いつかの空を見る日まで

たつみ

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第2章 彼女の話は通じない

策を弄せど結論も出ず 3

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「もし……ら……信……害が原因かもし……ど、切るのは危険……ので……」
 
 チッと、ゼノクルは舌打ちをする。
 声が途切れ途切れになっていて、うまく聞こえない。
 通信回線は開かれているのだが、妨害されているようだ。
 
(そう言えば、奴ら、帰る時になにか持ってやがったな)
 
 あの「とんでもない魔物」が姿を変える前のことを思い出している。
 肩に荷物らしきものを提げていた。
 ジュポナでラーザの民に接触した際に手に入れたものだろう。
 中には、ラーザ特有の「技術」で作られた装置もあったに違いない。
 
 ほんの少し前、急にシャノンの通信回線が開かれた。
 最後の連絡が入ってから1ヶ月は経っている。
 少し待っても、シャノンからの呼びかけはなかった。
 だから、ゼノクルも、あえて話しかけずに、そのままにしている。
 
 話せる状態であれば、シャノンが黙っているはずがない。
 その程度の思考は働く。
 向こうに、自分が関わっていると知られるのなら知られてもかまわない、と思わなくもないのだけれど。
 
(シャノンが殺されかねねえ)
 
 ゼノクル、もといクヴァットにとって、どちらが「つまらない」かを考えた。
 結論としては、シャノンが殺されるほうがつまらない、と思ったのだ。
 せっかく手にいれた手駒であり、玩具を手放したくない。
 なので、成り行きを見守っている。
 
(中間種とはいえ、あいつは魔物だ。魔物を従えてる聖魔なんざいねぇからな)
 
 聖魔は魔物を嫌っていた。
 が、自分たちの力が通用しないとも知っている。
 にもかかわらず、クヴァットが「魔物」を従えているとなれば、羨ましがられること間違いなしなのだ。
 それ以上に、嫌がって、ギャーギャー騒ぐだろうが、それも楽しみのひとつ。
 
 だから、ここで、ゼノクルが裏にいて、シャノンと繋がっていると知られるのは都合が悪かった。
 どうせ知られるにしても、まだ早い。
 シャノンが殺される可能性が高くなる。
 それは、魔人クヴァットの望むところではないのだ。
 
「どう、具合は? さっき……良く……みたいだね……話は……」
 
 途切れ途切れなのは変わらないが、少しマシになってきている。
 装置に欠陥があったのか、設置に不備があったのか。
 ともかく、意味が判別できるほどには妨害が弱まっていた。
 
 クヴァットは、20年以上も人の国で「ゼノクル」をやっているが、ラーザの国については、わからないことのほうが多い。
 同じ「種」でありながら、ラーザは異質だった。
 なにせ聖魔の力が及ばない「人間」など、ほかにはいないのだ。
 
 そのため、ラーザの技術も帝国では知られていないものばかり。
 帝国の知識は役に立たないと言える。
 カサンドラの従僕は監視室を欺いていたと聞いていた。
 つまり、ラーザの技術の水準はかなり高い、ということだ。
 
「私が壁を越え……らって、あんたが越えられ……は限らない。殺された……くて逃げて来たって割には、度胸……るよね? 死んでたかもし……いのにさ」
 
 今度は、声が鮮明に聞こえてくる。
 シャノンに知恵を貸してやりたいところだが、話しかけることはできない。
 
 秘匿での通信回線は便利ではあるものの、声は聞こえてしまう。
 ゼノクルが私室でやりとりをしていたのは、誰も近づけさせないためだった。
 とくに寝室であれば、護衛の騎士も許可なく立ち入れないのだ。
 
「なにか根拠があったんじゃない? ロキティスが、どんな実験をして……知ってたとか、壁越え……ことがある、とか」
 
 シャノンは黙っているらしく、声は聞こえて来ない。
 魔物特有の魔力での会話をしているとは考えられなかった。
 シャノンは、魔力の使いかたを知らないからだ。
 無意識に会話をすることはあるだろうが、言葉を口に出さずにはいられない。
 
(黙ってねぇで、なにか言え。怪しまれんだろ)
 
 自分の声が相手にとどかないよう、心の中で言う。
 
 シャノンは、ゼノクルに「情報」だけでも渡そうと、無理をして回線を開いたらしいが、その「熱意」が仇になるかもしれない。
 幸いなのは、まだゼノクルとの関係が知られていないことだ。
 
 顔をしかめたくなっているゼノクルの意識に、不意に、なにかがふれてくる。
 あるかなしかの微妙な感覚だった。
 
 最も近いのは「不満」だろうか。
 
 もちろん、今、ゼノクルは不満を感じている。
 だが、自分のものとは違うと、わかっていた。
 
(ラフロか……? けど、なんでラフロが不満なんか……)
 
 ラフロは聖者だ。
 聖者の摂理は「関心」であり、魔人とは異なる性質を持っていた。
 人に害を与えるという意味では似ているが、方向性が違う。
 
 聖者は、過程や結果に不満などいだかない。
 魔人のような「つまらない」という感覚はないはずだった。
 
(……取引が、うまくいかなかった……? ラフロとの取引を蹴りやがったのか、あの小娘……いや、仮にそうだとしても……)
 
 ラフロは「取引」において完璧だ。
 選べる道はいくつもあるが、そのどれを選んでもラフロは満足する。
 関心欲が満たされないなどということは有り得なかった。
 とはいえ、現実に、ラフロの「不満」が伝わってくる。
 
 この状況が、ラフロは気に入らないのだ。
 
 しばし、シャノンのことを忘れ、クヴァットは混乱する。
 取引が成立しなかったのかとも思ったが、それも有り得ない。
 なぜなら「カサンドラ」が、魔物の国にいるからだ。
 取引が成立したから、ラフロは「娘」を手放した。
 
 なにか、ラフロの気に入らないことが起きている。
 それだけは確かだ。
 
 フェリシア・ヴェスキルは、ラフロの取引に応じた。
 ラフロは満足していたし、クヴァットも、当時、ずいぶんと楽しんでいる。
 が、その娘「カサンドラ」は母親とは異なる選択をしたようだ。
 
 ラフロと感情を共有しているクヴァットも、気に食わないと感じる。
 面白い遊びを邪魔された気分だった。
 思い通りに事が運ばないのはともかく「筋書」を面白くないものにされるのは、我慢ならない。
 
 たとえラフロの娘であろうが、中間種であろうが、玩具は玩具なのだ。
 
 クヴァットは、意識を切り替える。
 自分たちが楽しめないのなら、楽しめるように状況に変化へんかをつければいい。
 そのための「ゼノクル」だった。
 魔人は娯楽のためには手は抜かないのだ。
 
(そうか……あいつら、俺の楽しみまで取り上げようとしてんじゃねぇか?)
 
 ラフロは、聖魔の国で、この世界を「視て」いる。
 ラフロ自身にも気に入らないことがあったようだが、その感覚が高まったため、クヴァットにも伝わってきたのだろう。
 
 理由は、クヴァットにも「気に食わない」ことが起きそうだから、だ。
 
 魔人は単調さを嫌い、行き当たりばったりを好む。
 シャノンが殺されるのは「気に食わない」が、まだ殺されてはいない。
 通信の内容だけで判断するなら、向こうはシャノンから情報を引き出そうとしているように思える。
 
「この通信はロキティ……は聞こえないし、私たちは、ロキティスに……を引き渡す気もない。ただ、信用することもできな……だよね。知って……とや本当のことを、ちゃんと話し……れないとさ」
 
 クヴァットの考えを裏付けるように「カサンドラ」が語りかけている。
 けれど、もう「不満」は感じなかった。
 なるほど、と思う。
 思って、口の端を吊り上げた。
 
 さっきまで、クヴァットは、本気で「シャノンが危ない」と感じていた。
 そこに、ラフロは「不満」があったのだ。
 なにを「遊ばれているのか」と。
 
(俺たちは遊ぶ側だ。そうだろ、ラフロ)
 
 遊ばれる側になどなりはしない。
 一瞬でも、自分たちに「不満」を感じさせたことを、楽しむことにする。
 どうせ「シャノンの命」は、危なくともなんともないのだ。
 それさえ気にしないでいられるなら、別の筋書を用意すればすむ。
 
(もっと面白くなるぜ。遊びなら、こっちのほうが上なんだよ。いったい、何年、人で遊んできたと思ってやがる)
 
 人は、聖魔にとっては「わけのわからない」行動をとる生き物だった。
 けれど、多くの人間に共通していることがある。
 
(俺たちにはわからねぇけどよ。それを、俺は残念だなんて思わねえ)
 
 人の共通した弱点。
 
 それは「愛」と呼ばれていた。
 夫や妻、親や子、対象は様々だ。
 だとしても、行動の基盤であり、軸でもある。
 
 クヴァットの中で、人は、人の作った「ぜんまい仕掛け」の玩具に似ていた。
 ぜんまいを巻くと動き出し、やがて止まる。
 動いている間だけ見ている者を楽しませる玩具に過ぎない。
 その「玩具」のぜんまいを巻くのが、聖魔なのだ。
 
「ロ、ロキティスは……壁を越え……術は……持って……聖魔を防ぐ、手段が……だけ、で……」
 
 クヴァットは、心の中で、シャノンを褒めた。
 ロキティスを徹底して「悪者」にしろという指示に、健気にも従っている。
 
「だと……と、まだ時間はあ……こと……そんなに簡単……ないはずだし……それま……しっかり準備し……いと……」
 
 欺瞞だ。
 
 気づいて、クヴァットは、にやにやしてしまう。
 通信が、また乱れ始めていたが、注力する気はなかった。
 ごろんと、ベッドに寝転がり、鍵を指先でつまみ上げる。
 
(お前は、本当によく出来た玩具だ、シャノン。褒美に、特等席で見せてやる)
 
 ちゅ…と、軽く鍵に口づけた。
 20年、ゼノクルとしての「生」を積み上げて来て損はなかった、と思う。
 人と魔物をぶつけるのは予定通り。
 だが、その中に「ラーザの民」がいると知ったら「カサンドラ」はどうなるか。
 
(お前も関心あるだろ、なぁ、ラフロ。一緒に楽しもうぜ)
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