人でなし主と、じゃじゃ馬令嬢

たつみ

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前編

勝負と賭け 4

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 眠っているだけ、とは言われている。
 だが、なにが起きるのか、気になっていた。
 おかしなことをされるとは思っていない。
 彼は、自分との間に一線を引いたのだ。
 
 そもそも、眠っている女性に妙な真似をする輩とは違う。
 必要があれば、起きている相手を誘えばいい。
 彼なら、どんな女性でも簡単に口説き落としてしまいそうだ。
 ティンザー気質のサマンサでさえ、愛がなくてもいいとの考えが頭によぎったほどなのだから。
 
「少し説明をしておこうか」
 
 彼がベッドの縁に腰かけて来る。
 穏やかな眼差しに、サマンサを映していた。
 気まずい雰囲気より、なにもないほうがいい。
 思えば、彼に怒ってばかりの毎日を、自分は楽しんでいた気がする。
 
「ロズウェルドの者には、体の中に魔力をめておくための器がある。体の器官のひとつだね。それが、体の造りとして、ほかの国の者たちと大きく異なる点ではないかと考えられている」
「それで魔術師がロズウェルドにしか……待って……でも、ロズウェルドの人と他国の人の間にできた子はどうなるの? あなたのお祖母様は、元アドラント国の皇女様でしょう? ロズウェルドの民ではないわよね?」
 
 ロズウェルドは、この大陸唯一の、魔術師のいる国だ。
 その要因が「器」にあるとしても、他国民との婚姻は禁止されていない。
 現に、彼に言ったように、彼の祖母はロズウェルド国民ではなかった。
 
「これも推測の域を出ていない話で、ご婦人に話すには、いささか気が引けるがね。男は種を、女性は実りをもたらすのさ。端的に言えばロズウェルドの男と他国の女性の間には、器ができる。逆はない。種のないところに実りはないだろう?」
「分かり易い説明だけれど、もう少し遠回しに言ってほしかったわ」
 
 わざと渋い顔をしてみせると、彼が、ひょこんと眉をあげる。
 それから、いたずらっぽく笑った。
 
「これが、大人の会話というものだ」
「それなら我慢するしかないようね。私は大人だもの」
「その通り。では、説明を続けよう。その器が魔力を維持できる状態になるのが、魔力顕現けんげんする、ということでね。たとえ器を持っていても、魔力顕現しなければ、魔力を溜めることも、それを維持することもできない」
「魔術師にはなれないって意味でしょう? 私も魔力顕現していないから、魔術師にはなれないのよね」
 
 一般的に、魔力顕現は8歳から12歳くらいまでの間に起きる。
 魔力顕現すると、どこからともなく王宮魔術師がやってきて、王宮に連れて行かれると聞いていた。
 魔術師として、様々なことを学ぶ必要があるから、だそうだ。
 
「魔術師というのは、魔力を維持し続けられて初めて魔術師となるのだよ。単に、魔力顕現していれば魔術師になれるのではないのさ」
「そうなると……ああ、そういうことね」
 
 彼が、なにか嬉しそうに、ふっと笑う。
 サマンサは意味がわからず、横になったまま、首をかしげた。
 彼の手が伸びてきて、額にかかる前髪をかきわける。
 その指で、ちょんと額をつつかれた。
 
「きみは理解が早いな」
「この国の民なら、魔術師が国王陛下から魔力を授かっているって、誰でも知っているじゃない」
 
 すなわち、他国で器を持って産まれた子がおり、その子が魔力顕現したとしても、ロズウェルド国王との契約なしには魔力を維持し続けられない、ということ。
 さっき彼は「魔力が維持し続けられて初めて魔術師となる」と話している。
 国王との契約が結べない他国民では、魔術師になれなくて当然だ。
 なにしろ魔術師の基本となる魔力が与えてもらえないのだから。
 
「例外はあるにしても少数だ。ところで、逆に魔力顕現しなかった者の器は、どうなると思う?」
「使わない器官になるのだから、退化していそうね」
「きみの論理的思考には頭が下がるよ」
 
 どうやら正解だったらしい。
 そこで、ようやく彼の「説明」の意図を悟った。
 
「私に、もう少し蘊蓄うんちくを語らせてほしかったなあ」
 
 彼も、サマンサが悟ったのを察したようだ。
 わざとらしく残念がっている。
 しかも、楽しそうに。
 
「私の器は、退化していない」
「退化といっても、なくなるわけではなく、本来は成長に合わせて小さくなる。だが、きみは体の成長とともに、器も育ってしまったってふうかな」
「無駄だわ。魔力顕現していないのに」
「だから、エネルギー効率が悪いのさ。普通なら体が使うはずのエネルギーを、器が食べてしまっているようなものだ」
 
 理屈がわかると、納得ができた。
 今の体型自体が器の影響による。
 そして、食べてもエネルギーは器が消費しているため、太りはしない。
 だが、食べなければ器にかかるエネルギー不足のため、ぶっ倒れる。
 
「でも、食べられる量には制限があるみたいよ? 1度に、たくさん食べることはできなかったもの」
「器が食べるのは、あくまでもエネルギーだけなのだろうな」
ごのみするなんて、器って厄介ね。どうせ食べるのなら、好き嫌いせずにいてくれれば、私が苦労することはなかったのに」
「器は、魔力を溜める器官として存在しているようだからね。物理的なものは受け付けないのじゃないかな」
 
 サマンサは、自分の体について、なにも知らなかったのだと知った。
 この体型に、魔力や器が関係しているとは考えたことがない。
 そういうものは、魔力顕現した魔術師だけの話だと思っていたからだ。
 
「それなら、あなたは私が眠っている間に、その器をどうにかしてくれるのね?」
「ご明察」
「魔力顕現していない場合の、体に見合った大きさにするとか?」
 
 彼が軽く肩をすくめる。
 きっと返事をしないのが、返事だ。
 
「え……まさか、あなた、私の体の中に手を突っ込んで……」
「具体的には、考えないがいいよ、きみ」
「そうね……そのほうがいいって気がするわ……」
 
 彼の「処置」中、眠っていられるのは幸いだった。
 意識のあるまま、体内をかき回されるなんて、ゾッとする。
 痛くはないのかもしれないが、相当に気持ちが悪いことになりそうだ。
 
「明日の夜、目が覚めた時には、器の問題は解決しているだろう」
「そのあと、私は苦しむのかしら」
「半日か、それ以上は、動くのも難しいってほどに」
「それを乗り越えたら?」
「動けるようにはなるが、しばらく体調不良が続く。体が変化に馴染むまではね」
 
 しばらくというのが、どのくらいの期間かはともかく、我慢するよりない。
 永遠に呻き続けるわけではないのだし。
 
「すぐに、すらっと細身になれるのかと思っていたわ」
「そこまで魔術は万能ではない」
 
 風船がしぼむみたいには、いかないのだろう。
 それでも、最終的に望む姿になれるのなら、贅沢は言えなかった。
 変われるだけでも奇跡に近いことなのだ。
 彼と関わらずに生きていたら、生涯、この姿のままだった。
 
「だが、きちんと食事をして、睡眠をとらなければいけないよ?」
「そうなの?」
「急に、今までの生活を変えれば体がついていけなくなる。むしろ、馴染みにくくなるだろう。それと、尖塔を登ったり降りたりするのは禁止だ。普通に倒れる」
「今だって、していないじゃない」
 
 サマンサは答えながら、ちょっぴり笑う。
 自分の愚痴やら弱音やらを、彼は笑い話にしてくれた。
 その話をする時は、惨めな気分になるかと思っていたのに、逆だったのだ。
 とても気楽に、笑いながら話していた自分を覚えている。
 
「きみは、なにをしたい?」
 
 変わったあと、ということだろう。
 実際的なことは、なにも考えていなかった。
 生涯、この姿で嘲られ続けるのが嫌だっただけだ。
 けれど、なにも考えていないだなんて、せっかく手を貸してくれる彼に申し訳ない気がした。
 無理矢理に、したいことを捻り出す。
 
「大胆なドレスを着てみたいわね」
「用意しておこう」
「そのドレスを着て、外出をして、みんなを驚かせたいかも」
「考慮する」
 
 サマンサは手を伸ばし、彼の手を握った。
 黒い瞳を見つめて言う。
 
「やけに大盤振る舞いしてくれるのね」
 
 彼は、後ろめたさを感じているのだろうか。
 この提案は、彼にとっての「埋め合わせ」なのだ。
 愛を不要としたことに、罪悪感をいだいているのかもしれない。
 
 彼の手を握っているサマンサの手を、彼が掴み直してきた。
 その彼女の指先に、彼は、そっと口づける。
 そうしながら、じっと目をつむっていた。
 
「これから、きみを寝かしつける」
 
 サマンサは口を開きかけて、やめる。
 なんとなく、この静かな時間を大事にしたかったのだ。
 
「そのためではないが……そのためだと思ってくれ」
 
 彼がサマンサの手を離す。
 その手で、彼女の目を覆った。
 彼の手の下で、サマンサは目を伏せる。
 
「おやすみ……サミー……」
 
 ふわりとした感触が唇にあった。
 これは、けして「おやすみ」の口づけではない。
 わかっていたけれど、サマンサはなにも言わず、その口づけを受け入れる。
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