくなり、自然と箸が進む。やがて食事が終わると、皆で歓談する時間だ。テレビが無いので、時間をつぶすには、ひたすらおしゃべりするしかない。
「世間には、シスターにあこがれる女の子もいると聞きますが、シスターなんてなるもんじゃないですよ。朝はめちゃくちゃ早いですし、食事は簡素で少ないですし、まるで牢獄か軍隊かって感じですもん。神に仕える純潔な乙女なんて、聞こえは良いですが、実態はそんなもんです」
「わかる~。あたしも似たようなことを、綾音からさんざん聞かされてたからさ。だから、ガヴリールみたいに気ままに生きるのが一番だって気づいたのよ」
「だからって、風音は自由気ままに生きすぎ。そんなんじゃ、将来、困るのは自分だよ」
そのまま、深夜までおしゃべりは続き、気づけば皆、寝入ってしまっていた。
どれぐらい時間がたっただろう。ふいに風音は、宿の外から聞こえる、大蛇のはうような音と気配で、目を覚ました。
(何だろう……? まさか、モンスターが出たとか……?)
音と気配は徐々に大きくなっていき、綾音やニーナを始め、他のプレイヤーたちも皆、目を覚ます。
「皆、戦う準備をしておいて。たぶん、モンスターの襲撃よ」
皆は言われずとも、既に武器をかまえ、息を殺して襲撃に備えている。そのうち、街路から、「うわあああっ!」だの「きゃああああっ!」だのといった悲鳴が聞こえてくる。
「これはモンスターの襲撃とみて間違いないわ! 宿から出て戦うわよ!」
風音は率先して街路に飛び出す。驚いたことに、街路には人間を丸呑みにできそうな大蛇どもが、十数匹も我が物顔にはいずり回り、NPCである住民や、プレイヤーを攻撃しているではないか。
「戦士職は前へ! 攻撃魔法職はありったけの攻撃魔法を撃ち込んで!」
風音の号令のもと、宿から出てきたプレイヤーたちは、素早く陣形を組んで攻撃にあたる。さすがに何日も訓練してきただけあって、行動は迅速だった。
「クラーシン、ヨッフェ、ザスーリッチ、聞こえる? あたしたちの現在地はどこかわかる? 応答して」
だが、風音がいくらフレンドチャットで呼びかけても、その三人はもちろん、他のプレイヤーからも応答はない。
「これは妨害の結界が張られてますね。わたしが見る限り、カザネさんのフレンドチャットはもちろん、冒険者全員のフレンドチャットが妨害されて使えない状態です」
「まずいわね。ニーナの言う通りだとすれば、ウチらを始め、プレイヤーは宿ごとに各個撃破されちゃうわ」
綾音の予想通り、大蛇どもはプレイヤーの泊まっている個々の宿へ向かっているようだった。風音の即席のパーティーも、戦士職の盾だけでは、大蛇の牙や尻尾の攻撃を防ぎきれず、ニーナの防御の結界で何とか防いでいる状態だった。
だが、この規格外のモンスターの前には、盾や防御の結界がいつまでももつわけがない。やがて、大蛇は尻尾を大きく振り回し、尻尾がニーナの防御の結界を轟音とともに粉砕しながら、戦士職の盾もはじき飛ばすと、綾音と風音たちも尻尾にはじき飛ばされる。他の何にもたとえようのない激痛とともに、二人の意識は闇に呑まれた。
「あの民族衣装、たぶんミャンマーあたりのを参考にしてるわね。ウチが読んだ本に載ってたよ。『ルーンジ』っていう民族衣装があるじゃん」
「だから、あたしは地理も歴史も苦手だし、興味すらないのよ。民族衣装なんて、わかるわけないっての」
綾音と風音のやり取りを、周囲のプレイヤーたちはほほえましそうに眺める。
「確か、アヤネとカザネは中学生だったよね。俺らも、あのぐらいの時期があったよな」
「そう、そう。今となっては懐かしい。当時は、くだらないことで悩んだりしてたっけ」
さすがに連日の野宿で皆、ストレスがたまっているので、その日は皆で温泉宿に泊まることにした。といっても、さすがに百五十人もの大人数で泊まれるほどの大きな宿は無いので、あちこちの宿に分散して泊まることになる。風音は、綾音とニーナ以外に、十人のプレイヤーたちと一緒に『シュムシュ飯店』という温泉宿に泊まることにした。
「さあ、今夜はご馳走だわ。海の幸や山の幸がたっぷり出るわよ。楽しみ楽しみ」
「風音ったら、ゲームと食べることしか、楽しみが無いの? これじゃ、本当にガヴリールと同じじゃん」
綾音があきれたようにつぶやく。皆で温泉につかって、のびのびと疲れを癒し、部屋で畳に寝転がっていると、やがて夕食が運ばれてくる。綾音や風音が目を輝かせたのはもちろんだが、ニーナは涙を流さんばかりに感動し、刺身や天ぷらなどの海の幸や山の幸に舌鼓を打っていた。
「美味しい。美味しいですぅ。わたし、こんなに美味しいもの、生まれて初めて食べました。シスターの食事なんて、本当に簡素なメニューですもん。温泉も気持ちよかったし、もう最高ですぅ。天国って、ここみたいな所なんでしょうかね」
ニーナが本当に美味そうに食べるので、綾音も風音も嬉しくなり、自然と箸が進む。やがて食事が終わると、皆で歓談する時間だ。テレビが無いので、時間をつぶすには、ひたすらおしゃべりするしかない。
「世間には、シスターにあこがれる女の子もいると聞きますが、シスターなんてなるもんじゃないですよ。朝はめちゃくちゃ早いですし、食事は簡素で少ないですし、まるで牢獄か軍隊かって感じですもん。神に仕える純潔な乙女なんて、聞こえは良いですが、実態はそんなもんです」
「わかる~。あたしも似たようなことを、綾音からさんざん聞かされてたからさ。だから、ガヴリールみたいに気ままに生きるのが一番だって気づいたのよ」
「だからって、風音は自由気ままに生きすぎ。そんなんじゃ、将来、困るのは自分だよ」
そのまま、深夜までおしゃべりは続き、気づけば皆、寝入ってしまっていた。
どれぐらい時間がたっただろう。ふいに風音は、宿の外から聞こえる、大蛇のはうような音と気配で、目を覚ました。
(何だろう……? まさか、モンスターが出たとか……?)
音と気配は徐々に大きくなっていき、綾音やニーナを始め、他のプレイヤーたちも皆、目を覚ます。
「皆、戦う準備をしておいて。たぶん、モンスターの襲撃よ」
皆は言われずとも、既に武器をかまえ、息を殺して襲撃に備えている。そのうち、街路から、「うわあああっ!」だの「きゃああああっ!」だのといった悲鳴が聞こえてくる。
「これはモンスターの襲撃とみて間違いないわ! 宿から出て戦うわよ!」
風音は率先して街路に飛び出す。驚いたことに、街路には人間を丸呑みにできそうな大蛇どもが、十数匹も我が物顔にはいずり回り、NPCである住民や、プレイヤーを攻撃しているではないか。
「戦士職は前へ! 攻撃魔法職はありったけの攻撃魔法を撃ち込んで!」
風音の号令のもと、宿から出てきたプレイヤーたちは、素早く陣形を組んで攻撃にあたる。さすがに何日も訓練してきただけあって、行動は迅速だった。
「クラーシン、ヨッフェ、ザスーリッチ、聞こえる? あたしたちの現在地はどこかわかる? 応答して」
だが、風音がいくらフレンドチャットで呼びかけても、その三人はもちろん、他のプレイヤーからも応答はない。
「これは妨害の結界が張られてますね。わたしが見る限り、カザネさんのフレンドチャットはもちろん、冒険者全員のフレンドチャットが妨害されて使えない状態です」
「まずいわね。ニーナの言う通りだとすれば、ウチらを始め、プレイヤーは宿ごとに各個撃破されちゃうわ」
綾音の予想通り、大蛇どもはプレイヤーの泊まっている個々の宿へ向かっているようだった。風音の即席のパーティーも、戦士職の盾だけでは、大蛇の牙や尻尾の攻撃を防ぎきれず、ニーナの防御の結界で何とか防いでいる状態だった。
だが、この規格外のモンスターの前には、盾や防御の結界がいつまでももつわけがない。やがて、大蛇は尻尾を大きく振り回し、尻尾がニーナの防御の結界を轟音とともに粉砕しながら、戦士職の盾もはじき飛ばすと、綾音と風音たちも尻尾にはじき飛ばされる。他の何にもたとえようのない激痛とともに、二人の意識は闇に呑まれた。
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