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そして、プレイヤーたちと四人の妖精を引き連れた綾音と風音は、ついに立入禁止区画に入った。立入禁止区画は、シンと静まり返っており、しばらくは廃墟になった石造の建物が見られるだけだったが、そのうち半壊した建物の残骸が目につくようになり、やがて円形の祭壇に行きついた。
「ここが、魔王が降臨するための祭壇ってわけね」
綾音も風音も息を呑む。それに呼応するかのように、祭壇の空気が真っ黒く濁ったかと思うと、まるで西欧の悪魔のような姿の魔王が現れた。文字通り、頭はヤギで、全身が黒い毛に覆われている。魔王は、地の底から響くような、不気味な声で叫んだ。
「オオオオオ……貴様らの負の感情を、まだ食らい足りないぞ。もっともっとよこせ……」
そのまま、周囲から腹心や親衛隊の体を、生死にかかわらず吸い込んで、巨大化していく。ようやく正気を取り戻した腹心は、「魔王様、どうか、わしだけは食べないでください。約束が違う……」と慈悲を乞うたが、あっさり無視され、そのまま魔王の腹の中へと消える。吸い込める者を全て吸い込んだ魔王の体躯は、五倍ぐらいに急成長して、周囲に向かって炎を吐き始めた。炎は恐ろしく巨大なもので、プレイヤーたちはその熱に耐え切れずに逃げ惑う。魔王は炎を吐くだけでなく、巨大な足で歩き回っては、プレイヤーを踏みつぶそうとするのだから、プレイヤーたちは近づくことすらできなかった。
「……美味い。美味いぞ。人間の負の感情というものは……。思えば、このゲームの中に生まれて以来、我は常に飢えていた……。飢えをしのぐために、数多の人間どもをゲーム内に取り込み、互いに殺し合わせた……。その憎しみ合いの、何と美味だったことか……」
魔王は恍惚とした表情で、周囲を焼き尽くしながら歩き回る。既に周囲は火の海となっており、プレイヤーたちは、燃え盛る炎と魔王の攻撃から逃れるだけで精一杯だった。
「まさか、魔王がここまで強すぎたなんて……。このままじゃ、ウチらは全滅だわ」
綾音が慄然としたとき、ふいに四人の妖精が、魔王の周囲を飛び回り、それぞれの魔法の特性を持った光を、魔王に照射し始めた。
「直接、火を消すための水属性の魔法です」
ヘイロンが空中から周囲に水を散布し始める。
「火山弾を発射して、魔王の頭部を攻撃します」
チンロンが空中から魔王の頭に向かって、真っ赤に熱された岩をぶつける。
「風で嵐を起こし、魔王の攻撃を牽制します」
パイロンが空中で強風を起こし、魔王の巨体を吹き飛ばしてバランスを崩そうとする。
「大地に穴をうがち、魔王の足を止めます」
ホンロンが地面を陥没させて、魔王の足を土中に埋めることで、動きを止めてしまう。
四人の妖精によって、魔王は完全に勢いを失い、プレイヤーたちは、ここぞとばかりに反撃に出る。戦士職は前面に出て斬りこみ、攻撃魔法職と弓矢職はありったけの攻撃を浴びせ、ヒトカップの街の部隊は爆弾を投げつける。これらの波状攻撃によって、徐々に魔王の攻撃は弱まりつつあった。
「……おのれ……人間ども……。我をここまで傷つけるとは、ただでは済まさぬぞ……」
魔王は頭上で火山弾を発射していたチンロンに対して、急に頭部だけを巨大化させたかと思うと、そのままチンロンを呑みこみ、かみ砕いてしまった。他の妖精やプレイヤーは、いきなりのことで驚いたが、もっと驚愕したのが、魔王の口から火山弾が周囲一面に撃ち出されたことである。これで、周囲は前よりもひどい火の海になり、プレイヤーたちはすっかり逃げ腰になってしまった。ところが、いきなり空が白くまばゆい光を発したかと思うと、アライドの声が聞こえてきた。
「チンロンの死に様は、しかと見届けた。ここからは、わしが自ら魔王の相手をしてくれようぞ。魔王よ、今度こそ覚悟しろ!」
同時に、魔王と同じ大きさの老人が現れる。老人はハゲ頭で、長く白いヒゲがあり、眼光鋭く、貫頭衣をまとった体は、厚い筋肉で覆われていた。そのまま、魔王と取っ組み合ったり、殴り合ったりの決闘が始まる。
「おやめください。アライド様が自ら地上に顕現なさるなど……。地上に顕現なさる時間に比例して、アライド様のお命は削られていきます。下手したら、アライド様は魔王とともに消滅しかねないのですよ」
ヘイロンが泣きながらアライドを制止しようとするが、アライドは気にした様子もない。
「気にするな。今まで地球の人間たちが、この世界のために、どれだけの血を流したと思っておる? なのに、わしときたら、地球の人間たちに頼るばかりで、何もしてこなかった。せめて、今ぐらい、カッコつけさせてくれ。まがりなりにも、わしは神なのだからな」
決闘は、なかなか決着がつかなかった。互いのこぶしは、皮膚が裂けて血がしたたっていたが、それでもアライドも魔王もともにひるむことなく、全力で殴り合っている。だが、チンロンを食べて吸収した魔王のほうが、わずかに有利だった。殴り合いの最中に、いきなり口を大きく開いて、火山弾を撃ち出したのだ。
「ぐわあああっ!」
結局、これが致命傷になって、アライドの姿は煙のように消滅してしまう。だが、それはむしろ、三人の妖精の闘志に火をつけた。
「アライド様の犠牲を無駄にするな! 最後の攻撃をかけろ!」
ホンロンが叫ぶと、妖精はもちろん、プレイヤーたちも再び総攻撃をかけ始める。さすがの魔王も、アライドとの戦いで消耗していたのが効いたのか、徐々に弱体化し、ついに黒い霧になって消滅してしまった。
こうして、ようやくゲームの世界に平和が戻ったのである。
「ここが、魔王が降臨するための祭壇ってわけね」
綾音も風音も息を呑む。それに呼応するかのように、祭壇の空気が真っ黒く濁ったかと思うと、まるで西欧の悪魔のような姿の魔王が現れた。文字通り、頭はヤギで、全身が黒い毛に覆われている。魔王は、地の底から響くような、不気味な声で叫んだ。
「オオオオオ……貴様らの負の感情を、まだ食らい足りないぞ。もっともっとよこせ……」
そのまま、周囲から腹心や親衛隊の体を、生死にかかわらず吸い込んで、巨大化していく。ようやく正気を取り戻した腹心は、「魔王様、どうか、わしだけは食べないでください。約束が違う……」と慈悲を乞うたが、あっさり無視され、そのまま魔王の腹の中へと消える。吸い込める者を全て吸い込んだ魔王の体躯は、五倍ぐらいに急成長して、周囲に向かって炎を吐き始めた。炎は恐ろしく巨大なもので、プレイヤーたちはその熱に耐え切れずに逃げ惑う。魔王は炎を吐くだけでなく、巨大な足で歩き回っては、プレイヤーを踏みつぶそうとするのだから、プレイヤーたちは近づくことすらできなかった。
「……美味い。美味いぞ。人間の負の感情というものは……。思えば、このゲームの中に生まれて以来、我は常に飢えていた……。飢えをしのぐために、数多の人間どもをゲーム内に取り込み、互いに殺し合わせた……。その憎しみ合いの、何と美味だったことか……」
魔王は恍惚とした表情で、周囲を焼き尽くしながら歩き回る。既に周囲は火の海となっており、プレイヤーたちは、燃え盛る炎と魔王の攻撃から逃れるだけで精一杯だった。
「まさか、魔王がここまで強すぎたなんて……。このままじゃ、ウチらは全滅だわ」
綾音が慄然としたとき、ふいに四人の妖精が、魔王の周囲を飛び回り、それぞれの魔法の特性を持った光を、魔王に照射し始めた。
「直接、火を消すための水属性の魔法です」
ヘイロンが空中から周囲に水を散布し始める。
「火山弾を発射して、魔王の頭部を攻撃します」
チンロンが空中から魔王の頭に向かって、真っ赤に熱された岩をぶつける。
「風で嵐を起こし、魔王の攻撃を牽制します」
パイロンが空中で強風を起こし、魔王の巨体を吹き飛ばしてバランスを崩そうとする。
「大地に穴をうがち、魔王の足を止めます」
ホンロンが地面を陥没させて、魔王の足を土中に埋めることで、動きを止めてしまう。
四人の妖精によって、魔王は完全に勢いを失い、プレイヤーたちは、ここぞとばかりに反撃に出る。戦士職は前面に出て斬りこみ、攻撃魔法職と弓矢職はありったけの攻撃を浴びせ、ヒトカップの街の部隊は爆弾を投げつける。これらの波状攻撃によって、徐々に魔王の攻撃は弱まりつつあった。
「……おのれ……人間ども……。我をここまで傷つけるとは、ただでは済まさぬぞ……」
魔王は頭上で火山弾を発射していたチンロンに対して、急に頭部だけを巨大化させたかと思うと、そのままチンロンを呑みこみ、かみ砕いてしまった。他の妖精やプレイヤーは、いきなりのことで驚いたが、もっと驚愕したのが、魔王の口から火山弾が周囲一面に撃ち出されたことである。これで、周囲は前よりもひどい火の海になり、プレイヤーたちはすっかり逃げ腰になってしまった。ところが、いきなり空が白くまばゆい光を発したかと思うと、アライドの声が聞こえてきた。
「チンロンの死に様は、しかと見届けた。ここからは、わしが自ら魔王の相手をしてくれようぞ。魔王よ、今度こそ覚悟しろ!」
同時に、魔王と同じ大きさの老人が現れる。老人はハゲ頭で、長く白いヒゲがあり、眼光鋭く、貫頭衣をまとった体は、厚い筋肉で覆われていた。そのまま、魔王と取っ組み合ったり、殴り合ったりの決闘が始まる。
「おやめください。アライド様が自ら地上に顕現なさるなど……。地上に顕現なさる時間に比例して、アライド様のお命は削られていきます。下手したら、アライド様は魔王とともに消滅しかねないのですよ」
ヘイロンが泣きながらアライドを制止しようとするが、アライドは気にした様子もない。
「気にするな。今まで地球の人間たちが、この世界のために、どれだけの血を流したと思っておる? なのに、わしときたら、地球の人間たちに頼るばかりで、何もしてこなかった。せめて、今ぐらい、カッコつけさせてくれ。まがりなりにも、わしは神なのだからな」
決闘は、なかなか決着がつかなかった。互いのこぶしは、皮膚が裂けて血がしたたっていたが、それでもアライドも魔王もともにひるむことなく、全力で殴り合っている。だが、チンロンを食べて吸収した魔王のほうが、わずかに有利だった。殴り合いの最中に、いきなり口を大きく開いて、火山弾を撃ち出したのだ。
「ぐわあああっ!」
結局、これが致命傷になって、アライドの姿は煙のように消滅してしまう。だが、それはむしろ、三人の妖精の闘志に火をつけた。
「アライド様の犠牲を無駄にするな! 最後の攻撃をかけろ!」
ホンロンが叫ぶと、妖精はもちろん、プレイヤーたちも再び総攻撃をかけ始める。さすがの魔王も、アライドとの戦いで消耗していたのが効いたのか、徐々に弱体化し、ついに黒い霧になって消滅してしまった。
こうして、ようやくゲームの世界に平和が戻ったのである。
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