綾音と風音

王太白

文字の大きさ
25 / 28

24

しおりを挟む
 もっとも、穴の周辺は、既に敵がかためていた。ヒトカップの街からの援軍は重傷者の治療のために後方に下がっていたが、神殿の穴からも相かわらず黒い霧が向かってくる。
「でも、穴が開いたことで、それまで石壁で守られていた、黒い霧を操っている攻撃魔法職を狙いやすくなったわ。イズムルード、攻撃魔法職を狙撃できる?」
「できますよ。この距離なら、ぼくにとったら近距離の狙撃です」
「よし、風音は攻撃魔法職の周囲をかためている戦士職を全部倒して。その後、イズムルードは確実に攻撃魔法職をしとめて。失敗して神殿の奥に逃げられたら、厄介だし」
 付与術師は攻撃魔法職に、ありったけの強化魔法をかけ、攻撃魔法職は敵の戦士職を集中攻撃するが、戦士職は頑丈な盾を持っているので、攻撃魔法は盾に弾かれる。
「こりゃ、対攻撃魔法用の盾だわ。戦士職に斬りつけられたら、もろいけど、攻撃魔法には相当強いわね。おおかた、武器屋で買い揃えたんでしょうね。参ったな」
 風音は舌打ちする。
「せめて、ウチらが接近して斬りつけられたら良いんだけど……」
 一行が攻めあぐねているうちに、背後に布陣しているヒトカップの街の援軍が、徐々に動きを見せ始める。風音が背後に向かって攻撃魔法を撃とうとしたとき、神殿のほうから騒ぎが起こった。それまで不動の姿勢で盾をかまえていた敵の戦士職の隊列が、怒号とともに、急に乱れ始めたのだ。どうやら、誰かと斬りあっているようだ。
「何だ? いったい、何が起きている?」
 綾音や風音はもちろん、セミヨノフも驚いていた。よく見ると、戦士職と戦っているのは、アレクサンドラではないか。ただ、多勢に無勢で、押され気味である。
「アレクサンドラを見殺しにするな! 全員で加勢するぞ!」
 綾音とセミヨノフが戦士職を率いて斬りこみ、風音たち攻撃魔法職はそれを援護する。驚いた敵の攻撃魔法職は、黒い霧を操るのもやめて、神殿の奥に逃げ込もうとしたが、そこをイズムルードに狙い撃ちされて倒された。ようやく敵の戦士職を全滅させた綾音は、アレクサンドラの憔悴した姿に驚いた。アレクサンドラは綾音を見ると、とたんに安堵の表情を浮かべ、綾音に抱きついて泣きじゃくる。
「うわああああん……。アタイ、怖かったよぉ……。ずっと牢屋にブチこまれててさぁ……何回、腹心の野郎に拷問を受けたかわからなくて……。心も体もボロボロになって、何度も死にたくなってよぉ……。パイロンがいなけりゃ、とっくに自殺してたよぉ……」
「ちょっと待って。パイロンは、神殿の中の牢屋に監禁されているの? 立入禁止区域じゃなくて?」
「……そうだと思うぜ。……アタイが脱獄してきて、道に迷って、敵に追いつめられていると……その途中で大きな爆発音がして、地震みたいな震動がしてよぉ……。そのためか、壁や天井が崩れていたから、崩れた箇所を抜けてきたら、迷路みたいに入り組んでいる廊下から抜け出せて、ここに出られたんだから……」
「なるほど。さっき、グランドスラムを使った際に、爆弾が爆発したときのことか」
 セミヨノフの言葉で、綾音は確信した。
「とりあえず、ウチらはこのまま、神殿を内側から制圧するわ。同時に、パイロンも救出するから、風音は攻撃魔法職を連れてパイロンの元へ向かって。アレクサンドラは、風音の道案内をお願い」
 そこから、綾音は神殿の一階部分を制圧に向かい、風音はアレクサンドラの案内に従って、地下の牢屋へと向かった。
 一階は広いが、そんなに敵はいなかった。あちこちの部屋に隠れて奇襲してくる親衛隊を、その都度斬り殺すぐらいで済んでいたのだ。突入から三十分ぐらいで、一階からは敵の姿は見えなくなってしまった。
「とりあえず、一階の出入口を開いて、外にいる味方を中に引き入れよう」
 セミヨノフが出入口を開き、味方の戦士職がどっと神殿内になだれこんでくる。
「敵が反撃してくるとしたら、二階へ上る階段のあたりだろう。ミシチェンコは攻撃の援護射撃の準備をしておけ」
 二階へ上る階段は一本だけで、幅はそんなに広くない。案の定、敵の戦士職が対攻撃魔法用の盾をかまえ、攻撃魔法職が黒い霧を操って、他にも攻撃魔法職や弓矢職がバリケードを築いて待ちかまえている。
 そして、味方の攻撃が始まると、敵の応戦も激しく、戦況は一進一退だった。そんな中、爆弾の爆発音がし始め、ヒトカップの街の援軍が神殿の一階になだれ込んできた。
「まずいわね。風音、早くパイロンを救出して、ウチらに合流して」
 ヒトカップの街の援軍は、綾音が陣頭に立ってくいとめていた。さすがに、狭い神殿内となると、下手に爆弾を使うと天井が崩れる恐れもあるので、爆発音はそんなにしなかったが、それでも小型の爆弾ぐらいは使ってくるかもしれない。綾音は気が気でなかった。
 一方、風音はアレクサンドラの案内に従って、地下の牢屋へと向かっていた。
「アタイも無我夢中で逃げてきたから、正直、道はうろ覚えだ。でも、パイロンの気配だけは、何となく感じることができる。ここ何日も、牢屋で傷を癒すための魔法を、ずっとかけてもらっていたんだからな」
 アレクサンドラは、風音から渡されたパンをかじり、水を飲みながら走っている。ここ何日も、まともな食事を与えられていなかったのだから、無理もない。牢屋までの道は入り組んでいて、アレクサンドラ自身も何度か道に迷っていたため、牢屋の房までたどり着くには、えらく時間がかかってしまった。しかも、牢屋は独房がいくつも並んでいるので、どこにパイロンが監禁されているのか、見当もつかない。
「パイロン、アタイだ。アライドの軍を連れて助けに来たぜ。どうか、返事をしてくれ。今まで傷を癒してもらっていた分、今度はアタイが助ける番だ」
 それでも返事はない。
「あ~、もう、ちくしょうッ! どこにいるんだよぉ? いるなら返事ぐらいしろぉ!」
 アレクサンドラは、思わず周辺一帯に響き渡るような大声で怒鳴ってしまったが、それでも返事はない。
「落ち着きなさいよ。下手に騒ぐと疲れるし、敵に気づかれるだけよ。あたしが思うに、魔法で外部からの声が聞こえない部屋にブチこまれているとかじゃない? つまり、部屋の周囲に特殊な結界でもかかっている、みたいな」
「じゃあ、何で、アタイが牢屋にブチこまれて拷問されていたのに気づけたんだよ?」
「そこはさぁ……あたしも上手く言えないけど、たぶん魔力やオーラを感じられるんじゃないの? アレクサンドラだって、あたしだって、魔力があるしさ」
 風音の話に、アレクサンドラは、ようやく得心がいったようだった。
「とにかく、ここは攻撃魔法職の出番ね。付与術師たちは、あたしに思いっきり魔力強化の魔法をかけて」
 風音は、かけられた魔力強化の魔法で、奥の壁でも狙うつもりで、攻撃魔法、ウォーターフロストの呪文をゆっくりと詠唱していく。詠唱の速度がゆっくりなので、徐々に風音のまとう魔力が高まっていき、周囲の攻撃魔法職に較べて濃密になっていく。そして、ウォーターフロストを放つ頃になって、頭の中に声が響いた。
「……お待ちしておりました……。わらわは、あなたの魔力の波動で……ようやく目覚めることができました……。わらわが捕らわれている房は……牢屋の中の最も奥まった一室……。どうか、このまま攻撃魔法を撃って、壁の奥にある隠し扉を破壊し……その先にある、わらわの房へいらしてください……」
 その直後、風音のウォーターフロストは、奥の壁に炸裂して粉砕してしまう。そして、壁が壊れた後には、鉄格子の扉が現れた。
「どうやら、ビンゴみたいね。こいつも破壊するわよ」
 風音は鉄格子の扉も攻撃魔法で破壊し、奥へと進んだ。奥は石造ではあったが、天井からは水滴がしたたりおち、まるで洞窟の中のようだった。しかも、下へ降りる階段になっている。
「なるほど。こりゃ、アタイには見つからないわけだぜ」
 一行は下へと降りていく。しばらく降りると、円形の広場に出た。広場の中央には、太った大柄な召喚術師が、馬ほどもある巨大なサソリのモンスターを従えて待ちかまえており、その後ろの鉄格子の部屋に、パイロンの姿が見えた。
「おやおや……まさか、ここまでたどり着く人がいるとは、驚きですね。でも、このモンスターに勝てますかな? 腹心様にここを任されている以上、簡単には通しませんよ」
 召喚術師は、サソリに風音を狙わせる。サソリは意外に素早かった。風音に尻尾の毒針が刺さろうとする一歩手前で、アレクサンドラが剣で防ぐ。
「気をつけろ。こいつ、マジで素早いぞ。アタイでも一瞬、動きについていけなかった」
「心配しないで。こういうときは、召喚術師さえ倒せば……」
 風音が攻撃魔法の呪文を唱え始めると、とたんに召喚術師は岩の陰に隠れてしまう。
「おっとっと……あいにく、高レベルの攻撃魔法職とまともにやり合う気はないもので」
「てめえ、この卑怯者がぁ……」
 アレクサンドラは悪態をつきながらサソリと戦う。アレクサンドラも強くて、サソリの足を二、三本斬ったが、それでも肝心の尻尾を斬るには至らなかった。しかも、サソリは素早いので、風音などの攻撃魔法の狙いがなかなか定まらない。
「こうなりゃ、ベフィスブリングで、周囲の岩から崩して、サソリの動きを止めるのみよ」
「ほぉ? 良いんですか? そんなことしたら、パイロンから先に埋まってしまいますよ」
 風音は召喚術師の厭味に、心底腹が立ったが、事実その通りで、打つ手がなかった。そのうち、アレクサンドラのほうがサソリに動きを見切られて、尻尾の毒針こそくらわないものの、前足のはさみの攻撃をだんだんとくらうようになる。
「あの……全く方法がないわけでもありませんよ」
 ふいに付与術師の一人が、風音に耳打ちする。
「この広場は、そんなに広くないうえに、サソリは動きが素早いんです。だから、タイミングを見計らって、速度強化の魔法を全員でサソリにかければ……」
「なるほど。壁にぶつかって自滅か。それしかなさそうね」
 そうこうするうちに、アレクサンドラが壁際に追いつめられる。
「良いですよ。今こそ、この戦士職にとどめを刺しなさい」
 召喚術師が嬉しそうに言うが、アレクサンドラはむしろ、ニヤリと不敵に笑う。同時に付与術師によって一斉に、サソリに速度強化の魔法がかけられた。それまで動きを止めていたアレクサンドラは、いきなり右に動き、速度強化された尻尾の毒針をかわす。そうなると、尻尾は勢い余って、壁の石の隙間に刺さってしまい、抜けなくなった。
「今よ。ウォーターフロスト!」
 風音を始め、攻撃魔法職全員でウォーターフロストを、身動きできないサソリに向かって撃ち、ようやくサソリをしとめることに成功した。
「あわわわわ……。サソリが……サソリが……。腹心様に何と言い訳をすれば……」
 召喚術師は岩の奥に消えていく。おそらく、秘密の抜け道でもあるのだろう。
「深追いしなくて良いわ。それより、パイロンの救出と、アレクサンドラの治療を」
 風音は攻撃魔法で鉄格子を破壊し、奥の部屋からパイロンを救出した。パイロンはフラフラとよろけながら、両肩を支えられて部屋から出される。
「よく、こんな深層まで、いらしてくださいました。あの部屋には、わらわの魔力を封じて腹心に流す結界が、幾重にも張られていたので、部屋から出てしまえば、もう魔力は戻ったも同然です。とにかく、まずはアレクサンドラを治療しないと」
 パイロンがアレクサンドラに手をかざすと、見る見るうちにアレクサンドラの傷は癒え、憔悴していた顔色にも、赤みがさしてきた。
「すごい。アタイの体力が一瞬で元に戻った」
 アレクサンドラが喜んだのも束の間で、牢屋の房は突然、ガラガラと崩れ始める。
「どうやら、あの召喚術師めが、房を崩壊させるボタンを押したようですね。わらわたちを生き埋めにする気でしょう。とにかく、走って外に出ましょう」
 一行は全速力で牢屋の房から脱出し、一階へと戻る。他の房にいた十数人の囚人たちも、パイロンが房のカギを魔法で全て開けることで、全員脱出させる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

灰かぶりの姉

吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。 「今日からあなたのお父さんと妹だよ」 そう言われたあの日から…。 * * * 『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。 国枝 那月×野口 航平の過去編です。

処理中です...