人でなし主と、じゃじゃ馬令嬢

たつみ

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後編

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「ちょっと……もう大丈夫だと言っているでしょう?」
「大丈夫だから、どうだと言うのかね?」
「おろしてちょうだい」
「嫌だね」
 
 サマンサが、むすっとした顔をしている。
 だが、彼は、サマンサを抱きかかえたままでいた。
 2日ほど、彼女は身動きが取れずにいたのだ。
 昨日、ようやくテスアからアドラントに帰って来ている。
 
「いいかい。きみは、まだ万全ではないのだよ?」
「でも、歩けないほどではないわ」
「残念だが、靴を用意していなくてね」
「あなたって、無駄に過保護なところがあるわよね」
「魔術師としてよりは役に立つだろう?」
 
 サマンサが、小さく笑った。
 それで、彼の胸も暖かくなる。
 彼女のぬくもりが、腕の中にあるのが嬉しかった。
 
(きみが怒ったり、笑ったりしているのを見られるのが、これほど幸せなことだと初めて気づいたよ)
 
 テスアで意識を取り戻した日。
 サマンサは、記憶も取り戻している。
 彼が指摘するまで、本人は気づいていなかったけれど、それはともかく。
 
「寝室まで運んでも問題はないね?」
 
 サマンサが、首をかしげ、きょとんとした顔をした。
 なにかあったわけではないが、彼がサマンサの寝室に入るのは初めてではない。
 改めて問われている意味がわからずにいるのだ。
 彼は、ひょこんと眉を上げて見せる。
 
「なにしろ、私たちは、とうにベッドをともにしている仲らしいからねえ」
「……っ……な、なんて人……っ……」
「きみが言ったのじゃないか」
「そ、それは、記憶がなかったからでしょう!」
「でも、そうなっても嫌ではなかっ……」
 
 ぱしっと、サマンサが手で彼の口を押さえた。
 首まで真っ赤になり、怒っている。
 薄緑色の瞳が、怒りに輝いていた。
 元気な証だ、と思う。
 そして、とても魅力的だ。
 
「それ以上、その件について口にしたら、ぱたくわよ!」
 
 彼は口を押さえられているので、黙っている。
 そしらぬ顔で、すたすたと寝室に向かって歩いた。
 
「お、おかしな真似をすれば、ただではすまさないから!」
 
 サマンサの言葉を無視して、寝室に入る。
 それから、ひょいっとベッドにサマンサを寝かせた。
 彼女は、視線を、うろうろさせている。
 わざと音を立て、ベッドの端に、どさっと腰をおろした。
 
「ちょ、ちょっと待って……!」
「なにを?」
「だ、だから……わ、私が望むならと……」
「それはもう却下済みだ」
 
 サマンサが膝を立て、じりっと彼から離れる。
 その仕草も、真っ赤になった顔も愛おしい。
 彼女は、美しさと可愛らしさを兼ね備えている。
 とはいえ、あまり怯えさせるのも本意ではなかった。
 
 これから過ごせる時間が、どのくらいあるのかはわからなくても。
 
 彼は思う。
 サマンサと過ごせる日々を大事にしたい、と。
 
(明日、明後日の話ではないさ。まだ時間はある)
 
 いつか来るかもしれない日のためにも、悔やむことのない時を過ごしたいのだ。
 必ずしも、死が訪れるとも限らない。
 今は、そう考えられるようにもなっている。
 
「きみは体調が万全ではない。そうだね?」
「え……ええ……そ、そうよ……」
「私に抱っこされて歩くのも当然だ。違うかい?」
「……違わないわ……」
 
 少し唇を尖らせ、不満そうにしながらも、サマンサは同意した。
 彼は、深くうなずく。
 
「そうだろうとも。それなら、しばらくは、私の膝に座るのも問題はないね?」
「…………ええ……なにも問題はないわ……」
「よろしい」
 
 手を伸ばし、サマンサの髪を撫でた。
 こうしてふれることができるのも、彼女が生きていればこそだ。
 サマンサを失わずにすんだことに感謝する。
 
「ああ、そうだ」
 
 彼は、ある物を魔術で取り出した。
 サマンサが驚いたように目を見開く。
 テスアから先に帰していたジョバンニに言って、取りに行かせたのだ。
 
 綺麗な容器。
 
 蓋を開け、その中身を手ですくう。
 サマンサの手を取って、それを塗った。
 レジーとの「約束」の軟膏だ。
 
 サマンサが森に行ったのは、その約束を果たすためだった。
 だが、彼女は、それを手にしていなかったのだ。
 再びジェシーに襲われた際に落としたに違いない。
 そう考え、ジョバンニに探させている。
 
「きみの手荒れを治すのは、これでなければならないからね」
 
 せっかく貰ったのに落としてしまったと、サマンサが悔やむのはわかっていた。
 いつまでも、申し訳ないと思い続ける彼女を、見たくはない。
 サマンサの意思を尊重し、彼は浄化後も、手の治癒はほどこさずにいたのだ。
 毒の影響下にあった時には、そもそも治癒が効かなくなっていたこともある。
 本当は、手の刺し傷は直したかったのだが、我慢した。
 
 記憶は戻ったのだが、記憶がなかった時のことも、サマンサは覚えている。
 やはり癪ではあるものの、彼女に無理強いはできないとわかっていた。
 サマンサは意思の固い女性だ。
 そして、彼は、彼女に勝てた試しがない。
 
 負けるべきところは負けておく。
 
 その代わり、彼が勝つべきところは勝つとも決めていた。
 2人は対等な関係なのだ。
 勝ったり負けたりを繰り返す。
 どちらかと言えば、サマンサのほうが強いのだけれど、それはともかく。
 
「あなた、ずいぶんと大人になったのね」
「子供なら駄々をこね通していると言ったはずだ」
 
 適度に軟膏を塗ってから、容器をしまう。
 サマンサが、また、きょとんとした。
 
「どこにやったの?」
「きみの目のとどかない場所さ。言ってくれれば、いつでも出して、私が手当てをするから、心配することはないよ」
「やっぱり子供じゃないの!」
「子供なら、こういう類の嫉妬はしないだろうね」
 
 サマンサは少し不服げな顔をしたあと、くすくすと笑い出す。
 それから、両手を伸ばしてきた。
 彼は、サマンサを抱き締める。
 その背に、彼女の腕が回された。
 抱きしめ返され、胸がいっぱいになる。
 
「あなたは、人でなしのろくでなしよ」
「知っているよ」
 
 サマンサの頬に、軽く口づけた。
 サマンサも、彼の頬に口づけてくれる。
 
「それでも、愛しているわ」
 
 少し体を離し、唇を重ねた。
 サマンサが、彼の「たった1人」だと強く感じる。
 無力感も、わずかだが薄れていた。
 少なくとも、彼女を救うことはできたのだ。
 
(きみといると、初めてが多い)
 
 つくづくと思う。
 サマンサは、彼に「初めて」を与えてくれる女性でもあった。
 
 自分に力があって良かったと思うことなどない。
 壊すだけの力だと、自分自身をうとんじていた。
 だが、彼女を救えたことで、初めて「守るための力」でもあると思えたのだ。
 闇の中に佇んでいた彼に訪れた、光となっている。
 
「今すぐでなくてもいいけれど、どこかでのんびり暮らしたいわ」
「辺境地の森とか?」
「わかっていたの?」
「あの森小屋というわけにはいかないがね。私の領地なら、かまわないよ」
「あなたの領地にも、森小屋はあるかしら?」
「今はないが、造ればいいさ」
 
 曾祖父が使っていたという森の家を思い出す。
 あれに似たものを造れば、快適に暮らせるだろう。
 サマンサとの暮らしは、彼にとっても楽しみだ。
 いずれ「家族」も増えるに違いない。
 
「子供は何人くらいになるかなあ」
「え……」
「きみの体に負担がかからないようなら、2人はほしいね。となると……」
 
 サマンサの鼻を、つうっと指で撫でる。
 瞳を見つめ、にっこりした。
 
「早く婚姻すべきだな」
「あ、あの……」
「婚約解消は撤回したじゃないか。きみは、私の正式な婚約者だろう?」
「それは、そうだけれど……突然って気がして……」
 
 サマンサの指を、軽くつまんだ。
 黒い指輪が、ばしんと弾ける。
 これは、もう必要ない。
 すぐに新しい指輪を用意するつもりでいた。
 
「きみの体が万全になったら、ティンザーの家に挨拶に行くよ」
「いいの?」
「いいもなにも、当然のことだ。それに、私は彼らを好ましく思っているのでね。挨拶もなしに婚姻して、嫌われたくはないのさ」
「今度は……私も協力するわ。お芝居ではなく、ね」
「当然だよ、きみ」
 
 彼女との愛のある暖かで穏やかな生活が、彼の幸せのすべてだ。
 それを感じながら、彼は、サマンサを抱きしめ、腕の中に閉じ込める。
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