いつかの空を見る日まで

たつみ

文字の大きさ
167 / 300
第2章 彼女の話は通じない

策を弄せど結論も出ず 3

しおりを挟む
 
「もし……ら……信……害が原因かもし……ど、切るのは危険……ので……」
 
 チッと、ゼノクルは舌打ちをする。
 声が途切れ途切れになっていて、うまく聞こえない。
 通信回線は開かれているのだが、妨害されているようだ。
 
(そう言えば、奴ら、帰る時になにか持ってやがったな)
 
 あの「とんでもない魔物」が姿を変える前のことを思い出している。
 肩に荷物らしきものを提げていた。
 ジュポナでラーザの民に接触した際に手に入れたものだろう。
 中には、ラーザ特有の「技術」で作られた装置もあったに違いない。
 
 ほんの少し前、急にシャノンの通信回線が開かれた。
 最後の連絡が入ってから1ヶ月は経っている。
 少し待っても、シャノンからの呼びかけはなかった。
 だから、ゼノクルも、あえて話しかけずに、そのままにしている。
 
 話せる状態であれば、シャノンが黙っているはずがない。
 その程度の思考は働く。
 向こうに、自分が関わっていると知られるのなら知られてもかまわない、と思わなくもないのだけれど。
 
(シャノンが殺されかねねえ)
 
 ゼノクル、もといクヴァットにとって、どちらが「つまらない」かを考えた。
 結論としては、シャノンが殺されるほうがつまらない、と思ったのだ。
 せっかく手にいれた手駒であり、玩具を手放したくない。
 なので、成り行きを見守っている。
 
(中間種とはいえ、あいつは魔物だ。魔物を従えてる聖魔なんざいねぇからな)
 
 聖魔は魔物を嫌っていた。
 が、自分たちの力が通用しないとも知っている。
 にもかかわらず、クヴァットが「魔物」を従えているとなれば、羨ましがられること間違いなしなのだ。
 それ以上に、嫌がって、ギャーギャー騒ぐだろうが、それも楽しみのひとつ。
 
 だから、ここで、ゼノクルが裏にいて、シャノンと繋がっていると知られるのは都合が悪かった。
 どうせ知られるにしても、まだ早い。
 シャノンが殺される可能性が高くなる。
 それは、魔人クヴァットの望むところではないのだ。
 
「どう、具合は? さっき……良く……みたいだね……話は……」
 
 途切れ途切れなのは変わらないが、少しマシになってきている。
 装置に欠陥があったのか、設置に不備があったのか。
 ともかく、意味が判別できるほどには妨害が弱まっていた。
 
 クヴァットは、20年以上も人の国で「ゼノクル」をやっているが、ラーザの国については、わからないことのほうが多い。
 同じ「種」でありながら、ラーザは異質だった。
 なにせ聖魔の力が及ばない「人間」など、ほかにはいないのだ。
 
 そのため、ラーザの技術も帝国では知られていないものばかり。
 帝国の知識は役に立たないと言える。
 カサンドラの従僕は監視室を欺いていたと聞いていた。
 つまり、ラーザの技術の水準はかなり高い、ということだ。
 
「私が壁を越え……らって、あんたが越えられ……は限らない。殺された……くて逃げて来たって割には、度胸……るよね? 死んでたかもし……いのにさ」
 
 今度は、声が鮮明に聞こえてくる。
 シャノンに知恵を貸してやりたいところだが、話しかけることはできない。
 
 秘匿での通信回線は便利ではあるものの、声は聞こえてしまう。
 ゼノクルが私室でやりとりをしていたのは、誰も近づけさせないためだった。
 とくに寝室であれば、護衛の騎士も許可なく立ち入れないのだ。
 
「なにか根拠があったんじゃない? ロキティスが、どんな実験をして……知ってたとか、壁越え……ことがある、とか」
 
 シャノンは黙っているらしく、声は聞こえて来ない。
 魔物特有の魔力での会話をしているとは考えられなかった。
 シャノンは、魔力の使いかたを知らないからだ。
 無意識に会話をすることはあるだろうが、言葉を口に出さずにはいられない。
 
(黙ってねぇで、なにか言え。怪しまれんだろ)
 
 自分の声が相手にとどかないよう、心の中で言う。
 
 シャノンは、ゼノクルに「情報」だけでも渡そうと、無理をして回線を開いたらしいが、その「熱意」が仇になるかもしれない。
 幸いなのは、まだゼノクルとの関係が知られていないことだ。
 
 顔をしかめたくなっているゼノクルの意識に、不意に、なにかがふれてくる。
 あるかなしかの微妙な感覚だった。
 
 最も近いのは「不満」だろうか。
 
 もちろん、今、ゼノクルは不満を感じている。
 だが、自分のものとは違うと、わかっていた。
 
(ラフロか……? けど、なんでラフロが不満なんか……)
 
 ラフロは聖者だ。
 聖者の摂理は「関心」であり、魔人とは異なる性質を持っていた。
 人に害を与えるという意味では似ているが、方向性が違う。
 
 聖者は、過程や結果に不満などいだかない。
 魔人のような「つまらない」という感覚はないはずだった。
 
(……取引が、うまくいかなかった……? ラフロとの取引を蹴りやがったのか、あの小娘……いや、仮にそうだとしても……)
 
 ラフロは「取引」において完璧だ。
 選べる道はいくつもあるが、そのどれを選んでもラフロは満足する。
 関心欲が満たされないなどということは有り得なかった。
 とはいえ、現実に、ラフロの「不満」が伝わってくる。
 
 この状況が、ラフロは気に入らないのだ。
 
 しばし、シャノンのことを忘れ、クヴァットは混乱する。
 取引が成立しなかったのかとも思ったが、それも有り得ない。
 なぜなら「カサンドラ」が、魔物の国にいるからだ。
 取引が成立したから、ラフロは「娘」を手放した。
 
 なにか、ラフロの気に入らないことが起きている。
 それだけは確かだ。
 
 フェリシア・ヴェスキルは、ラフロの取引に応じた。
 ラフロは満足していたし、クヴァットも、当時、ずいぶんと楽しんでいる。
 が、その娘「カサンドラ」は母親とは異なる選択をしたようだ。
 
 ラフロと感情を共有しているクヴァットも、気に食わないと感じる。
 面白い遊びを邪魔された気分だった。
 思い通りに事が運ばないのはともかく「筋書」を面白くないものにされるのは、我慢ならない。
 
 たとえラフロの娘であろうが、中間種であろうが、玩具は玩具なのだ。
 
 クヴァットは、意識を切り替える。
 自分たちが楽しめないのなら、楽しめるように状況に変化へんかをつければいい。
 そのための「ゼノクル」だった。
 魔人は娯楽のためには手は抜かないのだ。
 
(そうか……あいつら、俺の楽しみまで取り上げようとしてんじゃねぇか?)
 
 ラフロは、聖魔の国で、この世界を「視て」いる。
 ラフロ自身にも気に入らないことがあったようだが、その感覚が高まったため、クヴァットにも伝わってきたのだろう。
 
 理由は、クヴァットにも「気に食わない」ことが起きそうだから、だ。
 
 魔人は単調さを嫌い、行き当たりばったりを好む。
 シャノンが殺されるのは「気に食わない」が、まだ殺されてはいない。
 通信の内容だけで判断するなら、向こうはシャノンから情報を引き出そうとしているように思える。
 
「この通信はロキティ……は聞こえないし、私たちは、ロキティスに……を引き渡す気もない。ただ、信用することもできな……だよね。知って……とや本当のことを、ちゃんと話し……れないとさ」
 
 クヴァットの考えを裏付けるように「カサンドラ」が語りかけている。
 けれど、もう「不満」は感じなかった。
 なるほど、と思う。
 思って、口の端を吊り上げた。
 
 さっきまで、クヴァットは、本気で「シャノンが危ない」と感じていた。
 そこに、ラフロは「不満」があったのだ。
 なにを「遊ばれているのか」と。
 
(俺たちは遊ぶ側だ。そうだろ、ラフロ)
 
 遊ばれる側になどなりはしない。
 一瞬でも、自分たちに「不満」を感じさせたことを、楽しむことにする。
 どうせ「シャノンの命」は、危なくともなんともないのだ。
 それさえ気にしないでいられるなら、別の筋書を用意すればすむ。
 
(もっと面白くなるぜ。遊びなら、こっちのほうが上なんだよ。いったい、何年、人で遊んできたと思ってやがる)
 
 人は、聖魔にとっては「わけのわからない」行動をとる生き物だった。
 けれど、多くの人間に共通していることがある。
 
(俺たちにはわからねぇけどよ。それを、俺は残念だなんて思わねえ)
 
 人の共通した弱点。
 
 それは「愛」と呼ばれていた。
 夫や妻、親や子、対象は様々だ。
 だとしても、行動の基盤であり、軸でもある。
 
 クヴァットの中で、人は、人の作った「ぜんまい仕掛け」の玩具に似ていた。
 ぜんまいを巻くと動き出し、やがて止まる。
 動いている間だけ見ている者を楽しませる玩具に過ぎない。
 その「玩具」のぜんまいを巻くのが、聖魔なのだ。
 
「ロ、ロキティスは……壁を越え……術は……持って……聖魔を防ぐ、手段が……だけ、で……」
 
 クヴァットは、心の中で、シャノンを褒めた。
 ロキティスを徹底して「悪者」にしろという指示に、健気にも従っている。
 
「だと……と、まだ時間はあ……こと……そんなに簡単……ないはずだし……それま……しっかり準備し……いと……」
 
 欺瞞だ。
 
 気づいて、クヴァットは、にやにやしてしまう。
 通信が、また乱れ始めていたが、注力する気はなかった。
 ごろんと、ベッドに寝転がり、鍵を指先でつまみ上げる。
 
(お前は、本当によく出来た玩具だ、シャノン。褒美に、特等席で見せてやる)
 
 ちゅ…と、軽く鍵に口づけた。
 20年、ゼノクルとしての「生」を積み上げて来て損はなかった、と思う。
 人と魔物をぶつけるのは予定通り。
 だが、その中に「ラーザの民」がいると知ったら「カサンドラ」はどうなるか。
 
(お前も関心あるだろ、なぁ、ラフロ。一緒に楽しもうぜ)
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

私は貴方を許さない

白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。 前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。

白い結婚の行方

宵森みなと
恋愛
「この結婚は、形式だけ。三年経ったら、離縁して養子縁組みをして欲しい。」 そう告げられたのは、まだ十二歳だった。 名門マイラス侯爵家の跡取りと、書面上だけの「夫婦」になるという取り決め。 愛もなく、未来も誓わず、ただ家と家の都合で交わされた契約だが、彼女にも目的はあった。 この白い結婚の意味を誰より彼女は、知っていた。自らの運命をどう選択するのか、彼女自身に委ねられていた。 冷静で、理知的で、どこか人を寄せつけない彼女。 誰もが「大人びている」と評した少女の胸の奥には、小さな祈りが宿っていた。 結婚に興味などなかったはずの青年も、少女との出会いと別れ、後悔を経て、再び運命を掴もうと足掻く。 これは、名ばかりの「夫婦」から始まった二人の物語。 偽りの契りが、やがて確かな絆へと変わるまで。 交差する記憶、巻き戻る時間、二度目の選択――。 真実の愛とは何かを、問いかける静かなる運命の物語。 ──三年後、彼女の選択は、彼らは本当に“夫婦”になれるのだろうか?  

【12月末日公開終了】これは裏切りですか?

たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。 だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。 そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?

【完結】以上をもちまして、終了とさせていただきます

楽歩
恋愛
異世界から王宮に現れたという“女神の使徒”サラ。公爵令嬢のルシアーナの婚約者である王太子は、簡単に心奪われた。 伝承に語られる“女神の使徒”は時代ごとに現れ、国に奇跡をもたらす存在と言われている。婚約解消を告げる王、口々にルシアーナの処遇を言い合う重臣。 そんな混乱の中、ルシアーナは冷静に状況を見据えていた。 「王妃教育には、国の内部機密が含まれている。君がそれを知ったまま他家に嫁ぐことは……困難だ。女神アウレリア様を祀る神殿にて、王家の監視のもと、一生を女神に仕えて過ごすことになる」 神殿に閉じ込められて一生を過ごす? 冗談じゃないわ。 「お話はもうよろしいかしら?」 王族や重臣たち、誰もが自分の思惑通りに動くと考えている中で、ルシアーナは静かに、己の存在感を突きつける。 ※39話、約9万字で完結予定です。最後までお付き合いいただけると嬉しいですm(__)m

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi(がっち)
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

赤貧令嬢の借金返済契約

夏菜しの
恋愛
 大病を患った父の治療費がかさみ膨れ上がる借金。  いよいよ返す見込みが無くなった頃。父より爵位と領地を返還すれば借金は国が肩代わりしてくれると聞かされる。  クリスタは病床の父に代わり爵位を返還する為に一人で王都へ向かった。  王宮の中で会ったのは見た目は良いけど傍若無人な大貴族シリル。  彼は令嬢の過激なアプローチに困っていると言い、クリスタに婚約者のフリをしてくれるように依頼してきた。  それを条件に父の医療費に加えて、借金を肩代わりしてくれると言われてクリスタはその契約を承諾する。  赤貧令嬢クリスタと大貴族シリルのお話です。

処理中です...