いつかの空を見る日まで

たつみ

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最終章 彼女の会話はとめどない

いつかの空をきみと 3

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 彼女は、なにか不満があるらしい。
 気になってはいるのだが、もっと気になることがある。
 
 最近の自分は、ちょっとおかしいのだ。
 
 こうしなければ、とか、こうしようと思っているのに、別の行動をしたくなる。
 今だって、朝食の準備ができたのを伝えるために来たのに、違うことが言いたくなっていた。
 
 不満を感じているだろう彼女が、可愛らしく見える。
 
 ちょっぴり口をとがらせて、眉を下げているのは「すねている」からだ。
 どういう不満をいだいているのかは、わからない。
 おそらく自分の行動が原因だとは思う。
 
 なので、彼女に近づきながらも、フィッツは迷っていた。
 
(困ったな。原因を問うのが先……しかし……)
 
 抱きしめてしまいたくなる。
 許しも得ていないのに、勝手な振る舞いをするのはよくない。
 だが、ぎゅっとしたい。
 
 と、まぁ、フィッツは、本当に困っているのだけれども。
 
「え、えっと……あ! そうそう、ダイスに子供ができたんだって! 3頭でね、そのうち2頭が女の子、1頭が男の子だったって言ってたよ」
 
 少し、ム…とした。
 
 ダイスに子供ができたこと自体は、喜ばしいことだと思っている。
 ダイスがうるさく、もとい、騒がしくしていたのは想像するまでもなかったが、新しい命が産まれるのは、いいことなのだ。
 祝いの品を考えておく必要もあるし。
 
「いつ、話されたのですか?」
「へ? ああ、ザイードと? 結構、前かな。2ヶ月前……くらい?」
「私は聞いていません」
「ザイードが、お祝いに来るなら秋になってからがいいって、言ってたんだよね。だから、その前に話せばいいと思ってさ。まだ、こっちもバタバタしてたし」
「それは、話してくれていない理由になっていませんよ」
「ん? ああ、まぁ、フィッツは先にお祝い品を用意してくれそうだったしなぁ。できれば、行く時に持って行きたいじゃん? それなら、やっぱり秋になってから話したほうがいいかなって。フィッツも忙しいからね」
 
 フィッツは、そこそこムっとしていた。
 
 だからといって、黙っていることはないのに、と思っている。
 もちろん、彼女がそう判断したのなら、口を挟む立場にはない。
 理由があって話さずにいた、ということも理解できていた。
 なのに、胸が、ざわざわする。
 
「ザイードさんとは話せても、私には話してくれないのですね」
「へ……? いや、そういうことではないよ? 元々、ザイードから連絡がきたんだからね。私から話したわけじゃないからね。ていうか、ダイスの話だよ?」
「ですが、ザイードさんと話をされたんでしょう?」
 
 それが、どうにも引っ掛かっていた。
 
 ザイードと連絡を取り合っているのは、知っている。
 さほど頻繁ではないのも、わかっていた。
 けれど「ザイードと」というところや、その名を彼女が繰り返していることが、どうにも「気に食わない」のだ。
 
「そりゃあ、ザイードから連絡が来たんだから、話すよ? 話さないほうが、おかしくない? フィッツだって、ザイードのことは、信用してるよね? 私に危害を加えたりしないよ? ダイスのことも嘘じゃないと思う。だいたいザイードが私を騙そうとするわけないじゃん」
「そんな話は、微塵もしていません」
「は……?」
 
 彼女の「想定」は、想定が甘過ぎる。
 というより、まったく論点がズレている。
 フィッツが言っているのは「ザイードと」話した、かつ、それを、自分に黙っていたということなのだ。
 
 害の有る無しではない。
 
 彼女は、きょとんとしている。
 首をかしげ、それから。
 
「え、えーと……あのさ、違ってたらごめんだけど……ひょっとして……」
「そうです」
「嫉妬してる? え、あれ? 今……」
「そうです、と言いました」
 
 フィッツが関わりを持ってきた人間の中で、彼女は頭がいい部類だ。
 最後まで語らなくても、理解することも多い。
 場合によっては、フィッツでは考えつかないようなこともする。
 聖魔の撃退方法なんて、自分には、とても思いつけなかった。
 
 だが、ある1点においては、非常に鈍い。
 
 なぜ気づかないのか、わからないほどだ。
 とはいえ、あえて「振り」をしているふうでもなかった。
 ティニカで教育をされ、皇宮にもいたので、鈍感な振りをする者がいることを、フィッツは知っている。
 
(彼女は、そうではなく、本当に気づいていない)
 
 そのため、打ち手がなくて、本当に困る。
 故意にそう振る舞っているのなら、無視するなり、あしらえばいいだけだ。
 計算されたものではないので、どうすればいいのかと頭を悩ませていた。
 
「これが、想定というものです」
「どんだけ先まで読んでるんだよ」
「それほどは多くはなかったですね」
「それは、フィッツだからじゃん」
「恐れ入ります」
「褒めてないよ」
 
 言い返してくるものの、彼女は、そわそわしている。
 そして、その頬は、ほんのりと赤い。
 フィッツは、どうしたものかと、困っていた。
 
 実に悩ましい。
 
 すべきことと、したいことが、完全に食い違っている。
 
 朝食について忘れているわけではない。
 忘れられるくらいなら悩んだりはしない。
 
 だが、フィッツは、情報を多数保有できるのだ。
 本来、それらを同時に解析し、最善を弾き、いくつもの対応をする。
 
 ちらっと、視線を投げられ、いよいよ困った。
 
 悩む。
 非常に、悩む。
 
「ザイードさんと話した際は、私にも教えてください」
「嫉妬するのに?」
「するからでしょう?」
「あ、まぁ……うん……そうかもね。わかった」
 
 彼女は「ザイードに下心なんてないよ」と言うが、なくはない、と、フィッツは知っているのだ。
 言わないのは、ザイードのためではない。
 
「私は、とても狭量なのですよ」
 
 ということだった。
 教えれば、多少なり意識する、と想定している。
 ザイードの気持ちを教えることで、彼女の心が、少しでもそっちに引っ張られるのをけたい。
 
(私に好意を寄せてくださっているとは、お聞きしているが……)
 
 魔物の国にいた頃より、距離もずっと近くなっている。
 彼女は、よく話すようになったし、会話も増えた。
 それでも、気にしてしまう。
 
 フィッツには、生き返るまでの記憶がなかった。
 その間のことを、様々に訊いているが、どうしても実感はない。
 自分ではなく、他人の話を聞いているようにしか感じられずにいた。
 
 ティニカの隠れ家で、彼女と2人きりで過ごせていた自分が羨ましくなる。
 
 そして「今の」自分が、どこまで許されているのかもわからなくなるのだ。
 ティニカの隠れ家で、自分は「グイグイ」と迫っていたらしい。
 聞いた時には、本当に自分の話なのか、と驚いた。
 
 『姫様を抱きしめたり口づけたり、肌にふれたりすることが許されるのですか?』
 
 そんなことを訊いたというのだ。
 対して、彼女は「フィッツがしたいなら」と答えたという。
 嫌ではない、とも言ってくれたらしい。
 
 だが、それは、あくまでも「死ぬ前の」自分だ。
 今の自分とは違う気がする。
 さりとて、今のフィッツは「グイグイ」迫るなんてできない。
 彼女は、1人の女性である前に、女王なのだ。
 
 その選択をしたのは彼女自身。
 
 つまり、魂は「カサンドラ・ヴェスキル」ではなくとも、ヴェスキルの継承者としての道を選んだ、ということになる。
 彼女は、ラーザの民やヴェスキルの継承に対して、責任を負うと決めた。
 当然だが、ティニカの自分が、ラーザの女王と結ばれることはない。
 
 ほとんどの場合、女王の王配は、エガルベなど騎士家門から選ばれる。
 ティニカが王配になった例は、1件もなかった。
 そもそも、そういう立場ではないからだ。
 
 最も近くにいながらも、けして、ヴェスキルと交わることのない血。
 
 それが、ティニカだった。
 今のフィッツは、ティニカの教えには縛られていないが、血には縛られている。
 ティニカではないと宣言すれば、たちまち彼女のそばにはいられなくなるし。
 
「このようなことでは……」
「なに? フィッツは狭量ではないよ? 私は、そう思ってないけど?」
「ですが……このようなことでは、陛下が王配を迎えられた時、自分がどうなってしまうか、わかりません」
「おうはい? なにそれ?」
「女王陛下の伴侶のことです」
「え………………???」
「女王陛下が伴侶を……魔物の国の言いかたをしたほうが、分かり易いでしょう。つまり陛下につがいができた場合、自分がどうなるのかわからない、ということです」
 
 彼女は、口をパクパクっとさせ、それから。
 
「なにそれっ?! フィッツ! いくらなんでも、それはないっ!!」
 
 怒った。
 
 もどかしそうに、握りしめた両手を、ぶんぶんと上下に振って、怒っている。
 よくわからないが、自分の「悩み」が、彼女を怒らせてしまったようだ。
 理由が「分析」できず、フィッツは焦る。
 
「申し訳ありません。私には、なにがなんだか……」
「それは、こっちの台詞だよっ!!」
 
 よけいに怒らせた。
 怒る彼女に、焦っているフィッツ、そこに。
 
「崇高なるラーザの女王、我が心のあるじカサンドラ女王陛下、アイシャ・エガルベ、僭越ながら、朝食の準備が整っておりますことを、お伝えにまいりました!」
「アイシャ・エガルベ、今は……」
「フィッツが悪い! フィッツが悪い! もうもうもう! フィッツは朝食抜きの刑に処す! アイシャ、行くよ!」
「は! ティニカ公は、朝食抜きの刑ですので、自室で謹慎を」
 
 彼女が部屋を出て、そのあとを、アイシャが追う。
 フィッツは、とぼとぼと自室に引き返した。
 と言っても、隣の部屋なのだが、それはともかく。
 
(なぜ、こんなことに……私が悪いのは間違いないようだが……)
 
 恋愛なんてしたこともなく、その過程も知らず生きてきたフィッツには、彼女が怒った理由を推測するなど、到底、できないのだった。
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