いつかの空を見る日まで

たつみ

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最終章 彼女の会話はとめどない

先陣の眼前 3

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 いつもはおさたちと集まっている、ガリダで最も大きな建屋。
 そこに、キャスはノノマと一緒にいた。
 外は、残ったガリダや何頭かのルーポたちに守られている。
 朝早くから、そういった調子で、すでに昼を過ぎていた。
 
 今回は、前回とは違い、こちらが仕掛ける側だ。
 各種族から、いわゆる精鋭のみが、国を出ている。
 そのため、戦いに加わらないもののほうが多い。
 残ったものたちは、それぞれの領地を守っていた。
 
「どうですか? 見えていますでしょうか?」
「見えてる、と思います。速過ぎて、景色がわからないだけで」
 
 キサラからの通信に、キャスは答える。
 室内には、多くの画面が並んでいた。
 そのうち、3個は、まだ画面は黒いままだ。
 残りには、荒れながらも映像が映し出されている。
 
 シャノンの見張りにも使っていた映像装置だった。
 それを、フィッツが改良している。
 
 なにをどうしたのかは、機械にうといキャスにはわからない。
 音声を切り離す代わりに、相互を中継に使うだとか、フィッツは細々と説明してくれたが、漠然としか理解できなかった。
 
(たぶん……携帯電話の中継基地みたいな感じにした、ってことだよね……)
 
 通信機は、かなり長距離でも、やりとりができる。
 だが、映像の装置は、一定の距離を越えると受信できなくなるらしい。
 
 人の国までの最短距離は3百キロほどだが、直接の受信は不可能だと、フィッツは言っていた。
 元の世界での携帯電話が、いかに優れていたかを実感する。
 
(地球の裏側とだって、テレビ会議ができてたもんなぁ。やっぱり衛星とか、そのレベルじゃないと無理なのか)
 
 なので、音声と映像の係は別。
 ルーポの場合、映像装置はダイスがつけており、通信はキサラ。
 そのほうが「話が通じる」と、フィッツは判断したようだ。
 申し訳ない気もするが、キャスも同意見だった。
 
「私たちは、間もなく到着いたします」
「予定通りですね。ほかの部隊も、あと30分くらいだそうです」
 
 キャスは、ルーポとガリダとの通信を担っていて、ノノマがコルコとイホラとのやりとりを行っている。
 映像も、半分ずつ受け持っていた。
 
 ノノマは、こちら側の映像を見ようとはしていない。
 シュザを心配してしまうからだろう、と思う。
 
(向こうが攻撃してくる可能性があるって、フィッツは言ってた)
 
 キャスは、黒い3つの画面を見つめた。
 そこには、フィッツとザイードが映る予定なのだ。
 
 以前、皇宮から逃げる際、地下牢から隠し通路を抜けた。
 その隠し通路にはいくつかの出口があり、あの時は狩猟地を選んでいる。
 が、今回、フィッツが使うのは、帝国本土の裏街にある出口だ。
 
 そこから皇宮の地下通路を利用して、開発施設に入る。
 らしい。
 
 施設と皇宮は、比較的、近いのだと聞いていた。
 もっとも、近いといっても、数十キロもはない、という程度だ。
 そもそも皇宮は広く、隠し通路から狩猟地に抜けるのでさえ1キロはあった。
 しかも、地下は入り組んでいて、迂回しながら進むことになるそうだ。
 
 フィッツの頭には地図があるので迷うことはない。
 けれど、移動中に見つかる心配をせずにもいられなかった。
 
(前は、フィッツがすることなら絶対に大丈夫って、心配なんてしなかった)
 
 今だって、フィッツを信頼している。
 大丈夫だと思っている。
 それでも、心配してしまう。
 知ってしまったからだ。
 
 フィッツが死ぬ、ということを。
 
 それまでは、フィッツが死ぬなんて思っていなかったように思う。
 どんななにが起きても、フィッツがなんとかしてくれると思っていた。
 もちろん、フィッツは「なんとか」してくれたのだ。
 だから、こうして自分は生きている。
 
(ダメだ、集中しないと……フィッツの眼をあずかってるんだから)
 
 ダイスが速度を落としたらしい。
 景色が景色に戻りつつあった。
 あの灰色をした影が見えてくる。
 
 壁だ。
 
「ダイスたちは、着いたみたい」
「アヴィオ様たちも、もう間もなくでござりまする」
 
 予定通りだった。
 リュドサイオを、まずルーポとガリダで攻め落とす。
 混乱に乗じ、時間差で帝国本土の施設を狙うのだ。
 
「キャス様、こちら配置に着きました。いつでも決行可能です」
 
 映像には、キサラが映っている。
 装置をつけているダイス自体は映らないのだ。
 首を振ったのか、遠くにルーポらしき姿が見えた。
 距離を取って整列しているからだろう。
 
「え……?」
 
 一瞬、キャスは混乱した。
 が、すぐに、ハッとなって叫ぶ。
 
「今すぐやって! キサラっ!」
「ダイス! 攻撃して!」
 
 キャスのただならない口調に、キサラも察するところがあったらしい。
 即座に、ダイスに声をかけた。
 映像の端で、ダイスの銀色の毛が光る。
 遠くからも、いくつもの光が走っていた。
 
 ドゴォオン……。
 
 低い地響きの音。
 
 映像に、キャスは息をのむ。
 地面が大きく割れていた。
 前に見た「亀裂」とは、まるで違う。
 
 壁に向かって、四角く地面が切り抜かれていた。
 周囲には砂煙が上がっている。
 突然、深い切り立った崖ができたのだ。
 そこに、細い滑り台のようなものが、スルスルと壁の向こうへと伸びていく。
 
「どう?! いけるっ?」
「はい! 壁の向こうに到達できそうです!」
 
 映像を見ると、ルーポの作った地下までは、壁が降りてきていない。
 壁の力は地下にはおよばない、という推測は当たっていたのだ。
 
「おい、早くしろ! 時間がねぇぞ!」
 
 ダイスの声が聞こえる。
 画面にシュザが映っていた。
 多くのガリダたちが、その滑り台から袋を壁の向こうに流し始める。
 中には、動力石の粉が入っていた。
 
「どうだっ?!」
「まだわからないわ! 音が聞こえない!」
「全員、黙れ! 静かにしてろっ!」
 
 ダイスの剣幕に、画面のこちらにいるキャスまで口を引き結ぶ。
 なにか小さな音が聞こえた。
 近くにいて、しかも、ルーポなら明確に聞こえているはずだ。
 
 銃声。
 
 フィッツの言った通りだった。
 迎え撃つ準備を、人間側はしていたのだ。
 
 『リュドサイオには魔人がいます。そして、配下は中間種。であれば、ルーポが近づけば悟られますね』
 
 事もなげに、フィッツは言った。
 だから「迎え撃つ」準備をしているに違いないと。
 
「よし」
 
 キサラの小声が、通信装置から聞こえる。
 シュザのうなずく顔が見えた。
 サッと手を上げる。
 同時に、複数のガリダが弧を描くような火弾を放った。
 
 しゅるんと、地下から壁の向こうに消えていく。
 瞬間、灰色の壁が揺らぐほどの爆発音が響いた。
 ぼやけた赤い炎も透けて見えている。
 
「は、早く……っ……撤退!!」
「ダイス、撤退よ!」
「おう、全員、逃げるぞ!! ぼさっとすんな!!」
 
 壁の景色が、次々に画面から消えていた。
 音も少しずつ遠くなっていく。
 ふう…と、息をついた。
 
(さすがだね、フィッツ……リュドサイオの施設は、これで使えない)
 
 もとより最初のルーポの攻撃により、建物は倒壊寸前だったはずだ。
 そこに魔物側からわけのわからない袋が投げ込まれれば、必ず攻撃してくる。
 混乱もしているだろうし、撃つなと言われても聞く者は少ない。
 結果、動力石の粉を自らでまき散らすことになる。
 
 『ルーポの攻撃で有利なのは、閉鎖されているようで閉鎖されていないことなのですよ。建物が蓋の代わりになり、発火させるのに、ちょうど良くなります。なにしろ、爆発には酸素が必要ですからね』
 
 簡単そうに言いながらも、フィッツが事細かに計算していたのを知っている。
 建物の倒壊具合だとか、粉の量だとか、とにかく複雑な計算だ。
 事前に、小規模な模型を造り、繰り返し訓練も行っている。
 一発勝負なんてことをするのは、そうするしかない時だけだと言われていた。
 
(そうするしかない時だけ、か……私たちの部隊は、そうするしかない)
 
 フィッツとザイード、そしてキャス。
 開発施設を狙う部隊だけは「練習」ができなかったのだ。
 地図があっても、実際のところは入ってみなければ、わからない。
 
「キャス様、アヴィオ様たちが到着にござりまする!」
 
 ルーポとガリダは、全員、撤退している。
 最初の攻撃から、約15分。
 アヴィオたちのほうが、危険なのだ。
 待ち構えられている可能性が高い。
 
「すぐに攻撃! 爆発を見とどけずに、即撤退!」
 
 コルコとイホラの連携であれば、確実に爆発すると、フィッツが言っている。
 なので、見とどける必要はない。
 それより相手からの攻撃を受ける前に逃げるのが肝心だ。
 
「今回は犠牲を出さないのが大事ですからね!」
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