人でなし主と、じゃじゃ馬令嬢

たつみ

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前編

思い違いはしないよう 2

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 サマンサが黒髪の男性と踊っている。
 体型などものともせず、とても堂々としていて、優雅にさえ見えた。
 
「あれがローエルハイド公爵か……」
 
 母の言葉に、ティモシーは、マクシミリアンとダンスホールに駆けつけている。
 まったく信じられなかった。
 正直、サマンサが手紙に書いていた「特別な客人」との話は嘘だと思っていたのだ。
 
 ローエルハイドにも招待状は出していたが義理に過ぎない。
 アドラントから戻らないサマンサを気にしていて、結局、出席者リストを見直してはいなかった。
 婚姻を前に気弱になっているだけで、夜会直前には戻って来るだろう。
 そんな甘い期待もあった。
 
 だが、ティモシーの予想は、すべて覆されている。
 目の前の光景が、それを証明していた。
 彼女は、黒髪、黒眼の男性、まぎれもなく、ローエルハイド現当主ジェレミア・ローエルハイドと踊っている。
 
 公爵は、サマンサの腰に腕を回し、時折、親しげに耳元へと口を寄せていた。
 サマンサも、それに応えるように、公爵になにか囁きかけている。
 いかにも親密な関係に見えた。
 
「どういうことだ、ティム?」
 
 マクシミリアンに肩を叩かれ、ハッとなった。
 その話は、まだしていなかったのだ。
 ティモシー自身が信じてはいなかったし、あまりにも恥になる内容だったため、話せずにいた。
 
「……僕にも……なにがなにやら……」
 
 実際、話せることは、ほとんどない。
 サマンサの手紙は具体的な部分が省かれている。
 公爵と、どのように出会い、どういうところに惹かれたのか。
 なぜ「愛妾」なんていう立場に身を落としたのか。
 
 なにも書かれていなかった。
 そのせいで嘘だと思い込んだというのもある。
 事実ではないから具体的には書けなかったのだろう、と考えたのだ。
 
「婚約者が14歳の少女なら愛妾も悪くはないわね」
「ローエルハイド公爵様がお相手ですもの。悪くないどころではないじゃない」
「わざわざ彼女なんかを選ぶなんて……私のほうが……」
「まったくだわ……愛妾を迎えるお気持ちがあると知っていれば……」
 
 周囲から貴族令嬢らの会話が漏れ聞こえてくる。
 そのせいで混乱が増した。
 
(婚約者だと? 公爵には婚約者が……? しかも14歳……だから、サマンサを愛妾として囲ったのか……? だが、サマンサは、なぜ……)
 
 ティモシーは、知らず、両手を握り締める。
 考えられることは、ひとつだ。
 
 サマンサは愛妾でもかまわないと思うほど、公爵に心を奪われている。
 
 ホールでは、2人のほかに踊っている者はいない。
 会場の片隅に立ち尽くしているティモシーに、サマンサの視線が向けられることはなかった。
 サマンサは公爵だけを見ている。
 
「信じられないな……ローエルハイドは、代々、正妻しか迎えないものだとばかり思っていたよ。それが、愛妾だって……?」
 
 マクシミリアンの少し呆けた台詞が、胸に突き刺さった。
 サマンサは、公爵の「愛妾」なのだ。
 婚約者が14歳の少女となれば、その役割は言われずともわかる。
 2人は、とっくに男女の関係になっているに違いない。
 
 ティモシーは十年近くサマンサと一緒にいたが、女性的な魅力を感じたことはなかった。
 だが、誰しもが同じというわけではない。
 公爵は、サマンサを「気に入った」のだ。
 
 『ただの友人関係だと思っていた。それに、きみとは、なにかあったようには見えなかったしなぁ』
 
 レヴィンスの言葉を思い出す。
 サマンサが16歳になってから、ティモシーは別邸に通っていた。
 だが、本当に通っていただけだ。
 レヴィンスが言うように、サマンサとの間には、なにもなかった。
 
 母は周囲にほのめかしていたかもしれないが、婚約も公にしていない。
 長く一緒に過ごしていたとしても、それを理由にサマンサを責めることはできなかった。
 事実、なにもなかったのだから、友人だと押し切られたってしかたがないのだ。
 
 単なる友人との立場で、どうして文句がつけられようか。
 
 しかも、公爵は、サマンサと親密であるのをはばかってもいない。
 これ見よがしと言ってもいいほどに、堂々としている。
 サマンサも、自らの立場を後ろめたく感じていないようだった。
 これまでに見たことがないような、明るい表情を浮かべている。
 
「彼女、あれほどダンスが上手かったのか」
 
 ティモシーも知らずにいた。
 1度も踊ったことがない、いや、誘ったことすらないのだから知るはずがない。
 まだ周囲にはサマンサを嘲笑する者は多くいる。
 だが、ティモシーには、彼女が初めて美しく見えた。
 
「けど、まぁ……ダンスが上手くても体型が変わるわけではないしな」
 
 マクシミリアンが気遣ってくれているのは、わかっている。
 だが、ほんの少し、気に障った。
 もちろん、ティモシーだって、サマンサの体型には不満を持っている。
 とはいえ、体型そのものより、彼女が努力していないことだとか、ティモシーの立場を慮らないことだとかのほうが、大きな不満要素だったのだ。
 
 体型や外見ばかり重視しているように言われると、微妙に不愉快になる。
 まるでサマンサに良いところがひとつもないと言われているようで、気分のいいものではなかった。
 彼女に欠点があるにしても、それは「欠陥」ではない。
 性格的な部分などでは美点もあるのだ。
 
「相手が悪いと、きみの母上もわかってくれるだろう? 政略的な婚姻相手なら、いくらでもいる。十年を無駄にしたっていうのは少し痛いが、きみも私も、まだ26だ。老い先は長い」
「あ、ああ……そうだな……」
 
 マクシミリアンの慰めに、ティモシーは黙ってうなずく。
 母は、あえてサマンサを婚姻相手としたのだ。
 それが、ぶち壊しになったあげく、大恥もかかされている。
 けして自分を許しはしない。
 同時に、ティモシーのラウズワースから逃れる未来も打ち砕かれていた。
 
「そもそもティンザーは格下だ。モードのほうが、まだしも釣り合いが取れているじゃないか。この際、きみの母上に進言してみてはどうだ?」
「考えておくよ」
 
 マクシミリアンの言うことは間違ってはいないのだ。
 ティモシーにしても、母がサマンサを選んだ理由は知らずにいる。
 なにか政略的なものがあるのは確かだが、事情を事細かに説明するような母ではない。
 爵位は同等としても「格」で考えれば、ティンザーよりアドルーリットを選んでいてもおかしくはなかった。
 
 とはいえ、それも見込みは薄くなっている。
 ティモシーは、母の「期待」を裏切ったのだ。
 恐れていた通り、辺境地に飛ばされる覚悟をしなければならない。
 慎ましい暮らしはできるだろうが、王都での生活のようにはいかなくなる。
 
 そして、今の状況への混乱もおさまっておらず、受け止めきれてもいなかった。
 サマンサの心変わりが、今も信じられずにいる。
 ほんの1ヶ月前まで、彼女はティモシーだけを見つめていたからだ。
 
(僕はなにもしていない。変わったのはサマンサだ……いったいアドラントでなにがあった?)
 
 すぐ近くにサマンサがいる。
 問いただしたいのはやまやまだが、公爵と一緒では声もかけられない。
 だが、彼女との十年のつきあいは無意味なものではないはずだ。
 むしろ、今の彼女のほうがおかしい。
 
(なんとか話ができれば……サマンサの目を覚まさせられるのに……)
 
 同性であるティモシーから見ても、公爵は魅力的だと言える。
 彼女は口説かれることに慣れていないのだ。
 甘い言葉で誘惑され、経験の乏しいサマンサが、その気にさせられてもしかたがなかったのかもしれない。
 
 だが、愛妾などという関係が長続きするはずはなかった。
 おそらく公爵はサマンサを目新しさから囲っているだけだ。
 飽きれば、簡単に捨てられる。
 愛妾とは、そういう存在でもあった。
 
(今ならまだ彼女を取り戻せる。こんなのは、いっとき目が眩んでいるだけだ)
 
 曲が止まり、2人がテラスのほうに向かっている。
 公爵が飲み物を取りに行くとかで、サマンサが1人になる可能性はあった。
 危険かもしれないが、ともかく彼女と話したくて、ティモシーはマクシミリアンから、そっと離れる。
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