いつかの空を見る日まで

たつみ

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第2章 彼女の話は通じない

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 ゼノクルは、帝都の別邸にいた。
 本来、セウテルが使うべき邸なのだが、セウテルはほとんど皇宮に詰めていて、ここには帰って来ない。
 ロキティスとの「正当な」打ち合せのために、ゼノクルは帝都にとどまっている。
 いくら近いとはいえ、リュドサイオとの行き来には、相応の時間がかかるのだ。
 
(魔力が使えねぇってのは、不便なもんだぜ)
 
 ゼノクルの体を借りている間、魔力は使えない。
 無理をすれば使えなくはないが、危険が伴う。
 
 ゼノクルの体が壊れたり、壁に「気づかれる」可能性があったり。
 
 いずれにしても「ゼノクル」をやれなくなるのは困るのだ。
 だから、不便だと感じていても、魔力を意識しないようにしている。
 
 壁ができる前は、もっと簡単に人の体を「借りる」ことができた。
 人の純血種ではないこと、というのは、壁越えの条件であって、厳密に言えば、聖魔が人の体を借りる際の必須条件ではない。
 意思や自我が弱ければ、ちょちょいと精神に干渉し、その体を借りられる。
 
 とはいえ、魔力の扱いは、やはり難しかった。
 無理や無茶をして使うと、体が壊れるのだ。
 もちろん、当時、借りた体を壊さないように気をつける聖魔などいなかったが、それはともかく。
 
(ここじゃ、なにかとやりづれえ。人の目が多過ぎんだよな)
 
 シャノンとは、時々、連絡を取っていた。
 だが、ここは、リュドサイオにある「うとまれ王子」の宮とは違い、大勢の使用人たちがいる。
 近衛騎士団の指揮権を持たされているので、連絡役やら護衛やらで騎士にも囲まれて、いい迷惑だ。
 
 なにしろ1人になれる時間が少ない。
 
(魔力で会話ができりゃいいが、それだと近くにいねぇと伝わらねぇしよ)
 
 非常に身動きが取りづらかった。
 思った時に、思ったように、シャノンと連絡を取ることもできないのだ。
 
 出征準備に忙しく、ただでさえ睡眠時間は減っている。
 睡眠自体はどうでもいいが、必然的に「寝室」にこもる時間も減っていた。
 あげく、ロキティスが、ちょいちょい連絡をしてくる。
 
(せっかく国王になったってのに、惨めなもんだぜ。俺しか頼れる奴がいねぇんだからな。ま、俺が、そう仕向けたんだけどな)
 
 可愛いシャノンのおかげで、ロキティスは立場を失った。
 が、そんなこととは知りもせず、未だ「共通の秘密」を持っているのだからと、ゼノクルを頼ってくる。
 いつ皇帝から見限られるかと、冷や冷やしているのだろう。
 
 実際、アトゥリノでは、なにかあればロキティスを国王の座から引きずり落そうと考えている者が多いのだ。
 前国王は、皇太子を決める前に死んだ、もといロキティスに殺された。
 表向きディオンヌが首謀者だとされているが、疑っている者もいるはずだ。
 
 ロキティスが即位できたのは、皇帝の支援があったからに過ぎない。
 誰も口を挟めなかっただけで、認めているというのとは違う。
 そのため、周囲から認められるまでは、皇帝の支援を失うわけにはいかないのだ。
 だから、現状、皇帝の信頼を得ているゼノクルに取りすがってくる。
 
(そうだな、お前はよくやった、ロッシー。けどな、もう面白くねぇんだよ)
 
 そもそも、ゼノクルは、クヴァットという名の魔人だ。
 魔人の王だ。
 
 聖魔封じの装置を完成させる気なんてあるわけがない。
 
 帝国の技術がラーザには遠く及ばないことは、わかっている。
 ロキティスやロキティスの囲っている者に、ラーザの女王の真似はできない。
 そのドレスの裾すら踏めないだろう。
 すなわち、中途半端なものになるに決まっていた。
 
(人が人を守るために、人を使ってどうするよ。そういうつまんねぇことしか考えらんねぇから、お前は駄目なんだぜ?)
 
 クヴァットは、魔人として人を操ってきたし、ゼノクルとしても操ってきた。
 目的は、自分の「娯楽欲」を満たすためだ。
 だが、ロキティスとは、やりかたも考えかたも異なっている。
 
(玩具があるから楽しむんじゃねえ。楽しむために玩具ってのがあるんだ)
 
 ロキティスは「聖魔封じ」という用途のため、ラーザの民を使うことを考えた。
 ラーザの民を使って「なにができるか」ではなく。
 
(娯楽ってものがわかってねぇな。手持ちの駒でなにができるか、なにをさせるかってのを、考えるのが楽しいんじゃねぇか)
 
 筋書があるから役者がいるのではない。
 役者を活かすために筋書がある。
 
 舞台をつまらなくさせる筋書なら、いくらでも変えればいいのだ。
 クヴァットはぜんまいを巻き、慎重に舞台に役者を置く。
 そして、舞台が華やぐのを見て拍手喝采。
 
(お前は道化にもなれやしねえ。もう舞台にいる必要ねぇよ、ロッシー)
 
 いよいよロキティスは捨て時だ。
 止まりかけの玩具。
 クヴァットは、そのぜんまいを巻く気はない。
 止まったら、指先で舞台から弾き落すだけのことだ。
 
 ロキティスには、もう飽きた。
 
 思っていた時、私室の扉が叩かれる。
 ゼノクルは、まだ寝室に行けていなかったのだ。
 
 出征の準備が最終段階に入っており、なにかと連絡が来る。
 寝室に引き上げてもかまわない時刻ではあるが「ゼノクル」としては、忠義心を周りに見せておかなければならなかった。
 
「ゼノクル殿下、セウテル親衛隊長がおいでになられました」
 
 室内にいた護衛騎士が扉を細く開いた状態で、こっちを振り向いている。
 ここは「セウテルの」別邸なのだ。
 居候をしているのはゼノクルであり、邸のあるじが出入りを差し止められることなどあってはならないはずなのだけれども。
 
「お前ら、外に出てろ」
 
 パッと頭を下げ、護衛騎士たちが部屋を出て行く。
 近衛騎士団の連中は、ゼノクルの指示に忠実だった。
 これまで近衛騎士を率いていたベンジャミンとゼノクルに似たところはない。
 むしろ、正反対と言ってもいいくらいだ。
 
(こういうところが、わかんねぇんだよな……どいつもこいつも気持ち悪ィぜ)
 
 なにか慕われている気がする。
 
 リュドサイオでは疎まれているので、ゼノクルに親しくする者はいない。
 護衛騎士もいるにはいたが、本気で守ろうとする者はいなかった。
 そもそも、魔人であるクヴァットに、人に守られたいとの考えはないのだ。
 彼らの仕事ぶりが「雑」なほうが「自由」でいられた。
 
「兄上、遅くに申し訳ございません」
「なにかしこまってんだよ。いいから、座れ。ていうか、ここは、お前の邸じゃねぇか。俺のほうが遠慮しねぇとだろ」
「そのようなことはございません。兄上の邸だと思っていただき、どうぞご自由になさってください」
 
 深々と頭を下げながら、セウテルが、ゼノクルの向かいのソファに腰をおろす。
 ゼノクルは、少し前かがみになりつつ、腕を膝に乗せた。
 セウテルの表情が真剣そのものだったので、つきあうことにしたのだ。
 内心では「ちょっと面倒くさい」と思っていたのだけれども。
 
「私も兄上とともに先発隊に加わりたいと、陛下にお願いをいたしました」
「は? なに言ってんだ、お前。そんなの無理に決まってんだろうがよ」
 
 というより、ついて来られては困る。
 正直、足手まといもいいところだ。
 
 なにか自分に不利なことが起きた際、近衛騎士なら捨て駒にできる。
 だが、セウテルを見殺しにはできない。
 
 とりあえず弟だし、親衛隊長だし。
 
 先々のことを考えると、ここでセウテルが舞台から消えるのは勿体ないのだ。
 面白味のある「駒」ではないが、ロキティスのように「もういらない」とまでは言えない駒でもある。
 
 だいたいセウテルが死に、自分が生き残ってしまったりやなんかすれば、さらに皇帝から目をかけられかねない。
 必要以上に評価されるのは「娯楽」の邪魔にしかならないのだ。
 
「陛下にも、お許しいただけませんでした」
「そりゃそうだ。お前の気持ちはありがてぇけどな、セウテル」
 
 ちっともありがたいなどとは思っていない。
 やたらに兄弟愛を振りかざされても、気持ちが悪いだけだった。
 が、心の底から弟を気遣っているよう聞こえる口調で言う。
 
「お前が守るべきは陛下であって、俺じゃねえ。わかってんだろ?」
「それは……わかっております。ですが!」
 
 ガッと身を乗り出され、ザッと身を引きたくなった。
 こういうところが、人の「嫌な」ところではある。
 面白くないほうの「わけがわからない」行動だ。
 人が言うところの「善意」や「好意」といったもので、意味不明な言動をする。
 
「兄上は命を賭して先陣を切るおつもりでしょう?! そんな、お1人で矢面に立たれようとしておられる兄上を、ただ見ているなど、私にはできません!」
「セウテル、お前な……」
「兄上を、お1人にはいたしません! 陛下は私に後方支援の任を与えてくださったのです!」
 
 ゼノクルは、溜め息をつきたくなるのを、なんとか我慢した。
 この盛大に勘違いをしている「弟」を絞め殺してやりたくなる。
 押し黙ったゼノクルをどう思ったのか、セウテルが眉を下げた。
 
 褒めてほしそうな雰囲気に、イラっとする。
 
(……褒められてぇってのは、人なら誰でも持ってる感情だ。ロッシーの奴もそうだったしな……けど、てめえは、生まれてこのかた、周りから褒められてきたじゃねぇか。なんだって、俺にまで褒められてぇんだよ)
 
 ロキティスが歪んでいるのは知っていた。
 皇帝となったティトーヴァも似たようなものだ。
 だが、2人は共通して、父親に疎まれ、褒められたことがない。
 
 だから、称賛や愛に執着する。
 
 対して、セウテルはリュドサイオで最も優秀とされ、前皇帝に重用された。
 周囲からは褒められこそすれ、けなされたことなどないはずだ。
 
「……私はサレス卿の後任として近衛騎士団の指揮権を持っておりましたが、皆が私を認めていないのは存じておりました。ですが、兄上は、すでに皆の心を掴んでおります。1人1人に親しみを持って声をかけておられるのだとか……」
「あ、ああ……まぁ、な……」
 
 魔人は、娯楽に手は抜かない。
 
 状況によっては、捨て駒にするつもりの奴らだ。
 後腐れなく死んでもらうには「ゼノクルの指示」に疑いを持たれては困る。
 そのためには、ある程度の信頼関係を築くことが必要だった。
 だから「親しみを持って声をかけた」に過ぎない。
 
(まぁ、いい……どうせロッシーは捨てる。新しい駒にしてやるか)
 
 面倒で気持ちの悪い「弟」だが、使えなくはないだろう。
 気持ちを切り替え、ゼノクルは、セウテルの頭に、ぽんっと手を乗せる。
 
「そんじゃ、ま、状況次第で支援要請するから頼むぜ?」
「かしこまりました、兄上」
 
 喜びをあふれさせるセウテルから顔を背けたくなるのをこらえつつ、ゼノクルは、きっちりと釘を刺しておいた。
 
「いいか、俺は無駄に兵を死なせたくねえ。だから、俺の指示に従えよ?」
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