極左サークルと彼女

王太白

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「中国の朱徳元帥は、軍閥の享楽的生活を捨ててまで、共産革命の道に進んだ。かつては毛沢東よりも序列が上だったこともある。それにひきかえ、君はどうだ? 朱徳のように、理想のために邁進したことが、一度だってあったか?」
 ある初夏の暑い日、広島総合大学のサークル棟の一室で、大学の上級生が下級生を相手に、講釈をたれていた。角刈りで大柄な上級生のほうは、だいもん大門たつお辰夫。極左サークル『日本反帝同盟』に属する工学部三回生だ。坊主頭で小柄な下級生のほうは、いもり井森とらお寅雄。教育学部一回生だ。寅雄は、辰夫の言う一言一句に、我が身を恥じる思いで聞き入っていた。
 さて、なぜ二人がこのようなことをやっているかといえば、もともと寅雄が大学で友人もできず、無気力に日々を過ごしていたことにある。読んだ本といえば、『三国志』などの古典の小説しかない。周囲の一回生たちのようにファッション雑誌など読んだこともないので、なじめずに不登校になってしまったのだ。そのうち、漫画の置いてあるサークル棟に居つくようになったが、特に入りたいサークルがあるわけでもない。ワンゲル部、美術部、合唱部、軽音部、漫画部、文芸部など、いろいろあるが、どれも自分に合わないと感じられた。
 そうして、漫画ばかり読んで何も活動しない寅雄は、いつしか生活全般が虚しくて仕方なくなってきた。そんな折、声をかけてきたのが辰夫だった。辰夫は例によって、身分証明のために学生証を見せてから、話に入る。
「君はいつも、朝から晩まで漫画ばかり読んでるな。若いうちから、そこまで退廃的でどうする? 自分が恥ずかしいと思わんのか?」
「そうは言っても、俺は何もやる気が起きないんですよ。五月病っていうんでしょうかね」
「なら、僕の話でも聞いてみるかい? これは、あくまでも提示だから、強制ではない。選ぶのは君自身だ。僕がよけいなことを言っているなと思って聞き流しても良いぞ」
 そして、辰夫の話が始まり、冒頭のような状態になったのだ。
 辰夫の話は、寅雄には入りやすかった。まず『三国志』などの古典文学から入り、しだいにマルクス主義に入るのだ。
「劉備はかつて、『万民全て生を楽しむことのできる国を作る』と言った。中国共産党の創立者であるちんどくしゅう陳独秀やりたいしょう李大釗も、『欧米帝国主義国は、中国などの植民地から搾取した富で国内の革命運動を抑えているのだから、中国の完全独立こそ、欧米で共産革命を起こす布石だ』と説いた。工場などの生産手段を社会化し、貧困も失業も無くす世界共産革命こそ、劉備の理想に通じると思わないか?」
「でも、毛沢東の時代も、完全平等ではなかったのでは? 中国は貧乏だったのでは?」
「それは、毛沢東は経済観念がゼロだったからだ。毛沢東は、『三国志の張陵の領地では、木に肉がつるしてあり、公共食堂では自由に食事ができた。我々は、こういうものを作りたい』と言ったが、農業の生産性が低いままでは、それが絵に描いた餅だということに気づかなかったんだ」
 何となく、日本反帝同盟が信用できそうな組織だと思った寅雄は、辰夫に誘われるままに、サークル棟の一階にある部室を訪ねてみた。サークル棟は、大学の中庭にある池をめぐる斜面に突き出した構造になっており、一階と二階がある。日本反帝同盟の部室は、西側の窓と出入り口以外の壁が、ほとんど本で埋め尽くされていた。文庫本、ハードカバー、政治雑誌などである。
「適当に座っててくれ。今、お茶を淹れるから」
 辰夫がマグカップに緑茶を淹れる。寅雄は目に付いた文庫本を、何となく手に取ってみる。ジョージ・オーウェル『1984年』だ。ザミャーチン『われら』も手に取ってみる。
「へえ、レーニン、スターリン時代のソ連を風刺した小説を手に取るとは、なかなかお目が高いな。よく見てみな。ページがすりきれているだろう。皆がボロボロになるまで読んだ結果だ。日本反帝同盟は、堕落した日本共産党と違って、ソ連や中国の共産党べったりじゃないからな。党にとって最も大事なのは、言論の自由だ。僕らは、堕落した日本共産党幹部『ダラカン』にはならないように、気をつけている」
 その日は、二人で歓談して終わった。
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