いつかの空を見る日まで

たつみ

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第2章 彼女の話は通じない

目まぐるしさに身を任せ 4

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 ガタガタっという物音に、ザイードが身構えるのがわかった。
 が、しかし。
 
 少し遠くから、転がるようにして駆けて来る姿。
 
 帝国を逃げる際、何度も見た光景だ。
 懐かしいアイシャの姿を遮るように、2人の男性が前を走っている。
 
(たった4ヶ月ほどで戻ってきちゃったな……なにから説明すればいいのか……)
 
 人の国を出てから、まだ4ヶ月しか経っていないのが信じられない。
 フィッツと「ティニカの隠れ家」で過ごした5ヶ月という日々は、あっという間に過ぎて行ったのに。
 
「ご、ご、ごあい、ご挨拶は、のち、のちほど! お、お早く!」
「よ、よう、ようこそ、おい、おいで……っ……?!」
「挨拶は、あとになさってください、お父様っ! 中へ、早く、中へ!」
「あ、うん……ありがとう、アイシャ」
 
 アイシャは、祖父と父に育てられたと言っていたのを思い出す。
 老齢の男性が祖父で、隣にいるのが父親だろう。
 3人とも、言葉を発しつつも、涙を流していた。
 何度、見ても見慣れない。
 
 隣にいるザイードを窺うと、明らかに戸惑っている。
 しぱしぱとまばたきをし、3人を、しげしげと見つめていた。
 
「さあ、どうぞ、こちらに!」
 
 1番しっかりしているのは、アイシャだ。
 面識があるので、まだしも「免疫」ができているに違いない。
 アイシャが案内している間、男性2人は後ろをついてくる。
 それが気になるのか、ザイードは、繰り返し振り向いていた。
 
 こうした大仰な扱いに慣れられるものではないけれど、胸の奥が暖かくなる。
 やはり、人の絶滅を願うことはできなさそうだ。
 
 屋敷へと招かれ、室内に通してもらう。
 この部屋は、きっと「特別製」に違いない。
 
 ラーザの技術が使われていると、予想がついた。
 外では話せないことでも、ここでは気兼ねなく話せる。
 バレスタンと名乗りながらも、ここは守護騎士の家門「エガルベ」なのだ。
 
 向かい合わせに置かれたソファの奥側に座る。
 戸惑った様子を見せながらも、隣にザイードが座った。
 瞬間。
 
 がばぁっと、3人が平伏する。
 
 やっぱりこうなるのか、と思った。
 馴染めるはずもない光景に、ザイードは、そわそわしている。
 尾を隠していなければ、左右にぶんぶんと振れていたのではないだろうか。
 
「初めて、お目にかかります。我が心の主、崇高なるヴェスキルの継承者、カサンドラ王女様! 私はアイシャの祖父、ルジェロ・エガルベにございっ……」
「我が家門をお訪ねくださるとは、なんたる光栄! アイシャの父エガルベの現当主、トルフィノ・エガっ……」
「カサンドラ王女様! 崇高なる御身と再びお会いできるとは……っ……このアイシャ・エガルベ、人生のすべてをかけて、お役に立てるよう……!」
「うん、わかった。みんな、落ち着いて」
 
 三者三様に、号泣していた。
 はらはら、だーだー、ぼたぼたと涙を流している。
 
 いきなり来たことを謝るべきだと思いはするが、やめておいた。
 アイシャも含め、ラーザの民に謝罪は無用なのだ。
 すれば、相手をよけいに恐縮させてしまうと、わかっている。
 
(おいたわしいって、もっと泣かれちゃいそうだもんなぁ……)
 
 巻き込みたくなくて、アイシャには2度と会わないつもりでいた。
 なのに、結局、頼ってしまっている。
 また巻き込むことになったのを、本当には、謝りたかったのだけれども。
 
「あの、さ……話しにくいから、みんなも、ソファに座ってくれるかな」
「は!」
「かしこまりました!」
「承知いたしました!」
 
 短い返事で答えたのは、アイシャだった。
 前に、フィッツから「話は完結に」と言われたからかもしれない。
 ひとつひとつの光景が鮮明に思い出され、胸が苦しくなる。
 それを抑えるために、大きく息をついた。
 
「アイシャ、心配かけたよね」
「……ティニカの隠れ家ならば安全だと、警護を離れた私の責任でごさいます」
「あれは、どうしようもなかったよ。あんな強硬なことするとは、こっちだって思ってなかったからね」
「今は、そちらのかたが警護をされておられるのですか?」
「警護っていうのとは違うけど、私を助けてくれた……助けてくれたかただよ」
 
 ソファに座った3人が、ザイードに向かって、深々と頭を下げる。
 人の言葉を解さないザイードには、なにが起きているのかわからないだろう。
 
「私を助けてくれてありがとうって、言っています」
 
 こくりと、ザイードがうなずいた。
 だが、落ち着かなげに、周りを見回している。
 そこに急にドアが開いたので、バッと立ち上がった。
 キャスを守るように、背中に庇っている。
 
「大丈夫、お茶を運んで来てくれたみたいです。座ってください」
 
 ザイードは、それでも警戒しつつ、ソファに腰をおろした。
 どうやらメイドもラーザの民らしい。
 アイシャと変わらない年齢に見える女性は、大きな目に涙を浮かべ、テーブルにお茶を置いて出て行った。
 
「ラーザにお戻りになられなかったのは、正解にございました」
 
 やっと落ち着いたらしき、アイシャの祖父ルジェロが、重々しい口調で言う。
 予想はしていたが、実際に肯定されると、苦々しく感じた。
 
「あいつ……まだ私を探してるんだね」
「さようにございます。ティトーヴァ・ヴァルキアは即位したあと、いっそう力を振るい、ラーザ中を掘り返し、御身の手がかりを探しております」
「皇帝になったわけだ。まぁ、そうだと思ってたけどさ」
 
 現当主というアイシャの父トルフィノの言葉にも驚かない。
 ティトーヴァが即位することは「カサンドラ」から聞いていた話と合致する。
 辿った道は違っても、踏襲される流れはあるのだろう。
 
 もっとも「カサンドラ」が皇后になるという点が踏襲されることはない。
 ティトーヴァと「会談」することはあっても、婚姻する気はないからだ。
 
「それはそうと、ロキティス・アトゥリノはどうしてる?」
「アトゥリノの国王となりました」
「えっ? 28歳で王太子にもなってないって言ってたのに……」
 
 アイシャが表情を曇らせた。
 ほかの2人も、不快そうに顔をしかめている。
 説明を引き継いだのは、トルフィノだ。
 
「どういうわけか、ロキティスは御身が壁を越えられたと皇帝に主張したのです。それを皇帝は受け入れて、奴を全面的に支援しております。皇帝が後ろ盾となったロキティス・アトゥリノの即位を阻む者はおらず……」
 
 自分が考えたことを、トルフィノが裏付けてくれた。
 普通は「壁を越えた」なんてふうには思わないのだ。
 だから、トルフィノは「どういうわけか」と前置いている。
 たとえ痕跡がなくとも、壁を越えて逃げたと考えるほうがおかしい。
 
「実際……まぁ、壁を越えたんだけどね」
「え……っ……?!」
 
 声をあげたのは、アイシャだけだった。
 ルジェロとトルフィノは、驚き過ぎたのか、口をぱかりと開いている。
 驚いているところを申し訳ないが、さらに驚くことを言うつもりだ。
 どうせ話すことになるのなら、早いほうがいい。
 
「実は、このザイードは、魔物の国でガリダ族と呼ばれる種族のおさなんだよ」
 
 今度は、アイシャも言葉を失っている。
 3人とも、目を見開いて、ザイードを見ていた。
 一斉に視線をあびせられ、ザイードが、いよいよ、そわそわし始める。
 その手を、軽く、ぽんぽんと叩いた。
 
「びっくりしてるだけだから、大丈夫。3人は、私たちを襲ったりしないよ」
 
 ハッとしたように、3人が深く頭を下げる。
 とくにルジェロは、顔を蒼褪めさせるほどに罪悪感をいだいているようだ。
 
「人間が、あなたがたにしたことを考えれば……王女様を助けてくださって本当に感謝しております! そして……申し訳ございません!」
 
 そうか、と思った。
 
 ラーザの歴史は、とても長い。
 2百年前にできたヴァルキアスなどとは違い、千年の歴史がある。
 しかも、ヴァルキアス建国のために、ラーザの技術が使われた。
 その矛先は、魔物の国に向けられたのだ。
 
 もちろんルジェロだって、当時の人間ではない。
 それでもラーザの民として、責任を感じている。
 故郷を瓦解させてでも技術を隠そうとしたのは、そうした想いもあるからだ。
 
「彼らはザイードに謝っています。理由は色々とあるんですが、今は話している時間がありません。帰ったら、ちゃんと説明しますね」
 
 ザイードがうなずくのを見て、視線を3人に戻す。
 今は、状況や過去の話をしている時間はない。
 なるべく早く情報を集め、魔物の国に帰らなければならないのだ。
 
 アトゥリノの王になったというロキティスは、前より危険な存在となっている。
 皇帝となったティトーヴァの後ろ盾があるのだから、なおさら始末に悪い。
 
「3人とも顔を上げてくれる?」
 
 声をかけ、3人が顔を上げるのを待って、自分の頼みを口にした。
 自分にできることは限られているが、どうしても言っておきたかったのだ。
 
「私は、今、魔物の国で暮らしてて、近々、人と対峙することになる。その時……ラーザの民には、絶対に、その戦に関わらないように伝えてほしい」
「なぜ、そのような……っ……」
「そうですとも。我らも、御身と共に戦いたく存じます!」
「帝国にくみすることなどありえません。私たちは御身とともにあるのですから!」
 
 ルジェロ、トルフィノ、アイシャが、それぞれに言う。
 だが、彼女は首を横に振った。
 
「協力をお願いするのに、身勝手な言い草だっていうのは、わかってる。でもね、私は、みんなの命を背負えるほど強くないんだよ。大勢に命を懸けさせるのは怖いことだから……今でも、十分、危険にさらしてるって、わかってるんだけどさ」
 
 ヴェスキルを「神」のごとく崇拝しているラーザの民に「情報だけ寄越し、後はなにもするな」と言うのは、ある意味、残酷な仕打ちとなる。
 だとしても、人1人の命だって背負えやしないのだと、彼女は知っていた。
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