綾音と風音

王太白

文字の大きさ
22 / 28

21

しおりを挟む
 綾音のほうも、クラーシンからフレンドチャットで急を告げられている。
「まずいわね。既に街の外から、敵が突進してくる雄叫びが聞こえてきているから、それを聞くだけでも、味方は包囲殲滅されるんじゃないかと不安になる……」
 さすがの綾音も、すぐには名案が思い浮かばず、しばらく考えこむ。
「……こうなりゃ、ハッタリしかないわね。検問所から戻ってくる敵兵の中には、イズムルードみたいに首筋に爆弾を埋め込まれているやつらも多いだろうから、薬屋でパイロンに爆弾を撤去された人たちが、そいつらに向かって『パイロンが既に全員の爆弾を撤去した。我々は自由だ』とデマを流して、親衛隊に対して反乱を起こさせるしかないわ」
「問題は誰に、その役をやらせるかですね。口下手なやつじゃ、すぐにハッタリだとバレますよ。ぼくは年が若すぎて、説得力に欠けますし」
 イズムルードが悩んでいると、ふいに黒い鎧を着た、大柄な戦士職の男が現れた。
「なら、おれがやろう。おれなら、下級のプレイヤーのまとめ役で、アレクサンドラとも親しかったからな。おれが呼びかければ、全員とはいかなくても、デマを信じて反乱に踏み切るやつは数人ぐらい出るだろう。ちなみに、おれの名は、セミヨノフだ。よろしくな」
 セミヨノフはニッコリ笑った。そんなわけで、綾音の部隊は、数で包囲される恐れのある薬屋を出て、街の出入口で敵の部隊と対峙した。両軍がザワザワとざわめき、一触即発の気配がただよう中、セミヨノフが前面に出て声を張り上げる。
「よく聞け! おれを知っている者もいると思うが、下級のプレイヤー、セミヨノフだ。諸君らは驚くかもしれないが、諸君らの首筋の爆弾は、風の妖精、パイロンの魔法によって、既に機能を停止し、用をなさなくなっている!」
(なるほど。『撤去された』ではなく、『機能を停止した』と言うあたりが賢いわ。まだ爆弾は埋まったままだから、敵のプレイヤーたちも首筋に異物感があるだろうし)
 綾音は密かにニヤリと笑った。敵のプレイヤーたちは、互いに顔を見合わせて、ザワザワと騒ぎ始める。もっとも、親衛隊と思われるプレイヤーたちは、「デマだ! デマに踊らされる者はこの場で爆弾を起爆させる!」と怒鳴り散らす。一方のセミヨノフは、「ほう、やれるもんなら、やってみろ。起爆するかどうかで、どちらがハッタリか、わかるぞ」と、あくまで強気だ。
(良いわ。ここはハッタリで押し切らないと)
「親衛隊ども、疑うなら、まずはおれの爆弾を起爆させてみろ。今から、貴様らの指名する一人に、一騎打ちを申し込む。どうせ、おれが勝つだろうがな。もっとも、卑怯な貴様らのことだから、おれが勝ちそうになったら、爆弾を起爆させるんだろうが。さあ、どうする? おれからの一騎打ちを受けるか?」
 セミヨノフはそのまま、左手を前に出すと、指でクイクイと挑発する。だが、親衛隊の面々は下卑た笑いを浮かべながら、下級プレイヤーの小柄な戦士職を前に押し出す。戦士職は、オドオドしながら、セミヨノフに向かって剣をかまえた。
「あいにく、こっちは下級プレイヤーからの挑戦を受けるほど、暇じゃねえんだよ。コブドを代わりに戦わせるから、それで我慢しろや。おい、コブド、負けたら、爆弾を起爆させるからな」
 親衛隊の面々は、そのままゲラゲラ笑い出す。コブドは「許してください。セミヨノフさん」とつぶやくと、目をつぶって、「うわあああっ」と叫びながら、ヤケになって斬りつけてきた。セミヨノフは難なくかわし続ける。だが、そのうち親衛隊の一人が、何か短い呪文を唱え始めると、とたんにコブドの顔色が変わった。今度ははっきり狙いを定めて、正確に斬りつけてくるので、ようやくセミヨノフとまともな斬り合いになってくる。
「へっ、遅いんだよ。こっちが爆弾を起爆させる呪文を唱えなきゃ、本気になれねえのか?」
 親衛隊の一人が嘲るようにそう言ったが、その直後、その男の腹に剣が刺さっていた。
「ぐ……ぐあああああっ……セミヨノフ……貴様……」
 言うまでもなく、セミヨノフが急に力を抜いたことで、コブドの力を受け流して剣を脇へそらさせ、コブドがつんのめって転んだ隙に、自分の剣を親衛隊に投げつけたのだ。すかさず、セミヨノフはその男に全速力で駆け寄ると、剣でめった刺しにしてとどめを刺す。
「貴様ら、まだ、この世界がルールに縛られたゲームだと思い込んでいるのか? ここは現実なんだよ。何でも有りなんだぜ」
 親衛隊の面々は、セミヨノフを包囲しながら、爆弾を起爆させる呪文を唱えるが、起爆しなかったので、全員で攻撃し始める。
「どうやら、セミヨノフが爆弾を撤去されたのは本当らしいがな、だったら親衛隊全員で倒せば良いだけじゃねえか。結局、貴様は一人じゃ、何もできねえんだよ」
 ところが、同時に親衛隊の一人が、背後から斬られた。よく見ると、斬ったのは今まで従順だったはずのコブドである。
「おのれ……コブドの爆弾を起爆……ぐわあっ……!」
 コブドはそのまま、とどめを刺す。
「皆、ひょっとしたら、爆弾は起爆しないかもしれないぞ」
 コブドが言うが早いか、親衛隊に襲いかかる下級プレイヤーが続々と現れる。特に弓矢職の下級プレイヤーは、攻撃魔法職のように呪文を詠唱せずに済むので、矢を連射できるから厄介だ。親衛隊は起爆の呪文を唱え終わる暇もなく、全滅した。
(ハッタリで親衛隊を何人か倒せれば良いと思っていたけど、まさか、ここまで上手くいくとは思わなかったわ。全ては、セミヨノフの演技力と、一歩を踏み出したコブドの勇気と、下級プレイヤーの親衛隊に対する憎悪のなせる業ね)
 綾音はセミヨノフに、「ありがとう。最高の戦果だわ」と賛辞を送るとともに、風音にフレンドチャットで連絡した。伝え聞いた風音が、喜びのあまり顔色が元通りになったのは、言うまでもない。
 さて、綾音のほうは思わぬ勝利にわいていたが、飼育場を守っていたヨッフェのほうは、ヒトカップの街からハゲワシに騎乗して駆けつけた腹心の部隊の急襲を受け、窮地に陥っていた。もちろん、飼育場から逃げおおせた召喚術師たちが、山中でハゲワシを操って、ヒトカップの街からの部隊を迎えに行かせたのだから、到着は異常に早かったのだ。ヒトカップの街から到着した部隊は、百人近くいるので、ヨッフェの部隊だけでは勝負にもならず、早々に飼育場を捨ててワッサムの街に逃げ込むことになる。
「とにかく、神殿にいる腹心の本隊と、ヒトカップの街から来た援軍を合流させるな」
 神殿の攻撃を指揮するクラーシンとしては、いかに戦うか、悩むところである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

N -Revolution

フロイライン
ライト文芸
プロレスラーを目指す桐生珀は、何度も入門試験をクリアできず、ひょんな事からニューハーフプロレスの団体への参加を持ちかけられるが…

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...