いつかの空を見る日まで

たつみ

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第1章 彼女の言葉はわからない

無関心の高見 4

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 まったく、しつこい男だ、と彼女は思っている。
 さっさと解放するなり、地下牢にぶち込むなりすればいいのだ。
 どちらになっても、皇太子との会話は続けずにすむ。
 
(いきなり斬り殺されるってこともあるかもしれないけど)
 
 それならそれで、しかたない。
 自分の命の蝋燭が短かったというだけのことだ。
 どうしても生き残りたいとの意思もないし。
 
(でも、危なくなったらフィッツが飛び込んで来るんだろうなぁ)
 
 この光景も、フィッツは見ているのだろう。
 ならば、カサンドラの命が尽きるのを、黙って許すはずがない。
 どんな手を使ってでも助けに来る。
 とはいえ、フィッツを「アテ」にして強気に出ているのではないのだけれど。
 
「どうやら、きみに対する認識を改めなければならないようだ」
 
 皇太子の表情が厳しくなっていた。
 きつい眼差しで、彼女をにらんでいる。
 が、とくに怖いとは思わない。
 
「そうですね。ぜひ」
 
 皇太子の視線を受け止めながら、軽く答えた。
 そういえば、と思う。
 皇帝の瞳は金だったが、皇太子は銀色だ。
 目の色は、母親のネルウィスタ譲りなのだろう。
 
 カサンドラは、皇帝が皇太子を憎む理由を知っていた。
 
 この銀色の瞳も理由のひとつになっているはずだ。
 わかっているが、皇太子に話す気はない。
 それこそ「親子」の問題なのだから、自分たちで解決すべきだと思う。
 
 平たく言えば、彼女の「知ったことではない」ということ。
 
 加えて、皇帝の思惑にも乗りたくなかった。
 皇帝は、カサンドラが皇太子に「話す」のを望んでいる。
 カサンドラと皇太子の関係に、決定的な亀裂を生じさせたいのだ。
 
(私は、こいつとの関係に亀裂が入ろうが溝が深まろうが、どうでもいい。でも、あえて面倒を起こす必要もないんだよ)
 
 だから、皇帝の思惑には乗ってやらない。
 皇太子が、内心では、己の父にうとまれているのを気に病んでいようが関係ない。
 
「では、きみの望みはなんだ?」
 
 望みはある。
 とはいえ、それは皇太子が叶えられる「望み」ではなかった。
 そもそも皇太子は大きな勘違いをしている。
 
「強いて言えば、放っておいてほしい、ということくらいです」
 
 目をそらさず、きっぱりと言い切った。
 これで、自分の意思が通じればいい、と思う。
 もうずっと、彼女は「無関心」だと伝えていた。
 皇太子に伝わっていなさそうなのが不思議なくらいだ。
 
(まだ私に好かれてるって思ってんのかなぁ……やれやれだよ)
 
 皇太子が体を起こし、ソファに深くもたれかかる。
 大きく息を吐き出したあと、やけに深刻そうに言った。
 
「それはできない。きみは皇命による私の婚約者だからな」
 
 ほら、やっぱりね。
 
 望みを言えと言ったくせに、叶える気などないではないか。
 しかも、それほど難しいことでもないのに。
 
(月に1度、会ってただけで、自分から会いに来ようともしなかったじゃん)
 
 それは「放置」には当たらないらしい。
 カサンドラの実情を知りもせず、毎月、同じ「行事」の繰り返し。
 意味のない会話に味気ない夕食。
 それでも皇太子の基準では「放置」とはならないらしい。
 
 呆れる。
 
 なにもかもに、うんざりしていた。
 自分は、都合のいい神様ではないのだ。
 自分勝手な頼みをされても迷惑だとしか感じない。
 
「これ以上は時間の無駄です。私から話すことは、なにもありません」
 
 無理に会話を打ち切り、立ち上がった。
 無礼なのは間違いないが、気にしない。
 止められるものなら止めてみろ、といった気分だ。
 
(皇帝から話が訊けないなら私に訊くしかない。だから、こいつは私を殺せない。拷問されたら嫌だけど、その時はその時。なんとかなる)
 
 サッと体を翻し、扉に向かう。
 止めようとしたのか、セウテルが前に出ようとした。
 その足が止まる。
 おそらく背後で皇太子が制したのだろう。
 
「失礼します」
 
 苦い顔をしているセウテルの横を通り抜け、自分で扉を開けた。
 廊下に出て、別宮に向かう。
 早くボロ小屋に帰りたかったが、ドレス姿は目立つのだ。
 それに、ディオンヌの相手もしなくてはならないし。
 
(いい加減、疲れてんのにさぁ)
 
 憂鬱な気持ちで「カサンドラの部屋」に戻る。
 案の定、ディオンヌが待ち構えていた。
 この部屋の主は、カサンドラではなくディオンヌなのだ。
 
「陛下と、なにを話したの? よけいなことは言わなかったでしょうね?」
「なにも言っていません」
「陛下は、なにか仰っておられた?」
 
 ディオンヌはソファに座り、瞳に怒りの炎を宿らせている。
 カサンドラが皇帝に呼ばれたのが不愉快でもあり、不安でもあるのだ。
 ディオンヌも、やはり盛大な勘違いをしている。
 
 皇帝が皇后を寵愛していたのは、周知の事実だ。
 その娘のカサンドラに対しても、多少の情を持っていると思われていた。
 皇太子との婚約を、皇命で進めたのが誤解の原因となっている。
 ディオンヌも、それを恐れ、不安に駆られているらしい。
 
「母との思い出話をしただけです」
「本当に、それだけ?」
「本当に、それだけです」
 
 いつも通りドレスを脱ぎ、メイドに放り投げられた服に着替える。
 体が軽くなったせいか、多少、気持ちが楽になった。
 宝飾品もすべて取り外し、メイドたちに手渡す。
 
「殿下とのことや、帝位の継承については話されなかったのね?」
 
 カサンドラを信じていないこともあるが、訊かずにいられないほど不安でたまらないようだ。
 ディオンヌの不安を払拭してやる義理はないが、安心材料を与えることにする。
 
「陛下が私に政治のことを話されると思いますか?」
 
 ディオンヌが、あからさまに安堵の表情を浮かべた。
 皇帝が「カサンドラごとき」に政治を語るわけがないと納得したのだ。
 
 ディオンヌは、カサンドラを徹底的に蔑視している。
 さっきまでとは打って変わり、機嫌が良くなっていた。
 
(そんなに、あいつと婚姻したいんだ? どこがいいんだかなぁ)
 
 ディオンヌが純粋な「恋心」で、皇太子を射止めたがっているとは思わない。
 ヴァルキアスとアトゥリノという国同士の思惑も絡んでいる。
 とはいえ、ディオンヌは、皇太子に異性としての好意を持っているようだ。
 ディオンヌからすれば好意ある相手と婚姻し、政治的な懸念も解決できるのなら一石二鳥というところ。
 
(なんで、あいつは、この人と婚姻しなかったんだろ)
 
 皇太子は25歳で、ディオンヌは20歳。
 カサンドラが王宮に来てから2年だが、それ以前に婚姻していてもおかしくない。
 実際、ネルウィスタは16歳で現皇帝の側室となり、皇太子を身ごもっている。
 それを考えれば、皇太子はとっくに婚姻しているはずなのだ。
 
(理想が高いのかね? だったら、私みたいなのを婚約者にされて、すごく不本意だったんじゃない? 不本意って意味なら、私も同感だけどさ)
 
 身支度を整えたカサンドラに、ディオンヌが追いはらうように手を振った。
 思っていたより、あっさり解放され、足取りが軽くなる。
 
 ディオンヌのほうが、よほど「聞き分け」がいい。
 とはいえ、話を蒸し返されても嫌なので、そそくさと部屋を出た。
 幸い、呼び止められなかったため、小屋へと足早に向かう。
 
(長い1日だったなぁ。もうクタクタだよ。主に精神的に)
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