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一階に着いて綾音たちと合流したパイロンは、神殿全体を白い光で包むと、敵味方を問わずプレイヤー全員に呼びかけた。
「わらわはワッサムの街を守護していた、風の妖精、パイロンです。街を乗っ取った腹心によって、地下牢に監禁されていましたが、この度、アライドのつかわした軍勢によって救出されました。もちろん、腹心によって虐げられてきた者たちのおかげでもあります。だから、腹心とその親衛隊よ、今なら許しますから、降参してワッサムの街から永久に立ち去りなさい。これ以上、敵対行動を取るようなら、命の保障はいたしかねます」
呼びかけが終わっても、パイロンはまだ白い光を放ち続け、光はワッサムの街どころか、パラムシルの街やヒトカップの街全体をも包み込む。光で包まれている間、綾音や風音を始め、プレイヤーたちは皆、幸福感に包まれる。そして、白い光がおさまると、パイロンの足元には、無数の小さな平べったい物体が積まれていた。それがプレイヤーの首筋の爆弾だと察した風音は、早速、火属性の魔法で起爆させて処分する。
「なお、腹心とその親衛隊がプレイヤーの首筋に埋め込んだ爆弾は、先ほど全て撤去しました。これはワッサムの者もヒトカップの者も同じです。うそだと思うなら、ご自分の首筋を触って確かめて御覧なさい。異物感が消えているはずです」
神殿の二階では、攻撃がやんで、ザワザワとさわぐ声が聞こえてき始めた。それはヒトカップの街の援軍でも同じである。もっとも、仲間割れが起きたのは、ヒトカップの街の援軍のほうが先だった。神殿に突入していたヒトカップの戦士職は皆、再び自陣へと戻り、仲間割れに加わり始める。
「これでヒトカップの街の援軍は、無力化されたも同然ね。さっき、ルーナからも、ウチにフレンドチャットで、パラムシルの街に攻め込んだ、ヒトカップの街の軍にも、仲間割れが起こって、何と指揮していたヒトカップの街の腹心を捕らえて、ルーナに突き出したんだってさ。それで、その腹心の言い分が、ひどいの何のって。風音もフレンドチャットを見る? ルーナに言えば、同じ文面で送ってくれるけど」
綾音があきれながら言うので、風音もフレンドチャットで、腹心とルーナの会話を見てみる。以下、フレンドチャットの文面である。
「『なぜ、わたしたちのパラムシルの街に攻め込んだのですか?』
『わしらの魔王様を降臨させるためだよ。以前、ゴブリンを攻め込ませたら、返り討ちにされたから、今度こそと思って、大軍で攻め込んだんだがな。負けるとは口惜しいわい』
『なるほど。狙いは、ラウスの神殿の宝玉でしたか。なぜ、そこまでして、魔王を降臨させたいのですか? 魔王が降臨した際には、あなた方、腹心も魔王の供物にされますよ。自分たちが利用されるだけ利用された末に捨てられると、なぜわからないのですか?』
『そんなことぐらい、わかっとるわい。それでも、わしは地球に、特に日本という国に復讐したいんだ』
『なぜ、復讐など? まるで、自分の目を捧げるから、あいつの目もつぶしてくれ、と言わんばかりの理屈では?』
『わしはガキの頃から両親に、何をやってもトロいから、将来は学校の教師しか勤まらない、と軽蔑的に言われ続けた。ところが、いざ教師になってみれば、おまえみたいに自分のことしか見えないバカは、教師には向かない、と軽蔑され、結局はクビだ。わしは、こんな日本という国が憎くて仕方ない。企業で出世できるやつは、年収一千万円以上も稼ぐのに、なぜ、やつら同様に勉強のできたわしが、こんなに冷遇されねばならんのだ?』
『あなたは本当に愚か者ですね。勉強ができたといっても、それは家族や周囲の人たちが支えてくれたからであって、あなた一人の力ではないでしょう。実際、誰にも支えてもらえず、勉強もできないままで、下層のキツくて給料の安い仕事にしか就けなかった者も山ほどいますよ。それでも、彼らが、自分が不幸なのは社会が悪い、と不平を言いましたか? 言いませんよね。そんなこともわからないあなたに、教師は勤まりませんよ』
『おのれッ! 事情を知らぬ輩が、何を偉そうにッ! こうなった以上は、わしを殺せ。わしは革命戦士として、魔王様に命を捧げた身。魔王様の一助にこそなれなかったが、それでも魔王様の血肉になって、日本が滅ぶのを目の当たりにできるなら、本望だ』
『そんなこと、したくありませんよ。あなたのようなゲスを斬ったりすれば、汚れた血で剣のほうが腐ってしまいますからね。あなたはどうせ、魔王の魔力でヒトカップの街に召喚されたのでしょうがから、ラウスの神殿の宝玉の魔力で、日本に送り返して差し上げます。今後は、誰にも復讐しようとせず、ひっそりと生きて、孤独に死んでいき、地獄に堕ちてください。それがあなたへの罰です』
『き、貴様ッ! わしに生き恥をさらせと言うのか? 武士の情けとかはないのか?』
『ないですよ。わたしは武士ではなくシスターですから。あ、それから、先ほどヒトカップの街の守護神である、大地の妖精、ホンロンが牢屋から救出されたそうです。ホンロン自身から、わたし宛に直接、魔力を使って伝えてきました。どうやら、ヒトカップの街でも、あなたに忠誠を誓う親衛隊よりも、不満を持つ者の力が上回ったようですね。おかわいそうにねぇ。では、日本へお帰りなさい。わたしからは以上です』」
フレンドチャットの文面は以上だった。風音は、あきれたと言うより、捕らえられた腹心が哀れになってきた。『ガヴリールドロップアウト』のガヴリールの場合は、自分が怠惰だという自覚はある。だが、この腹心の場合は、自分が怠惰とか傲慢とかの自覚すらないのだ。そして、自分の不幸を社会のせいだと、恥ずかしげもなく主張する。どこかの歴史漫画で「愚かな王は道化以下だ」というセリフがあったが、その通りだ。
(でも、あたしも今はまだ中学生だから、ガヴリールみたいに『怠惰で何が悪い?』と気取っていられる年だけど、大人になって言い訳できない年になると、あの腹心みたいになりかねないな。綾音にも同じこと言われそうだし、気をつけないと)
とにかく、これでアライドが「魔王と対等に戦う力を得ることができる」と言った、四人の妖精は全て解放されたことになる。残るは、ワッサムの街の神殿の二階に立てこもる、腹心と親衛隊だけだ。それさえも、二階への階段をふさいでいた下級プレイヤーと親衛隊が仲間割れを始め、しばらく戦闘になった末に、下級プレイヤーが親衛隊を駆逐したのか、やがてバリケードを撤去すると、白旗をあげて降参してきた。こうして、一行はようやく神殿の二階へと進撃した。
二階も一階と同様に広かったが、あちこちの部屋に隠れて奇襲してくる親衛隊を、その都度斬り殺すぐらいで済んだのは一階と同様で、たいていの部屋は三十分ぐらいで制圧できた。親衛隊の死体が二、三体転がっている礼拝堂に入ったアレクサンドラは、室内にペッと唾を吐くと、「腹心の野郎がアタイを足蹴にしやがった礼拝堂に、こうやって帰ってくる日が来るとはな」とつぶやいた。
もはや、腹心に残された拠点は、二階の奥にある自分の部屋だけである。そこは広くて出入口が鉄扉だったので、残った親衛隊は皆、そこに立てこもり、攻撃魔法職が黒い霧を操って抵抗していた。さすがに一行が攻めあぐねていると、ヒトカップの街の援軍が、今度は味方として駆けつけてくれて、爆弾で黒い霧をことごとく吹き飛ばす。同時に、出入口の鉄扉も爆弾で破壊したので、一行は室内に突入した。もはや、親衛隊もほとんど戦死し、室内に残されたのは、腹心と数人の親衛隊の攻撃魔法職や戦士職だけである。
腹心は戦意喪失してガタガタと震えていたので、綾音と風音が尋問しようとしたが、「いや、アタイらにやらせてくれ」と言って、アレクサンドラなどのワッサムの街の下級プレイヤーが前面に出てきた。
「おい、牢屋ではよくも、アタイを好き勝手にいたぶってくれたなぁ。レイプこそしなかったものの、相当辛かったぜ。何なら、ここでてめえをこま切れにしても良いんだがなぁ」
「……待ってくれ……。どうか、命だけは……。わしには、生きて帰らねばならぬ理由があるんだ……。わしはまだ、まともに恋愛もしたことがないんだ……。死ぬまでに、一度で良いから、ラブコメ漫画にあるような素敵な恋愛をしてみたいんだ……」
アレクサンドラは、腹心の顔を思いきり蹴飛ばす。腹心は吹っ飛ばされ、頬を押さえて、うめき声をあげていた。その様子を、アレクサンドラは冷たく見下ろす。
「どうだ? アタイらの痛みの何万分の一でもわかったか? 本来なら、有無を言わさずにめった斬りにしても良いんだが、こんなてめえでも、一応は捕虜だからな。尋問ぐらいはしてやるよ。まず、なぜ魔王の降臨なんかたくらんだ?」
「わしは、学生時代から、女の子との付き合い方がわからなかった。話したい気持ちはあれど、あいにく超オタクで、いつも話が続かなかったんだ。だいたい、単に『好きだ』とか『愛してる』とか言っても、引かれるだけ。趣味の話をしようにも、趣味が少ないうえに偏っているので、引かれるだけ。だいたい、趣味といっても、一部のラブコメ漫画とか、一部の歴史書のマニアックな知識とかで、女の子と全く会話ができなかった」
「じゃあ、何でアタイをボロ雑巾のように働かせて、挙句の果てに牢屋で拷問までしたんだ? アタイだって、性格はキツいが、一応は女の子なんだぜ。アタイと付き合いたけりゃ、それなりに丁寧に接するとか、できたんじゃねえのか?」
「だから、わしはアレクサンドラみたいに性格のキツい女は、願い下げなんだよ。もっと、おっとりしたお嬢様みたいな女の子と付き合いたいのに……。それでも、アレクサンドラの引き締まった体つきには、そそられるものがあったがなぁ……」
腹心が、いやらしそうに笑ったので、アレクサンドラは胸ぐらを掴んですごむ。
「ゲス野郎が! 誰が、てめえなんぞに、アタイの体を触らせるかよ! あと、アタイは興味ないが、てめえの趣味とかも聞いておこうじゃねえか。一部の歴史書が好きだと言うが、どんな歴史だよ? おおかた、トルコのハーレムものか、中国の後宮ものじゃねえだろうな? あるいはロリコンで、『源氏物語』の紫の上が好きとかか?」
「意外と失礼なやつだな。わしは『三国志』の劉備にあこがれていたんだ。正義の使徒である劉備、逆賊の曹操を倒そうとした大革命家の劉備、真の仁君。そして、劉備の革命を受け継いだ諸葛亮にもあこがれていた。だが、そのへんの女の子も男も、三国志には興味ないか、あっても曹操が好きとほざく愚か者ばかり……。そんなとき、魔王様が現れて、『自分も劉備や諸葛亮が好きだ。仁君の統治をもたらす世界革命をともにやろう』とおっしゃったのだ。わしは喜びに震えた。劉備が好きな者に、悪いやつがいるはずがない。劉備が仁政や徳治による革命を完遂すれば、わしのような不遇な者は皆、救われるのだからな」
「まるで新手の宗教か、オタクの妄想だな。要するに、てめえは自分の脳内で神を創造し、神に都合の良いように論理や教義を組み立てただけだろうが。『宗教は人に正しい道を歩ませる』という言葉があるが、てめえは逆に、自ら創造した神に、行動を縛られているだけじゃねえか。だから、論理的に思考できなくなり、まともに女の子に好かれるにはどうするかさえ考えられなくなり、結果として、ますます神の教義にすがって妄想ばかりする。悪循環じゃねえか。いい加減、目を覚ませよ。自己満足の変態野郎!」
アレクサンドラは怒鳴りながら、腹心の胸ぐらを掴んだまま、激しく揺さぶる。いつの間にか、腹心はアレクサンドラのあまりの気迫に呑まれたのか、失神してしまった。アレクサンドラは、目を覚まさせようとして、小石を取り出すと、腹心の右太ももに一発撃ちこむ。腹心は涙を流し、小便までもらしていた。
「ぎゃああああっ! 頼むッ……! 痛いことだけは、やめてくれッ……!」
アレクサンドラは心底から嫌悪感をむき出しにすると、ありったけの力で、腹心を石壁に投げつけた。腹心は痛みと恐怖からか、口からアワを吹きながら白目をむいている。
「へっ、こんなやつ、斬っても剣のサビにもなりゃしねえ……。後は、おまえらの好きにしろ。アタイはもう興味ねえから」
アレクサンドラは吐き捨てるように言うと、室内から出ていく。
「本当に、おれもそう思うぜ。おれはもともと、大学院進学のために、バイトして学費を貯めていた大学生だったんだ。やりたい研究があったからな。ところが、事故で足を壊して肉体労働ができなくなり、入院してキツいリハビリに絶望していた頃に、魔王によって、この世界に連れてこられた。おそらく、腹心の野郎は、やりたいことがあったおれを、ねたんでいじめたんだろうがな。『他人を嫌う本当の理由とは、ねたみである』という言葉の通りだぜ。おれは、こんなやつ、哀れに思うだけで、ねたましくも憎たらしくもねえ」
セミヨノフも、腹心を無用に傷つけようとはしなかった。そして、パイロンは礼拝堂にヘイロン、チンロン、ホンロンを召喚して、一堂に会させる。一行はここで初めてホンロンに出会ったが、ホンロンは大地の妖精らしく、土色の肌に緑色の衣服をまとった少年だった。四人の妖精が一斉に、プレイヤーたちに強化魔法をかけようと魔力を放出させたとき、黄金色の強化魔法として、プレイヤーたちの能力を何倍にも向上させることになる。
「わらわはワッサムの街を守護していた、風の妖精、パイロンです。街を乗っ取った腹心によって、地下牢に監禁されていましたが、この度、アライドのつかわした軍勢によって救出されました。もちろん、腹心によって虐げられてきた者たちのおかげでもあります。だから、腹心とその親衛隊よ、今なら許しますから、降参してワッサムの街から永久に立ち去りなさい。これ以上、敵対行動を取るようなら、命の保障はいたしかねます」
呼びかけが終わっても、パイロンはまだ白い光を放ち続け、光はワッサムの街どころか、パラムシルの街やヒトカップの街全体をも包み込む。光で包まれている間、綾音や風音を始め、プレイヤーたちは皆、幸福感に包まれる。そして、白い光がおさまると、パイロンの足元には、無数の小さな平べったい物体が積まれていた。それがプレイヤーの首筋の爆弾だと察した風音は、早速、火属性の魔法で起爆させて処分する。
「なお、腹心とその親衛隊がプレイヤーの首筋に埋め込んだ爆弾は、先ほど全て撤去しました。これはワッサムの者もヒトカップの者も同じです。うそだと思うなら、ご自分の首筋を触って確かめて御覧なさい。異物感が消えているはずです」
神殿の二階では、攻撃がやんで、ザワザワとさわぐ声が聞こえてき始めた。それはヒトカップの街の援軍でも同じである。もっとも、仲間割れが起きたのは、ヒトカップの街の援軍のほうが先だった。神殿に突入していたヒトカップの戦士職は皆、再び自陣へと戻り、仲間割れに加わり始める。
「これでヒトカップの街の援軍は、無力化されたも同然ね。さっき、ルーナからも、ウチにフレンドチャットで、パラムシルの街に攻め込んだ、ヒトカップの街の軍にも、仲間割れが起こって、何と指揮していたヒトカップの街の腹心を捕らえて、ルーナに突き出したんだってさ。それで、その腹心の言い分が、ひどいの何のって。風音もフレンドチャットを見る? ルーナに言えば、同じ文面で送ってくれるけど」
綾音があきれながら言うので、風音もフレンドチャットで、腹心とルーナの会話を見てみる。以下、フレンドチャットの文面である。
「『なぜ、わたしたちのパラムシルの街に攻め込んだのですか?』
『わしらの魔王様を降臨させるためだよ。以前、ゴブリンを攻め込ませたら、返り討ちにされたから、今度こそと思って、大軍で攻め込んだんだがな。負けるとは口惜しいわい』
『なるほど。狙いは、ラウスの神殿の宝玉でしたか。なぜ、そこまでして、魔王を降臨させたいのですか? 魔王が降臨した際には、あなた方、腹心も魔王の供物にされますよ。自分たちが利用されるだけ利用された末に捨てられると、なぜわからないのですか?』
『そんなことぐらい、わかっとるわい。それでも、わしは地球に、特に日本という国に復讐したいんだ』
『なぜ、復讐など? まるで、自分の目を捧げるから、あいつの目もつぶしてくれ、と言わんばかりの理屈では?』
『わしはガキの頃から両親に、何をやってもトロいから、将来は学校の教師しか勤まらない、と軽蔑的に言われ続けた。ところが、いざ教師になってみれば、おまえみたいに自分のことしか見えないバカは、教師には向かない、と軽蔑され、結局はクビだ。わしは、こんな日本という国が憎くて仕方ない。企業で出世できるやつは、年収一千万円以上も稼ぐのに、なぜ、やつら同様に勉強のできたわしが、こんなに冷遇されねばならんのだ?』
『あなたは本当に愚か者ですね。勉強ができたといっても、それは家族や周囲の人たちが支えてくれたからであって、あなた一人の力ではないでしょう。実際、誰にも支えてもらえず、勉強もできないままで、下層のキツくて給料の安い仕事にしか就けなかった者も山ほどいますよ。それでも、彼らが、自分が不幸なのは社会が悪い、と不平を言いましたか? 言いませんよね。そんなこともわからないあなたに、教師は勤まりませんよ』
『おのれッ! 事情を知らぬ輩が、何を偉そうにッ! こうなった以上は、わしを殺せ。わしは革命戦士として、魔王様に命を捧げた身。魔王様の一助にこそなれなかったが、それでも魔王様の血肉になって、日本が滅ぶのを目の当たりにできるなら、本望だ』
『そんなこと、したくありませんよ。あなたのようなゲスを斬ったりすれば、汚れた血で剣のほうが腐ってしまいますからね。あなたはどうせ、魔王の魔力でヒトカップの街に召喚されたのでしょうがから、ラウスの神殿の宝玉の魔力で、日本に送り返して差し上げます。今後は、誰にも復讐しようとせず、ひっそりと生きて、孤独に死んでいき、地獄に堕ちてください。それがあなたへの罰です』
『き、貴様ッ! わしに生き恥をさらせと言うのか? 武士の情けとかはないのか?』
『ないですよ。わたしは武士ではなくシスターですから。あ、それから、先ほどヒトカップの街の守護神である、大地の妖精、ホンロンが牢屋から救出されたそうです。ホンロン自身から、わたし宛に直接、魔力を使って伝えてきました。どうやら、ヒトカップの街でも、あなたに忠誠を誓う親衛隊よりも、不満を持つ者の力が上回ったようですね。おかわいそうにねぇ。では、日本へお帰りなさい。わたしからは以上です』」
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(でも、あたしも今はまだ中学生だから、ガヴリールみたいに『怠惰で何が悪い?』と気取っていられる年だけど、大人になって言い訳できない年になると、あの腹心みたいになりかねないな。綾音にも同じこと言われそうだし、気をつけないと)
とにかく、これでアライドが「魔王と対等に戦う力を得ることができる」と言った、四人の妖精は全て解放されたことになる。残るは、ワッサムの街の神殿の二階に立てこもる、腹心と親衛隊だけだ。それさえも、二階への階段をふさいでいた下級プレイヤーと親衛隊が仲間割れを始め、しばらく戦闘になった末に、下級プレイヤーが親衛隊を駆逐したのか、やがてバリケードを撤去すると、白旗をあげて降参してきた。こうして、一行はようやく神殿の二階へと進撃した。
二階も一階と同様に広かったが、あちこちの部屋に隠れて奇襲してくる親衛隊を、その都度斬り殺すぐらいで済んだのは一階と同様で、たいていの部屋は三十分ぐらいで制圧できた。親衛隊の死体が二、三体転がっている礼拝堂に入ったアレクサンドラは、室内にペッと唾を吐くと、「腹心の野郎がアタイを足蹴にしやがった礼拝堂に、こうやって帰ってくる日が来るとはな」とつぶやいた。
もはや、腹心に残された拠点は、二階の奥にある自分の部屋だけである。そこは広くて出入口が鉄扉だったので、残った親衛隊は皆、そこに立てこもり、攻撃魔法職が黒い霧を操って抵抗していた。さすがに一行が攻めあぐねていると、ヒトカップの街の援軍が、今度は味方として駆けつけてくれて、爆弾で黒い霧をことごとく吹き飛ばす。同時に、出入口の鉄扉も爆弾で破壊したので、一行は室内に突入した。もはや、親衛隊もほとんど戦死し、室内に残されたのは、腹心と数人の親衛隊の攻撃魔法職や戦士職だけである。
腹心は戦意喪失してガタガタと震えていたので、綾音と風音が尋問しようとしたが、「いや、アタイらにやらせてくれ」と言って、アレクサンドラなどのワッサムの街の下級プレイヤーが前面に出てきた。
「おい、牢屋ではよくも、アタイを好き勝手にいたぶってくれたなぁ。レイプこそしなかったものの、相当辛かったぜ。何なら、ここでてめえをこま切れにしても良いんだがなぁ」
「……待ってくれ……。どうか、命だけは……。わしには、生きて帰らねばならぬ理由があるんだ……。わしはまだ、まともに恋愛もしたことがないんだ……。死ぬまでに、一度で良いから、ラブコメ漫画にあるような素敵な恋愛をしてみたいんだ……」
アレクサンドラは、腹心の顔を思いきり蹴飛ばす。腹心は吹っ飛ばされ、頬を押さえて、うめき声をあげていた。その様子を、アレクサンドラは冷たく見下ろす。
「どうだ? アタイらの痛みの何万分の一でもわかったか? 本来なら、有無を言わさずにめった斬りにしても良いんだが、こんなてめえでも、一応は捕虜だからな。尋問ぐらいはしてやるよ。まず、なぜ魔王の降臨なんかたくらんだ?」
「わしは、学生時代から、女の子との付き合い方がわからなかった。話したい気持ちはあれど、あいにく超オタクで、いつも話が続かなかったんだ。だいたい、単に『好きだ』とか『愛してる』とか言っても、引かれるだけ。趣味の話をしようにも、趣味が少ないうえに偏っているので、引かれるだけ。だいたい、趣味といっても、一部のラブコメ漫画とか、一部の歴史書のマニアックな知識とかで、女の子と全く会話ができなかった」
「じゃあ、何でアタイをボロ雑巾のように働かせて、挙句の果てに牢屋で拷問までしたんだ? アタイだって、性格はキツいが、一応は女の子なんだぜ。アタイと付き合いたけりゃ、それなりに丁寧に接するとか、できたんじゃねえのか?」
「だから、わしはアレクサンドラみたいに性格のキツい女は、願い下げなんだよ。もっと、おっとりしたお嬢様みたいな女の子と付き合いたいのに……。それでも、アレクサンドラの引き締まった体つきには、そそられるものがあったがなぁ……」
腹心が、いやらしそうに笑ったので、アレクサンドラは胸ぐらを掴んですごむ。
「ゲス野郎が! 誰が、てめえなんぞに、アタイの体を触らせるかよ! あと、アタイは興味ないが、てめえの趣味とかも聞いておこうじゃねえか。一部の歴史書が好きだと言うが、どんな歴史だよ? おおかた、トルコのハーレムものか、中国の後宮ものじゃねえだろうな? あるいはロリコンで、『源氏物語』の紫の上が好きとかか?」
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「まるで新手の宗教か、オタクの妄想だな。要するに、てめえは自分の脳内で神を創造し、神に都合の良いように論理や教義を組み立てただけだろうが。『宗教は人に正しい道を歩ませる』という言葉があるが、てめえは逆に、自ら創造した神に、行動を縛られているだけじゃねえか。だから、論理的に思考できなくなり、まともに女の子に好かれるにはどうするかさえ考えられなくなり、結果として、ますます神の教義にすがって妄想ばかりする。悪循環じゃねえか。いい加減、目を覚ませよ。自己満足の変態野郎!」
アレクサンドラは怒鳴りながら、腹心の胸ぐらを掴んだまま、激しく揺さぶる。いつの間にか、腹心はアレクサンドラのあまりの気迫に呑まれたのか、失神してしまった。アレクサンドラは、目を覚まさせようとして、小石を取り出すと、腹心の右太ももに一発撃ちこむ。腹心は涙を流し、小便までもらしていた。
「ぎゃああああっ! 頼むッ……! 痛いことだけは、やめてくれッ……!」
アレクサンドラは心底から嫌悪感をむき出しにすると、ありったけの力で、腹心を石壁に投げつけた。腹心は痛みと恐怖からか、口からアワを吹きながら白目をむいている。
「へっ、こんなやつ、斬っても剣のサビにもなりゃしねえ……。後は、おまえらの好きにしろ。アタイはもう興味ねえから」
アレクサンドラは吐き捨てるように言うと、室内から出ていく。
「本当に、おれもそう思うぜ。おれはもともと、大学院進学のために、バイトして学費を貯めていた大学生だったんだ。やりたい研究があったからな。ところが、事故で足を壊して肉体労働ができなくなり、入院してキツいリハビリに絶望していた頃に、魔王によって、この世界に連れてこられた。おそらく、腹心の野郎は、やりたいことがあったおれを、ねたんでいじめたんだろうがな。『他人を嫌う本当の理由とは、ねたみである』という言葉の通りだぜ。おれは、こんなやつ、哀れに思うだけで、ねたましくも憎たらしくもねえ」
セミヨノフも、腹心を無用に傷つけようとはしなかった。そして、パイロンは礼拝堂にヘイロン、チンロン、ホンロンを召喚して、一堂に会させる。一行はここで初めてホンロンに出会ったが、ホンロンは大地の妖精らしく、土色の肌に緑色の衣服をまとった少年だった。四人の妖精が一斉に、プレイヤーたちに強化魔法をかけようと魔力を放出させたとき、黄金色の強化魔法として、プレイヤーたちの能力を何倍にも向上させることになる。
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