いつかの空を見る日まで

たつみ

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第2章 彼女の話は通じない

欠落の心はいかばかり 2

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 亀裂に架けた橋を落としてから、ザイードはダイスたちの元に降り立った。
 かなり魔力を消失したため、ガリダ姿に戻っている。
 
「兄上、これを!」
 
 ラシッドが駆け寄って来て、ザイードに着るものを差し出してきた。
 ラシッド自身が着ていたものだろう、かなりボロボロになっている。
 ザイードは、それを受け取って羽織った。
 代わりにラシッドは裸だが、気にしていなさそうだ。
 
「あのような力を持っていたとは! 隠しておったのか、兄上?」
「これまで使う用がなかったであろうが。隠しておったのではない」
 
 本当は隠していたのだが、そうとは言わずにおく。
 ザイードも、自分の魔力が大きいことには気づいていたが、ほかの魔物たちとは別種の力を持っていることは、最近まで知らなかったのだ。
 
 魔物は自らの資質にある特性を活かし、魔力を操っていた。
 だが、無を有にすることはない。
 
 ルーポは土を操るが、土を造り出したりはしないし、イホラが風を操れるのも、周囲に空気があるからだ。
 コルコは体に熱を取り込む資質があるが、その熱自体は太陽の光の蓄積による。
 
 そして、ファニが「癒し」をほどこせるのは、生き物が自然から生じていることに理由があるらしかった。
 ファニは、生き物が必要とする「大気」から生じた魔物だからだろう。
 どの種族、どの個体であれ、すでに存在しているものを魔力で操り、力としているのだ。
 
 けれど、ザイードは違う。
 なぜ、そんなことができるのか、ザイード自身にもわからない。
 ジュポナで初めて魔力を全開にした時に、知ったのだ。
 
 ザイードだけが「自然」を操れる。
 
 雨雲を呼び寄せ、暴風を吹き荒れさせることができるのだ。
 ガリダの中には雷を出せるものもいた。
 なにかが擦れあった際に発する「気」を大きくしたような感じだ。
 比べると、ザイードが天から落とす「雷」は、桁が違う。
 
 とはいえ、その分、魔力消費が激しい。
 何種類もの自然を操ったので、なおさらだった。
 
 ジュポナでは手加減をしていたし、逃げることを優先させている。
 そのせいで気づかずにいたが、相性の悪い性質を切り替えて使うと、魔力だけではなく、体力も奪われるようだ。
 
 炎と雷、雷と雨風はいいとしても、炎と暴雨は相性が悪い。
 人間の乗り物を狙った際、雷だけではなく炎も交えていた。
 その後、亀裂に水を溜めるため、大きく暴雨へと性質を切り替えている。
 どうやら疲労感は、それが原因らしい。
 
「早くキサラを癒してやってくれ!」
 
 ダイスの声に、ザイードはファニが戻って来たことに気づいた。
 傷ついた魔物たちを、それぞれに癒している。
 ダイスは心配そうに、キサラの周りをウロウロしていた。
 当のキサラは、なんともなさそうな顔をしている。
 
「アヴィオは少し深刻だけれど、時間をかければ癒せなくはないわ」
 
 ミネリネが、未だ意識を失っているアヴィオのかたわらにしゃがみこんでいた。
 コルコは、つのに生命力が宿っている。
 2本のうち、1本でも折れると死んでしまうのだ。
 その角にヒビが入ったのだから、早期の回復は見込めない。
 
「ザイード様、人間どもが……」
 
 シュザが、亀裂の向こう側を指さしている。
 視線の先で、人間たちが亀裂から離れて行くのが見えた。
 撤退していくようだ。
 周囲から安堵の声がもれている。
 
 人の脅威は「武器」だけではない。
 
 多くの魔物が、それを知った。
 ザイードですら、ゾッとさせられている。
 魔物には、到底、理解できない「意思の力」とでも言うべきもの。
 それが、人の持つ「脅威」の本質のように感じられた。
 
 人間の姿が遠ざかるのを見て、ザイードは意識を変える。
 もうここで指揮を執る必要はないと判断した。
 アヴィオの治療をしているミネリネに声をかける。
 
「ミネリネ、キャスは湿地帯におるのだな?」
「ええ……あの中間種と、人間の男がいたわ」
 
 ミネリネの表情が少し曇っていた。
 キャスを残してきたのを気にしているらしい。
 
「ここは任せる」
「ザイード、あなたも傷を負っているでしょう? 魔力も、ずいぶんと減っているのではなくて?」
「余が行かねばならぬのだ、ミネリネ」
 
 ミネリネが、一旦、アヴィオから離れ、ザイードに「癒し」をほどこす。
 ファニの「癒し」で、魔力は回復しないが、体力はかなり回復した。
 体にあった疲労感が軽くなっている。
 ザイードはミネリネにうなずき、体を返した。
 
 すぐに走り出す。
 ダイスとナニャには、声をかけなかった。
 それぞれに種族の面倒を見る必要があるからだ。
 
 ダイスは、キサラの元を離れることはできないだろう。
 ナニャにしても、同胞を巻き込むとわかっていて水壁を使った。
 きっと巻き込まれた同胞たちを探そうとするはずだ。
 
 アヴィオは意識がないし、コルコは力を使い果たしているものが多い。
 銃に対し、攻防同時にできるのは、コルコしかいなかった。
 ほかの魔物たちを守るため、力を尽くしてくれたのだ。
 今回、最も犠牲が出ているかもしれない。
 
 なので、今、動けるのはザイードだけだった。
 おそらくキャスは、ファニを呼び集めてしまうことを考え、力を使わずにいる。
 でなければ、ファニが、ここにいるはずがない。
 つまり、ミネリネの言った「人間の男とシャノン」と対峙しているのは、キャス1人ということになる。
 
 戦場が北西になっていたため、湿地帯までは、それほど遠くなかった。
 それでも、半時はかかる。
 
 魔力が残っていれば飛んで行けた。
 けれど、今は「龍」になれるほどの魔力は残っていないのだ。
 ミネリネが回復してくれた体力に頼るしかない。
 
 湿地帯は、元々、北西寄りにある。
 ガリダの領地内を行くより、外を突っ切るほうが近いと判断した。
 
 ラシッドから借りたため、裾が膝あたりまでしかない。
 その裾を翻して、走り続ける。
 
(余にダイスほど速う走る力があれば……)
 
 あそこまでのことになっていなければ、ダイスに頼んでいたかもしれない。
 けれど、今は、それぞれに事情がある。
 己勝手に、周りを振り回すことはできなかった。
 
 しかも、1人だとは言え、相手は「盤面を動かす者」なのだ。
 なにが起きるかわからない。
 
(キャス……っ……無事でおってくれ……)
 
 残る体力を使い、いつもより速く、ザイードは駆けている。
 太陽が、すでに半分は姿を隠していた。
 日が暮れようとしている。
 
(キャスは1度は力を使うておる……だが、相手を倒してはおらぬのだ)
 
 時間がなかったため、詳しい状況は聞いていない。
 それでも、相手を倒し切れなかったことは、ミネリネの話ではっきりしている。
 そして、キャスは、今、力を使えない状態でいるのだ。
 
(そなたは己のことを優先せぬゆえ……1人で戦うておるのであろう)
 
 傷ついた魔物たちには、ファニの力が必要だった。
 キャスは、そちらを優先させる。
 力を使えない中、どうやって戦っているのか。
 
 ザイードは、キャスを1人で残したのを悔やんでいた。
 
 キャスが嘘をついたことに怒ってはいない。
 そうすべき、なにかがあったのだと思っている。
 自分が見逃した「なにか」に、キャスは気づいたのだろう。
 けれど、ダイスたちの元に、ザイードは行かなければならなかった。
 
 『求愛を断られても死にやしねぇが、戦で死ぬことはあるんだぞ。そん時になってからじゃ遅えんだ。言いたくても言えなくなっちまうんだからな』
 
 ダイスの言葉が頭をよぎる。
 聞いた時には、自分の「死」しか頭になかった。
 けれど「戦で死ぬこと」があるのは、自分だけではない。
 相手が死ぬこともあるのだ。
 
 言いたくても言えなくなる。
 
 今さらに、後悔していた。
 自分がいくら言いたくても、相手がいなくなってしまったら、言えないのだ。
 キャスが死にたがっているのは察していたが、自死さえしなければ大丈夫だと、勘違いをしていたと気づく。
 
 繋いでいた命が断ち切られることもあるのだと、なぜ考えなかったのか。
 
 キャスは幻想の中で生きている。
 その中でしか生きられない。
 だが、幻想の中にいれば生きていられるのだと、思い込んでいた。
 実際のキャスの命は、現実の中にしかないのに。
 
(余が間違うておったのだ。現実の中に引き戻すべきであったのだ)
 
 たとえ苦しませることになろうとも、その命が現実のものであると、認めさせる必要があったのだ。
 そのせいで、キャスの心が壊れてしまったとしても。
 
 人のことわりと、魔物のそれは違う。
 キャスの心には寄り添えない。
 だとしても、現実の中にあるキャスの命とともに生きることはできる。
 生涯、キャスが自分を見ることはなくても、だ。
 
 パリーン……
 
 なにかが壊れる音が聞こえた。
 反射的に、そこにキャスがいると感じる。
 必死で、音のしたほうに走った。
 湿地帯に入ったところだ。
 
 そこに、キャスの姿を見つける。
 
 キャスは、地面に座り込んでいた。
 なにもない空を見上げている。
 ザイードの降らせた雨の名残りが、こちらに流れてきていた。
 空を見上げるキャスに、雨の滴が落ちている。
 
 ザイードは、後悔した。
 深く深く後悔した。
 
 間に合わなかったのだと、わかっていた。
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