人でなし主と、じゃじゃ馬令嬢

たつみ

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前編

線引きは誤らないよう 1

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 年が明けて、半月ほどが経つ。
 年の終わりからにかけて、ばたばたと慌ただしかったのは幸いだ。
 サマンサの私室を訪ねてはいが、たいてい彼女は眠っていた。
 相変わらず、花を残すのはやめられずにいたものの、直接の会話をせずにすんだことで、ひと息つけたと言える。
 
 年明けから、サマンサは、フレデリックと何度か会っていた。
 ジョバンニに手配をさせたのは、彼だ。
 気に食わなさはあっても、それを表面には出さずにいた。
 サマンサが距離を取りたがっていることには、気づいている。
 
「これからのことだけれど、1度、まとめておかない? できれば、すり合わせをしておいてくれると助かるわ」
 
 久しぶりに、サマンサと2人きりだ。
 新年の挨拶回りも終わり、屋敷内も落ち着いていた。
 挨拶回りと言っても、彼やサマンサが出かけて行くのではない。
 ローエルハイドの屋敷を、人が訪れるのだ。
 
 今年は、例年になく、来客が増えている。
 とはいえ、ほかの高位貴族ほどではなく、格付けからすれば、考えられないほど少数なのだけれども。
 
 セシエヴィル子爵家からは、アシュリーの両親が来ている。
 首でもねられに来たのかと思うほど怯えていた。
 にもかかわらず、終始、彼にへつらっていたのが、不快だった。
 アシュリーが会っておきたいと言わなければ、屋敷の1キロメートルは手前で、馬車を壊していただろう。
 
 そして、ティンザー家の3人。
 こちらは、気分良く、会話を楽しめている。
 3人は、もうほとんど彼に怯えなくなっていた。
 むしろ、しきりに彼に感謝してくる。
 
「実は、きみに、ちょいと手を貸してもらいたいこともあってね」
「今度は、筋書きの変更はなしにしてもらいたいわ」
「どうかな。臨機応変さも必要だろう?」
 
 彼は、あえてサマンサの向かい側のソファに腰かけていた。
 足を緩く組み、ラナの出してくれた紅茶を飲んでいる。
 ラナは、いぶかしげにお茶とケーキを置いて、退がっていた。
 いつもは用意だけしておけば、彼が勝手に出していたからだろう。
 
 向き合っていると、サマンサの姿を上から下まで眺められる。
 初めて会った日とは違い、ほっそりしていた。
 外見だけのことで言うなら、女性的な魅力は増している。
 彼にとっての「女性的な魅力」とは違うが、それはともかく。
 
「即興も交えたお芝居ということね」
「そうだよ。そのほうが、臨場感がある」
「あなたの悪趣味につきあわされる身にもなってほしいものだわ」
「きみなら、どういうターンもステップもこなせるさ」
 
 軽口を叩きつつ、サマンサの紅茶を飲む仕草に見惚みとれた。
 体型が変わろうと変わるまいと、その優雅さは変わらない。
 外見の変化を望んだのは、サマンサだ。
 当初は戸惑っていたようだが、最近は、少しずつ慣れてきている。
 
(そういえば、そのことでも、彼らには感謝されていたっけ)
 
 まだサマンサが、アドラントで、うんうんと唸っていた頃だ。
 彼は、王都のティンザーを訪ねている。
 事と次第を、かいつまんで話しておいた。
 
 サマンサが話そうとすれば、どうしたってティモシーやマクシミリアンの言葉を引き合いに出さなければならなくなる。
 彼女は幼い時から18歳になるまで、あの体型で過ごしてきた。
 今さら「嘲笑に耐えられなくなった」では説得力に欠けるのだ。
 
 そのあと、劇場に行く前、彼はサマンサの同意を得て、模画かたがの魔術を使った。
 相手の姿や、その場の光景を写し取り、出来上がったものは「写真」と呼ばれている。
 その写真を、彼は劇場に行く前に、彼らに渡してきたのだ。
 色は再現できないものの、彼らはサマンサの光輝くような姿に、感激している。
 母親のリンディだけではなく、ドワイトやレヴィンスも目に涙を浮かべていた。
 
 そういうこともあって、彼らは、彼とサマンサとの婚姻に前向きなのだ。
 彼も、ティンザーならば、ローエルハイドを利用することはないと信じられる。
 別邸の建て直しを、レヴィンスは本気で拒否していたのだから。
 
(当の本人には、まったく、その気はないようだが)
 
 サマンサは、とっととカウフマンの問題にケリをつけて、ここを去ろうと考えているに違いない。
 だから「すり合わせ」などと言い出したのだ。
 これまで、彼女は、彼の「予定」を気にしてはいない。
 与えられた配役をこなせばいいと、彼に連れ回されるだけだった。
 
「きみと、アドラントの街を散歩するつもりだ」
「単なる気晴らしではなさそうね」
「カウフマンの血を探す」
 
 サマンサが眉をそひめる。
 大きな枠組みでの雰囲気は感じ取っているのだろうが、具体的な意味までもは、捉えられずにいるのだろう。
 彼は、紅茶を口にしつつ、なんでもなさそうに訊いた。
 
「あまり気分のいい話ではないのだが、どうするね?」
 
 サマンサが、カップをテーブルに戻す。
 彼を、一直線に見つめ返してきた。
 薄い緑色の瞳に、揺らめきはない。
 その瞳を見つめ、彼も、カップを置く。
 体を少し前にかがませ、両腕を膝に乗せた。
 その手の指を、軽く交差させる。
 
「私は、カウフマンの根を断ちたいと思っている」
「アドラントだけではなく、ということ?」
「幅広く、ということになるだろうな」
「豪商ではあるけれど、商人じゃない? あなたは、なにを問題にしているの? 領地返還のことだけではないのでしょう?」
 
 彼は、話すべきか、ほんの少し躊躇した。
 本当に、気分の悪い話だからだ。
 さりとて、サマンサなら、わずかな糸口で察してしまうに違いない。
 あらかじめ知っておいたほうが、動揺せずにすむ。
 
「奴は、アドラントを領地返還させたのち、貴族らに割譲する気だ。だが、それは金のためではない。まぁ、副産物として儲かったり、貴族らが勝手にありがたがったりするのを、拒否したりはしないだろうがね」
「ということは、アドラントをバラバラにするのが目的? 理由は不明だけど」
「隠したい事情があるのさ」
 
 彼は、サマンサの薄緑色の瞳を、じっと見つめた。
 ジョバンニ以外で、内状を話すのは、サマンサが初めてだ。
 真摯なまなざしに、彼も軽口は叩かない。
 
「奴は、アドラントを飼育場にして、人を作っていた。奴が、というよりも、奴の一族が、と言ったほうが正しいだろう」
「人を作るって……まさか……血筋のことじゃないわよね?」
 
 彼は、返事をしなかった。
 サマンサの顔色が蒼褪める。
 正しく理解すればするほど、ゾッとせずにはいられない。
 彼ですら、ゾッとしたほどだ。
 
「どうして……商人が……? 貴族でもないのに……」
「商人が貴族より貪欲だからさ。貴族は家督で満足するが商人は違う。奴らには、人も国も関係ない。財を増やせるのなら、どこにでも行くし、誰とでも会う。とはいえ、だ。これは一般的な商人の話でね。カウフマンは、それすらも目的とはしていない。性質たちの悪い一族なのだよ」
「……アニュアルフレアバンのようだわ……花なら可愛げがあるけれど……」
 
 アニュアルフレアバン。
 どこかの国では、ヒメジョオンと呼ばれている花。
 どこの国でも見かける花。
 
「上手いことを言うね。その例えは正解だ、サム」
「ティンザーの屋敷の庭師が、いつの間にか咲いていたと言って、抜いているのを見たことがあるの。花は可愛らしかったのよ? でも、ほかの花や植木に悪い影響があるのだとか……薄気味悪いわね。そんなふうに、知らない間に国中に……その血筋が広がっている、ということでしょう?」
 
 サマンサは青い顔のまま、眉をひそめていた。
 カウフマンの一族は、雑草と同じだ。
 ただ美しいだけの花ならば、知らぬ間に咲いていようが放っておいた。
 だが、周りに「悪い影響」を与えるのなら、放ってはおけない。
 
「どうやって血筋を広げていったのか、深く考えたくないわ」
「やめたがいい。気持ち悪くなって吐くかもしれない」
 
 アドラントに契約婚で送りこまれた者は精鋭なのだ。
 本国で、より良い、より強い種を作り、アドラントに持ち込む。
 当人同士は、おそらく自らの血の出どころなど知らずに、さらに血を濃くした。
 
「ジェシーという少年が、カウフマンの元にいる」
「特別な子なのね?」
「カウフマンとローエルハイドの血を持つ奇跡の子さ」
 
 サマンサが、ハッとしたような顔で口を閉じる。
 それから、大いに顔をしかめた。
 
「チェスディート・ガルベリーを知っているかい?」
「当然よ。1世代前の国王陛下じゃない。ガルベリー13世で……確か、皇太后が……ローエルハイド、出身……」
「ローエルハイドを名乗っている男は、外に子を作っていない」
 
 チェスディート・ガルベリーは王族だったが、12歳の頃に家出をしている。
 叔母曰く「かなり奔放な人」だったらしい。
 ガルベリー13世チェスディートは、叔母の従兄弟にあたる。
 祖父の妹の息子、つまり大公の娘の子なのだ。
 
「あなたは男系の血筋、ガルベリー13世は女系の血筋ということね」
「その通り。家出中に商人に関わらずに生きていくのは難しい。おそらく意図的に女性をあてがわれていたのじゃないか、と思う。本人は、子を成していることさえ知らされていなかったはずだ」
「でなければ、認知されていたから?」
「王族に取られてしまっては意味がなくなる。まぁ、そういうところだろう」
 
 サマンサが大きく溜め息をつく。
 彼のやろうとしていることに、察しがついたらしい。
 
「あなた1人で立ち回るには大変そうだわ。でも、その奇跡の子だけは、あなたが面倒を見なくちゃならないわよね。あとは、あの野暮執事にフレデリックと、私? ずいぶん手駒が少ないじゃない」
「実際には、もう少し人手はあるが、きみに大きな負担がかかるのは否めない」
「それは、そうよ。向こうは、私を殺したがっているもの」
 
 大変な事態に巻き込まれているのに、サマンサは、なんでもなさそうに言った。
 見つめられていると、今さらに気づいたのか、彼女が軽く両手を広げる。
 
(まいったな……勘違いしそうになるじゃないか……)
 
 サマンサの仕草が「抱き締めてあげる」とでも言っているかのように、見えた。
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