人でなし主と、じゃじゃ馬令嬢

たつみ

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前編

変わり始めたこと 4

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 サマンサが眠ってすぐ、点門てんもんでテスアに来た。
 
 テスアでは、ベッドではなく、床にマットレスに似た厚みのある敷物を置き、その上で眠る。
 これは「布団」と呼ばれていた。
 床に敷くほうを「敷布団」、上掛けを「掛け布団」という。
 ロズウェルドや他国にはない文化だ。
 
 彼が暮らしていた当時に使っていた宮は、ずっと維持されていたらしい。
 手入れが行き届いており、古びた感じはしなかった。
 彼の生活領域となっていた宮は、国王の間から北西の一角にある。
 ここは寝所、ロズウェルドでいう「寝室」だ。
 
 彼は、敷布団に横たわっているサマンサの横に座っていた。
 周囲には、かつてと同じく、凄まじい魔力疎外がかかっている。
 国の「境」を吹きすさぶ雪嵐の影響だ。
 
 彼の叔母の代に弱まっていた時期があったそうだが、今は力を取り戻している。
 叔母は黒髪、黒眼の「人ならざる者」だった。
 その叔母の魔力により、向こう3百年は雪嵐が弱まることはないと聞いている。
 
 相当に腕のたつ魔術師であれば無理に転移して入り込むことはできるが、それを彼の父は嫌った。
 母の住む国を脅かされたくなかったのだろう。
 そのため、国中、とくに宮には、至る所に転移疎外の魔術道具が置かれている。
 
 魔力の供給源は、テスア内のどこかにあるらしい。
 雪嵐を造っているのと似た構造のようだが、彼は知らずにいた。
 おそらくラスは知っているのだろうが、国防の関係で黙っているに違いない。
 思えば、国王であるラスを問いただすことはできなかった。
 
 つまり、現在、テスアに入れるのは、点門の「点」を持っている彼だけなのだ。
 点門は、点と点を繋ぎ、特定の場所に移動する。
 片方の点だけでは意味がない。
 テスア内部の「点」の位置は、テスアの国王とローエルハイドにのみ受け継がれていた。
 
 つきあいのなくなっていたロズウェルド王族に、父が教えなかったからだ。
 祖父の代まではあった懇意さは、父の代で途切れている。
 彼も父に倣い、ロズウェルド王族とはつきあってこなかった。
 
「ジェレミー……」
 
 小声に、ふっと笑う。
 気配は殺していたようだが、気づいていた。
 振り向くと、戸がわずかに開いており、ノアが目だけを覗かせている。
 後ろにはラスもいるようだ。
 
「きみたちは魔力持ちではないからね。入ってもかまわない。ああ、でも、静かに頼むよ」
 
 そろりと2人が入ってくる。
 ロズウェルドの者では、ここまではできない、というほど気配を消している。
 かすかな足音も聞こえなかった。
 きっと彼を心配して、様子を見に来たに違いない。
 
 回り込み、布団を挟んで、彼の向かいにラスが座る。
 ノアは、彼の隣に腰をおろしていた。
 2人とも背筋を伸ばし、正座をしている。
 
 ロズウェルドには正座という文化はない。
 だが、かつての宰相ユージーン・ウィリュアートン編纂の「民言葉の字引き」に載っている言葉だ。
 真剣な時や礼儀正しく振る舞う時、そして「叱られる時」に、おもに使う座りかただと記されている。
 
「へえ……綺麗な女だな。病気か?」
 
 ノアは、サマンサが病にかかっていると思ったようだ。
 彼女が「美しく」見えているノアにとっては、ほかに考えようもない。
 ラスは黙って、サマンサを見つめている。
 だが、貴族らの嘲りを含んだ眼差しとは違う色を漂わせていた。
 
「きみたちの持たない器がね。彼女は、大き過ぎるのさ」
「この女子おなごは、魔力顕現けんげんしておらぬのだな。その気配がない」
「だね。母上や伯父上、それにジェレミーみたいな雰囲気がないもん」
「それも問題なのだよ。使いもしない大きな器は、邪魔にしかならないだろう?」
 
 ノアは納得顔で、うんうんと、うなずいている。
 対して、ラスは難しい表情を崩さなかった。
 彼のしようとしていることを、正しく理解しているのだ。
 そこに伴う危険も察しているに違いない。
 
「ノア。ジェレミーが術を使うておる間は黙っておれよ?」
「わかってるってば。集中しなきゃいけねーんだろ?」
「間違いは許されぬのだ」
 
 ラスが、彼に向かって小さくうなずいてみせた。
 彼は、それを合図に、大きく息を吐く。
 室内の気温が、ぐっと下がった。
 普通の者ならば、恐れをなして気絶している。
 けれど、2人は平然としていた。
 
(私が魔力顕現した時も、3人は平気な顔をしていたな)
 
 なにしろ「人ならざる者」である叔母の子たちだ。
 常に強大な魔力の気配にさらされていたので慣れている。
 彼が気楽でいられる理由のひとつでもあった。
 ロズウェルドの貴族にとっては恐怖でも、彼らには「だから、なに?」くらいの感覚でしかない。
 
 彼は、そっとサマンサの腹の上に手を置く。
 エネルギーの流れからすると、その辺りに器があると見定めていた。
 人それぞれ、器の位置は固定ではないのだ。
 必ずしも腹部にあるとは限らない。
 
 魔術師が相手であれば、魔力感知により器の位置を探れる。
 だが、サマンサには魔力がなかった。
 そのためエネルギーの動きから推測している。
 エネルギーというのは、いわゆる「熱」のことだ。
 
 サマンサには、その熱量の高い場所が3つある。
 もちろん起きている時には、もっと細かく増えるが、今は関係ない。
 その3つのうちの2つは無視できる。
 ひとつは脳、もうひとつは臓器。
 どちらも、サマンサでない者にも見えるエネルギーの集中する場所だ。
 
 結果、最後のひとつが器のある場所となる。
 それが腹部だった。
 
 乗せた手から魔術の糸を垂らす。
 けれど、けして「器」に入れてはならない。
 わずかにでも落ちれば、魔力顕現を誘発してしまうからだ。
 
 普通、魔力の供給が断たれると、器は、その機能を失う。
 とはいえ、サマンサの器は「特別性」だった。
 サマンサが未顕現であるにもかかわらず、成長し続けている。
 ならば、機能を失っていない可能性は高い。
 
(だが、彼女は18歳だ……この歳で魔力顕現などすれば、体がたない)
 
 魔力顕現時の魔力が暴走し、体のほうが壊れてしまう。
 彼の言う「自分がしくじれば彼女が死ぬ」というのは、そういうことだ。
 器を小さくする魔術をほどこしながらも、器には、いっさいの魔力を落とさない。
 かなりの集中力と緻密さを要する。
 
 彼は垂らした魔力糸を、器の外側に巻き付けていく。
 少しずつ絞り込みながら、ゆっくりと適切な大きさに整えるのだ。
 当然だが、サマンサの器は空っぽ。
 魔力顕現している器と違い、内側からの抵抗はない。
 
 焼き上げられておらず、粘土の柔らかさを持った陶磁器の瓶を、外側から押し、形を整えていくのと似ている。
 だが、それだって、下手へたに力を入れて押せば、たちまち壊れてしまうのだ。
 ましてや、目に見えないぶん、作業は困難だと言える。
 
 空気は研ぎ澄まされ、冴え冴えとしているのに、彼は額に汗していた。
 ともすれば、魔力糸を操っている指先の感覚が震えそうになる。
 彼にとっても初めての経験なのだ。
 勝算はあっても、確信はなかった。
 我ながら、こんな確信の持てないことをするなんて、と自分に呆れている。
 
(かなり小さくなったな。あと少しで……きみの望む姿になれるよ、サミー)
 
 思った時だ。
 彼の魔術のせいなのか、ふわっと布団が持ち上がる。
 サマンサの体が浮き上がりかけた。
 彼の動きは制限されており、身動きが取れない。
 
 バン、バン、バン、バンッ!
 
 4つの音が響く。
 ついで、すぐに布団が床に固定される。
 視線だけを走らせると、四隅に杭のようなものが打ち込まれていた。
 ラスとノアに視線を投げてから、彼は微笑む。
 すぐにサマンサに意識を戻した。
 
 再び、魔力糸で器を雁字搦めにしていく。
 時間をかけ、それを小さく小さく縮めた。
 テスアに来たのは昼過ぎだったが、すっかり夜が更けている。
 彼は汗みずくになっていた。
 
 はあ…と、大きく息をつき、やっとサマンサの体から手を離す。
 前かがみなっていた体を後ろに倒し、両手で支えた。
 魔力自体は、さほど使っていないのに、全身に疲労感がある。
 治癒の魔術を使う気にもなれないほどだ。
 
 理由は不明だが、テスアでは、なぜか魔力が回復しない。
 雪嵐のせいなのかもしれないが、常には意識していない魔力の減少を感じる。
 彼にとっては微々たるものではあれど、そういう感覚があること自体が特殊と言えた。
 だが、特殊だというだけで、この疲労感の理由には成り得ない。
 
「お疲れサン」
「無事、終わったようだな」
 
 2人に声をかけられ、苦笑いをもらす。
 ロズウェルドで恐れられている「人ならざる者」が、とんだ無様をさらしている。
 それでも、2人の前なら、それも有りだ。
 だいたい、ラスとノアがいなければ、しくじっていたかもしれない。
 
「助かったよ」
 
 ノアが、にひっと笑う。
 ラスは、思い出しているのか、顎のあたりを手でさすっていた。
 
「一瞬、ひやりとしたぞ」
「万が一、賊が入ってきた時にって思って、独鈷どっこ、持って来といたんだ」
 
 テスアには独自の武器が多く、主流は片刃武器の「刀」と呼ばれるものだ。
 ノアの言った独鈷も、テスアにしかない両端が尖った短い棒状の武器だった。
 
 父は、魔術が使えない叔父と、何度か魔術ありきで「手合わせ」をしたらしい。
 が、負けはしないまでも、何度も腕や足を斬り飛ばされたと語っている。
 ラスもノアも、その叔父譲りの武器の使い手なのだ。
 
「ジェレミーよ。その女子は、しばらく眠っておろう? 久方ひさかたぶりに、3人で湯にでも浸からぬか?」
「いいね、そうしようぜ! ジェレミー、汗だくだしなー。そんなんじゃ、彼女に嫌われちゃうぜ?」
 
 ちらっとサマンサに視線を投げてから、彼は立ち上がる。
 確かに、今は魔術を使う気にはなれなかった。
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