極左サークルと彼女

王太白

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 翌朝も番田のもとで、厳しいサークル活動が続いた。
「立て看板の準備が間に合わないぞ。二回生だけには任せておけない。一回生も皆で共同して作業に当たれ」
 番田の号令のもと、「戦争法反対!」だの「アメリカのそうく走狗、自民党政権は退陣せよ!」だのと書かれた立て看板が、次々に鮮やかな色に塗装され、爆弾を落とす爆撃機の機影が描かれ、戦場を写した白黒写真のコピーが貼られていく。
「よし、だいたい出来てきたな。次は防水用のビニールをかぶせて、後ろでホッチキスでとめて終わりだ」
 番田はようやく、安堵の笑みを浮かべた。既に時計の針は正午をまわっている。
「んー、もう昼か。キリがいいところまで作業が進んだ者から、順番に学生食堂で飯にしよう。とにかく、キリがいいところまで終わらせろ」
 寅雄は、立て看板のほうは終わらせられたが、次に反戦ビラを印刷機で刷るのに、少し手間取っていた。何よりも機械音痴なためだ。反戦ビラには、進撃する米軍の戦車や、アフガニスタンの村々を爆撃するアメリカの爆撃機の写真で半分埋め尽くされていて、残りの部分に「奸悪な米帝を打倒せよ!」などと過激な言葉が並んでいる。まともなノンポリ大学生なら、「反米に偏りすぎだろう。中国やロシアの悪事はどう考えているんだ?」として、相手にもしない程度の内容だ。ビラを刷っている寅雄自身も、他に載せるべきネタが無いのかと、苦笑するようになっていた。
 それでも、三回生などは、
「アフガニスタンやパレスチナから、米軍やイスラエル軍に村を焼き払われた住民を連れてきて、大学生の前で演説させましょう。もちろん、渡航費は極左組織に出してもらい、通訳も派遣してもらうことが先決ですが」
と番田にかけあっているから、寅雄もついていけない。
(イスラエルがパレスチナ人に撃つのはゴム弾なのに、イラクのフセインは少数民族、クルド人のハラブジャ村に毒ガスをまいたじゃないか。どう考えても、フセインの悪事と較べないのは、おかしい)
 一方、決断をくだす立場にいる番田は、
「最近の左翼離れを解消するためには、とにかく大学生に衝撃を与えねばならん。そのためには、イスラエルの占領地での悪事を徹底的に喧伝して、同盟国のアメリカを同時に責め立てるしかない。ソ連や東欧が崩壊し、中国脅威論も高まっている現代では、今の我々にできることは限定されているからな。まずは、きちんと計画を立てることだ」
と、冷めた様子で指示を出していた。
「それから、見ていて思うのだが、諸君らはマルクス主義の学習が足りない。もう三回生なんだから、無知蒙昧のままでは、一回生にしめしがつかないぞ。諸君らは既に論客として、そこらの大学生とマルクス主義の議論をしてもいいぐらいには、マルクス主義を学んでいるはずだ」
「あの、番田会長……それなんですが、実は一回生で、マルクス主義をきちんと学んだ者がいます。教育学部一回生で、井森寅雄というやつでして……」
「ほう、どんなやつだ? 自尊心の強い三回生が褒めるとは、なかなかの人物だろうな。わしも興味がわいたぞ。すぐに呼んでこい」
 こうして寅雄は、ビラを刷っている途中で呼び出された。
「おまえが井森寅雄か。早速だが、今の日本反帝同盟について、どう思う? 忌憚のない意見を聞かせてもらおう」
 番田は大柄で筋肉質なだけあり、こうして対峙するだけでも、威圧感が伝わってくる。寅雄は威圧感に呑まれそうになったが、何とか言葉をつむぎ出す。
「では言わせていただきますが、いささか、反米に偏りすぎている気がします。もっとロシアや中国の悪事も喧伝しなければ、不公平でしょう」
 一瞬、番田の眉がピクリと動く。近くで聞いていた三回生たちは、「おい、おれたちは、極左組織の指示でやっているんだ。極左組織の方針に逆らう気か?」とたしなめるが、寅雄はかまわずに話す。
「今の極左組織は、第三インターナショナルを牛耳っていたスターリンと同じです。ソ連だけの都合で動き、自分の国の現状に合わないことばかり強制されていた当時そのものです。このまま、現状の見えていないであろう極左組織の元で動くよりは、現実に応じて方法を変える『実事求是』が必要かと思います。日本反帝同盟の活動費を極左組織に頼るのではなく、他の財源を確保し、極左組織から経済的に独立すべきです」
 番田は興味深そうに聞いていたが、やがて、「くっくっく、なかなか面白いことを言う」と笑い出した。
「確かに、その点については、わしも同意見だ。だが、財源を他に頼るとして、具体的にどこに頼る? 市民のカンパでも集める気か? その場合、どんな仕事をして、対価としてカンパをもらおうと言うのか? 市民なんてのは、ただでは動かんぞ。必ず対価を要求してくるものだ。そんな労働が、ろくに社会で働いたことのないサークル員に、できると思うか? 一見、現実的な意見だが、肝心の現状が見えていないな」
 寅雄には反論できなかった。思わず、うつむいてしまう。
「だから、大学生のお遊びに過ぎないと言われても、わしは活動の方針を変えられん。それとも、井森がわしの代わりに日本反帝同盟を率いていく覚悟はあるか? それなら、別にかまわないが」
 寅雄は、有無を言わさぬ威圧感と、番田の責任感を背負う覚悟の前に、打ちのめされた感じだった。仕方なく、すごすごと番田の前から去り、ビラを刷る作業に戻る。
 その夜、寅雄は優希と、昼間の番田とのやり取りを話した。
『俺、番長があんなに威圧感があるとは思いませんでした。結局、一言も言い返せませんでした。俺には、実事求是なんて叫ぶ勇気がなくなりましたよ』
『まあ、口先だけで批判するのと、実際に組織を指導するのとは大違いだからね。でも、番長に反論したことで、寅雄は極左組織のスパイに目をつけられたことになるよ。すぐに身を隠したほうが良い。スマホのGPSから居場所もバレかねないから、スマホも下宿に置いていったほうが良い。心配しなくても、あたしも潜伏に付き合うよ。だって、あたしたちは付き合っているんだからね。こうなりゃ、一蓮托生よ』
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