綾音と風音

王太白

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 ヨッフェが郊外に向かうと、高い石の塀に囲まれた広大な区画が見えてきた。街の側に出入口があり、戦士職が警備している。ヨッフェたちを見つけると、「誰だ?」と尋ねるが、ヨッフェは攻撃魔法職に倒させ、扉を開けて中に入った。塀の中は、ゴブリンやハゲワシや巨人などの様々なモンスターが、種類ごとに柵の中で飼われている。ヨッフェたちを見ると、柵から出て一斉に襲いかかってきたが、ヨッフェは回復魔法職に聖壁を張らせることで、モンスターを聖壁の内側に閉じ込める。
「とにかく、戦士職と合流するんだ! 外へ出ろ!」
何が起きたのか気づいた召喚術師が、あわてて他の出入口を警備していた戦士職と合流しようとする。攻撃魔法職の追撃も間に合わず、逃げられて外の戦士職と合流され、戦士職が向かってくるが、飼育場は広いので、戦士職はヨッフェたちに近づく前に攻撃魔法のえじきになる。後は、聖壁の中のモンスターを攻撃魔法で一網打尽にすることで、飼育場を制圧することに成功した。召喚術師には逃げられたので、ヨッフェは聖壁を解除させると、出入口を攻撃魔法職にかためさせて、召喚術師の反撃に備える。
 一方、薬屋に向かった綾音は、薬屋の周辺を警備していた戦士職や攻撃魔法職と戦闘になっていた。相手は石造の建物の陰に隠れて攻撃魔法を撃ち込んでくるので、なかなか薬屋までたどり着けない。
「困ったな。グズグズしていると、検問所の部隊が街へ引き返してくるわ。そうなれば、薬屋の制圧どころじゃなくなる」
「……わらわに任せてください……。ワッサムは強風の街ですから……わらわの魔法で……敵の指揮官を狙い撃ちするのを補助いたします……。とにかく、狙撃すれば……軌道を湾曲させてご覧にいれます……。指揮官は、腹心の親衛隊です……。情けは無用です……」
 ふいに、パイロンの声が、皆の頭の中に聞こえた。
「とにかく、ウチらとしては、今は信じるしかないわね。たぶん、あの家の中から怒号がひっきりなしに聞こえるから、あそこに指揮官がいると思う。イズムルード、試しに、最大出力で風属性の攻撃魔法を撃ってみて」
 綾音は、薬屋の手前にある武器屋を指差す。武器屋は、曲がった通りの奥にあって狙いにくいうえに、店主のこだわりなのか、出入口は頑丈な鉄の扉で、窓も鉄の板でふさがれているうえに、壁も鉄の棒で増強されていた。イズムルードは、鉄の扉を破るために、最大出力で風属性の攻撃魔法を撃つ。攻撃魔法の軌道は湾曲して、鉄の扉を直撃した。鉄の扉が砕けたので、綾音は思わずこぶしを握りしめたが、その直後、扉の中から、闇属性の攻撃魔法である黒い霧が出てきて、通りを覆いつくした。
「まずい! この煙は、毒ガスだ! 吸い込むな!」
 ふいに味方の回復魔法職が叫ぶ。綾音を始め、一行はあわてて懐からハンカチを取り出すと、口と鼻を覆った。
「あ~あ、まだ開発途上だったのに、何てことしてくれたのよ。これだから、無知な悪ガキには困るわ」
 扉の中からは、黒いローブを着た、肌の色の浅黒い男が出てきた。フードをかぶっていて、顔はよく見えないが、眼光ばかり異常に鋭い痩せぎすの男である。
「あなたたち、魔王様が腹心様に命じて、薬屋で何を調合させていたか、ようやく気づいたようね。闇属性の攻撃魔法、つまり毒ガスよ。さすがに街中で使うには、開発途上だから、味方まで巻き込みかねないけどね」
 男は「クックックッ」と笑いながら言う。敵の中には、「毒ガスだって? 逃げろ」と騒ぎ出す者もいたが、男が「あなたたち、逃げたら首筋の爆弾が起爆するわよ」と脅して制止する。敵の戦士職や攻撃魔法職は、ハンカチで口と鼻を覆って、耐えるしかなかった。
「はぁ? あいにくだけど、ウチはオカマが大嫌いなのよ。ついでに、その歪んだ性格もね。いったい、どんなコンプレックスから、そんな歪んだ性格になるわけ?」
 とたんに、男はニタリと気持ち悪い笑みを浮かべる。綾音は背筋が寒くなって鳥肌が立った。こんな醜悪な笑みと目つきをするやつなんて、そうはいない。
「聞きたけりゃ教えるわ。おらは根暗の戦史オタクで、特に毒ガスに興味があったのよ。毒ガスで殺された兵士の、皮膚がただれた感じとか好きでね。イラクのフセイン大統領の部下に、『ケミカル・アリー』と呼ばれた毒ガス使いの男、アリーがいたことを知ったときは、『気にくわない同級生どもを、こいつみたいに毒ガスで皆殺しにできたらな』と、うらやましくなったわ。でも、おらはケンカも弱いし勉強もできない、ただの落ちこぼれのいじめられっ子。おまけに、戦車や飛行機などのかっこいい兵器が好きなわけでもなく、毒ガスが好きだという理由で、ますます気持ち悪がられ、いじめられた」
「要するに、ただの変態ないしは人格破綻者じゃん。ウチには理解不能な人種だわ。何で、もっと皆が喜ぶようなことをしないわけ? だから、いじめられるんだよ」
 綾音の一言で、男は激昂した。歯をむきだしてギリギリとかみしめる。
「あ、あなたねぇ……皆が喜ぶことって、具体的に何をすれば良いのよ? 皆は、愛だの恋だの平和だのと言うけどね、平和ってのは、自分に都合の良い秩序を、相手に押し付けているだけでしょうが! 勉強ができるのが正義、あるいはギターが弾けるのが正義……そんな正義の押し付けは、おらはウンザリなのよ! 愛や恋もそう! 結局、自分を愛してとか、自分の嫌いなやつを嫌ってとか、自分の都合を押し付けているだけよ!」
「何だか、哲学的な論理になってきたわね。でも、ウチが考える限り、万人が満足する平和なんてのは、あり得ないのよ。あくまで、最大多数の最大幸福ってのが限界だわ。毒ガス以外にも、少しは政治学や歴史も勉強したら?」
「このクソガキッ……あなたも、おらに自分の正義を押し付けるのね? おらが開発した闇属性の魔法をくらうがいいわ!」
 とたんに、男の周囲の黒い霧が、意思を持った生き物のように綾音に向かってくる。黒い霧は、綾音の体中をすっぽりと覆い、そのまま、ギュウギュウと圧縮してくる。イズムルードが風属性の攻撃魔法を撃とうとかまえるが、イズムルードにも黒い霧が向かってきて、体中をすっぽり覆ってしまう。
「ギャハハハハ。狙撃なんか、させるわけないでしょ。あなたの狙撃が厄介だってことは、親衛隊の一人であるおらが、一番よく知っているんだから。さあ、残りのやつらも、この闇属性の魔法に覆われて、毒ガスの中で窒息するがいいわ!」
 そのまま、一行は一人残らず、黒い霧に覆われてしまう。それを見ていた敵の戦士職や攻撃魔法職には、おびえていたり、目を覆って顔を背けてしまう者もいた。
「ほら、何しているの? あなたたちも、しっかり見ておきなさい。これが、魔王様に逆らった者の末路よ。あなたたちも、ああなりたくなければ、おらに逆らわずに忠誠を尽くすことね。わかった? この無能ども」
 男は勝ち誇ったように「ギャハハハハハ」と笑い始めた。だが、その直後、黒い霧の中から白い光が漏れ出してきたかと思うと、綾音たちは白い光に包まれながら、黒い霧を割って悠々と出てきたのだ。綾音の顔には、笑みさえ浮かんでいた。
「パイロンの魔法が、ウチらを毒ガスから遮断して、体と肺を守ってくれたのよ。パイロンは自分も魔法をほぼ封じられていて、苦しい状況なのに、最後の魔力をふりしぼってウチらのことを守ってくれているわ」
 それから、敵の戦士職や攻撃魔法職に向き直ると、改めて呼びかける。
「あんたたちもどうせ、この男におどされて、いやいや従っているだけでしょう? おそらく、首筋の爆弾を起爆するとか言われて。でも、首筋を触ってみて。もう爆弾は無いはずよ。さっき、パイロンがウチの懐に、全部テレポートしてくれたから」
 綾音は懐から、数十個の小さな平べったい物体を取り出す。同時に敵の戦士職や攻撃魔法職は、首筋をなで回すと、爆弾の違和感が消えていることに気づいて、「おおお」だの「奇蹟だ」だのと驚愕の声をもらす。もちろん、綾音は味方の攻撃魔法職に、火属性の攻撃魔法で爆弾を処理させた。こうなると、タジタジになるのは、今まで強権的に振る舞ってきた男のほうである。敵の戦士職や攻撃魔法職の敵意に満ちた視線が、一斉に男を刺した。
「貴様~……今まで、よくもオイラたちを奴隷のように扱いやがったな~……」
「この暴君めが~……てめえのせいで、仲間が何人、虫けらのように殺されたことか……」
 男は「ひっ!」と悲鳴をあげながらも、最後の抵抗として、黒い霧を撃ち出したが、黒い霧は全方位の敵に向かって撃つことはできない。しかも、今まで従っていた周囲の戦士職や攻撃魔法職が、全方位から一斉に男を攻撃し始めたのだ。男は「ぎゃああああっ!」と断末魔の悲鳴をあげながら、めった斬りにされて倒された。
「さあ、もうあんたたちは自由よ。ウチらの軍に加わるも良し。あるいは逃げて身を隠すも良し。好きにしなさい」
 綾音は敵だった戦士職や攻撃魔法職にそう言ったが、彼らは全員が綾音の軍に加わることを選んだ。こうして、綾音は武器屋と薬屋を制圧すると、中にこもっていた毒ガスを換気して、とにかく人が立てこもれるようにして、守りをかためた。
 最後は、神殿に向かった風音とクラーシンである。さすがに神殿は、腹心の本拠地なので、守りはかたかった。近づくだけで、攻撃魔法や矢が雨のように飛んでくるのだ。おまけに、薬屋から神殿にかなりの量の毒ガスが移されているためか、黒い霧がときどき向かってくるので、一行はかなり苦戦を強いられた。味方の攻撃が始まって三十分ほどたっても、全く近づけそうにない。それどころか、背後の石造の家から、隠れていた敵に奇襲されることもあり、そのたびに味方の陣形は崩される。
「フレンドチャットによれば、ヨッフェは飼育場を、綾音は薬屋を制圧できたっていうのに、あたしたちはいまだに近づくこともできない……。おまけに、パイロンがあたしたちに助力しないのを考えると、もうパイロンは魔力を使い果たしたのかもしれない……」
「カザネ、指揮官が取り乱してどうする? 味方まで動揺し始めるぞ。とにかく、ヨッフェとアヤネに援軍を送ってもらうんだ。それしかない」
 クラーシンは早速、援軍を手配し始める。そんなときに、パラムシルの街のルーナから、急を告げる知らせがフレンドチャットで入ってきた。
「大変です。パラムシルの街の南にある、岩石砂漠の街『ヒトカップ』を支配している魔王の腹心が、ワッサムの街へ援軍を差し向けたそうです。同時にパラムシルの街にも攻め込んできました。早くしないと、援軍がワッサムに到着し、我が軍は全滅してしまいます」
 風音は顔面蒼白を通りこして、血の気が引いて真っ白になっていた。カタカタと震えてさえいる。クラーシンは、風音の横っ面を、思いっきり張り飛ばした。
「うろたえるな! カザネは軍の総司令だろうが! トップが敵に呑まれたら、軍は崩壊するぞ! 頼むから、シャキッとしていてくれ!」
 風音は痛む横っ面を押さえながら、何とか震えを止めたので、クラーシンが代わりに味方に呼びかける。
「確かに味方は有利とは言えない。しかし、既に飼育場も薬屋も制圧したんだ。パイロンもまだ魔力が回復していないだけで、近いうちに必ず俺たちを助けてくれる。皆、もうひと踏ん張りだ。耐えてくれ」
 クラーシンは必死だったが、味方の中には風音の姿を見て動揺した者も少なくなかった。
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