人でなし主と、じゃじゃ馬令嬢

たつみ

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前編

嫉妬と誤解 2

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 サマンサは、馬車を降り、ラペル公爵家の前に立っている。
 庭は簡素で、あまり手入れが行きとどいていない。
 屋敷まで続く小道の敷石も、ところどころ割れていた。
 ローエルハイドの御者とラナは、馬車のところで待っている。
 このさまを見たら、きっとラナに心配をかけたに違いない。
 
 屋敷には、なにやらどんよりとした雰囲気が漂っていた。
 近づくに連れ、本当に公爵家なのかと疑いたくなる。
 ラペルにも、いくつかの下位貴族はいるのだ。
 実際、アシュリーの実家であるセシエヴィル子爵家はラペルの下位貴族だった。
 
(税収がないわけではないのに、いったいどういうことかしら?)
 
 首をかしげながら、扉の前に立つ。
 門から扉に着くまで、勤め人の姿も見ていない。
 庭師の影すらなかった。
 
(まぁ、いいわ。なにか事情があるのだろうし、人の家を詮索するのは失礼よね)
 
 気を取り直し、サマンサは扉を叩く。
 今日は、フレデリックに会いに来たのだ。
 ラペル公爵家の監査に来たのではない。
 
 扉が、すぐに開いた。
 見慣れた顔が、サマンサを迎えてくれる。
 思わず、笑顔になった。
 
「相変わらず、目が覚めるほど美しいね、サマンサ」
「あなたも、相変わらず、嘘つきね、フレデリック」
「どのあたりが嘘だって言うのさ」
「目が覚めるほど、ってところよ」
 
 明るく笑い、フレデリックが中に入れてくれる。
 そこに、年上の男性が現れた。
 ロズウェルドでは、35歳を越えると見た目に変化が乏しくなる。
 だが、サマンサは、その人の持つ雰囲気から、だいたい見当がつけられるのだ。
 
「初めてお目にかかります、ラペル公爵様。サマンサ・ティンザーにございます」
 
 ドレスの裾を持ち、腰を低くして、頭を下げた。
 フレデリックとは似ていなかったが、ラペル公爵家の当主だとわかる。
 身につけている服装で、判断ができた。
 
「当主のハワード・ラペルにございます。サマンサ姫」
 
 顔を上げたサマンサに、ハワードが会釈を返してくる。
 サマンサは、そのことに、少し引いてしまった。
 確かに、ラペルよりティンザーのほうが格上ではある。
 だが、いち令嬢に対する、公爵家の当主としての態度とは思えない。
 
(丁寧なのは悪いことではないわ。でも……)
 
 フレデリックには悪いと思うものの、これでは「落ちぶれ貴族」だと侮られてもしかたない。
 高圧的になる必要はないが、それなりの態度というものがある。
 
「父上、彼女は、僕に会いに来たのです。時間もないので、挨拶は、そのくらいにしてください」
「しかし、彼女は……」
「早く2人になりたいので、お構いなく」
 
 そっけなく言い、フレデリックはサマンサの手を取り、さっさと歩き出した。
 ハワードは追って来ない。
 
「まったく……僕が、父上のことを嫌っていても、不思議じゃないよな」
「お父様のことが嫌いなの?」
「向こうだって、僕を嫌っているさ」
 
 フレデリックが、どんどん歩いて行く。
 それでも、歩調はサマンサに合わせていた。
 どこに行くのか、階段を降りて行く。
 降りた先は長い廊下になっており、扉がいくつも並んでいた。
 その1番手前の扉を、フレデリックが開く。
 
「まあ……中は、とても素敵ね……驚いたわ」
「上は、普通の来客用だよ。落ちぶれ貴族も楽じゃなくてね」
 
 室内は、見た目に豪奢というふうではないが、品が良く、質の良い装飾品で整えられていた。
 大小、様々な形に加工された大理石を組み合わせてできた天板に、細かな細工のされた枠の取りつけられたテーブルが、中央に置かれている。
 それを挟み、カウチに近い形の、小ぶりなソファが2つ。
 
「どうぞ、くつろいでくれ。ここは、僕の私室だから、気遣いはいらない」
 
 サマンサに席を勧めるが、フレデリックは座らない。
 腰をかけながら、サマンサは、フレデリックの姿を目で追った。
 壁際に置かれている、どっしりとした木製のテーブルの上には、ティーセットが置いてある。
 
「あなた、自分でお茶を淹れるの?」
「僕は、公爵様みたいに魔術が使えないからなぁ。自分の手を使うしかないよ」
「メイドはいないのかしら?」
「いるけど、呼ばない。この部屋に、人を入れるのは好きじゃないからね」
 
 明るく振る舞ってはいるが、存外、フレデリックは「偏屈」らしい。
 慣れた手つきで、魔術道具らしきものを操り、紅茶を淹れている。
 いつも自分でやっているのだと信じられるほど、迷いがなかった。
 ティーカップを2つ乗せたトレイを手に、フレデリックが歩み寄ってくる。
 
 カップを並べ、トレイをテーブルにたてかけてから、ソファに座った。
 スノッブな服装とは似つかわしくない、品のある仕草に感心する。
 前かがみになった際に見えた、サスペンダーと、首にかけた青いガラス玉つきのネックレスはいただけなかったけれども。
 
「その格好も、ふざけた態度も、彼のため?」
「まぁね。愚かな者のほうが周りの関心を引かずにすむし、警戒もされないだろ」
 
 フレデリックは、まるで悪びれていない。
 周りにいる貴族たちを、全員、馬鹿だと思っているのだ。
 本来、不愉快になりそうな態度ではあるのに、なぜか嫌味がなかった。
 
「あなたが嘘つきなのは、疑う余地がないわ。なのに、なぜ?」
 
 サマンサの問いを、正しく理解したのだろう、フレデリックが、ニッと笑う。
 ちょっぴり意地の悪い顔になっていた。
 
「だって、きみには通じないもの」
 
 あっさりと言い切り、フレデリックは紅茶を口にする。
 勧められてはいなかったが、サマンサも気にせず、カップを手に取った。
 フレデリックに感じていたものが間違いではなかったと、確信している。
 彼に言いかけて、やめた言葉だ。
 
 『嘘をつくということと不誠実さは必ずしも一致しないわ。彼の場合は、そうね。それに、フレデリックは……』
 
「彼に忠実なのも、同じ理由でしょう?」
「僕が、きみを気にいったのも、公爵様と同じ理由ってくらいにね」
 
 フレデリックは嘘つきだ。
 それと同時に、相手の嘘を簡単に見抜く。
 だからなのか、自分の嘘が通用しない相手に「一目置く」ところがあるらしい。
 逆に、自らの嘘が通る程度の者に対しては「馬鹿だ」と切り捨てているのだ。
 
「言っておくけれど、あんまりいないのだぜ?」
「意外ね。あなたの嘘って、私には、とても分かり易く感じるわ」
「そりゃあ、きみが嘘をつかないからさ。人ってのは、相手のためだとかの理由をつけて、いくらでも嘘をつくからなぁ」
「相手を傷つけたくなくて、嘘をつくこともあるでしょう?」
「それって、本当に相手のため? 僕には、そうとは思えないな」
 
 フレデリックが紅茶を片手に、器用に肩をすくめる。
 その仕草が、少し可愛らしく思えた。
 きっと、彼の真似をしているのだ。
 彼に比べると「まだまだ」だけれど、それはともかく。
 
「話すか、話さないか。その2択ということね」
「その通りだよ、サマンサ。たとえ事実は変えられないとしても、事実と真実は、違うじゃないか。本人が信じることが、真実だろ? 事実を知って、それを、どういう真実に置き換えるかは、本人次第さ。自分を気遣ってくれているのか、傷つけようとしているのか。その判断をするのも本人だ。人が取り上げるべきじゃない」
 
 フレデリックは平気で嘘をつくが、不誠実ではない。
 なにしろ、嘘が通用しないと判断した相手には、さっさと嘘に見切りをつけて、潔く正直者になってしまうのだから。
 
「あなたは嘘つきだから、お父様に嫌われているの?」
「しかたがない、父上には、僕の嘘が通じてしまうからね。それが気に食わないのだろうし、気持ちが悪いらしい。父上のお気に入りはバービーみたいな奴なのさ」
「バービー?」
「バーヴィック。僕の弟だ。純真無垢みたいな顔をして、下手へたな嘘ばかりつく」
「相手のために、っていう嘘?」
 
 フレデリックが、軽く何度もうなずいた。
 父親と弟には辟易しているようだ。
 家族に認められたいとは思っていないのだろう。
 
 フレデリックは、彼の役に立てれば、それでいいと思っている。
 サマンサにも覚えのある想いだ。
 持ち駒としてでもいいから支えたいと感じたのを、思い出していた。
 
「父上は、本当は、バービーに家督を継がせたいと思っている。僕だって、家督に興味なんかありゃしない。だけど、公爵様が僕を選んでくださったからね」
 
 フレデリックの声が弾み、瞳が輝いている。
 家督はどうでもいいのだろうが、彼に認められたのが嬉しいのだ。
 ふと、思い立った。
 
「あなた、彼に頭を撫でられるのが好きでしょう?」
「公爵様から聞いた?」
「あなただとは聞いていないわ」
 
 フレデリックが、意外にも照れたような顔をして笑う。
 彼が頭を撫でたくなる気持ちがわかるような気がした。
 そんな些細なことで喜ぶのなら、いくらでも撫でてあげたくなる。
 フレデリックは、そういう表情を浮かべていた。
 
「初めて、公爵様にお会いした時、公爵様は、僕に嘘をついてごらんと仰った」
「ついたの?」
「僕は5歳でさ。自分の嘘が通じない相手がいるのを知らなくてね」
「なんて、やんちゃなのかしら。彼に挑むなんて」
 
 サマンサが笑い、フレデリックも笑う。
 もっと別の話をするつもりだったのに、彼を話題にするのが楽しかった。
 
「それで、どんな嘘をついたの?」
 
 フレデリックが、人差し指を天井に向ける。
 目を閉じ、とても真面目くさった口調で言った。
 
「僕は嘘をつかない」
 
 それから、サマンサに視線を向け、片目をつむってみせる。
 自慢げな仕草が、子供じみていて、小さなフレデリックを想像させた。
 
「まあ! とっても頭のいい嘘だわ」
「5歳にしては、まあまあだろ?」
「それで? 彼は?」
「僕には才能がある、と言って、頭を撫でてくださったのだよ。あれは本当に嬉しかったなぁ」
 
 彼らしい、と思う。
 人の心の奥深くに、冷たく切り込んでくるくせに、ちゃんと、それを受け取ってくれるのだ。
 それを思い出し、つい、本来の目的を忘れて、サマンサは言った。
 
「ねえ、フレデリック。今度は、私の話も聞いてくれるかしら?」
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