144 / 164
後編
伸ばした手にあるものは 4
しおりを挟む
ジェシーとサマンサの間に、彼は立っていた。
ジェシーの足元には、脱ぎ捨てられた「ティモシー・ラウズワース」がいる。
かろうじて顔の造りで、ティモシーだとわかる程度だ。
そこいら中に血が飛び散っている。
カウフマンは自らを囮にした。
最期までジェシーを生かそうとしたのだ。
おそらく、元々、捕まるつもりでいたのだろう。
トリスタンが踏み込むのが早かったので、その手間が省けたと思っていたのかもしれない。
カウフマンが捕まれば、必ず彼が来る。
それを見越していた。
ジェシーが体を復元させる時期も計算ずくだったのだ。
(カウフマン……せいぜいトリスタンに弄ばれるがいい)
もう少しで、してやられるところだった。
彼はジェシーを認識していなかったからだ。
サマンサの指輪が反応していなければ、ここには来ていない。
指を軽く弾く。
瞬間、ジョバンニを捕らえていた檻が砕け散った。
ジェシーは、なんの感情も持たない瞳に、彼だけを映している。
彼もジェシーから目を離さず、サマンサに声をかけた。
「サミー、大丈夫かい?」
「え、ええ……なんとも、ないわ……私は……」
声が震えている。
ティモシーの最期は、相当に悲惨だっただろう。
消せるものなら、サマンサの記憶から消したいくらいだ。
彼女に新たな傷を作ったジェシーに、憎悪の感情がわきあがる。
「こーしゃくサマ、今日は、あいつらはいねーの?」
「今のきみが相手なら、彼らを呼ぶまでもないさ」
「ふぅん。でもサ、ホントに大丈夫?」
ジェシーが、ニっと笑った。
少年らしい爽やかささえ感じる笑みだ。
なのに、感情が含まれていない。
そうするのが「人」だから、そうしている、といったふうだった。
人の姿をしていながら、ジェシーは人ではないのだ。
だが、やはり、こちらに分がある。
この段階で、ジェシーは、まだ姿を変えていない。
きっと変えられないのだ。
能力に制限がかかっている。
どんな天才も、天賦の才を持っていても、最初から完璧な者などいない。
能力は、それを磨くための「時間」を必要とする。
ジェシーは、たった今、生まれたも同然だった。
以前と同じに能力を使いこなせはしない。
「こーしゃくサマは、オレと同じじゃねーんだ」
「そうとも。きみとは違う」
「オレは独りしかいねーから。生きなきゃなんねーの」
「きみを生かしておくことはできない、絶対に」
「ゼッタイ……ゼッタイかあ。そりゃあ、困った」
ひゅるんっと、ジェシーが眉を上げる。
そして、小さく顎で示した。
瞬間、ハッとなる。
危険も顧みず、振り向いた。
「サミーッ!!」
サマンサが視界の中で、ゆっくりと倒れていく。
混乱に、彼はつつまれていた。
駆け寄って、サマンサを抱き起こす。
彼女は、唇までもが真っ青になっていた。
「サミー! どうして……っ……サミー!」
「こーしゃくサマは、愛に弱い。って、じぃちゃんが言ってた」
ジェシーの声も聞こえない。
薄くなっていくサマンサの呼吸だけが伝わってくる。
彼は、すぐさま治癒をかけた。
だが、サマンサに変化はない。
「どこだったかで手に入れたって毒なんだよねー。魔術じゃ治せねーんだって」
毒。
それだけが頭にある。
普通の毒なら魔術で治癒できたはずだ。
彼の治癒が効かないなどあるはずがない。
「ああ……サミー……待ってくれ……駄目だよ、私を遺して逝くなんて……」
サマンサの頬を、必死で何度も撫でる。
だが、サマンサに反応はなかった。
薄緑色の瞳も見えない。
「我が君!」
ジョバンニが、サマンサの手を握る。
白い光に彼女の体がつつまれていた。
「これで命を繋ぎますから! 奴を早く!」
もうどうでもいい。
そう思う。
彼にとって、ジェシーに逃げられようが、どうでもよかった。
彼の世界が崩れ落ちかけている。
サマンサを失ったら、もうどんなことも意味がないのだ。
世界が亡ぼうが、人が絶滅しようが、かまわない。
彼自身が命を失うことすら、どうでもいいと感じる。
彼は、サマンサなしには生きられない。
力なく、サマンサの金色の髪を撫でる。
「こーしゃくサマは、だらしねーなー。たかがオンナに振り回されちゃってサ」
ジェシーのことなど視界にはなかった。
だが、ジェシーは魔術での様々な攻撃をしかけてくる。
無意識に、周りへと降り注ぐ攻撃を防いでいた。
サマンサの体に傷をつけたくないとの気持ちだけで、防御魔術を張っている。
「早く死ねばいいのに。でなきゃ、この転移疎外が外れそーにねーんだもん」
彼は、ここに転移した瞬間に、転移疎外をかけた。
広範囲におよぶそれによって、ジェシーが逃げられないようにしておいたのだ。
それも無駄に感じられる。
サマンサを助けられないのなら、ジェシーを捕らえても意味がない。
「ま、いいや。まだ姿も変えらんねーし。こーしゃくサマを仕留めるのは無理そーだし。そんなら、このまま歩いて帰ろっと」
ジェシーが動く気配がする。
わかっていても、追う気にはならなかった。
サマンサの傍を離れたくなかったのだ。
「しっかりなさってください! 彼女は、まだ生きています! 我が君! 諦めてしまわれるのですか?!」
白い光が強くなっていく。
ジョバンニに応えることなく、彼はサマンサを見つめていた。
ぴくっと、サマンサの唇が動く。
「サミー……っ……」
「……行っ……て……」
「……サミー……そんな……無理だ……サミー……きみの傍を離れるなんて……」
「……死ぬ……と……言って……るの……?……」
「きみが死ぬはすがないだろう! そんなこと……っ……」
ぎゅっと、サマンサを抱きしめた。
強く抱きしめる。
とん。
ものすごく軽く、彼の脛が蹴飛ばされた。
彼は、きつく目をつむったあと、その目を開く。
その瞳には濃い闇が広がっていた。
「ジョバンニ」
「お任せを」
サマンサの頬を撫でてから、立ち上がる。
彼女の望むことが、彼の望みだ。
そして、サマンサと一緒に帰ると決めていた。
自分たちには、幸せな未来が待っている。
諦めてはいけない。
サマンサは、すべてを諦めない女性だ。
ならば、自分も「絶対を絶対にする努力」をする。
なにも諦めない。
諦めたりしない。
「あれえ? いいのかよ?」
「彼女は死なないさ」
「そお? あいつの治癒が、どこまで持つだろね? 死に目に会えなくなっても、知らねーぞ?」
「ジェシー」
ざわり…と、彼の周りに闇が広がる。
瞳は、さらに深い闇の黒に染まっていた。
漆黒の髪が揺れる。
「きみを生かしてはおかない」
「オレは、生きろって言われてんだ」
ジェシーの感情のない瞳を見つめた。
そこには悪意すらもない。
純粋な「種」だ。
硬い岩盤をも突き破って生きようとする植物のような。
ジェシーこそが「人ならざる者」なのかもしれない。
そう思った。
だからこそ、生かしてはいけないのだ。
世界の在り様に、ジェシーの純粋さは相容れない。
ふっと彼は息を吐き、自分とジェシーを繋ぐ。
ジェシーが目を見開いた。
「きみは、自分の能力を低く見積もり過ぎている」
ジェシーは知らなかったのだ。
ロズウェルドとロビンガムの血が混ざった血筋に受け継がれるのは、本来、姿を変える変転だけではない。
魔力を溜める「積在」という能力が与えられるのだ。
それを、ジェシーは知らずにいる。
父や祖父は「積在」を持たなかった。
ロビンガムの血が薄かったからだろう。
だが、ジェシーはロビンガムの血が濃い。
「その力を、きみは扱えない。溜まっていくだけだ。魔力がほしかったんだろう? 嫌というほどくれてやる」
彼は、ジェシーに、自分の尽きない魔力を送り込み続ける。
ジェシーは、なにをすることもせず、立ち尽くしていた。
ブルーグレイの瞳から、涙のように血が流れ落ちている。
積在は、魔力をストックしたり、ストックした魔力を捨てたりする能力だった。
今、ジェシーの中には、ストックされた魔力でいっぱいになっているはずだ。
捨てる方法を、ジェシーは知らないから。
「……ンなの……反……則……じゃん、か……」
かぼそい声が聞こえる。
次の瞬間、ジェシーの体が、バシンッと音を立てて弾け飛んだ。
その血肉を、彼は焼き尽くす。
ジェシーの気配は、完全に消えていた。
その死を確信すると同時に、彼は、サマンサの元に駆け戻る。
「サミー! きみを死なせはしない! 絶対に……っ……」
治癒の効かない毒。
混乱の中で、わずかな可能性を見出す。
彼は、点門を開いた。
「ジョバンニ、治癒を切らすな」
「かしこまりました」
ジョバンニの治癒の力は、かなり強い。
死にかけていたアシュリーの命を繋ぎとめたほどだ。
白い光につつまれたサマンサを抱きかかえ、3人で点門を抜ける。
「いかがしたのだ、ジェレミー!」
「毒だ。おそらくテスアの……」
ラスが立ち上がっていた。
テスアには、昔から外敵との戦いに備え、強力な毒が用意されている。
即効性のあるものや、中には治癒の効かない毒もあったと聞いていた。
即効性のある毒により叔父が死にかけ、それをきっかけに叔母は魔力顕現している。
その際、叔母は魔力暴走を引き起こし、死にかけたらしい。
以後、テスアでは、すべての毒に対処する解毒剤が用意されている。
(だが……テスアの毒かどうか……)
そこまでは確信が持てていなかった。
魔術の効かない毒となれば、それしか思いつかなかったのだ。
「即効性ではないようだな……ノア! ノア!!」
隣の部屋からノアが顔を出す。
寝ていたのか、欠伸をしつつ、不機嫌そうな顔をしていた。
「ンだよぉ、うっさいなぁって、ジェレミー? あれ? その……」
「魔術に対抗する毒があったであろう。その解毒剤を取って来い!」
「あ、ああ、わかった!」
バタバタとノアが走り出して行く。
その間に、ラスの敷いた布団にサマンサを寝かせた。
彼は、ジョバンニに与える魔力を増やす。
かなりの量を消費していたからだ。
(どうか……サミー……)
彼の目から、つうっと涙がこぼれる。
サマンサの怒った顔が好きなはずなのに、やはり笑った顔が思い浮かんでいた。
『あなたが生きている間中、私を、これ以上ないってくらいに愛すること』
彼女は、にっこり笑って、そう言ったのだ。
彼はサマンサの頬に手をあて、まだ残されているぬくもりにすがる。
「きみを愛しているよ、サミー……これ以上ないってくらいに……きみを愛している……」
ジェシーの足元には、脱ぎ捨てられた「ティモシー・ラウズワース」がいる。
かろうじて顔の造りで、ティモシーだとわかる程度だ。
そこいら中に血が飛び散っている。
カウフマンは自らを囮にした。
最期までジェシーを生かそうとしたのだ。
おそらく、元々、捕まるつもりでいたのだろう。
トリスタンが踏み込むのが早かったので、その手間が省けたと思っていたのかもしれない。
カウフマンが捕まれば、必ず彼が来る。
それを見越していた。
ジェシーが体を復元させる時期も計算ずくだったのだ。
(カウフマン……せいぜいトリスタンに弄ばれるがいい)
もう少しで、してやられるところだった。
彼はジェシーを認識していなかったからだ。
サマンサの指輪が反応していなければ、ここには来ていない。
指を軽く弾く。
瞬間、ジョバンニを捕らえていた檻が砕け散った。
ジェシーは、なんの感情も持たない瞳に、彼だけを映している。
彼もジェシーから目を離さず、サマンサに声をかけた。
「サミー、大丈夫かい?」
「え、ええ……なんとも、ないわ……私は……」
声が震えている。
ティモシーの最期は、相当に悲惨だっただろう。
消せるものなら、サマンサの記憶から消したいくらいだ。
彼女に新たな傷を作ったジェシーに、憎悪の感情がわきあがる。
「こーしゃくサマ、今日は、あいつらはいねーの?」
「今のきみが相手なら、彼らを呼ぶまでもないさ」
「ふぅん。でもサ、ホントに大丈夫?」
ジェシーが、ニっと笑った。
少年らしい爽やかささえ感じる笑みだ。
なのに、感情が含まれていない。
そうするのが「人」だから、そうしている、といったふうだった。
人の姿をしていながら、ジェシーは人ではないのだ。
だが、やはり、こちらに分がある。
この段階で、ジェシーは、まだ姿を変えていない。
きっと変えられないのだ。
能力に制限がかかっている。
どんな天才も、天賦の才を持っていても、最初から完璧な者などいない。
能力は、それを磨くための「時間」を必要とする。
ジェシーは、たった今、生まれたも同然だった。
以前と同じに能力を使いこなせはしない。
「こーしゃくサマは、オレと同じじゃねーんだ」
「そうとも。きみとは違う」
「オレは独りしかいねーから。生きなきゃなんねーの」
「きみを生かしておくことはできない、絶対に」
「ゼッタイ……ゼッタイかあ。そりゃあ、困った」
ひゅるんっと、ジェシーが眉を上げる。
そして、小さく顎で示した。
瞬間、ハッとなる。
危険も顧みず、振り向いた。
「サミーッ!!」
サマンサが視界の中で、ゆっくりと倒れていく。
混乱に、彼はつつまれていた。
駆け寄って、サマンサを抱き起こす。
彼女は、唇までもが真っ青になっていた。
「サミー! どうして……っ……サミー!」
「こーしゃくサマは、愛に弱い。って、じぃちゃんが言ってた」
ジェシーの声も聞こえない。
薄くなっていくサマンサの呼吸だけが伝わってくる。
彼は、すぐさま治癒をかけた。
だが、サマンサに変化はない。
「どこだったかで手に入れたって毒なんだよねー。魔術じゃ治せねーんだって」
毒。
それだけが頭にある。
普通の毒なら魔術で治癒できたはずだ。
彼の治癒が効かないなどあるはずがない。
「ああ……サミー……待ってくれ……駄目だよ、私を遺して逝くなんて……」
サマンサの頬を、必死で何度も撫でる。
だが、サマンサに反応はなかった。
薄緑色の瞳も見えない。
「我が君!」
ジョバンニが、サマンサの手を握る。
白い光に彼女の体がつつまれていた。
「これで命を繋ぎますから! 奴を早く!」
もうどうでもいい。
そう思う。
彼にとって、ジェシーに逃げられようが、どうでもよかった。
彼の世界が崩れ落ちかけている。
サマンサを失ったら、もうどんなことも意味がないのだ。
世界が亡ぼうが、人が絶滅しようが、かまわない。
彼自身が命を失うことすら、どうでもいいと感じる。
彼は、サマンサなしには生きられない。
力なく、サマンサの金色の髪を撫でる。
「こーしゃくサマは、だらしねーなー。たかがオンナに振り回されちゃってサ」
ジェシーのことなど視界にはなかった。
だが、ジェシーは魔術での様々な攻撃をしかけてくる。
無意識に、周りへと降り注ぐ攻撃を防いでいた。
サマンサの体に傷をつけたくないとの気持ちだけで、防御魔術を張っている。
「早く死ねばいいのに。でなきゃ、この転移疎外が外れそーにねーんだもん」
彼は、ここに転移した瞬間に、転移疎外をかけた。
広範囲におよぶそれによって、ジェシーが逃げられないようにしておいたのだ。
それも無駄に感じられる。
サマンサを助けられないのなら、ジェシーを捕らえても意味がない。
「ま、いいや。まだ姿も変えらんねーし。こーしゃくサマを仕留めるのは無理そーだし。そんなら、このまま歩いて帰ろっと」
ジェシーが動く気配がする。
わかっていても、追う気にはならなかった。
サマンサの傍を離れたくなかったのだ。
「しっかりなさってください! 彼女は、まだ生きています! 我が君! 諦めてしまわれるのですか?!」
白い光が強くなっていく。
ジョバンニに応えることなく、彼はサマンサを見つめていた。
ぴくっと、サマンサの唇が動く。
「サミー……っ……」
「……行っ……て……」
「……サミー……そんな……無理だ……サミー……きみの傍を離れるなんて……」
「……死ぬ……と……言って……るの……?……」
「きみが死ぬはすがないだろう! そんなこと……っ……」
ぎゅっと、サマンサを抱きしめた。
強く抱きしめる。
とん。
ものすごく軽く、彼の脛が蹴飛ばされた。
彼は、きつく目をつむったあと、その目を開く。
その瞳には濃い闇が広がっていた。
「ジョバンニ」
「お任せを」
サマンサの頬を撫でてから、立ち上がる。
彼女の望むことが、彼の望みだ。
そして、サマンサと一緒に帰ると決めていた。
自分たちには、幸せな未来が待っている。
諦めてはいけない。
サマンサは、すべてを諦めない女性だ。
ならば、自分も「絶対を絶対にする努力」をする。
なにも諦めない。
諦めたりしない。
「あれえ? いいのかよ?」
「彼女は死なないさ」
「そお? あいつの治癒が、どこまで持つだろね? 死に目に会えなくなっても、知らねーぞ?」
「ジェシー」
ざわり…と、彼の周りに闇が広がる。
瞳は、さらに深い闇の黒に染まっていた。
漆黒の髪が揺れる。
「きみを生かしてはおかない」
「オレは、生きろって言われてんだ」
ジェシーの感情のない瞳を見つめた。
そこには悪意すらもない。
純粋な「種」だ。
硬い岩盤をも突き破って生きようとする植物のような。
ジェシーこそが「人ならざる者」なのかもしれない。
そう思った。
だからこそ、生かしてはいけないのだ。
世界の在り様に、ジェシーの純粋さは相容れない。
ふっと彼は息を吐き、自分とジェシーを繋ぐ。
ジェシーが目を見開いた。
「きみは、自分の能力を低く見積もり過ぎている」
ジェシーは知らなかったのだ。
ロズウェルドとロビンガムの血が混ざった血筋に受け継がれるのは、本来、姿を変える変転だけではない。
魔力を溜める「積在」という能力が与えられるのだ。
それを、ジェシーは知らずにいる。
父や祖父は「積在」を持たなかった。
ロビンガムの血が薄かったからだろう。
だが、ジェシーはロビンガムの血が濃い。
「その力を、きみは扱えない。溜まっていくだけだ。魔力がほしかったんだろう? 嫌というほどくれてやる」
彼は、ジェシーに、自分の尽きない魔力を送り込み続ける。
ジェシーは、なにをすることもせず、立ち尽くしていた。
ブルーグレイの瞳から、涙のように血が流れ落ちている。
積在は、魔力をストックしたり、ストックした魔力を捨てたりする能力だった。
今、ジェシーの中には、ストックされた魔力でいっぱいになっているはずだ。
捨てる方法を、ジェシーは知らないから。
「……ンなの……反……則……じゃん、か……」
かぼそい声が聞こえる。
次の瞬間、ジェシーの体が、バシンッと音を立てて弾け飛んだ。
その血肉を、彼は焼き尽くす。
ジェシーの気配は、完全に消えていた。
その死を確信すると同時に、彼は、サマンサの元に駆け戻る。
「サミー! きみを死なせはしない! 絶対に……っ……」
治癒の効かない毒。
混乱の中で、わずかな可能性を見出す。
彼は、点門を開いた。
「ジョバンニ、治癒を切らすな」
「かしこまりました」
ジョバンニの治癒の力は、かなり強い。
死にかけていたアシュリーの命を繋ぎとめたほどだ。
白い光につつまれたサマンサを抱きかかえ、3人で点門を抜ける。
「いかがしたのだ、ジェレミー!」
「毒だ。おそらくテスアの……」
ラスが立ち上がっていた。
テスアには、昔から外敵との戦いに備え、強力な毒が用意されている。
即効性のあるものや、中には治癒の効かない毒もあったと聞いていた。
即効性のある毒により叔父が死にかけ、それをきっかけに叔母は魔力顕現している。
その際、叔母は魔力暴走を引き起こし、死にかけたらしい。
以後、テスアでは、すべての毒に対処する解毒剤が用意されている。
(だが……テスアの毒かどうか……)
そこまでは確信が持てていなかった。
魔術の効かない毒となれば、それしか思いつかなかったのだ。
「即効性ではないようだな……ノア! ノア!!」
隣の部屋からノアが顔を出す。
寝ていたのか、欠伸をしつつ、不機嫌そうな顔をしていた。
「ンだよぉ、うっさいなぁって、ジェレミー? あれ? その……」
「魔術に対抗する毒があったであろう。その解毒剤を取って来い!」
「あ、ああ、わかった!」
バタバタとノアが走り出して行く。
その間に、ラスの敷いた布団にサマンサを寝かせた。
彼は、ジョバンニに与える魔力を増やす。
かなりの量を消費していたからだ。
(どうか……サミー……)
彼の目から、つうっと涙がこぼれる。
サマンサの怒った顔が好きなはずなのに、やはり笑った顔が思い浮かんでいた。
『あなたが生きている間中、私を、これ以上ないってくらいに愛すること』
彼女は、にっこり笑って、そう言ったのだ。
彼はサマンサの頬に手をあて、まだ残されているぬくもりにすがる。
「きみを愛しているよ、サミー……これ以上ないってくらいに……きみを愛している……」
0
あなたにおすすめの小説
有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!!
お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。
皆様、お気に入り登録ありがとうございました。
現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
王太子妃専属侍女の結婚事情
蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。
未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。
相手は王太子の側近セドリック。
ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。
そんな二人の行く末は......。
☆恋愛色は薄めです。
☆完結、予約投稿済み。
新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。
ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。
そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。
よろしくお願いいたします。
捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。
蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。
これで、貴方も私も自由です。
……だから、もういいですよね?
私も、自由にして……。
5年後。
私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、
親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、
今日も幸せに子育てをしています。
だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。
私のことは忘れて……。
これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。
はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました
iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
分厚いメガネを外した令嬢は美人?
しゃーりん
恋愛
極度の近視で分厚いメガネをかけている子爵令嬢のミーシャは家族から嫌われている。
学園にも行かせてもらえず、居場所がないミーシャは教会と孤児院に通うようになる。
そこで知り合ったおじいさんと仲良くなって、話をするのが楽しみになっていた。
しかし、おじいさんが急に来なくなって心配していたところにミーシャの縁談話がきた。
会えないまま嫁いだ先にいたのは病に倒れたおじいさんで…介護要員としての縁談だった?
この結婚をきっかけに、将来やりたいことを考え始める。
一人で寂しかったミーシャに、いつの間にか大切な人ができていくお話です。
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
あなたが残した世界で
天海月
恋愛
「ロザリア様、あなたは俺が生涯をかけてお守りすると誓いましょう」王女であるロザリアに、そう約束した初恋の騎士アーロンは、ある事件の後、彼女との誓いを破り突然その姿を消してしまう。
八年後、生贄に選ばれてしまったロザリアは、最期に彼に一目会いたいとアーロンを探し、彼と再会を果たすが・・・。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる